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うからどち・ウカラドチ

2021-07-16 08:59:07 | 日本語・古事記・歴史・日本人

『うからどち』・・・・・父の歌によく登場するこの言葉を初めて聞かされた時、何かわからないけれど『懐かしさ』と『親しみ』を感じました。『どち』とは幼馴染というか、同志というべきか・・・・・その頃のイメージの連想は、『我は海の子・・・・・』という唱歌です。

  我は海の子白波の 騒ぐ磯辺の松原に 煙たなびく苫屋(とまや)こそ 我が懐かしき住処(すみか)なれ

  生まれて潮に湯浴みして 波を子守の歌と聞き 千里よせくる海の気を 吸いて童となりにけり

  高く鼻つく磯の香に ・・・・・・・

夏になると口ずさんでしまうこの歌は、小学校で習う香り高い国語の歌です。波の音を国語の調べにうつして海辺で育った懐かしい歌・・・・・これが私の心の底の『うからどち』、幼馴染と家族と温かいご飯・・・・・

 

日本人としてのアイデンティティである『五色人』が苦労して作り上げた『錬金国家・大和の国』(カテゴリー随想古事記のテーマです)までたどり着いた今わかることは、これは『海幸山幸』の『海幸彦』の歌です。その名残が今も残っていて、『うからどち』・・・・・日本語には『やから』もあれば、『たから』もあります。『やから』はあんまり良くないイメージを持っています。山賊です。なんと日本の正統性を身に負った『山幸彦』です。『たから』は『おほみたから』・・・・・日本の歴史で『百姓(おほみたから)』、お百姓・・・・・『みんな』のことになりました。(7/28追記:もう一つ忘れてはならない言葉がありました。それは『はらから』・・・・・仲間です。)

『我は海の子』はこの『うからどち』の歌です。日本列島の先住民族『うから』、少なくとも『やから』よりも先住した民族、これが自説の『ワタツ人』との関係がどうなのか追及していくつもりです。バベルの塔までは無理です(この記事を読んでくださっている何方かに託したいと思います)が、『ワタツ人』までは今生で解決したいと願っています。そして世界に冠たる錬金国家日本は、山幸彦と『うからどち』の王女豊玉姫との結婚によって成立したとして言い過ぎではありません。織姫様と彦星・アマテラスとスサノオ・豊玉姫と山幸彦・・・・・これらは共通の民族的記憶です。そして豊玉姫の国家こそが豊の国、邪馬台国の原点であり、今も地名に残る豊前豊後・・・・・豊の国です。そこに宇佐八幡があり、日本の正統性を朝廷がお尋ねになる理由があります。そして忘れてならないのが、山幸彦が竜宮王から統治権の象徴である治水権とともに譲られた『言霊』、つまり日本語・・・・・私たち日本人の原点もここにあります。

 

 

『我は海の子』で始まるもう一つの美しい歌、『琵琶湖周航歌』。ちょっとインテリめいた、私には大津の信楽の宮を連想させる歌

        我は海の子 さすらいの 旅にしあれば しみじみと 

            のぼる狭霧や さざなみの 志賀の都よ いざさらば・・・・・・・

みんな好きだと思います。だけど、海は海でも『淡海の海(あはみのみ)』ですね。健康的なおおらかさにおいては、小学校の『我は海の子』が圧倒的に勝っています。私達の根っこの歌だと思います。我が平戸の『平門(へいもん)男児』の歌では・・・・・?????歌い続けたい『うからどち』の歌です。『我は海の子』は私達『うからどち』のうたです。

 

追記(7/16):昨日記事を書いていたのですが、何となく中途半端になってしまっていましたので、本日修正して投稿日時も変更しました。こういう心の底にある歌をもう一度呼び戻してみたいと思います。

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