形声文字と音符
山本康喬 『漢字音符字典』著者・漢字教育士
私は漢検1級の対象字である約6500字を音符別に分類した『漢字音符字典』を2007年に刊行しました。おかげさまで、この本は漢検受験者から好評をもって迎えられ、2012年には東京堂出版から改訂増補版を出しています。
(1)音符は形声文字か
この本が皆様に受け入れられるにつれ、私は音符について多くの質問を受けるようになりました。ひとつは「形声文字と音符の関係」についてです。形声文字とは「意味を表す意符と、発音を表す音符(声符)を組み合わせて、新しくできた文字」をいいます。質問のひとつは「音符は形声文字か?」というものです。まず、それについてお答いたします。
形声文字と音符の関係は、式に表すと「形声文字=意符(多くは部首)+音符」という関係式になります。例えば、音符「采サイ」を含む形声字は以下のようになります。
<音符> 采サイ・つみとる・いろどり
<形声文字>
サイ:彩サイ・いろどる 採サイ・とる 菜サイ・やさい 綵サイ・あやぎぬ
ここで音符「采サイ」は、自身の発音と意味をもっていますが、さらに意符(部首)と結合して形声文字:彩サイ・採サイ・菜サイ・綵サイ、を作り、そのなかで発音を表す音符となっており、発音は全部「サイ」です。では、采サイは形声文字なのでしょうか。上の式によれば、采サイは意符がゼロの状態です。形声文字とは意符を含んだ状態をいう文字ですから、意符がない文字は形声文字ではありません。ですから采サイは形声文字ではありません。しかし音符は形声文字の核心をなす文字であり、同じ音符を含む形声字(彩サイ・採サイ・菜サイ・綵サイ)は、その音符家族になります。
もうひとつ例をあげます。音符「兆チョウ」です。
<音符> 兆チョウ・きざす・数の単位
<形声文字>
チョウ:挑チョウ・いどむ 眺チョウ・ながめ 跳チョウ・はねる 佻チョウ・かるがるしい 晁チョウ・あさ・夜明け 窕チョウ・おくぶかい 誂チョウ・あつらえる 銚チョウ・鋤・釣り手のついた鍋
トウ:逃トウ・にげる 桃トウ・もも
ヨウ:姚ヨウ・美しい
音符「兆チョウ」は自身の発音「チョウ」と意味「きざす・数の単位」をもっていますが、意符(部首)と組み合わさって形声文字を作っています。その発音は、チョウ・トウ・ヨウの3種類に分かれています。この発音分化は、トウはタ行の音韻変化から、ヨウはチョウ(tyou)からtが欠落してヨウ(you)になったと考えられます。音符「兆チョウ」は、3種類の発音をもつ11の形声文字からなる音符家族を形成しています。
形声文字が音符になる場合
ここまで「音符は形声文字ではない」と言ってきました。そのとおりですが、実は形声文字自体が音符になることがあります。私の『漢字音符字典』から、その例を一つあげますと、音符「至シ」がそれです。
<音符> 至シ・いたる
<形声文字>
シ・シツ:鵄シ・とび 室シツ・へや 桎シツ・足かせ 蛭シツ・テツ・ひる
チ :致チ・いたす 緻チ・こまかい 輊チ・車の前が重く下がっている
チツ:窒チツ・ふさぐ 膣チツ・女性器官
テツ:姪テツ・めい 咥テツ・キ・くわえる 垤テツ・ありづか 耋テツ・老人・八十歳
トウ:到トウ・いたる 倒トウ・たおれる
ここで、音符「至シ」は、シ・シツ・チ・チツ・テツ・トウの6つの発音に分かれて16字を形成しています。このうち、シツ・チ・チツ・テツ・トウは辞典によって①会意説と②形声説がありますが、②の説が多いので形声文字と見なします。(ただし、到トウは刂(刀トウ)の形声文字とする説が有力)
このうち、致チと窒チツは至シの形声文字ですが、さらに形声文字の緻チ・膣チツの音符になっています。また、到トウは、さらに形声文字・倒トウの音符になっています。
ですから、致チ・窒チツ・到トウは、音符自身が形声文字であり、かつ新たな形声文字を作っているわけです。しかし、この場合でも致チ・窒チツ・到トウは、緻チ・膣チツ・倒トウに対しては音符であって、これらの文字と同格の形声文字ではありません。私は、こうした例を致チ・窒チツは至シが親音符に対して子音符と呼んでいます。本来なら、致チ・窒チツ・到トウは独立させて別の音符とするべきですが、音符「至」との関係がわかるように便宜的に一緒に配列しています。
(2)音符にならない字とは
では逆に音符にならない字について考えてみましょう。『漢字音符字典』から、「車シャ」をとりあげてみます。
<音符> 車シャ・くるま
<形声文字> なし
<会意文字1> 陣ジン・チン・戦の備え 庫コ・ク・くら 轟ゴウ・とどろく 輦レン・こし・てぐるま
<会意文字2(音符となる)> 軍グン・いくさ・兵士の集団 斬ザン・刃物で切る 連レン・つらなる
車シャは、くるまを描いた象形文字です。部首「車くるま・くるまへん」になり、軋アツ・軌キ・軒ケン・転テン・軟ナン・軸ジク・軽ケイ・較カク・轄カツ・載サイ・輝キ・輟テツ・輩ハイ・輓バン・輔ホ・輛リョウ・輪リン・轢レキ・轆ロク・輸ユ・輿ヨ(以上が形声文字)、軍グン・轟ゴウ・輦レン・轡ヒ(以上が会意文字)などの形声文字や会意文字をつくります。
しかし、発音の「シャ」を継承する形声文字を作りません。したがって車は音符になりません。一方、部首に属する字から分かるように、車は他の文字とむすびついて会意文字を作ります。これらの会意文字などから音符が誕生していますので便宜的に音符「車シャ」を建てています。
音符「車シャ」の<会意文字2> 軍グン 斬ザン 連レンは、音符となって多くの形声文字をつくります。以下に紹介します。
<音符> 軍グン・いくさ・兵士の集団
<形声文字>
グン・クン:葷クン・においの強い野菜 皹クン・ひび・あかぎれ
ウン:運ウン・はこぶ 暈ウン・かさ・めまい
コン:渾コン・すべて・にごる 褌コン・ふんどし 諢コン・たわむれる 鶤コン・しゃも
キ :揮キ・ふるう 暉キ・ひかり・かがやく
音符「軍グン」の音韻変化は、①濁音グン⇒清音クンへの変化。②グンが属するカ行音(コン・キ)への変化。③グン(gun)のgが欠落しウン(un)となる変化、によると考えられます。
<音符> 斬ザン・刃物で切る
<形声文字>
ザン:暫ザン・しばらく 塹ザン・ほり 嶄ザン・サン・山が高くけわしい 慙ザン・はじる 槧ザン・ふだ・版木 鏨ザン・サン・たがね・彫る 漸ゼン・ザン・ようやく・進む
音符「斬ザン」は、すべての発音がザンで揃っています。
<音符> 連レン・つらなる
<形成文字> 蓮レン・はす 漣レン・さざなみ 縺レン・もつれる 鏈レン・くさり
音符「連レン」は、すべての発音がレンで揃っています。
以上、車シャは象形文字であり主に部首に用いられ、会意文字は作りますが、単独では音符にならず、形声文字はありません。これと似た字には、月ゲツ・つき 火カ・ひ 牛ギュウ・ゴ・うし 言ゲン・ゴン・いう・ことば 糸[絲]シ・いと 欠ケン・あくび 、などがあります。これらの字は、ほとんど主要な象形文字であり、意味をあらわすのが中心で部首にはなるが、音符になりにくいのが特徴です。
終わりに
形声文字と音符との関係について説明し、さらに音符にならない字として車を例にあげ、車は音符にならないが、車の会意字が音符となることを説明しました。音符とは、結合を繰り返して増えてゆく漢字の中にあって、発音を表す部分であるのみでなく、結合の結果できた文字もまた音符になるという変幻自在の存在でもあるのです。
山本康喬 『漢字音符字典』著者・漢字教育士
私は漢検1級の対象字である約6500字を音符別に分類した『漢字音符字典』を2007年に刊行しました。おかげさまで、この本は漢検受験者から好評をもって迎えられ、2012年には東京堂出版から改訂増補版を出しています。
(1)音符は形声文字か
この本が皆様に受け入れられるにつれ、私は音符について多くの質問を受けるようになりました。ひとつは「形声文字と音符の関係」についてです。形声文字とは「意味を表す意符と、発音を表す音符(声符)を組み合わせて、新しくできた文字」をいいます。質問のひとつは「音符は形声文字か?」というものです。まず、それについてお答いたします。
形声文字と音符の関係は、式に表すと「形声文字=意符(多くは部首)+音符」という関係式になります。例えば、音符「采サイ」を含む形声字は以下のようになります。
<音符> 采サイ・つみとる・いろどり
<形声文字>
サイ:彩サイ・いろどる 採サイ・とる 菜サイ・やさい 綵サイ・あやぎぬ
ここで音符「采サイ」は、自身の発音と意味をもっていますが、さらに意符(部首)と結合して形声文字:彩サイ・採サイ・菜サイ・綵サイ、を作り、そのなかで発音を表す音符となっており、発音は全部「サイ」です。では、采サイは形声文字なのでしょうか。上の式によれば、采サイは意符がゼロの状態です。形声文字とは意符を含んだ状態をいう文字ですから、意符がない文字は形声文字ではありません。ですから采サイは形声文字ではありません。しかし音符は形声文字の核心をなす文字であり、同じ音符を含む形声字(彩サイ・採サイ・菜サイ・綵サイ)は、その音符家族になります。
もうひとつ例をあげます。音符「兆チョウ」です。
<音符> 兆チョウ・きざす・数の単位
<形声文字>
チョウ:挑チョウ・いどむ 眺チョウ・ながめ 跳チョウ・はねる 佻チョウ・かるがるしい 晁チョウ・あさ・夜明け 窕チョウ・おくぶかい 誂チョウ・あつらえる 銚チョウ・鋤・釣り手のついた鍋
トウ:逃トウ・にげる 桃トウ・もも
ヨウ:姚ヨウ・美しい
音符「兆チョウ」は自身の発音「チョウ」と意味「きざす・数の単位」をもっていますが、意符(部首)と組み合わさって形声文字を作っています。その発音は、チョウ・トウ・ヨウの3種類に分かれています。この発音分化は、トウはタ行の音韻変化から、ヨウはチョウ(tyou)からtが欠落してヨウ(you)になったと考えられます。音符「兆チョウ」は、3種類の発音をもつ11の形声文字からなる音符家族を形成しています。
形声文字が音符になる場合
ここまで「音符は形声文字ではない」と言ってきました。そのとおりですが、実は形声文字自体が音符になることがあります。私の『漢字音符字典』から、その例を一つあげますと、音符「至シ」がそれです。
<音符> 至シ・いたる
<形声文字>
シ・シツ:鵄シ・とび 室シツ・へや 桎シツ・足かせ 蛭シツ・テツ・ひる
チ :致チ・いたす 緻チ・こまかい 輊チ・車の前が重く下がっている
チツ:窒チツ・ふさぐ 膣チツ・女性器官
テツ:姪テツ・めい 咥テツ・キ・くわえる 垤テツ・ありづか 耋テツ・老人・八十歳
トウ:到トウ・いたる 倒トウ・たおれる
ここで、音符「至シ」は、シ・シツ・チ・チツ・テツ・トウの6つの発音に分かれて16字を形成しています。このうち、シツ・チ・チツ・テツ・トウは辞典によって①会意説と②形声説がありますが、②の説が多いので形声文字と見なします。(ただし、到トウは刂(刀トウ)の形声文字とする説が有力)
このうち、致チと窒チツは至シの形声文字ですが、さらに形声文字の緻チ・膣チツの音符になっています。また、到トウは、さらに形声文字・倒トウの音符になっています。
ですから、致チ・窒チツ・到トウは、音符自身が形声文字であり、かつ新たな形声文字を作っているわけです。しかし、この場合でも致チ・窒チツ・到トウは、緻チ・膣チツ・倒トウに対しては音符であって、これらの文字と同格の形声文字ではありません。私は、こうした例を致チ・窒チツは至シが親音符に対して子音符と呼んでいます。本来なら、致チ・窒チツ・到トウは独立させて別の音符とするべきですが、音符「至」との関係がわかるように便宜的に一緒に配列しています。
(2)音符にならない字とは
では逆に音符にならない字について考えてみましょう。『漢字音符字典』から、「車シャ」をとりあげてみます。
<音符> 車シャ・くるま
<形声文字> なし
<会意文字1> 陣ジン・チン・戦の備え 庫コ・ク・くら 轟ゴウ・とどろく 輦レン・こし・てぐるま
<会意文字2(音符となる)> 軍グン・いくさ・兵士の集団 斬ザン・刃物で切る 連レン・つらなる
車シャは、くるまを描いた象形文字です。部首「車くるま・くるまへん」になり、軋アツ・軌キ・軒ケン・転テン・軟ナン・軸ジク・軽ケイ・較カク・轄カツ・載サイ・輝キ・輟テツ・輩ハイ・輓バン・輔ホ・輛リョウ・輪リン・轢レキ・轆ロク・輸ユ・輿ヨ(以上が形声文字)、軍グン・轟ゴウ・輦レン・轡ヒ(以上が会意文字)などの形声文字や会意文字をつくります。
しかし、発音の「シャ」を継承する形声文字を作りません。したがって車は音符になりません。一方、部首に属する字から分かるように、車は他の文字とむすびついて会意文字を作ります。これらの会意文字などから音符が誕生していますので便宜的に音符「車シャ」を建てています。
音符「車シャ」の<会意文字2> 軍グン 斬ザン 連レンは、音符となって多くの形声文字をつくります。以下に紹介します。
<音符> 軍グン・いくさ・兵士の集団
<形声文字>
グン・クン:葷クン・においの強い野菜 皹クン・ひび・あかぎれ
ウン:運ウン・はこぶ 暈ウン・かさ・めまい
コン:渾コン・すべて・にごる 褌コン・ふんどし 諢コン・たわむれる 鶤コン・しゃも
キ :揮キ・ふるう 暉キ・ひかり・かがやく
音符「軍グン」の音韻変化は、①濁音グン⇒清音クンへの変化。②グンが属するカ行音(コン・キ)への変化。③グン(gun)のgが欠落しウン(un)となる変化、によると考えられます。
<音符> 斬ザン・刃物で切る
<形声文字>
ザン:暫ザン・しばらく 塹ザン・ほり 嶄ザン・サン・山が高くけわしい 慙ザン・はじる 槧ザン・ふだ・版木 鏨ザン・サン・たがね・彫る 漸ゼン・ザン・ようやく・進む
音符「斬ザン」は、すべての発音がザンで揃っています。
<音符> 連レン・つらなる
<形成文字> 蓮レン・はす 漣レン・さざなみ 縺レン・もつれる 鏈レン・くさり
音符「連レン」は、すべての発音がレンで揃っています。
以上、車シャは象形文字であり主に部首に用いられ、会意文字は作りますが、単独では音符にならず、形声文字はありません。これと似た字には、月ゲツ・つき 火カ・ひ 牛ギュウ・ゴ・うし 言ゲン・ゴン・いう・ことば 糸[絲]シ・いと 欠ケン・あくび 、などがあります。これらの字は、ほとんど主要な象形文字であり、意味をあらわすのが中心で部首にはなるが、音符になりにくいのが特徴です。
終わりに
形声文字と音符との関係について説明し、さらに音符にならない字として車を例にあげ、車は音符にならないが、車の会意字が音符となることを説明しました。音符とは、結合を繰り返して増えてゆく漢字の中にあって、発音を表す部分であるのみでなく、結合の結果できた文字もまた音符になるという変幻自在の存在でもあるのです。
私は漢字検定1級を目指し勉強しているのですが、
こちらの「漢字音符字典 改訂増補版」を知り、私の勉強にはこの書籍が絶対に必要だと思い、
各所探し回り、出版社に問い合わせるなど手を尽くしましたが、絶版で在庫も全く無いという状況でした。
アマゾンにて中古が販売されていますが、こちらは大変高価な為、手が出ません。
突然の申し出で、また大変おこがましいのですが、
もしこちらの書籍を複数所持されておりましたら、宜しければぜひ、お譲りいただけないでしょうか。
大変不躾なお願いではありますが、ご検討いただけますでしょうか。
何卒、宜しくお願い申し上げます。
何度も申し訳ございません。
宜しくお願い申し上げます。
HPの「お問い合わせ」より、メッセージを送らせていただきました。
ご確認の程、宜しくお願い申し上げます。
漢字を解読して紹介しています。ご参照ください。
漢字を解読して紹介しています。ご参照ください。