遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『夜明けまで眠らない』  大沢在昌  双葉社

2017-08-25 11:53:04 | レビュー
 ひとこと感想として言えば、深夜のタクシーに置き去りにされた携帯電話に秘められた謎をハードボイルドタッチで解明していくミステリーであり、東京の夜がアフリカにある戦闘の絶えない小国家の夜と連結していくストーリーといえる。最終的には「夜明けまで眠らない」主人公が、遂に夜の安眠を取り戻すことになるというストーリー。

 主人公は、城栄交通のタクシードライバー久我晋(すすむ)。彼は東京に戻ってきたあと、12時間シフトで夜専門の乗務をするというタクシードライバーとなる。昼専門の相番は中西幸代で、久我が運転する車を分け合うことができて、彼女も家庭を営む上で便宜を得ている。 久我が、夜専門のドライバーとなったのは、「夜明けまで眠らない」ために最適の仕事だから。彼は夜、眠ることができなくなったのだ。それは、なぜか? 

 それは久我の過去に絡んでいる。まず久我のプロフィールを要約しておこう。
 愛知県生まれ。兄弟はなし。高校卒業後、人とはちがう生き方をしたいと思い、陸上自衛隊に入る。軍隊や戦闘について、もっと知らなければ中途半端だとの思いから除隊。フランスの外人部隊に入る。10年で除隊し、より稼げる民間軍事会社に転職する。数年後、その会社から中央アフリカの小国、アンビアに派遣される。政府軍と分派の多い反政府勢力との内戦が続く国である。久我の所属する軍事会社はアンビア政府と契約を結んでいて、会社の社員はPOと呼ばれていた。POはベテランの兵士ばかりだが傭兵である。反政府勢力からPOは激しく憎まれる。彼はアンビアで2年間、激しい戦闘の渦中で過ごす。中でも、現地の言葉で「夜歩く者」を意味する「ヌワン」と呼ばれるゲリラの部族が、昼間の戦闘よりも恐怖の対象となる。ヌアンは、夜の漆黒の闇の中を眠る兵士達に近づき、その数名だけを殺し、首を戦利品として持ち帰るのだ。ヌアンは、太陽が昇ると襲って来ない。久我は己の身を守るために、自分以外の見張りを信用できなくなる。そして、己のサバイバルのために、夜の歩哨を志願する日々が現地で続いたのだ。久我が見張りに立っている間、二度、襲撃をうける。最初の襲撃では、組んでいた歩哨が殺されかけたのを救う。二度目は自分が傷を負い、現場を離れる。南アフリカの病院で治療を終えると、アンビアの内戦は終息していた。久我は夜の闇の中では眠れない体になっていた。必ず悪夢を見るのである。その後、1年間、中央アジアで働き、POをやめ、日本に戻った。そして、夜専門のタクシードライバーとなった。

 ストーリーは、京浜急行「青物横丁」駅に近いビジネスホテル前を指定し、久我の車を予約した「カケフ」と名乗る客が乗車するところから始まる。その客は「大森駅」に行くよう告げる。鈴ヶ森の交差点を右折し、久我が「大森駅の駅前でよろしいでしょうか」と尋ねると、客は「ガール」と答えた。「はい?」「駅でいい」このやり取りで、久我はこの客を一度六本木のロシア大使館近くから中目黒まで乗せていたことを思い出す。その折この客はふいに、久我にフランス語で話しかけてきたのだ。久我は「はい?」と応じるに留めたのだった。カケフと名乗った客は、久我に1万円札を出し、強引に受けとらせて駅前で車を降りた。駅前で乗り込んできた客が、「運転手さん、忘れものだよ」と携帯を久我に差し出した。この携帯がトリガーとなり、次々に思わぬ事態が進展していくことになる。
 その携帯は日本では見られないものだった。スマートホンのような画面の下に、ダイヤル型のスイッチがついていて、中国製と思える代物なのだ。ダイヤル型のボタンを押すと、ロックがかかっているのだった。

 忘れものの携帯が振動し、六本木のミッドタウンの近くにあるビル内の「ギャラン」という店まで届けて欲しいと言う。しかし、携帯を忘れた者と名乗る相手の声は別人だった。久我は要望通り、まずは「ギャラン」に行く。だが、そこに居たのは見知らぬヤクザである。久我は携帯を渡すことを拒否する。それが携帯の謎に関わる始まりとなる。
 乗務明けで帰庫した久我は、運行管理者で主任の岡崎を捜し、忘れものの携帯に関する経緯を報告して、携帯を一旦岡崎に預けておくことにする。
 その後、久我を指名し午後11時に麻布郵便局前での配車を希望する予約が入る。先方はイチクラと名乗る女性で、一緒に携帯を届けてほしいとも言う。その場所は携帯を置き去りにした客を最初に乗せた場所だった。久我は、そのイチクラと名乗る女が、客の知り合いかもしれないと考える。
 配車指定の場所で、イチクラと名乗る女の話から、手がかりが得られる。
 カケフと名乗った客の本名は桜井。空挺からPO、アンビアの治安維持部隊に居て、久我が戻ってくると信じ、一緒に働きたかったと言っていたという。イチクラは、その携帯が桜井のものではないが「ヌアン」に関係していて、久我に預けるのが一番と桜井が考えたのだろうとも語る。彼女は市倉和恵と言い、桜井の婚約者だった。必ず毎日連絡を取り合っていて、連絡が途切れた時は死んだときと言われていた。桜井が死んだのではと和恵は亞考えていた。桜井はアンビアでのPOの延長線上の仕事として、東京にはある人物の警護で日本に来ていたという。
 ロックのかかった携帯が、東京をアンビアさらにヌアンと結びつけて行く。それは久我がもはや触れたくもない領域だったのだが、久我の思いと無関係に、渦中に飛び込まされてしまう。ストーリーは、徐々にハードボイルドの色合いを強め、劇的に展開していく。この小説の面白さは、携帯がヌアンと何らかの関係があるということから、久我の関心度を高めてしまい、対決を迫られていくというプロセスにある。日本の警察に話したところで、理解を得られない異次元のことと思える存在なのだから・・・・。
 そして、首のない桜井の死体が荒川の河川敷で発見される。ヌアンとの関係を真に断ち切るためにも、久我は携帯に秘められた謎の解明に立ち向かわざるを得なくなる。

 久我以外の主な登場人物について、簡単にご紹介しよう。
 岡崎 城栄交通の運行管理者で主任。元ヤクザ。事件に巻き込まれていく。
 市倉よしえ 和恵の妹。国際政治学者。久我の行動に協働する。彼に惹かれて行く。
 和田 警視庁刑事部捜査第一課所属。桜井殺害事件の捜査を担当。
    事件を捜査するにつれ、この事件に対する警察の限界を感じ始める。
 アダム 久我のPO時代の唯一の戦友。東京での表の顔は精神科医である。
     久我の依頼で、携帯電話のロック外しに関与し、事件の解決を支援する。
 竹内 港北興業の組長。携帯の奪回を執拗にねらう極道。
 木曽 竹内の叔父貴分にあたる極道。
 リベラ 東京在住メキシコ人。自称コンサルタント。メキシコの犯罪組織に関わる。
 ルンガ 桜井が何度か口にしていたという人物。
 ヌール ヌアンと呼ばれる部族の一員。

 この小説のおもしろいところ、読みどころはいくつかある。箇条書き的にまとめてみよう。
1. 一つの携帯電話が、あたかも池に投げ込まれた石で波紋がどんどん広がるように、地理的空間を広げて関係づけていくスケールの広がりの面白さ。
  タクシーの空間⇒東京都内⇒アフリカ大陸、メキシコと関係づけていく。
2. 傭兵の存在。傭兵がどのような役割を担い、利用されているか。普段、考えることのない世界の実在を感じさせる。一方で、民間軍事会社という二律背反的な存在の奇妙さを考えさせる。
3. 警察力の権限行使の法的限界をもたらす領域で発生した事件というものの可能性を考えさせることがサブテーマともなっていると捕らえられる設定のストーリーである。
4. 傭兵として歴戦の戦士だった久我を主人公として設定したことにより、その行動力、対応能力、武器の扱いなどの描写と展開が、至極自然に受け止められる。主人公の設定が巧みであり、アダムという戦友の協力がすんなりと流れに取り込まれていくところがうまい構成となっている。それにより、奇想天外的な展開部分も、小説世界でのおもしろさにうまく吸収されている。
5. 夜はいつもヌアンに追われているというのが、久我のトラウマではなく、現実のものだったという構想の展開がおもしろい。
6. 東京というエリアに存在する「外国」とも呼べるエリアの存在。そのようなエリアがあってもおかしくないとおもわれるところが興味深い。ほぼ在日の外国人だけが集まる場所って、あるんだろうな・・・・そんな気にさせる。
7. ハードボイルドタッチのストーリーの中に、いくつかの人間関係、人と人の絆が描き込まれていく。久我と相番の中西幸代、幸代の思い。久我と岡崎の関わり方と相互理解の有り様。久我と市倉よしえの関わりの深まりかたが読ませどころ。久我とアダムのつながりにある阿吽の呼吸。久我と和田の間に培われた意思疎通。和田は言う「あんたのことは喋らない。だから、あいつを・・・・・ヌールを、殺せ」と。

 読み出せば、最後までノン・ストップで読み続けたくなるストーリー展開がいい。

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