遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『剣樹抄』   冲方 丁   文藝春秋

2020-08-31 10:50:50 | レビュー
 剣樹って何? タイトルに惹かれて読んで見た。
 地獄絵図の一部としてその類いの絵を見たことがあった。だが、それが「四門地獄」の一つであるということまでは知らなかった。「刃の葉を持つ樹に貫かれる鋒刃増」(p232)という地獄だという。この「刃を持つ樹」を剣葉林、あるいは剣樹というそうである。再認識することになった。本書のタイトルはここに由来する。
 本書は6編の短編連作集である。それぞれが読み切り完結しながら、全体を通じてひとつのストーリーになっている。タイトルにある通り、殺人剣がふるわれる現世の地獄絵が短編形式で様々に繰り返されるストーリーの連なり故に「剣樹」+「抄」ということか・・・・と理解した。
 「オール讀物」の2017年12月号から2019年3・4月合併号の期間に3ヵ月間隔で発表された短編をまとめて、2019年7月に単行本が刊行された。

 本書全体を貫くストーリーは、江戸において放火・強盗・殺人を繰り広げる犯人集団の解明と捕縛を描く。その捜査が紆余曲折を経ながら進展するプロセスにおいて、個々の局面がそれぞれ独立した読み切り短編に仕上げられ、全体として連鎖していく形式になっている。第6編で一応一つの区切りがついている。だが、完全に完結したとも言いがたい面があり、本書のパート2がいずれ出るのでは・・・・と期待したくなる。

 読み切り完結でそれが連鎖していくストーリーであるので、登場する人物は一貫している。一番中心となるのが、表紙絵に描かれた六維了助(むいりょうすけ)である。無宿者の少年で、己がサバイバルする過程で独自の棒振り技を編み出した。野犬と対峙し生き残るために工夫した技術なのだ。表紙の少年が棒ではなく木剣を持っているのは理由がある。それも短編で語られる。了助はあることが契機となり、「拾人衆」に引き入れられていく。
 了助が「拾人衆」に加わることから関係していくのが水戸光圀、水戸藩の世子である。彼は父・頼房の命により、父の務めの代理として、「拾人衆」の目付け役を命じられる。この全体のストーリーの中で、了助の背後に光圀ありという感じで登場する。だが、光圀は了助とは己の過去の行状の結果深い因縁で結ばれていたことを知り愕然とする。その因縁をどのように転換していくかが光圀の内心の課題になっていく。
 具体的に幕府として犯人集団の捜査を最前線のリーダーとして実行するのは中山勘解由。将軍の護衛や江戸城内外の警護にあたる先手組の組頭である。彼は光圀と連携し、そのの指示を受けつつ捜査に邁進する。
 「拾人衆」とはそれぞれの特技を活かして密偵の機能を果たす少年少女たちである。彼らは品川・東海寺を拠点にしている。というのは、東海寺の僧・罔両子が拾人衆の養育を引き受けているからである。「拾人衆」という密偵機能を作りあげた背景に老中の一人、阿部豊後守忠秋がいる。彼は江戸で発生した孤児の保護に熱心な老中として知られている。拾人衆は捨て子で幕府に拾われた者の中で特段の技能者たちをさす。阿部豊後守忠秋は江戸幕府幕閣の一人として、江戸市中で発生した一連の放火・殺人・強盗の犯人捜査側の頂点に立っている。
 六維了助、水戸光圀を中軸にしつつ、中山勘解由と阿部豊後守が主な登場人物となり、そこに罔両子と拾人衆が加わる。拾人衆という集合体はかなりの人数が居るようだが、このストーリーで主に登場するのは次の3人の少年少女たちである。みざるの巳助、いわざるの鳩、きかざるの亀一。13,4歳の巳助は一瞬でとらえたものを何でもすばやい筆さばきで描き出す。14,5歳と見える少女の鳩はひとたび聞いた声を即座に真似ることができる。盲目の亀一は聴力がするどく、聞き逃さない。
 これで江戸の治安を乱す犯人群を捜査する側の主な登場人物がそろった。

 それぞれの短編を順番にご紹介していこう。

 <深川の鬼河童>
 浅草寺のお堂の縁の下で眠る4歳のりょうすけは、生まれた日に母が死に無宿人の父に育てられる。だがこの夜、旗本奴に縁の下から引きずりだされ、彼らに斬殺された。りょうすけは父から同じ無宿人の三吉に託される。三吉が育ての親となる。だが歳月を経てある年の江戸の大火に巻き込まれ三吉が亡くなる。その後のりょうすけは芥運びなどをしながら暮らしを立て、独自の棒振り技を身につける。
 一方、光圀は父の命により明暦3年正月に拾人衆の目付役になるという経緯が語られる。
 父頼房から客人中山勘解由に引き合わされ、二人が品川の東海寺に赴くところから始まっていく。それが最初の事件につながる。湯島近辺で私塾を開く僧形の軍学者・壮玄烽士が火遁の術を得意とする秋山に正雪絵図を渡したという。その絵図は江戸の火付けと関係しているようなのだ。中山と光圀が秋山を追尾する途中で、13,4歳くらいの毬栗頭の少年が秋山の面前で言う。「お前は火つけの人殺しだ」と。刀を抜いた秋山に少年は棒振りの技で応じ、秋山をやっつけてしまう。これが、六維了助と光圀の出会いとなる。了助がなぜ「深川の鬼河童」と称されるかもその理由が語られる。表紙に描かれた黒い羽織を着ていることも・・・・。
 秋山を倒したことが切っ掛けで、了助は品川の東海寺に連れていかれることになる。この全体のストーリーの出だしとしては、おもしろい。主な登場人物がこの短編に出揃う。

 <らかんさん>
 拾人衆の一人である亥太郎がむごたらし他殺死体で発見される。亥太郎は舌を噛みきっていたという。増上寺付近の呉服屋「芝田屋」を襲い、亭主と店の者二人を殺し強盗をしたあげくに逃走の折に放火をした盗賊集団の頭を亥太郎は追跡していた。その頭は「錦氷ノ介(にしきひのすけ)」という。総髪の美男で隻腕、女ものの着物を羽織る傾奇者である。
 芝田屋が襲われた時、客となっていた仏師が奮戦したお陰で妻や他の者たちの命が助かった。仏師は吽慶と称するが、元は丹波福知山藩の剣術指南役だったという。
 このストーリーは、吽慶と錦氷ノ介との間に秘められた因縁を明らかにしていく。吽慶は強盗一味が逃げる折、錦氷ノ介に向かい「九郎」と呼んだと生き残った女中は証言した。
 吽慶は東海寺に逗留し、羅漢像を彫る。そのらかんさんの顔を見て了助は父の顔に似ていると思う。己の怨みしか考えられなくなった吽慶はその羅漢像を焼こうとする。それを思いとどまらせることになる。
 東海寺に6人の賊が侵入してくる。その中に錦氷ノ介がいた。その結果、吽慶と錦氷ノ介の対決へと事態が進展していく。
 ここでは丹波福知山藩の愚かな藩主の歪みが生み出した悲劇の顛末が描き出されていく。
 本書の表紙に描かれた木剣は、了助が吽慶から引き継いだものである。了助は自作のでかい棒からこの木剣での自己鍛錬に切り替えていくことになる。
 
 <丹前風呂>
 江戸時代、遊郭としては吉原が存在したが、江戸市中には湯女を置く風呂屋が数多くあった。中山勘解由は、小普請の渡辺忠四郎の所在を掴むため、紀伊国屋風呂の湯女で大変な売れっ子の勝山を見張っていた。吉祥寺の火事の折、その最中に渡辺忠四郎が小十人の本間佐兵衛と斬り合いて、本間に傷を負わせ蓄電していることによる。渡辺にはお城の宝物を盗んだ疑いが掛けられていたという。また、風呂屋に諜者として配されていたきかずの亀一は、勝山と旗本奴の三浦との会話で三浦が、渡辺が正雪絵図を持っていたと話しているのを聞き取っていたのだった。そこからストーリーが展開していく。

 この短編、いくつかの話が組み合わされおもしろい展開となっている。
*丹前風呂という言葉の由来。
*江戸で人気の出た湯女勝山が登場する。勝山は勝山髷や丹前と呼ばれるスタイルを流行させ、後に吉原の花魁となる人。著者は光圀に「並の男より、任侠の風格がある。まさに女伊達だ」(p140)と称賛させている。
*勝山をめぐる旗本奴と町奴の対立。その関連で、幡随院長兵衛異聞が絡められる。
 幡随院長兵衛は旗本奴の水野成之に殺されたのではなかったという展開である。
*旗本奴の三浦と町奴の頭領・垣根の対立。この垣根には別の顔があった。
 
 このストーリーに了助はどう関係するのか。ストーリーの冒頭では、光圀の中屋敷で剣術指南の永山周三郎に引き合わされ、永山から摺り足を覚えよと助言される。それが棒振り技を磨くことに相乗効果を生み始める。光圀は了助の技にくじり剣法と名をつけた。
 丹前風呂に潜り込んでの諜者の一人として了助も働くが、思わぬ失敗をしでかす。だがその結果、あることに気づくという展開になる。
 
 <勧進相撲>
 東海寺の池のほとりで、了助が宇都宮藩士の明石志賀之助に声をかけられたところから始まる。彼は相撲の師・須磨浦林右衛門の供として来ていた。
 林右衛門は今は伊兵衛と名乗る幡随院長兵衛と二人で光圀と中山の前に相談に来たのだ。浅草で先日6,7人で土蔵破りをし付け火をした集団の中に、剛力自慢の鎌田又八が加わっていたという話を長兵衛の元子分が聞き付けたという。林右衛門は桑嶋富五郎を頭とする浪人相撲の連中が又八と話をさせてくれないという。
 寺社の勧進が、江戸相撲を甦らせる好機となるのに、相撲取りが火付けに加わっていたとなれば、大変なことになると心配しているのだ。中山はこの件を預かることに。
 近々、渋谷村で勧進相撲があり、桑島と鎌田の二人が寄方に名を連ねているという。
 勧進相撲の前に、光圀は了助を連れ、林右衛門の道場で相撲を習うと意欲を見せる。
 一方、亀一は溜まり場だという店に按摩として潜り込み、また巳助は出入りする者の人相書づくりを中山から指示される。亀一は、桑島と又八の会話から、リョウカボウという名を聞き出した。罔両子は「両火房」のエピソードを光圀に語る。
 渋谷村の金王八幡宮での勧進相撲当日に、次々と行う又八の異様な相撲ぶりが描かれて行く。最後は明石が勝利する。この相撲ぶりの描写が興味深い。当時の相撲は今の相撲とは大きく異なっていたようである。
 相撲が終わった後に、又八が意外な行動を取り始める。そして、又八が土蔵破りの一味に加わった真意を告白していく。この場面転換が読ませどころとなっている。
 又八が己の始末は己でやりますという言に対して、了助が己の体験と思いを語る。それを見ていた光圀は慚愧の念に堪えられなくなる。

 <天姿婉順>
 了助は真面目に寺での務めをこなしつつ、武芸や学問にも興味を持ち始め、漢字を覚える行動を始める。坊主になる気がない了助は、できれば寺から抜け出たい気がある。罔両子から廻国巡礼の手形があれば、無宿人とみられずどこへでも行けると告げられる。欲しければ罔両子の出す禅問答風の課題に答えを見つけよと言われる。イントロがおもしろい。本書タイトルの由来は、この短編中に出てくる。
 さてこのストーリーは、前短編で捕縛された両火房の取り調べについてである。中山による過酷な拷問にも両火房は屈することない。そこで、光圀のもとで直接取り調べるという方向に動き出す。だが、この時それに横槍を入れるかのごとく問題が発生してくる。つまり主に2つのテーマが描かれて行く。
 一つは、上野から千住界隈にかけて3件の辻斬り事件が起こる。斬られた者の骸の傍に残された物の中に鞘があり、三つの品の拵えから、下手人は水戸家の剣術指南・永山の刀とわかり、永山に下手人の疑いが掛かった。だが、その刀は先の大火において、光圀の命、できるだけ荷や家財を捨てて避難せよとの言に従い、父親の形見である刀を敢えて棄てたという。なぜか、その刀が使われたのだ。
 永山が下手人ではないことをどのようにして証明ができるのか。これを解明する男が現れる。会津公、保科肥後守正之のもとに寄寓する龍造寺家の血筋の伯庵だった。下手人の特徴も伯庵は明瞭に指摘した。この解明の方法は当時としては斬新奇抜だっただろう。
 一つ目の難題が解決したことにより、光圀は両火房を水戸家中屋敷の座敷牢に移す。
 両火房の取り調べをどのように行うか。読者にとっては興味津々となる。何と、光圀の妻である泰姫が光圀に言った。「両火房という方に、会わせてください。」「お話を聞きたいのです」と。この後、ストーリーがどのように展開するかが読ませどころになる。
 このストーリーでは、伯庵が「天姿婉順」という言葉をぽつりと呟いたという描写になっている。調べて見ると、泰姫は通称であり、関白左大臣・近衛信尋の娘で、諱を「尋子(ちかこ)と命名されたという。儒学者の辻了的がその容姿について「天姿婉順」と評したという。(ウィキペディアより)
 この二つのテーマの間に中屋敷に居る了助を水戸家の人々との関わりの中での出来事を描いて行く。

 <骨喰藤四郎>
 江戸で滅多斬りが次々に同一犯人により行われていた。中山が水戸家中屋敷の光圀に報告に行った時点で11人目の届け出があった。下手人は錦氷ノ介のようである。その現場に伯庵が出向いているという。光圀は現場に出向く。その際了助を連れていく。
 目黒村の現場では陣幕を張り、南町奉行の神尾元勝がいて、伯庵が検視していた。僧が斬殺され、バラバラに断片化した肉体がなんとなく元の位置に適当に並べられている状態だった。その口には何かが詰め込まれていた。光圀はその口を脇差しにてこじ開けると、丸められた二重の大きな紙が出て来た。それは正雪絵図だった。その絵図の裏には歌が一首記され、「極楽組の記」と記されていた。伯庵はその歌の絵解きをした。その絵解きをヒントにして情報を収集した後、光圀は神田紺屋町の下坂市之丞こと”三代康嗣”の屋敷を訪れる。そこで得た情報をもとに、光圀は極楽組を捕らえるために両火房を解き放ち協力させる手段を取る。極楽組の根城を突き止めて捕縛する作戦が開始される。その戦いは凄惨なものになっていく。
 了助は名刀骨喰藤四郎を手にした錦氷ノ介と対峙し言葉を交わし木剣を振るって行く。
 極楽組は崩壊したものの、光圀に取っては不本意な結果に終わった。どういう結果に終わったかは、本書をお読みいただきたい。

 ご一読いただきありがとうございます。
 
本書に出て来た事項のいくつかをネット検索してみた。このフィクションの着想に使われた史実レベルの側の情報検索の一部である。一覧にしておきたい。
東海寺  :「しながわ観光協会」
江戸の名所東海寺-東海寺と沢庵  :「EDO→TOKYO」
天恩山 五百羅漢寺  ホームページ
もぐりの私娼から江戸吉原のトップ「太夫」にまで上り詰めた伝説の遊女「勝山」
              :「Japaan」
勝山(遊女)  :ウィキペディア
明石志賀之助  :ウィキペディア
明石志賀之助  :「宇都宮の歴史と文化財」
初代横綱・明石志賀之助は実在したの??? 
     :「うきよのおはなし~江戸文学が崩し字と共に楽しく読めるブログ~」
王舍城事・第二章 両火房について述べる  :「日蓮大聖人と私」
近衛尋子 :ウィキペディア
「 葵と菊  越前の名刀工・康継と国清 」 :「福井市立郷土歴史博物館」
骨喰藤四郎  :ウィキペディア

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この読後印象記を書き始めた以降に著者の作品を読み、書き込んだのは次の作品です。
こちらもお読みいただけるとうれしいかぎりです。
『破蕾』  講談社
『光圀伝』 角川書店
『はなとゆめ』  冲方丁  角川書店
『決戦! 大坂城』 葉室・木下・富樫・乾・天野・冲方・伊東  講談社