遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『白馬山荘殺人事件』  東野圭吾  光文社文庫

2021-12-04 23:24:01 | レビュー
 初期の作品にも触れてみようと、江戸川乱歩賞受賞の『放課後』(1985年)に続いて、この小説を手に取った。1986年8月にカッパ・ノベルスとして出版され、1990年に文庫化されている。
 プロローグが2つあるというおもしろい構成で始まる。その1は、信州白馬のあるペンションに偽名で宿泊した客、本名川崎一夫がペンションの裏の谷に落下して死んでいるのが発見された。川崎は3日前から失踪中ということだった。その2は、白馬のある山荘の一室で、夜に死んでいる宿泊客が発見された。その部屋には鍵がかかっていた。警察の捜査結果で服毒自殺をはかったものとして処理された。

 1年後の同じ12月の時期に大学生の妹・ナオコは、兄・公一が服毒自殺したと判断された白馬の山荘に出かける決心をする。自分の目で真相を確かめたいという思いだった。ストーリーはそこから始まる。ナオコは同じ大学の友人マコトに声をかけて同行してもらうことにした。同行するにあたり、マコトはナオコに「危険なことはしないこと、自殺だという確証がつかめたらすぐ帰ること、とても手におえないと悟った場合もすぐに帰ること、以上の三点だ」(p29)と条件をつけた。ナオコ、マコトという表記に既にこのストーリーの伏線が敷かれている。そのことに気づいたのは、読み進めてからである。そのおもしろさは残しておこう。

 この山荘には、ほぼこの12月の同時期に例年同じ常連客が集まり親交を楽しむという特徴があった。ナオコとマコトが山荘の宿泊客となったとき、1年前とほぼ同じ常連客が今年も宿泊しているという確認を宿のオーナー、霧原から取れた。霧原はマスターと呼ばれていた。ナオコはこの山荘で公一の妹であることを当初は伏せて偽名で宿泊する。
 この山荘自体にも大きな特徴があった。もとは英国人の別荘で、今流行のウッディ・ハウスとれんが造りとを掛け合わせたような感じで、周囲には塀がめぐらせてあって、中世の雰囲気が漂っていたりする。「まざあ・ぐうす」と称されていた。友人だった所有者の英国人が手放す決心をした時に、霧原が買い取ってそのままペンションに転用したという経緯があった。この「まざあ・ぐうす」の各部屋には、入口に「まざあ・ぐうす」に因んだ名前が付けられている。部屋には新聞一面分ぐらいの壁掛けがかかっていて、そこには部屋名とかかわる「まざあ・ぐうす」の唄の部分フレーズが中央に英文で彫ってある。その裏面に、日本文をマスターが刻んでいた。

 ナオコとマコトは、予約の時にナオコの兄・公一が死んだ部屋に宿泊を希望した。予約を担当したのは山荘のスタッフ、高瀬だった。チェック・インの際にマスターは最初しぶっていたが、結局彼等の希望を受け入れる、ナオコの宿泊した部屋、つまり兄・公一の死んだ部屋は”Humpty Dumpty"(ハンプティ・ダンプティ)という名が付けられていた。
 部屋の内部を確認したナオコとマコトは、もし公一が自殺したのでなく誰かに殺されたとしたなら、密室殺人事件という謎を解かねばならなくなる。
 ナオコは、1年前、兄が死んだ後に、死の直前にナオコ宛てに出されたハガキを受け取っていた。そこには「マリア様が、家に帰ったのはいつか」という問いかけと、「ようやく芽が出る」という語句も記されている。こんな文を妹に送る兄が自殺したとは信じられないのだ。
 ナオコとマコトは、常連客と親しくなり、それとなく当時の状況について、聞き出すことから始めていく。

 二人が常連客から聞き出したことはいくつかあった。常連客の一人、上条は、公一がなぜ部屋にマザー・グースの唄が飾ってあるのか。各部屋の名前、マザー・グースから引用されたフレーズの間に何かの関係性があるのか、その謎解きに熱中していたという。ナオコは22歳で亡くなった兄が英米文学を専攻していたことを思い出す。
 各部屋の名称とそれに関連する部屋の壁掛けの章句は、英国人がここを別荘としていた時にあったものがそのまま使われているのだった。それは何かを示唆しているのか。
 上条は二人にこの宿にまつわるもう一つの気味の悪い話を伝える。それは2年前にもここで人が死んでいるという事実だった。転落死であり、一応事故という判断がなされていた。その時、上条は事件の3日後にこの宿に着いたので、話を聞いただけだという。
 ナオコとマコトがこの山荘に逗留を始めたさなかに、常連客の一人である大木が裏の崖から転落死するという事故が発生した。二人が情報収集を始めた最中に第三の事件が発生したことになる。地元の刑事が捜査に乗り込んでくる。それぞれの事件はまったく偶然のことなのか。あるいは、それらに何らかの関係があるのか・・・。
 そういう状況下で大学生2人は現地体験と調査から真理を求める推理を進展させて行く。そこに、公一を熱中させたマザー・グースの唄の謎がどのように関わっていくのか・・・・。

 公一の死が自殺ではなくて密室を装った殺人であると解き明かされるプロセスが一つの押さえ所になる。それは、白馬のある山荘のマスターとスタッフたち、そして常連客の間の人間関係を明らかにする。一見、無関係に見えた3つの事件が繋がって行く。そして意外な事実を明らかにする。
 マザー・グースの唄のフレーズの謎解きが一つの読ませどころになる。マザー・グースの唄のフレーズの組み合わせに秘められたメーッセージが新たな事実を明らかにする。

 マザー・グースの唄と密室殺人の組み合わせがおもしろい。マザー・グースの唄がどんなものか、その一端を楽しめるところも興味深い。ストーリー全体が意外な展開に導くおもしろい設定になっている。
 
 ご一読ありがとうございます。

ふと手に取った作品から私の読書領域の対象、愛読作家の一人に加わりました。
次の本を読み継いできています。こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『放課後』   講談社文庫
『分身』    集英社文庫
『天空の蜂』  講談社文庫

東野圭吾 作品 読後印象記一覧 1版  2021.7.16 時点  26作品



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