
『大河ドラマ「鎌倉殿の13人」比企市町村推進協議会』が発行するリーフレット「鎌倉殿を支えた
武士の故郷 比企の史跡マップ」の④は慈光寺(ときがわ町)です。慈光寺には数度行っていま
すが、今回は、「鎌倉殿の13人」に関連しての小散策をしてきました。
まずはリーフレットにある慈光寺の説明文です。
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武蔵武士の畠山氏の経済的・政治的な基盤を背景に「一山七十五坊」を擁する一大山岳寺院として北関東一帯に
絶大なる寺院勢力を誇示していました。その後、源頼朝などの篤い信仰もあり、より一層の隆盛を誇りました。
豆知識:慈光寺に伝わる法華経一品経は「慈光寺経」とも呼ばれ、広島県厳島神社の「平家納経」、静岡県鉄舟寺の「久
能寺経」とともに日本三大装飾経として国宝に指定されています。
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慈光寺(じこうじ)は、埼玉県比企郡ときがわ町にある天台宗の寺院で、山号は都幾山、院号は一乗法華院。坂東
三十三観音の第九番札所です。
鎌倉幕府を開いた源頼朝は、慈光寺に崇敬の念あつく、文治5年(1189)奥州の藤原泰衡追討に際し、戦勝祈願の
ため愛染明王像を当山に贈りました。また、寺領として1200町歩を寄進した建久2年(1191年)の源頼朝寄進状が、
今に残っています。
慈光寺 27 世の住持厳耀は畠山重忠の大伯父です。
観音堂には重忠の念持仏であったと伝わる十一面観音菩薩立像があり、像高八尺余で重忠の身長と同じ 180cm と
言われます。

本堂(阿弥陀堂)
慈光寺は、推進協議会が、比企地域の源氏・比企一族関連史跡に上げているお寺であることから、幟が立
てられたり、ポスターが貼られているかも知れないと。しかし残念ながらどこにもありませんでした。

本堂の大棟には、天台宗菊輪宝(てんだいしゅうきくりんぽう)を挟んで「笹竜胆」紋が配されています。
源頼朝(源氏)の紋ですね。

土蔵にも「笹竜胆」紋 源頼朝(源氏)との関係を表していますね

「般若心経堂」
国宝の「法華経一品経」の現物を見ることはできませんが、「般若心経堂」に模写(陶器)が展示されて
います。

上:重文「尾張徳川家伝来装飾法華経観世音菩薩普門品」 平安時代後期 徳川美術館蔵
下:国宝「慈光寺経 妙法蓮華経 授記品第六」 鎌倉時代 慈光寺蔵
の模写(陶器)

慈光寺の麓にある郵便局の局舎両側に幟が立っていました。
慈光寺には無くてなぜ郵便局に?
その理由は見当がついていますがここには書けません・・・
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散策日:令和3年(2021)12月24日(金)