遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『決戦! 大坂城』 葉室・木下・富樫・乾・天野・冲方・伊東  講談社

2016-01-27 12:39:57 | レビュー
 豊臣家滅亡へと導いた大坂冬の陣・夏の陣の舞台が7人の作家により、様々な角度から切り込まれていく。本書は一つの茶碗という総体を様々な角度から眺めその有り様を愛でいく様に似ている。その時代状況の一局面を切り出して、大坂城という最後の決戦の場に、7人の作家が競作という形で切り込んでいるのは実にスリリングである。どの局面・事象の事実の断片を汲み出し、その空隙をどのように想像力で充たし創作していくのか。史実を背景に独立になされた創作の産物が、どのように相呼応するのか。まさに、いざ参陣!というところ。
 一言でいえば、裏切られなかったな、いい競作になっている! という読後印象である。史実として知っていること、伝聞してきたことなどから総合して漠然と抱いていた大坂の冬の陣・夏の陣及びその周辺に対するイメージを、良い意味で裏切られ、史実の解釈可能性及び意外性、面白さを味わうことができたと言える。学者の研究視点では論じえないことが時代小説というフィクションでは史実を大幅に損ねない範囲で試みることができる。史実の空隙をどう創作し、史実を織りなすかによって。ここにはその楽しみが詰まっている。特定の人物に漠然と抱いていたイメージを崩される意外性、史実という断片に隠された背景の解釈を広げて再度見直してみるのも必要かと思わせる面白さなどがある。それぞれの短編作品にはひとひねりが加えられていて、読みごたえがある。

 目次に沿って各作品の印象をまとめてみたい。

「鳳凰記」 葉室 麟
 一介の野人から関白にまで地位を極めた豊臣秀吉は帝を尊崇していたと解釈しようとする見方を根底に据える。秀吉の妻・茶々が秀吉の死後、帝を徳川家康側から守る盾となろうとするという視点で描かれて行く。帝が聚楽第へ行幸のおり、茶々を目に止めて鳳凰のごとき女人という印象を抱かれたというくだりがある。そこから鳳凰がタイトルになっているようだ。大坂の冬の陣・夏の陣は、家康のいのちを削ぐ、いのちの戦い、女の戦だったとして描いていくところが興味深い。
 その中に描かれる2つのシーンがおもしろい。一つは御陽成天皇の譲位の儀式に秀頼が供奉するために大坂城から京に上る。その折りに二条城で家康と対面する場面である。そこで聡明な秀頼像が描かれて行く。もう一つは、秀頼による大仏殿の再建に伴う巨鐘の鋳造の際の鐘銘問題である。あの有名な「国家安康」「君臣豊楽」という箇所が物議を醸す。この時の徳川方の詰問に対する鐘銘撰述者清韓の答弁が小気味よく描かれいく。この場面が実におもしろい。この答弁内容に著者の創作が加わっているのか、史実記録に基づくことなのかは知らないが・・・・。
 さらに、この短編のクライマックスは、次のキーフレーズを含む会話場面である。
茶々「わたくしは徳川から帝をお守りする捨石になろうと思ったのです。」
又兵衛「捨石とはよう申されました。・・・・・」
茶々「ならば、死出の旅路の供をいたしてくれますか」
真田信繁「地獄へなりとお供を仕りまする」
 茶々と秀頼の実像は何か? 改めて考えさせ波紋を広げさせるストーリーになっている。

「日ノ本一の兵」 木下昌輝
 真田”左衛門佐”信繁、つまり真田幸村のストーリーである。話は病床で死の間際にいる父・真田昌幸と信繁の対話場面から始まる。徳川についた兄・信幸(後の真田信之)の扱いと、真田が大勢力と同盟するために信繁が人質として前半生を過ごしたということ、その結果、信繁が武功をあげることはおろか、戦さ場に出た経験すら無いということ、信繁がカラクリに興味を持ち工夫を重ねていたこと、などの背景状況が語られていく。これが信繁のその後の生き様の伏線になる。
 父昌幸は死の間際に、徳川の侍に佐衞門佐(信繁)とそっくりな男がいると語り信繁に指示を与える。そこからストーリーが飛躍していき、信繁とその影武者の奇想天外なストーリー展開となっていく。
 史実の断片的事実の空隙をまさに縦横に埋めていき、一捻りして織りあげたストーリーである。日ノ本一のツワモノになろうと秘策を練った信繁の最後の意外性が読ませどころとなる。著者の空想力がおもしろい。もしこの秘策の行動に事実の一端が含まれているならば、それこそおもしろいだろう。
 これ以上具体的印象に触れていくとネタばれに繋がり興を削ぐだろうから触れない。

「十万両を食う」 富樫倫太郎
 「腹が減っては戦ができぬ」という言葉がある。大坂城の両陣もその戦いの裏には食糧・米の確保が必要不可欠だった。食の供給は需給関係の問題である。需給に伴う米の相場と米の品質が関わってくる。「背に腹は替えられぬ」となれば、品質が悪くても米が欲しいという事態が発生する。京橋口にある淀屋の広い庭先で、米商人で三代目の近江屋伊三郎が己の買い集めた米の品質が悪くて米一石の値段を六匁と評価される。それは売り物にはならない茶米という評価宣告である。己の思惑が外れ、商売の破綻を想像して伊三郎が愕然とするところから、この話が始まる。
 この小説のおもしろいのは、伊三郎が結果的に大坂方の中枢問題に関わって行くところにある。それとは知らぬ間に真田幸村、秀頼の子・国松との関わりが生まれるというストーリーの展開だ。その関わり方が読ませどころである。
 もう一つ、大阪の淀屋橋という地名の由来となったのが淀屋という商人であることは知っていた。しかし淀屋が米商人でもあり、米市を取り仕切る立場だったことは知らなかった。そしてその淀屋がかなりあくどい米商売で財を成したという時期があった形で描かれ、伊三郎がその淀屋を見返すために対抗意識を抱くということが、彼の原動力となるという筋の運びも実におもしろい。
 少し調べてみて、「淀屋の米市」の設定が大坂の陣の時期とマッチするのかどうか少し気になった。まあフィクションだからこだわる必要はないのだろうけれど。また、近江屋伊三郎は著者の創作なのだろうか、実在のモデルがいるのか・・・・。

「五霊戦鬼」 乾禄郎
 甲州恵林寺は天正10年4月、織田軍により焼討ちされる。この時、快川和尚が「心頭滅却すれば火も自ずから涼し」という辞世を残したということは有名だ。この時寺に逃げこみ匿われていた六角義定に快川は法雲という名を与え、羽州伊達家の虎哉宗乙(こさいそういつ)という僧に頼れと言い、逃したという。このストーリーは、法雲を軸に、水野日向守勝成と伊達家に仕える黒脛巾(くろはばき)組の忍び・惣右衞門を登場させる。
 大坂夏の陣の最中で、水野勝成が所有する見事な蒔絵が施された印籠、その中にある「襟草五霊丸」という黒い丸薬に深く関わる奇譚物語である。その丸薬入り印籠は、かつて勝成が切支丹大名として名高い小西行長に仕えていた頃に下賜されたものだった。そしてその丸薬は不可思議な効能を持つ秘薬なのだ。
 法雲は伊達正宗の客僧となり、正宗の参謀的立場になっている。正宗に印籠の丸薬のことを教える。またかつて、法雲はある宴の席で勝成に斬られて、この丸薬の薬効を体験すると同時に勝成に復讐心を抱き続けるという展開。勝成の生き様とも絡めた興味深いストーリー展開となっている。宮本武蔵が登場する場面もあっておもしろい。
 この小説、残された断片的歴史事実を荒唐無稽な切り口と絡めた面白さといえる。
 
「忠直の檻」 天野純希
 この小説は松平忠直の大坂城冬・夏の両陣への関わり方とそれ以降の生き様を描く。
 松平忠直の父は、家康の次男結城秀康であり、秀康は父から疎んじられ養子として他家をたらい回しにされ、家康から冷遇されて34歳の若さで亡くなる。忠直の正室・勝子は将軍秀忠の娘であり、将軍家を笠に着て夫に対して何の遠慮もない。つまり、忠直は家康を冷血漢と眺め、正室勝子には心が休まらないという一つの心理的檻の中に居る。筆頭家老の本多富正は家康から忠直の補佐を命じられていることから、忠直に遠慮が無い。戦場での忠直の考え・行動に干渉してくるのである。ここにも忠直を制約する檻がある。
 両陣では家康の下知に従った配置により、真田丸を拠点とする真田信繁との対戦となる。筆頭家老は忠直の思いを考えることなく、家康の下知通りに忠直が自軍を動かすことを求める。この戦場で忠直が何を考え、どう行動したかが描き出されていく。
 その忠直の心に占めていたのはお蘭という女性だった。お蘭が忠直の生き様を決定づけていく。
 忠直の抱く心理的檻がどう作用するか、そこにこの小説のテーマがあるようだ。
 夏の陣において安居神社あたりで真田信繁の首級を獲ったのは忠直隊だったのだが・・・・。この小説における忠直の生き様の結末は、本人にとってはベストとは言えないが、ベターレベルで、ハッピーではないかと感じる。お蘭に相当する女性が実在したのだろうか?

「黄金児」 冲方丁
 豊臣政権の没落をもたらす大坂城冬・夏の両陣は、今までそこで活躍した武将達にフォーカスを当てる側面で小説や資料を通じて親しんできた。秀頼という名前が出て来てもそれは祭り上げられた戦の頂点、シンボル的存在程度の取り上げ方が中心だった。つまり、それ以上考えることもなかったといえる。
 この小説は、豊臣秀頼その人自身の視点に立つ。慶長5年、数えで8歳になった年の7月末、「なんと騒がしきことかな」と感じ取った秀頼の感性から書き出され、23歳で自害するまでの秀頼の生き方と考え方、行動を鮮やかに描き出していく。生まれながらに貴人としての環境で育てられた男の人生物語である。
 この小説を読み終え、著者が黄金児として描き出したホーリスティックな秀頼像と歴史が記録する秀頼に関わる断片的事実との差異がどれだけあるか、その点に逆に関心を抱き始めている。
 ここに描かれる秀頼像の記述のいくつかを引用してご紹介する。
*槍や泳ぎや馬術の師たちが、揃って唸るほどの素質を開化させている。・・・・書も詩歌も水を吸う紙のように吸収していった。・・・天性といっていい明るさと率直さが、何を修めるにしても、強い推進力となった。 p207-208
*人の世のありようを深く知れば知るほど、むしろ秀頼の意識は遙か高みへとのぼり、澄明な眼差しで何もかもをとらえてゆくのであった。  p215
*十六歳となった秀頼・・・この頃、その体躯はついに六尺五寸(190cm)に達し、・・・見上げるばかりの大兵となっていた。  p218-219
*聡明さで知られた子供は今、家康という老獪きわまる策略家の存在によって、賢明の人になろうとしていた。 家康の秀頼評「賢き人なり」 p228

「男が立たぬ」 伊東 潤
 大阪城の夏の陣において、「男が立つ」という一点の高みにこだわり、己の生き様を貫いた部将たちがいた。その武将達が己の約束を守るために、己の命を賭した。その一側面を、現在時点の前段場面→その起因となる過去のストーリー→現在時点の後段場面という構成でストーリーが展開する。
 現時点の前段は、元和二年(1616)9月、江戸湯島台にある坂崎出羽守直盛の屋敷が、徳川秀忠の命じた一千余の軍勢に囲まれる。屋敷内では、直盛と嫡男平三郎が切腹の場に臨んでいる。そして、直盛りの剣術師匠の柳生但馬守宗矩が秀忠の命で切腹の検死役として臨んでいる。
 秀忠が直盛に「例のもの」を差し出せと命じたが、直盛は拒否したのだ。拒否したのは直盛が己の「男を立てる」ためである。嫡男も逍遙と父の意志を支持し切腹を受け入れる。男を立てる原因が、大坂城・夏の陣に遡るのである。
 そこで登場するのが、福島正則の弟で、備後国・三原城代を務める福島伊予守正守である。慶長二十年(1615)正月末に正則に江戸に出向くようにとの書状を正守は受け取る。正則が家康の意を受けて、正守に託すのは千姫救出という難事。このとき徳川方の連絡窓口になるのが坂崎出羽守直盛だったのだ。
 ここから福島正守がどう「男を立てる」かの行動が始まっていく。正守から救出された千姫のバトンタッチを受けるのが直盛なのだ。そこから直盛の「男を立てる」生き様に連続していくことになる。何をすることが「男を立てる」ことになるのか? それを描き出しているところが読み応えであろう。直盛が「男を立てる」その結果、柳生宗矩が「男が立たぬ」立場を撰ぶのか、「男が立つ」生き様でバトンを引き継ぐのか、選択を迫られることになる。生き様として爽やかな余韻を残す。
 少し調べると、直盛についての史実記録として直盛事件の原因は別のところにある記述がある。著者は穿った解釈をしているのだろうか? それとも、事実結果だけを使ったフィクションの創作なのか・・・・。歴史の事実記録には意図的な事実糊塗の側面があるという想定での創作なのか? ここにも史実の読み方と想像力の広がりがある。おもしろい。

 この7人の作家の競作である短編を読み、最後にふと思ったのは、この大坂城の両陣において、影の薄い二代将軍秀忠とは、どのような人物だったのだろうかである。
 

 ご一読ありがとうございます。

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この競作集を読み、関心を抱いた事項をいくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。
後陽成天皇 :ウィキペディア
鐘銘事件  :「コトバンク」
大坂の陣  :ウィキペディア
大坂城断面図のいろいろ  :「大坂城豊臣石垣公開プロジェクト」
豊臣秀吉の大坂城 中井家本丸図  :「JUNK-WORD.COM」
大坂城   :ウィキペディア
あの人の人生を知ろう~真田 幸村  :「文芸ジャンキー・パラダイス」
「真田丸はどこにあったか?」地元を調査して歩く :「玉造を応援する情報サイト」
淀屋 :ウィキペディア
商人が築いた水都 豪商・淀屋が架けた淀屋橋 :「水都祭」
堂島米市場  :「コトバンク」
豊臣国松  :ウィキペディア
中務大輔高盛   :「佐々木哲学校」
快川紹喜  :「コトバンク」
虎哉宗乙  :ウィキペディア
虎哉宗乙  :「烏有の人のブログ」
豊臣秀頼  :ウィキペディア
帝鑑図説(秀頼版) 将軍のアーカイブズ :「国立公文書館」
天秀尼  :ウィキペディア
坂崎出羽守直盛  :「大名騒動録」
坂崎直盛   :ウィキペディア
天王寺・岡山での最終決戦  :「大坂の陣絵巻~大阪の陣総合専門サイト~」

  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)

このブログを書き始めた以降、競作作家の作品について、徒然に以下のものの読後印象記を載せています。こちらもご一読いただけるとうれしいです。

===== 葉室 麟 作品 読後印象記一覧 ===== 更新4版(37+1冊)2016.1.27

富樫倫太郎
 『スカーフェイス 警視庁特別捜査第三係・淵神律子』 富樫倫太郎 幻冬舎
 『早雲の軍配者』 中央公論新社
 『信玄の軍配者』 中央公論新社
 『謙信の軍配者』 中央公論新社

乾 緑郎
『鬼と三日月 山中鹿之介、参る!』   朝日新聞出版
『完全なる首長竜の日』 宝島社
『忍び秘伝』      朝日新聞出版
『忍び外伝』      朝日新聞出版

冲方 丁
 『光圀伝』 角川書店
 『はなとゆめ』   角川書店

伊東 潤
 『国を蹴った男』  講談社 

『決戦! 関ヶ原』 作家7人の競作集  講談社
   今回の競作作家中、伊東潤・天野純希・冲方丁・葉室麟の短編作品の収録あり。



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