野田首相は答弁のなかで議員定数削減は国民の要望であると仰っておりました。多くの識者もマスコミで同様な趣旨の主張をしております。また、世論調査でも同様の結果が得られております。そういった意味では、議員定数削減は国民の総意であるとも言えるでしょう。
しかしながら、私は敢えて異論を申し上げます。これまでの私の主張は末尾の<参考>にリンクを張っておりますので、ご参照いただければと思います。
以下に主張の概要を列挙します。
① 問題は政治が有効に機能していないことである。これは議員数の多寡とは直接関係がない。
② 行政庁を監視するためには、むしろ議員数は多い方が望ましい。あるいは議員を補助するスタッフを充実させる必要がある。
③ 民主政治の理念からして、議員数は多い方が望ましい。
④ 政治コスト削減が必要ならば、議員報酬や政党助成金を削減する方が望ましい。
⑤ 小選挙区制度では、一票の格差是正が困難である。
と言うことで、私は議員定数の削減に反対するものです。皆様のご批判、ご意見をお待ちしております。
<参考> 「議員定数削減の是非」「議員定数削減」「議員定数削減と選挙制度改革(一票の格差是正)」「議員定数削減と選挙制度改革(一票の格差是正)-その2」「必要なのは歳入と歳出の一体改革なのでは?」
小選挙区制を廃止すること。
政党助成金を廃止すること。
この2点が重要だと考えます。
②単純に議員数の多寡によって行政庁への監視の強さが左右されるものとは思えません。
③「民主政治の理念」とは一体何を指しているのですか。議員数をより多く確保することにより限りなく直接民主制に近づけること、を指しているのだとしたら、歴史的に間接民主制を生み出した叡智を感情的にないがしろにしているだけのように受け取れます。
④方法論・技術論としては同意しますが、議員数が多ければ多いほど実現は困難でしょう。
⑤一票の格差問題については単なる数字上の問題としてではなく、もっとより深い理解と考究が国内で必要だと私は考えています。私の考えによれば、一票の格差問題や小選挙区制度は議員定数削減反対の論拠とは直接にはなりえません。
③民主主義というのは独裁ではないということで、良くても悪くても多数決で決めると言うことであり、多ければ良い意見に落ち着くというものでは決してない。
④議員報酬はもっと増やすべきである。
国の政治を動かす人が無数にある民間企業の役員の報酬よりはるかに安い報酬というのは情けない。
報酬は引き上げ報酬の分だけ働いてもらうべきだし、報酬分も働けないような人間を議員にすべきではない。
⑤小選挙区制は無意味というよりは害であろう。小選挙区の意見を国の政治に吸い上げる必要は無く、小選挙区に関わるような政治は県や市でやれば良い。国政は国の予算や経済問題や国際問題や環境問題等国全体に関わる問題や国の将来に関わる問題を解決して行くべきである。
最後に、大事なことは、基本的に少数精鋭が望ましいと考えるが、少数にするのは比較的容易だが、精鋭を集めることは非常に難しいということである。今の国会議員の内で精鋭として残したい人がどれほどいるだろうか。
またコメントをいただけましたら幸に存じます。
>
>違憲の状態で成立する法律が有効かということです。
>
この件に関しましては、「一票の格差を是正せずに解散か?(http://kyamaura.blog.ocn.ne.jp/blog/2012/08/post_dd8b.html)」で指摘しております。違憲判決の出方でかなり異なったものになろうかと思います。
違憲有効ならば、議員の地位はそのままですから、立法に関しては問題ないものと考えられます。
違憲一部無効、違憲全部無効ならば、議決自体に瑕疵があること考えることもできます。
ただ、現実問題として違憲無効の判決が出せるかどうか。そして、出たとしても、その間成立した法律が無効とされるかどうかは、大いに議論が分かれるところだと思います。ご指摘の通り、民主主義的には大いに疑問だと考えますが、国民生活の安定性から言って、一応有効なものとする必要があると考えます。その後、再選挙を実施した後、その間成立した法律等を議論すべきではないかと考えます。
立法府は、そのような事態とならないように努力すべきことは言うまでもないことと思います。
>①議員数の多寡と政治機能の有効性は直接関係すると思います。ここで「有効」の意味が明瞭ではありませんが、色んなことを言う人が少なければ少ないほど「意思決定の迅速性」は確保されるものだと思います。
議員数が多いとされる現状において、有効に機能していないことが指摘されているところですが、議員数を減らせば有効に機能すると果たしていえるのでしょうか?
少数精鋭であっても、主張が鋭く対立していればデッドロックに乗り上げることは往々にしてあり得ることだと思います。
また、意思決定が迅速に行われることが、政治が有効に機能することだとばかりはいえないような気がします。
>②単純に議員数の多寡によって行政庁への監視の強さが左右されるものとは思えません。
これはかなり左右されると思います。立法府に比べ、行政機関は巨大です。議員内閣制においては、与党の議員は、大臣、副大臣、政務官等々で行政の一員となります。そういった意味では、与党議員と行政は一体化していると考えることが出来ます。ですから、行政庁への監視の役割は、主に野党の議員が担うことになります。議員定数を削減すれば、野党の議員が減少することになり、チェック能力は低下せざるを得ないと考えます。
<参考> 「多党化は悪いことばかりか?-少数政党の役割(http://kyamaura.blog.ocn.ne.jp/blog/2012/12/post_40e5.html)」
>③「民主政治の理念」とは一体何を指しているのですか。議員数をより多く確保することにより限りなく直接民主制に近づけること、を指しているのだとしたら、歴史的に間接民主制を生み出した叡智を感情的にないがしろにしているだけのように受け取れます。
直接民主制に近づけることが、「間接民主制を生み出した叡智を感情的にないがしろにしているだけ」という意味が理解できません。もう少し詳しく教えていただけませんでしょうか。
私は「議員定数削減の是非(http://www.yamaura.jimusho.jp/teatime/teatime70.html)」で書いておりますように、間接民主制は直接民主制を擬制したものと考えております。国政においては、憲法改正における国民投票、地方自治においては住民投票があるように、重要な案件における直接参加の道があります。また憲法上の権利として、平穏に請願する権利が認められております。また、原発問題など、現在及び将来の国民にとって重要な決定に当たっては、国民投票の権利を認めるような法改正が望ましいと考えております。
>④方法論・技術論としては同意しますが、議員数が多ければ多いほど実現は困難でしょう。
これは、議員定数の多寡とは関係ないような気がしますが?
>⑤一票の格差問題については単なる数字上の問題としてではなく、もっとより深い理解と考究が国内で必要だと私は考えています。私の考えによれば、一票の格差問題や小選挙区制度は議員定数削減反対の論拠とは直接にはなりえません。
「議員定数削減と選挙制度改革(一票の格差是正)-その2(http://kyamaura.blog.ocn.ne.jp/blog/2012/01/post_c8e7.html)」で述べておりますように、一票の格差問題は選挙制度と不可分なものです。一票の格差と議員定数を比べた場合、どちらの優先順位が高いかと問われれば、私は一票の格差と答えます。故に、国会議員は全議員を比例代表制で選出した方が望ましいと考えます。その上で議員定数を削減することについては、少々不満はありますが肯定できるのではないかとまで思っております。
ということで、各論点につきまして簡単ではございますが、私の考えを述べさせていただきました。
今後ともご教授の程、よろしくお願い申し上げます。
>①議員定数は半分以下に減らしてアメリカ並みにすべきである。アメリカと比べて人口が半分なのに国会議員の数が2倍も必要ないはずである。定数を減らせば、頭数合わせのためだけに芸能人など実質的に働かない人を候補に寄せ集める必要もなくなる。(指示の通りに多数決の議決に参加するだけの人員は基本的に不要であろう。)
「議員定数削減と選挙制度改革(一票の格差是正)-その2(http://kyamaura.blog.ocn.ne.jp/blog/2012/01/post_c8e7.html)」で述べておりますように、アメリカは連邦制国家であり、日本の制度と比較するには相応しくないと思っております。
②スタッフの数はもっと増やすべきだと考る。スタッフは調査等で働くための人であり多く必要であるが、議決権は限られた人数で十分であり、国会の場ではもっと議論ができるべきであると考える。そのためには少ない方が良い。3人寄れば文殊の知恵と言うが、100人寄れば烏合の衆となるのは、世間でも国会でも同じである。
賢者が3人寄れば文殊の知恵かも知れませんが、愚者が3人寄った場合の恐ろしさは言語に絶するものがあると思います。
<参考> 「議員定数削減の是非(http://www.yamaura.jimusho.jp/teatime/teatime70.html)」、「議員定数削減(http://kyamaura.blog.ocn.ne.jp/blog/2011/08/post_1365.html)」
>③民主主義というのは独裁ではないということで、良くても悪くても多数決で決めると言うことであり、多ければ良い意見に落ち着くというものでは決してない。
ご指摘の通り、最終的には多数決で決定することに異議はございません。ただ、そのプロセスについては、多ければ良いというものでもありませんが、同様に少なければ良いといったものでもないと思います。より多くの主張で揉まれてきたものの方が、一般性があるものではないかと思います。元々、民主主義とは効率的とは対極にあるのではないかと考えます。効率性を追求すれば、独裁制でしょう。これこそ賢者と愚者では、天と地ほどの隔たりがあります。
④議員報酬はもっと増やすべきである。
国の政治を動かす人が無数にある民間企業の役員の報酬よりはるかに安い報酬というのは情けない。
報酬は引き上げ報酬の分だけ働いてもらうべきだし、報酬分も働けないような人間を議員にすべきではない。
これには賛成です。ただし、「議員定数削減の是非」で述べておりますように、「景気回復と財政再建ができ立派な国家として甦ったた暁には、胸を張ってこれだけ仕事をしたのだから応分の報酬を要求してください。それまでは議員が率先して苦労に甘んじる姿勢を示すことが無ければ、国民は誰一人として政治家を信用しないと思います。」といったことかと思います。
>⑤小選挙区制は無意味というよりは害であろう。小選挙区の意見を国の政治に吸い上げる必要は無く、小選挙区に関わるような政治は県や市でやれば良い。国政は国の予算や経済問題や国際問題や環境問題等国全体に関わる問題や国の将来に関わる問題を解決して行くべきである。
これは全く同感です。
>最後に、大事なことは、基本的に少数精鋭が望ましいと考えるが、少数にするのは比較的容易だが、精鋭を集めることは非常に難しいということである。今の国会議員の内で精鋭として残したい人がどれほどいるだろうか。
これも思いは同じかと思います。
これについても「議員定数削減の是非」で述べているように「小数の政治エリートによって国政が牛耳られる恐ろしさを考えれば、少々の質の低下はむしろ歓迎されることなのかも知れません。」といった
懸念を持っております。
ということで、各論点につきまして簡単ではございますが、私の考えを述べさせていただきました。
今後ともご教授の程、よろしくお願い申し上げます。
まあ、何でも決めるのが早ければよいということでもなし。
いろんなことを言う人は、多いほうがよいのではありませんか。
今後ともよろしくお願い申し上げます。