四季・めぐりめぐりて

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慈光平廃寺跡(埼玉県小川町)

2021年06月19日 | 官衙・国分寺・廃寺跡


名 称:慈光平廃寺跡(じこうだいらはいじあと)
種 別:寺院跡
創 建:9世紀中頃(平安時代)
指 定:ー
所在地:埼玉県比企郡小川町靱負(ゆきえ)

大里郡寄居町との町境にある小川町靱負地区に東国最大の山岳寺院とされる『慈光平廃寺跡』があります。
斜面を削って造られた大小さまざまな平場が100か所以上存在し、寺院の範囲は東西約820m、南北約270m
にも及ぶ広さとのこと。
創建期は9世紀中頃で、9世紀後半から次々と平場が造られていったようです。これと類似する規模をもつ
同時代の山岳寺院は、まだ東国では確認されていないようで、中世に栄えた『慈光寺」(ときがわ町)に
先行する山岳寺院との見方もされているようです。
平場は甲慈光平地区に最も多くあり、次に多いのが乙慈光平地区で、寺院の中心部は甲慈光平にあったよ
うです。
試掘調査によって礎石をもつ東西4間(8m)、南北4間の建物が確認されたほか、瓦塔や灯明皿なども出
土したとのことです。
そんな『慈光平廃寺跡』を訪ねてみましたが、丘陵内入って平場を確認したわけではなく全体の場所を確
認しただけのことですが・・・




慈光平廃寺跡の寺域を「小川町遺跡地図」にある範囲を元にして青線で書き込んでみましたが、
手書きですので正確な範囲ではありませんので参考程度に見て下さい。
地名についてもこの辺りがという程度のものですし、その境目は分りません。




国道254号小川バイパス竹沢陸橋の上から慈光平廃寺跡方向を見てみましたが、点線の先が廃寺跡です。




東武東上線の線路の左側(西側)が「乙慈光平」 右側(東側)が「甲慈光平」のようです




右側が「甲慈光平」方向  この更に右方が「乙酉内」地区のようです




右側の家の辺りまで歩いてみましたが、線路の反対側ですので、線路左側の道をかなり南下しませんと反
対側に行く道がありませんでした。




線路右側の「甲慈光平」地区に入りました。平場が確認できます。この家のある場所を含めてこの周囲・
背後に沢山の平場があるようですが、民家の庭を通らなければなりませんので、山中に踏み入るのは避け
ました。




東武東上線の線路左側(西側)の模様です。
この辺りから線路に沿っていた道路は左にカーブして国道254号小川バイパスに向います。
左側の木の色が変わっているところを国道254号小川バイパスが走っています。




この家のある場所も慈光平廃寺跡の平場に含まれるようですし、この背後にも多くの平場が存在するよう
です。




上の写真の家のすぐ背後にある林道
ここを上って行った所に家がありましたが、慈光平廃寺跡の平場かもしれません?
また、途中小さな平場跡のようなものもありました。




国道254号小川バイパスに出る少し手前




小川バイパスに出ました
バイパスを横切った先が「乙長谷」、「尾形」地区のようです。
右側はまだ「乙慈光平」の領域かと思います。




国道254号小川バイパス 右側の丘陵も「慈光平廃寺跡」(乙慈光平)
ここから少し北進すると「金勝山トンネル」 トンネル内で大里郡寄居町に入ります




冒頭の写真とほぼ同じですが、国道254号小川バイパス歩道から「慈光平廃寺跡」(甲慈光平、乙慈光平)
方向を

散策日:令和3年(2021)5月12日(水)・14日(金)

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