漢字の音符

漢字の字形には発音を表す部分が含まれています。それが漢字音符です。漢字音符および漢字に関する本を取り上げます。

音符 「隙ゲキ」<すきま>

2015年02月28日 | 漢字の音符
      ゲキ <すきま>
 ゲキ・すき  阝部  

解字 「小(ちいさい)+日(日の光)+小(ちいさい)」は、太陽の光が小さなスキマから細く差し込むさまを表す。これに阝(土壁)のついた隙は、壁のすきまから光が細く差し込んでいるさまで、隙間を表す。
意味 すき(隙)。すきま。あいだ。ひま。「間隙カンゲキ」(①すきま。すこしのひま。②仲たがい)「間隙を生ずる」(仲たがいが起きる)「隙駒ゲキク」(戸の隙間からチラッと見えるように速く走る馬。月日の過ぎるのが速いこと)「寸隙スンゲキ」(①わずかな暇。②少しのすきま)
<紫色は常用漢字>

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音符「多タ」<肉をかさねる> と「移イ」

2015年02月27日 | 漢字の音符
 タ・おおい  夕部

解字 「夕(にく)+夕(にく)」の会意。肉をたくさん重ねたかたち。おおい意を表わす。夕は、夕がたの「夕」と同じ形であるが、ここでは肉の意。
意味 おおい(多い)。たくさん。「多額タガク」「多彩タサイ」「過多カタ」(多すぎる)「多寡タカ」(多い少ない)

イメージ
 「多くの肉」
(多・侈)
 「形声字」(移)
音の変化  タ:多  イ:移  シ:侈

多くの肉
 シ・おごる  イ部
解字 「イ(ひと)+多(多くの肉)」の会意形成。人が多くの肉を食べること。ぜいたくする意となり、また、他人を見下す意となる。
意味 (1)浪費する。ぜいたくする。「奢侈シャシ」(ぜいたくする。奢も侈も、ぜいたくする意)「華侈カシ」(派手でぜいたく) (2)おごる(侈る)。いばる。尊大にふるまう。「驕侈キョウシ」(驕も侈も、おごること) (3)度をこした。「侈欲シヨク」(度をこした欲望)

形声字 
 イ・うつる・うつす  禾部
解字 「禾(穀物)+多(イ)」の形声。イは迻に通じる。迻は、「辶(ゆく)+多(多くの肉)」の会意形声で、多くの肉を持ってゆくことから、(肉を)うつす意。それに禾(穀物)がついた移は、穀物をうつすこと。穀物に限らず、うつす・うつる意となる。
意味 (1)うつる(移る)。うつす(移す)。「移動イドウ」「移行イコウ」「移住イジュウ」(2)[国]うつる。①匂いがうつる。「移り香」②うつりかわる。「季節の移ろい」③伝染する。「風邪が移る」
<紫色は常用漢字>

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音符 「氾ハン」 <ひろがる> と 「犯ハン」「笵ハン」「範ハン」

2015年02月23日 | 漢字の音符
 ハン   氵部   

解字 「氵(水)+㔾(ハン)」の形声。篆文の㔾は、ハンの音を表すが、意味は不明の字。ハンは汎ハン(あまねく)に通じ、水があまねくひろがる・あふれる意。また、ひろい・あまねくの意ともなり、汎とほぼ同じ意味で使われる。
意味 (1)ひろがる。あふれる。「氾濫ハンラン」(氾も濫も、水があふれる意。洪水になること) (2)ひろい。あまねく。「氾愛ハンアイ」(分け隔てなく愛する=汎愛) (3)うかぶ。ただよう。

イメージ 
 「あふれてひろがる」
(氾)
 「形声字」(笵・範・犯)
音の変化  ハン:氾・笵・範・犯

形声字
 ハン  竹部
解字 「竹(材料)+氾(ハン)」の形声。ハンは版ハン(=原版。もとの版)に通じ、同じものをいくつもつくる元型をいう。これに竹(材料)がついた笵は、慣用により金属を流し込んで形をつくる鋳型の意味で使われる。
意味 (1)かた。いがた。「同笵ドウハン」(おなじ鋳型で鋳造する)「同笵鏡ドウハンキョウ」(同じ型から造られた鏡)「鎔笵ヨウハン」(鋳型。鎔けた金属を流し込む型のこと) (2)のり(法)。
 ハン・のり  竹部  
解字 「車(くるま)+笵の略体(かた)」で、車を作るとき車輪の曲線を示す型が原義。基本となる型であることから、てほん・きまり・のり、の意で用いられる。
意味 (1)のり(範)。てほん。きまり。「模範モハン」(見習うべき手本)「規範キハン」(規も範も、のり・てほんの意)「師範シハン」(てほん。指導する人)「範例ハンレイ」(模範となる例) (2)かた。いがた。(=笵)。「範囲ハンイ」(かたで囲む。一定のきまった区域)「広範コウハン」(広い範囲)
 ハン・おかす  犭部
解字 金文は、「犭(いぬ)+㔾(ハン)」の形声。ハンは範ハン(きまり・のり)に通じる。ここで犬は、人の悪者を犬に例えた言い方で、犯は法や道徳を破る人、また、その行為をいう。
意味 おかす(犯す)。決められたのり(法・則)をおかす。「犯罪ハンザイ」(罪を犯す)「犯人ハンニン」「侵犯シンパン」(他の領土や権利をおかす)「共犯キョウハン
<紫色は常用漢字>

          
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音符 「聯レン」 <つらなる> と 「関カン」 <せき> 

2015年02月19日 | 漢字の音符
 レン・つらねる・つらなる  耳部

解字 篆文は「耳(みみ)+糸糸(ひも)」の会意。戦場で切った敵の耳を紐でつないだ形。楷書から、糸糸⇒「幺幺(糸の略体)+丱カン(あげまき結び)」に変化した聯レンになった。丱カンは、少年が頭髪を左右に分けて両方に輪を作った髪型。二つの輪があることから貫カン・串カン(つらぬく)に通じ、耳を糸でつらぬく意となる。聯レンは耳をいくつも紐で通したかたちで、つらねる意となる。また、丱カン(左右のあげまき結び)から、左右のつながり(一対)の意味でも使われる。
意味 (1)つらねる(聯ねる)。つなげる。「聯合レンゴウ」(=連合)「聯珠レンジュ」(①珠をつらねる、転じて、美しい詩文をつくる。②日本では五目ならべ) (2)つらなる(聯なる)。並んで続く。続く。「聯綿レンメン」(長く絶え間のないさま=連綿) (3)二つがそろう。合わせて一つにする。「聯璧レンペキ」(一対の璧玉ヘキギョク:平らで円形の玉)「対聯ツイレン」(中国で、新年に家の玄関の左右の柱に対句を飾ること。=春聯シュンレン


             カン <せき>
[關] カン・せき・かかわる  門部  

解字 金文は、「門(もん)+串カン(つらぬく)」で、門のかんぬきに棒を通した形。門を閉ざしてかんぬきをかける意を表わす。篆文と旧字は、門の中が、串カン⇒同じ発音の「幺幺(糸)+丱カン(あげまき結び)」(=聯の右辺)に変化した。さらに新字体は、門の中が「关」に簡略化された関になった。意味は、門の扉にかんぬきをして門を閉ざすこと。転じて、街道上の要地に門を設けて開閉し通行人を検査する施設をいう。つなぎめ、かかわる意ともなる。
意味 (1)かんぬき。閉ざす。しめる。 (2)せき(関)。せきしょ(関所)。出入り口。「関門カンモン」「関税カンゼイ」「難関ナンカン」(3)つなぎめ。「関節カンセツ」 (4)かかわる(関わる)。「関係カンケイ」「関与カンヨ」 
<紫色は常用漢字>

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音符 「畢ヒツ」 <柄のついた捕獲網> と「篳ヒツ」「蹕ヒツ」

2015年02月16日 | 漢字の音符
 ヒツ・おわる  田部

解字 鳥や獣をとりおさえる柄つきの網の象形。金文は下部が網枠とそれにつづく十字形の柄を描き、上部の田は網の部分を別に描いた形。篆文は田と網枠が連続した形から、現代字の畢になった。意味は、あみで獲りおさえるので「おわる」、獲り尽くすので、「ことごとく」の意となる。
意味 (1)あみ。鳥や獣をとりおさえる柄つきのあみ。あみする。 (2)おわる(畢わる)。おえる。「畢生ヒッセイ」(一生を終るまで。生涯。=畢世)「畢竟ヒッキョウ」(つまるところ。結局のところ) (3)ことごとく。すべて。「畢尽ヒツジン」(畢も尽も、ことごとくの意)
覚え方 田()に、よこ一()たて二( | | )よこ二()たてぼう( | )、ヒッセイ(生涯)忘れない。
畢の筆順 

イメージ 
 「捕獲あみ」
(畢)
 「あみ」(篳・蹕)
音の変化   ヒツ:畢・篳・蹕  
  
あみ
 ヒツ・ヒチ・まがき  竹部   
解字 「竹(たけ)+畢(あみ)」の会意形声。竹で網のように編んだ垣根。
意味 (1)まがき(篳)。細い竹を組んで作ったかきね。「篳門ヒツモン」(竹をまがきのように組んだ門扉。粗末な門) (2)「篳篥ヒチリキ」とは、雅楽用の細竹製のたて笛。西域の都市国家・亀茲キジ(現在の新疆ウイグル自治区クチャ市(庫車市)付近)が起源とされ、ヒチリキは古代亀茲語の発音。当初、必栗ヒツリキと書いていたが、のち篳篥ヒチリキとなった。
 ヒツ・はらう  足部
解字 「足(あし=あるく)+畢(あみ)」の会意形声。帝王の外出にあたって、畢(あみ)を持ちながら先に歩いて通行人を規制すること。
意味 はらう(蹕う)。先払い。帝王が外出するときの先導や先払い。「蹕御ヒツギョ」(帝王の行列の先払い)「蹕路ヒツロ」(先払い。また、帝王の車が通るルート)

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音符「殺サツ」<ころす> と「刹サツ」「弑シ」

2015年02月12日 | 漢字の音符
サツ・サイ・セツ・ころす  殳部   

解字 金文は種類が多く十字余りあるがそのひとつ。手に道具をもち獣のようなものを打つ形で、獣の先の点は出血を表しているという説もある。打ち殺す意。ところが篆文はすっかり形が変わり「乂(刈る)+朮(もちあわ)+殳(打つ)」になり。金文の獣らしき形が、もちあわを刈る形になった。旧字は朮(もちあわ)を引き継ぎ、となったが、新字体は朮の点がとれて木に変化した殺となった。
意味 (Ⅰ)サツ・セツの発音:①ころす(殺す)。あやめる。「殺生セッショウ」(生きものを殺すこと)「射殺シャサツ」(射ち殺す) ②なくす。ほろぼす。「抹殺マッサツ」(完全に消し去る) ③程度がはなはだしい。「殺到サットウ」「忙殺ボウサツ
(Ⅱ)サイの発音:そぐ(殺ぐ)。へらす。「相殺ソウサイ」(互いに差し引く)「減殺ゲンサイ」(減らしてそぐ。少なくする)

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 「ころす」
(殺・弑)  
 「サツの音」(刹)
音の変化  サツ:殺・刹  シ:弑

ころす
 シ・シイ  弋部
解字 「杀(=殺の略体。ころす)+式(順序)」の会意形声。式には、順序・だんどりの意があり、弑は、目上の相手を殺して順序を変えること。音符は「式シキ」であるが、参考のため重出した。
意味 (1)シイする。臣が君主を、子が親を殺すこと。「弑逆シギャク・シイギャク」(=弑虐シギャク・シイギャク) (2)ころす。

サツの音
 サツ・セツ  刂部  
解字 「刂(かたな)+杀(=殺。ころす)」の会意形声。刂(刀)で殺す意で殺の異体字。しかし、仏典の漢訳に専用され、寺の意や仏教用語の漢訳語に使われる。
意味 (1)寺・寺院・塔。「名刹メイサツ」(名高い寺)「古刹コサツ」 (2)さまざまな仏教用語に用いられる。「刹那セツナ」(非常に短期間の)「羅刹天ラセツテン」(仏教の十二天に属する西南の護法善神)
<紫色は常用漢字>

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音符 「凡ハン」<木製の容器>と「汎ハン」「帆ハン」「鳳ホウ」

2015年02月10日 | 漢字の音符
 ハン・ボン・すべて・およそ  几部つくえ

           上は凡、下は舟
解字 上の古代文字は、上が凡で、下が舟。凡の甲骨・金文は、舟と似ており木製の角ばった容器などの象形と考えられる。凡と舟は、篆文から、それぞれ大きく形が変わった。また、凡ハンは盤バン・ハン(たらい・はち・大さらなどの器)に通じる。どこの家にもある容器なので、すべて・みなの意となり、また、どこにでもあることから、ありふれた意となる。篆文から形が大きく変形し、それを受けて現代字は凡になった。   
意味 (1)すべて(凡て)。みな。おしなべて。「凡例ハンレイ」(書物のはじめに掲げる編集の約束事。すべてに通じる例の意) (2)ありふれた。なみ。あたりまえ。「平凡ヘイボン」「凡俗ボンゾク」 (3)[国]およそ。だいたい。「凡(およ)そ」

イメージ 
 「木製の容器」
(凡・汎)
 「風の略体」(帆)
 「ホウの音」(鳳)
 「ボンの音」(梵)
音の変化  ハン:凡・汎・帆  ホウ:鳳  ボン:梵 
 
木製の容器
 ハン・ひろい  氵部
解字 「氵(水)+凡(木製の容器)」 の会意形声。木製の容器が水にうくこと。水の上にうかぶ・ただよう意となる。古代には、舟を浮かべる意でも用いた。また、凡ハン(すべて)に通じ、ひろく行きわたる意となる。
意味 (1)うかぶ。ただよう。舟をうかべる。「汎汎ハンハン」(①浮きただようさま.②広々と果てしないさま))「汎舟ハンシュウ」(舟をうかべる) (2)ひろい(汎い)。広くゆき渡る。あまねく。「汎用ハンヨウ」(ひろくいろいろの用途に使う)「汎論ハンロン」(ひろく全体にわたって論じること。通論)

風の略体
 ハン・ほ  巾部
解字 「巾(ぬの)+凡(風の略体)」 の会意形声。風をうける巾(ぬの)で船の帆を表す。
意味 ほ(帆)。ほをかけて走る。「帆船ハンセン」「出帆シュッパン」「帆前船ほまえセン」「帆走ハンソウ

ホウの音
 ホウ・ブウ・おおとり  鳥部   

解字 甲骨文は想像上の瑞鳥である、おおとりを描いた象形に発音をあらわす凡をつけた字。篆文から、「鳥(とり)+凡(ホウ・ブウ)」の形声に変化。凡(ボン・ハン)は、上古音(殷周代)でホウ・フウ(ブウ)の発音であり後にボン・ハンへの字音の変化があったと推定されている。おおとりは風の神ともされ、古くは風の意味もあった。
意味 (1)おおとり(鳳)。古代中国で尊ばれた想像上の瑞鳥。「鳳凰ホウオウ」(鳳はオス、凰はメスを表すとされる瑞鳥) (2)天子・宮中に関することにつける語。「鳳輿ホウヨ」(天皇の乗り物) (3)「鳳梨ホウリ」とは、パイナップルのこと。

ボンの音
 ボン・ハン  木部
解字 「林+凡(ボン)」 の形声。林に意味はなく、梵語(古代インドの文語であるサンスクリット語)のボンの発音を表す字として用いられる。
意味 (1)バラモン教の神。「梵天ボンテン」(①バラモン教の神。②仏法守護の神) (2)インド古代のサンスクリット語のこと。「梵字ボンジ」「梵語ボンゴ」 (3)仏教に関する物事につける。「梵鐘ボンショウ」(お寺の釣り鐘) (4)姓。梵(そよぎ)。
<紫色は常用漢字>

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冨谷 至著 『木簡・竹簡の語る中国古代 増補新版』 岩波書店

2015年02月07日 | 書評
 本書は、2003年に出版された同名の本の増補新版である。
「旧版は私の著作のなかでは、珍しく評判がよく版も重ねることができた。また、韓国語版、中国語版が出され、とりわけ中国では大学の教科書にも採用され、また時をおかず重版となった(増補新版あとがきより)」と著者が述べているように、旧版が出版された時点から日本のみならず中韓でも評価が高かったという。
 私は今回初めてこの本を読んだが、評価が高かった理由が判った。それは、木簡・竹簡と真摯に向き合い、そこに書かれている文章を解読・解説しながら、その果たしている役割を紙と比較しながら分析し、当時の中国古代専制国家の文書による統治の一端を明らかにしているからである。つまり、「書写材料としての木簡・竹簡の特徴」を、生き生きと描写しているのである。
 
表紙の写真は、最後の簡に綴りの紐の余りがついた敦煌出土の簿。
 
竹簡は書写材料の主役
 日本人は木簡について、よく知っている人が多い。その発端は、1988年(昭和63)に「長屋王邸(奈良市)で大量の木簡発見」のニュースが広く報道されて人々の注目を集めたのをきっかけに、その後も続々とつづく各地での木簡発見の知らせを、メディアが大きく取り上げたからである。現在も木簡に関する展覧会が奈良県の研究施設や博物館を中心によく開催されるし、新しい木簡発掘のニュースは大きく取り上げられる。

 しかし、木簡が現在までに38万点以上も見つかっているのに対し、不思議なことに竹の豊富な日本で竹簡が出土していないのである。なぜか?
「日本で竹簡が出土しないのは、木簡と竹簡が書写材料として使われていた時期に差があるからである」と著者の冨谷至氏は言う。「竹簡は、中国で紙の発明される以前につかわれた書写材料であり、日本に文字が大量に伝わった時代には、すでに中国には紙があった」。したがって日本へは竹簡の書物や文書は伝わらなかったのである。

 竹という材料は、節のあいだが約25~30センチが普通で、節を切り落として割ると、タテにスパッと割れ、まっすぐな材料を作りやすい。その代り、幅を広くとると丸みが出るので、幅広のものは作りにくい。そこで書写材料としての竹は幅の狭いものになる。だから、竹簡一本には文字が一行分しか書けない。
 竹簡の長さは標準形で漢代の1尺(23センチ)、幅1~2センチ、厚さ2~3ミリ、と本書にある。(標準簡の他に、皇帝が使用する簡は1尺1寸(約25センチ)、儒教の経典である経書は2尺4寸(約55センチ)だったという)。

 私は趣味で竹かご作りをしていたことがあり、竹の細工には慣れているから、この大きさの竹簡の復元はすぐできる。厚さ2~3ミリにするには、割った竹に小刀を皮と同じ方向に食い込ませて「へぐ」という動作をする。しかし、「へぐ」ためには、幅2センチというのは、相当太い竹を用意しないと作りにくい。実物を見ていないが、竹簡は1センチ幅に近いものが多いと思われる。

 冨谷氏はさらに竹簡に関して「殺青サッセイ」という言葉を紹介している。殺青、つまり「青を殺す」とは、青竹の色を殺す、すなわち青竹を火であぶって脂気をぬく工程である、という。脂をぬくと竹は黄色っぽくなる。竹細工でも上等な籠をつくる竹は、脂抜きをした竹を使う。これをしないと必ずといっていいほど虫がつくからである。大切に保存する竹簡は殺青をした竹を使ったと知り、なるほど、と思わずうなずいた。

「同じサイズ(長さ・幅・厚み)のものを大量につくれるということになれば、木よりも竹の方が断然適している。冊書(一つ一つの簡を綴じた書)を作るには、やはり竹簡が最適であったのである。そもそも簡という文字自体が竹がんむりである」と著者は述べている。(簡の解字は、漢字の音符「間カン」を参照してください)

「韋編三絶」とは、なめし革の紐がきれたのか?
 こうして竹簡は紙が発明され、さらに改良されて、書写材料として使われるまで、正確には把握しがたいが一千年以上、文書材料の主役として使われた。本書では、書物や帳簿として用いられた竹簡の特徴について述べているが、私がなるほどと思ったのは次の点である。

 一つは、冊書にする竹簡は紐で連結するため、結ぶ箇所の左右がすこし削られて幅が狭くなっていることである。これは竹簡どうしの間が開きすぎないためにも、また、紐がずれないためにも必要なことであろう。興味深いのは、「韋編三絶イヘンサンゼツ」という四字熟語の解釈に異論を唱えていることである。韋編三絶というのは、孔子が晩年『易経』を愛読し、何度も読み返したため、その巻を綴った「なめし革」の紐が切れてしまったという故事から、同じ書物を繰り返して読むことを言う。冨谷氏は、「紐が残っている竹簡は数が少ないが、それらはすべて縄紐であり革紐は一つもない」という。そして中国の林小安氏が、韋編の「韋」は、「緯」に通じ、横糸のこと、縦糸を意味する「経」に対する「緯」でもあるという論文に接し、これこそすっきりした解釈であると、支持を表明している。

 二つ目は、巻物にした木簡は、書物の形と、ファイルの形式になった帳簿類の形の二つに分けられるが、このふたつは綴じ方が微妙に違っているという。書物の巻物としての竹簡は、先頭の竹だけ題名などを書いた部分が裏側に書かれており、綴じて巻いたときに、その巻の書名がわかるように工夫されているという。すなわち、書物木簡は最後から巻き始め、先頭の竹簡は一番上に来る。すると、最初の札は裏向きになるから書名がわかるのである。

 これに対し、ファイル形式の帳簿類は、逆に最後の竹簡の裏側に文書名がついているという。帳簿類は一つ一つ後から追加してゆく形式のものであり、こうしたファイル類は、追加した後ろの竹簡を見る機会が多かったのであろう。したがって、書物木簡とは逆に、最初の簡から巻き込んでゆき最後の簡を巻いたときに書名が表に出て、わかるようにしているという。本書の表紙の写真(冒頭に掲載)は、最後の簡に巻物の紐がついた敦煌出土の「簿」で、写真には写っていないが、最後の簡の背面に表題が記されているという。最初の簡から巻き込むと最後の簡の裏が表題になる。しかも、この簡だけ二倍の幅がある。最後の簡についた紐で、まるめた巻物を結んだものと思われる。

木簡の役割
 では、中国で木簡はなぜ作られ、どんな用途に使われたのか。一つの理由は、竹の育たない西北辺境で、竹の代わりの材料として使われた場合だという。敦煌の木簡などがこれに当たり、タマリスク(御柳。ギョリュウ科の落葉小高木)などの木で作られた。したがって、この木簡は竹簡の代用品である。ところが極度の乾燥という砂漠地帯の自然条件が、木簡を朽ちることなく存続させ、20世紀の初頭になって二千年の眠りから覚めたように続々と世に出てきた。これらの発見が契機となり、各地で発掘が続くと、墓に埋葬されていた竹簡も続々と発見され、20世紀は木簡と竹簡(両者をあわせて簡牘カントクという)の大発見の世紀となった。発見からわずか1世紀の間に、簡牘の数は10万件をこえ、20万件に達しようとしているという。

 では、竹の生育地域で木簡はどんな役割をはたしていたのか? 竹簡が書写材料として優勢な地域で、木簡は木の板の特性を生かした使われ方をしたという。木は竹に比べると細工がしやすい。角を容易に丸くできたり、穴をあけたり、溝をうがつこともできる。木簡は、紐で一つ一つ綴られて文書になるのでなく、単独で用いられる単独簡の使用が多いという。

 その用途の一つは日本では使われることのない「検ケン」である。検とは、竹簡に書かれた文書を送る際に、封緘フウカン(封をすること)の役割をする木簡で、巻いた竹簡文書が他人に見られることなく運ばれる工夫である。具体的には、普通より短め(10~20センチ)で幅広く厚みのある木簡に、宛先や送付方法を書いたのち、その一部にあらかじめ作られている凹み(璽室ジシツ。印を押すくぼみの意)に紐を通し、巻いた竹簡に結えたのち、凹みに粘土をつめてその上に印を押すのだという。粘土が乾くと封泥フウデイとなる。いったん封泥された文書は開封されると封泥が壊れる(または紐が切られる)ので、すぐ分かる。そして、封泥された木簡は、まとめて袋に入れられ、そこにも行き先の宛名を書いた木簡がさらに付けられるという。さすが文書行政を造り上げた中国ならではのシステムと言える。

 二つ目の用途は、木札に穴をあけたり、左右に刻み目を入れて、そこに紐をかけるようにした木簡である。表面に物品の名、文書の名などが書かれており荷札の役割をする。この種の木簡が日本でよく使われ、発掘される木簡の主流をなしている。そのほか、名刺の代わりに使われた木簡、旅行者の身分証明書となった木簡、割符として二枚一組となる木簡があるという。そして、これらの木簡を付けた文書が、中央の皇帝から地方まで、どのようなルートを通じて伝達されてゆくか、また、伝達機関としての「郵」と「亭」などについて詳細に述べている。

紙の普及と木簡・竹簡
 ここまで述べて、すでに大幅に紙数を使ってしまった。ここで旧版の三分の二である。後半は、紙の発明と普及が、木簡・竹簡にどのような影響を与えながら変化したかを実証的に論じている。紙は2世紀の初めから書写材料として使われ始めたが(紙の発明自体はさらに100年から150年前だが、包装紙としての用途が中心であった)、3,4世紀に入っても木簡・竹簡は書写材料としての地位を保持していたという。
 紙はその後、徐々に普及したが、では、どのようにして木簡・竹簡は、紙にその座をゆずっていったのか。本書では実例を挙げながら詳細に検討されているが、結論だけ述べると、最初に紙に置き換えられたのは、書物の竹簡だという。書物は、初めから終わりまで通して読んでゆくから、紙に置き換えやすい。それに比べて、なかなか変わらなかったのはファイル形式の木簡・竹簡だという。この形式は、命令の伝達、報告、簿籍、文書逓伝の確認など、すべて文書により執り行われ、文書によりチェックされるシステムが構築されているので、変えるのがむずかしかったのだという。すべてが紙の時代に適応した国家は唐の時代であるという。

増補新版の補論
 旧版が品切れとなった機会に、新版を出すことになり、今回、増補の論文が追加された。一つは、「簡牘カントクの長さと文書行政」である。旧版で簡単に触れていた簡牘の長さについて、1尺(標準簡)と1尺1寸(皇帝が使用する簡)が分かれた経緯、2尺4寸(経書が書かれた簡)については、武帝の時代に経学重視の政策との関連で論考している。
 二つ目の補論は、「漢簡の書体と書芸術」である。漢簡には、懸針ケンシン(上から下に筆を運び、下部に行くに従い、力をいれて太く長く伸ばす運筆)や、波磔ハタク(右下に撥ねるとき、太く力をいれて伸ばす運筆)とよばれる独特の筆運びなど、書体の技巧化が進んだものが出現する。これらは書芸術の直接の芽生えではないが、漢簡で書記たちが築き上げた書体がもとになり、その外縁に書芸術が生み出されてきたことを論考している。

(冨谷至著『木簡・竹簡の語る中国古代 書記の文化史 増補新版』2014年刊 274P 岩波書店 3000円+税)



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音符「朮ジュツ」<もち種のあわ>と「術ジュツ」 「述ジュツ」

2015年02月04日 | 漢字の音符
 ジュツ・シュツ・もちあわ・おけら  木部

解字 甲骨文字は、炊いた米粒などが手にくっついた形で、粘りけのあるモチアワを表す[字形の出典は漢語多功能字庫の朮]。篆文は手に三つの線が残った形になり、現代字の朮に変化した。秫(もちあわ)の原字。なお、朮および秫は、モチキビを指す言葉として使われることもある。広くは穀物のモチ種をいう。現在は、薬草であるオケラを表す字として使われる。
意味 (1)もちあわ(朮)。もちきび。あわやきびのもち種。 (2)おけら(朮)。薬草の名。キク科の多年草。山地に自生し、若芽は食用、根は薬用となる。「朮祭おけらまつり」(京都の八坂神社で、大晦日から元旦にかけて行われる祭り。オケラは邪気を取り去るのに用いる習わしがありオケラを加えた篝火が焚かれる。)「白朮ビャクジュツ」(オオバナオケラの根茎。健胃用などの漢方薬になる)

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 「もちあわ」
(朮・秫・術・述)
音の変化  ジュツ:朮・秫・術・述

もちあわ
 ジュツ・もちあわ
解字 「禾(こくもつ)+朮(もちあわ)」の会意形声。朮はオケラの意もあることから、禾(こくもつ)をつけて、モチアワを強調した字。

秫米もちあわ(粟のうち粘性のもの。漢方薬にもなる)
https://baike.sogou.com/v166068693.htm
意味 もちあわ(秫)。もちきび(コウリャンのうち、もち種のもの)。モチアワやモチキビは、中国で白酒パイチュウ(焼酒ショウチュウ)の主要な原料となる。「秫酒ジュツシュ」(もちあわや、もちきびの酒)「秫穀ジュツコク」(酒造に適したもち米)
 ジュツ・すべ・わざ  行部
解字 「行(ゆく)+朮(もちあわ)」の会意形声。もちあわが行くとは、モチアワやモチキビが醸造・蒸留されておいしい酒になること。この酒をつくる技術・わざの意。酒以外にもいう。転じて、物のすじみちの意となる。
意味 (1)すべ(術)。てだて。方法。「忍術ニンジュツ」「処世術ショセイジュツ」(2)わざ(術)。てわざ。「技術ギジュツ」(3)物のすじみち。学問。技芸。「算術サンジュツ」「学術ガクジュツ
 ジュツ・のべる  之部
解字 「辶(ゆく)+朮(=術。わざ・すべ)」の会意形声。わざ(術)・すべ(術)などを、話したり、文章にすることを述という。
意味 (1)のべる(述べる)。言う。考えをのべる。「記述キジュツ」「口述コウジュツ」「述懐ジュッカイ」(心の想いを述べる)「詳述ショウジュツ」 (3)あらわす。書物にする。「著述チョジュツ」「撰述センジュツ」(書物を著わすこと)
<紫色は常用漢字>

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音符 「帛ハク」 <しろぎぬ> と 「綿メン」「棉メン」

2015年02月03日 | 漢字の音符
 ハク・きぬ  巾部

解字 「白(しろい)+巾(ぬの)」の会意形声。白い絹織物のこと。紙がなかった古代中国で、絹布は字や画を書く材料としても用いられた。
意味 きぬ(帛)。しろぎぬ。絹織物の総称。「帛書ハクショ」(絹に書いた文書や手紙)「布帛フハク」(布は麻・棉などの植物繊維の布、帛は絹織物をいう。併せて織物の総称。きれじ)「竹帛チクハク」(竹簡と帛書、両者とも書物となるので書籍のこと)

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 「しろぎぬ」
(帛・綿・緜・棉・錦)
音の変化  ハク:帛  メン:綿・緜・棉  キン:錦

しろぎぬ
綿 メン・つらなる・わた  糸部

解字 篆文は、「系(糸がつながる)+帛(しろぎぬ)」の会意。絹織物をつくる、つながった長い糸の意。また、糸の原料となるマユからとれる「まわた」のこと。のち、木綿の実から製した「わた」にも用いる。現代字は、系⇒糸に変化した綿になった。
 マユから真綿を作る
意味 (1)つらなる(綿なる)。長くつづく。「連綿レンメン」(長く続いて絶えない) (2)こまかい。「綿密メンミツ」 (3)わた(綿)。まわた。きぬわた。「真綿まわた」(マユを引きのばして作ったわた) (4)わた(綿)。きわた。わたの実から製したわた。「木綿モメン」「綿花メンカ
 メン・べン・わた  糸部
解字 「系(糸がつながる)+帛(しろぎぬ)」の会意。絹織物をつくる、つながった長い糸の意。綿メンの本字。
「昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、糸部に新字の「綿」が収録されていました。その一方、旧字の「緜」は標準漢字表には含まれていませんでした。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも新字の「綿」だけが含まれていて、旧字の「緜」は含まれていませんでした(安岡 孝一「人名用漢字の新字旧字・綿と緜」)。以後、現在の常用漢字表まで「綿」が使用されている。
意味 (1)綿メンに同じ。現在、緜は使用されない。(2)中国の地名。「緜山メンザン」(山西省にある山)「緜上メンジョウ」(山西省にある県の名)
 メン・わた  木部
 綿の木(棉)の実
解字 「木(き)+帛(=綿。まわた)」の会意。真綿(まわた)のとれる木(実際は多年草)の意で、わたのき(アオイ科の多年草)及び、きわた(木綿)を表わす。常用漢字でないため、代わりに糸へんの綿が使われることが多い。
意味 わた(棉)。(1)アオイ科の多年草。種子をとりかこむ白毛から、きわたができる。「棉花メンカ」(わたのきに咲いた花。種子のまわりに白い繊維がふっくらと付く=綿花)「棉実油メンジツユ」(きわたの種子から絞った油=綿実油) (2)もめんわた。きわた(木棉)。日本で木棉が栽培され一般的になるのは戦国時代後期からで、江戸時代に入ると急速に栽培が拡大し綿(棉)織物が普及した。

参考  
 キン・にしき  金部
解字 「帛ハク(きぬ織物)+金キン(黄金)」の会意形声。帛は「白+巾」で白い絹布のこと。錦は金糸(金箔きんぱくを和紙にはりつけ細く切って縒った糸)や色糸を織り込んだ美しい模様を織り出した絹織物。また、重さが黄金と等しい値打ちがある色糸の絹織物との説もある。この字の音符は「金キン」で部首も金。参考のため重出した。
意味 (1)にしき(錦)。金糸や銀糸・色糸などを織り込んだ美しい織物。「錦旗キンキ」(錦のみはた。①官軍の標章。②自分の行為・主張を権威づけること)「錦織部にしごりべ」(大和朝廷で錦などを織ることに従事した職業部の一つ) (2)にしきのように美しい。「錦絵にしきえ」「錦秋キンシュウ
<紫色は常用漢字>

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