この文章は私が出版した『日中対照 早わかり簡体字字典』(2013年発行。2017年2刷発行)の前書きです。この本は中国の簡体字を音符順に配列した字典です。漢字音符と関連が深いので、ここに掲載させていただきます。
簡体字の原理
簡体字というのは複雑な漢字をわかりやすい簡単な形に改めた文字をいいます。漢字は最初、象形文字から始まりましたが、さまざまな概念を表現するため、これらの象形文字どうしをさらに組み合わせ新しい文字をつくる方法が発展し、その結果多くの漢字が続々と生まれました。 この造字方法は一つの四角な字形の中で行われるため、必然的に文字がより複雑になります。過去の中国ではこの複雑化した漢字を覚え、それを使いこなせる一部の知識人が漢字を独占していたといっても過言ではありません。しかし、漢字を書くことのできる知識人にとっても複雑な漢字を書くことは時間と労力のかかる大変な作業です。そこで、正式な公用文字とは別に日常生活で使う簡単な文字が工夫され生まれてきました。これが簡体字の始まりです。
唐代には蠶→蚕などの略字が作られましたが、特に、宋・元・明代にかけて民衆が読む『三国志』や『水滸伝』などの通俗読み物の出版により、多くの宋元略字が生まれました。國→国、辭→辞、點→点、亂→乱、などがその一例です。しかし、これらの文字は「略字」とか「俗字」と呼ばれ、正当な字とは認められませんでした。また、これらの文字を使って書かれた書物は価値が一段低いものと見なされました。
1949年に誕生した新中国の文字政策は、文字と無縁に暮らしてきた多くの農民や労働者も漢字を使えるようにと、漢字の簡略化を積極的に進め、これらの文字を「正字」とすることでした。数年の検討をへて、1956年に「漢字簡化方案」が公布され、順次実施されました。 こうして1950年代後半から簡体字を普及させる政策が取られた結果、社会のあらゆるところで普及がすすみ、1964年に発行された簡体字使用の基準「略字総表」に基づいて、すっかり定着しています。現代中国ではあらゆる文書や書物が簡体字で書かれており、中国を知るためには簡体字の理解が欠かせません。
簡体字はどんな方法で簡略化されているか
複雑な漢字を簡略化するためにいくつかの方法が採られています。ここでは以下に六つの基本的な方法を紹介します。
(1)草書体を活字化する
草書体を活字化して取りこむ方法です。草書は筆の流れに沿うため続け字(崩し字)となることが多く、これを活字化すると画数が大幅に少なくなります。
【例】 見→见 馬→马 頁→页 書→书 車→车 鳥→鸟
門→门 魚→鱼 東→东 楽→乐 長→长 専→专
上記の多くは部首としても使われるため、多くの漢字の画数の減少に貢献しています。さらに以下の部首は、部首に限って草書の簡略字が使われます。
【例】 言べん 語→语 食へん 飲→饮 金へん 鉄→铁
しかし、上記3つの部首は形が似ており、日本人にとっては瞬時に見分けがつきにくい欠点があります。また、昜ヨウは旁(つくり)になるとき、揚→扬、の形に変化し、昜を音符とする形声文字に使われています。
(2)複雑な漢字の一部を取り出す
複雑な漢字の一部分を取り出してその漢字を表す方法です。聲→声 醫→医、などは日本でも使われていますが、新中国ではこの方法をさらに大胆に採用し多くの漢字が生まれました。また、左右・上下のいずれかや中央を省略した字もこの範疇にはいります。
【例】 開→开 滅→灭 飛→飞 習→习 電→电 繭→茧
業→业 奮→奋 厰→厂 啓→启 関→关 嶺→岭
郷→乡 録→录 顕→显 誇→夸 殺→杀 雑→杂
獣→兽 諮→咨 類→类 務→务 殻→壳 術→术
豊(豐)→丰 斉(齊)→齐 広(廣)→广 従(從)→从
(3)複雑な部分を簡略化する
漢字の複雑な部分を簡単な形に変える方法です。この方法は日本の新字体でも、榮→栄、單→単、などの例がありますが、簡体字では広範に使われています。
【例】 興→兴 監→监 堅→坚 為→为 歯→齿 幣→币
喬→乔 羅→罗 夢→梦 喪→丧 侖→仑 熱→热
(4)形声文字の発音を表す部分(音符)を同じ発音の簡単な字と換える
形声文字というのは意符(部首)と音符(多くは旁ツクリ)からなる組合せ字です。この音符を同音(あるいは近似音)の易しい字に替える方法です。この方法は中国語の発音が同じ字同士の変換ですから、日本人には分かりにくい所があります。しかし、中国語の発音が判ってくると、理解できるようになります。
【例】 機→机 (幾jīを同音の几jīに替える)
億→亿 憶→忆 (意yìを同音の乙yǐに換える)
種→种 (重zhòngを同音の中zhōngに換える)
同じ方式ですが、文字全体の発音と同じ字を旁ツクリと置き換えることもあります。
勝→胜 (勝shèngを同音の生shēngに置き換えて月を付ける)
郵→邮 (郵yóuを同音の由yóuに置き換えて阝を付ける)
犠(犧)→牺 (犧xīを同音の西xīに置き換えて牛をつける)
(5)形声文字の発音を表す部分(音符)を簡単な字や符号的な字と換える。
形声文字の発音を表す部分(音符)を、発音と無関係な簡単な字(又・不・云など)や符号(メ・リ)などに換える方法です。
【例】 又へ 鶏→鸡 権→权 漢→汉 対→对
不へ 懐→怀 壊→坏 還→还 環→环
云へ 嘗→尝 壇→坛 動→动 層→层
メへ 風→风 岡→冈 趙→赵
リへ 帰→归 師→师 帥→帅
(6)全体を新しく作る
全体を画数の少ない新しい漢字に作り替える方法です。この場合、多くが前の漢字とまったく違う字になりますが、中には「小+土⇒小さい土⇒尘(塵ちり)」のように会意の方法で新しく作る場合もあります。
【例】 衛→卫 頭→头 龍→龙 農→农 無→无 聖→圣 霊→灵
義→义 撃→击 韋→韦 爾→尔 歳→岁 個→个 叢→丛
小さい土→尘(塵ちり) 土でかこった火→灶(竈かまど)
以上、簡体字の原理を六つ紹介しましたが、この他にもいろんな方法で簡体字が作られます。詳しくは個々の音符の説明をお読みください。
本字典の特徴
本字典は日本の漢字と中国簡体字(簡略化されていない字も含む)を同じ行で対照させ、その違いを明確にすることにより簡体字を理解しようとする字典です。また、簡体字以前に使われていた繁体字(現在、台湾などで使用)を右端に表示していますので、3種の漢字を比較対照させてその違いを理解することができます。 本書には中国の常用漢字3500字に加え、日本人がよく知っている漢字等を加え約4000字が収録されています。中国の常用漢字は一般的な文章の99.5%をカバーしているとされていますから、4000字という字数は現代中国の新聞や一般的な図書・雑誌のほとんどの文字をカバーしているといえるでしょう。
見出しに続く表の日本漢字の項目を見れば、なかには見慣れない字があるものの、普通の日本人なら8~9割方は理解できる字です。ところが、その同じ人が中国簡体字の項目だけをみると、理解できる漢字は6~7割になるのではないでしょうか。なぜならば、本書収録の簡体字のうち日本の漢字とまったく同じ字は6割強だからです。その他の字は多かれ少なかれ日本の漢字と字体が変化しています。 つまり、本来なら知っている漢字が、形が変化しているためわからないのです。その形態変化をわかりやすく系統的に表示するため、見出し語は音符を採用し、その下にその音符に属する漢字を配列する方法をとりました。
音符とは漢字の形のなかで発音を表す部分をいいます。たとえば、僑キョウ・橋キョウ・驕キョウ・矯キョウの音符は「喬キョウ」で、これらの漢字の発音はすべて「キョウ」です。同じ字を簡体字でみると、音符「乔(喬)qiáo」に対し、侨(僑)qiáo・桥(橋)qiáo・骄(驕)jiāo・矫(矯)jiǎoとなります。すなわち、音符の形は、喬→乔に変化するのに対し、発音は、qiao・jiaoの二つに分化していることが分かります。
音符順に配列すると、簡体字の原理(4)、(5)が一覧できるほか、同じ音符に属する漢字の字形や発音がどんな変化をしているかが分かり、これらを関連して覚えることができる利点があります。音符ごとに字形の変化について解説を加えた本書は、簡体字の系統的理解につながると確信いたします。 なお、日本の漢字を音符順に配列するに当たっては、山本康喬著『漢字音符字典 増補改訂版』(東京堂出版 2012年)の音符分類を、著者・山本康喬氏の承諾を得て使用させていただきました。この音符字典のおかげで本書は成立いたしました。感謝いたします。 石沢 誠司
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簡体字の原理
簡体字というのは複雑な漢字をわかりやすい簡単な形に改めた文字をいいます。漢字は最初、象形文字から始まりましたが、さまざまな概念を表現するため、これらの象形文字どうしをさらに組み合わせ新しい文字をつくる方法が発展し、その結果多くの漢字が続々と生まれました。 この造字方法は一つの四角な字形の中で行われるため、必然的に文字がより複雑になります。過去の中国ではこの複雑化した漢字を覚え、それを使いこなせる一部の知識人が漢字を独占していたといっても過言ではありません。しかし、漢字を書くことのできる知識人にとっても複雑な漢字を書くことは時間と労力のかかる大変な作業です。そこで、正式な公用文字とは別に日常生活で使う簡単な文字が工夫され生まれてきました。これが簡体字の始まりです。
唐代には蠶→蚕などの略字が作られましたが、特に、宋・元・明代にかけて民衆が読む『三国志』や『水滸伝』などの通俗読み物の出版により、多くの宋元略字が生まれました。國→国、辭→辞、點→点、亂→乱、などがその一例です。しかし、これらの文字は「略字」とか「俗字」と呼ばれ、正当な字とは認められませんでした。また、これらの文字を使って書かれた書物は価値が一段低いものと見なされました。
1949年に誕生した新中国の文字政策は、文字と無縁に暮らしてきた多くの農民や労働者も漢字を使えるようにと、漢字の簡略化を積極的に進め、これらの文字を「正字」とすることでした。数年の検討をへて、1956年に「漢字簡化方案」が公布され、順次実施されました。 こうして1950年代後半から簡体字を普及させる政策が取られた結果、社会のあらゆるところで普及がすすみ、1964年に発行された簡体字使用の基準「略字総表」に基づいて、すっかり定着しています。現代中国ではあらゆる文書や書物が簡体字で書かれており、中国を知るためには簡体字の理解が欠かせません。
簡体字はどんな方法で簡略化されているか
複雑な漢字を簡略化するためにいくつかの方法が採られています。ここでは以下に六つの基本的な方法を紹介します。
(1)草書体を活字化する
草書体を活字化して取りこむ方法です。草書は筆の流れに沿うため続け字(崩し字)となることが多く、これを活字化すると画数が大幅に少なくなります。
【例】 見→见 馬→马 頁→页 書→书 車→车 鳥→鸟
門→门 魚→鱼 東→东 楽→乐 長→长 専→专
上記の多くは部首としても使われるため、多くの漢字の画数の減少に貢献しています。さらに以下の部首は、部首に限って草書の簡略字が使われます。
【例】 言べん 語→语 食へん 飲→饮 金へん 鉄→铁
しかし、上記3つの部首は形が似ており、日本人にとっては瞬時に見分けがつきにくい欠点があります。また、昜ヨウは旁(つくり)になるとき、揚→扬、の形に変化し、昜を音符とする形声文字に使われています。
(2)複雑な漢字の一部を取り出す
複雑な漢字の一部分を取り出してその漢字を表す方法です。聲→声 醫→医、などは日本でも使われていますが、新中国ではこの方法をさらに大胆に採用し多くの漢字が生まれました。また、左右・上下のいずれかや中央を省略した字もこの範疇にはいります。
【例】 開→开 滅→灭 飛→飞 習→习 電→电 繭→茧
業→业 奮→奋 厰→厂 啓→启 関→关 嶺→岭
郷→乡 録→录 顕→显 誇→夸 殺→杀 雑→杂
獣→兽 諮→咨 類→类 務→务 殻→壳 術→术
豊(豐)→丰 斉(齊)→齐 広(廣)→广 従(從)→从
(3)複雑な部分を簡略化する
漢字の複雑な部分を簡単な形に変える方法です。この方法は日本の新字体でも、榮→栄、單→単、などの例がありますが、簡体字では広範に使われています。
【例】 興→兴 監→监 堅→坚 為→为 歯→齿 幣→币
喬→乔 羅→罗 夢→梦 喪→丧 侖→仑 熱→热
(4)形声文字の発音を表す部分(音符)を同じ発音の簡単な字と換える
形声文字というのは意符(部首)と音符(多くは旁ツクリ)からなる組合せ字です。この音符を同音(あるいは近似音)の易しい字に替える方法です。この方法は中国語の発音が同じ字同士の変換ですから、日本人には分かりにくい所があります。しかし、中国語の発音が判ってくると、理解できるようになります。
【例】 機→机 (幾jīを同音の几jīに替える)
億→亿 憶→忆 (意yìを同音の乙yǐに換える)
種→种 (重zhòngを同音の中zhōngに換える)
同じ方式ですが、文字全体の発音と同じ字を旁ツクリと置き換えることもあります。
勝→胜 (勝shèngを同音の生shēngに置き換えて月を付ける)
郵→邮 (郵yóuを同音の由yóuに置き換えて阝を付ける)
犠(犧)→牺 (犧xīを同音の西xīに置き換えて牛をつける)
(5)形声文字の発音を表す部分(音符)を簡単な字や符号的な字と換える。
形声文字の発音を表す部分(音符)を、発音と無関係な簡単な字(又・不・云など)や符号(メ・リ)などに換える方法です。
【例】 又へ 鶏→鸡 権→权 漢→汉 対→对
不へ 懐→怀 壊→坏 還→还 環→环
云へ 嘗→尝 壇→坛 動→动 層→层
メへ 風→风 岡→冈 趙→赵
リへ 帰→归 師→师 帥→帅
(6)全体を新しく作る
全体を画数の少ない新しい漢字に作り替える方法です。この場合、多くが前の漢字とまったく違う字になりますが、中には「小+土⇒小さい土⇒尘(塵ちり)」のように会意の方法で新しく作る場合もあります。
【例】 衛→卫 頭→头 龍→龙 農→农 無→无 聖→圣 霊→灵
義→义 撃→击 韋→韦 爾→尔 歳→岁 個→个 叢→丛
小さい土→尘(塵ちり) 土でかこった火→灶(竈かまど)
以上、簡体字の原理を六つ紹介しましたが、この他にもいろんな方法で簡体字が作られます。詳しくは個々の音符の説明をお読みください。
本字典の特徴
本字典は日本の漢字と中国簡体字(簡略化されていない字も含む)を同じ行で対照させ、その違いを明確にすることにより簡体字を理解しようとする字典です。また、簡体字以前に使われていた繁体字(現在、台湾などで使用)を右端に表示していますので、3種の漢字を比較対照させてその違いを理解することができます。 本書には中国の常用漢字3500字に加え、日本人がよく知っている漢字等を加え約4000字が収録されています。中国の常用漢字は一般的な文章の99.5%をカバーしているとされていますから、4000字という字数は現代中国の新聞や一般的な図書・雑誌のほとんどの文字をカバーしているといえるでしょう。
見出しに続く表の日本漢字の項目を見れば、なかには見慣れない字があるものの、普通の日本人なら8~9割方は理解できる字です。ところが、その同じ人が中国簡体字の項目だけをみると、理解できる漢字は6~7割になるのではないでしょうか。なぜならば、本書収録の簡体字のうち日本の漢字とまったく同じ字は6割強だからです。その他の字は多かれ少なかれ日本の漢字と字体が変化しています。 つまり、本来なら知っている漢字が、形が変化しているためわからないのです。その形態変化をわかりやすく系統的に表示するため、見出し語は音符を採用し、その下にその音符に属する漢字を配列する方法をとりました。
音符とは漢字の形のなかで発音を表す部分をいいます。たとえば、僑キョウ・橋キョウ・驕キョウ・矯キョウの音符は「喬キョウ」で、これらの漢字の発音はすべて「キョウ」です。同じ字を簡体字でみると、音符「乔(喬)qiáo」に対し、侨(僑)qiáo・桥(橋)qiáo・骄(驕)jiāo・矫(矯)jiǎoとなります。すなわち、音符の形は、喬→乔に変化するのに対し、発音は、qiao・jiaoの二つに分化していることが分かります。
音符順に配列すると、簡体字の原理(4)、(5)が一覧できるほか、同じ音符に属する漢字の字形や発音がどんな変化をしているかが分かり、これらを関連して覚えることができる利点があります。音符ごとに字形の変化について解説を加えた本書は、簡体字の系統的理解につながると確信いたします。 なお、日本の漢字を音符順に配列するに当たっては、山本康喬著『漢字音符字典 増補改訂版』(東京堂出版 2012年)の音符分類を、著者・山本康喬氏の承諾を得て使用させていただきました。この音符字典のおかげで本書は成立いたしました。感謝いたします。 石沢 誠司
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