四季・めぐりめぐりて

齢を重ねるに従い「年々歳々花相似たり 歳々年々人同じからず」の言葉が重みを増しています

ヘメロカリス園

2017年06月28日 | 花・鳥・風景


小川町青山1280に所在する岡本自然農園のヘメロカリス園を訪ねてきました。今年は、先週のの6月20日(火)に開園したようですので1週間を過ぎたところです。
園内には800品種を超える色とりどりのヘメロカリスが咲き誇っています。朝方まで降っていた雨のおかげで、花びらにはしずくが残りしっとりとした花を観賞できました。




場所的には、小川町で2番目に大きな青石塔婆がある大橋堂というお堂の裏手に当たります。
付近には園主手作りの標識がいくつも掲げられていますので容易に行けると思います。




入園料は100円(中学生以下は無料)です




園内の様子の写真を交えながらヘメロカリスの写真を載せておきます。品種が多くてとても全部とはいきませんが・・・




























































































散策日:2017年(平成29年)6月28日(水)
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あじさい寺 金泉寺

2017年06月27日 | 花・鳥・風景


あじさい寺と呼ばれる寺院はあちらこちらにあるようです。また、あじさい寺とまではいかずとも、大体のお寺さんの境内には多かれ少なかれ紫陽花が植えられているようです。
そんな紫陽花の季節、「比企のあじさい寺」とも呼ばれる嵐山町越畑1121番地に所在するあじさい寺・金泉寺を2年振りに訪ねてみました。 
本堂前や池の周囲。そして、境内である山林一面に多種にわたる数え切れないほどの紫陽花が咲いています。これらすべて住職さんの手によるものです。
沢山の方がこの金泉寺の紫陽花を愛でに来ておりました。あまりにも広く山林全体を散策するのは無理でしたが、歩ける範囲で散策してみました。

                                                                                         












































































































散策日:2017年(平成29年)6月27日(火)
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東秩父村・あじさいの道

2017年06月26日 | 花・鳥・風景


埼玉県唯一の村東秩父村の白石地区にある「あじさいの道」を訪ねてみました。天気予報ですと一日中曇りとのことでしたので、
これならしっとりしたあじさいを鑑賞できると予定したのですが、良かったのか悪かったのか快晴になってしまいました。
この「あじさいの道」は、ふるさと文化伝承館分館(旧白石分校)付近にあるということで、県道11号線(熊谷・小川秩父線)を定峰峠方向に進んだところにあります。




これが旧白石分校を転用したふるさと文化伝承館分館。定峰峠方向に向かって左側、槻川沿いにあります。
文化伝承館の本館は、道の駅和紙の里ひがしちちぶ・東秩父村和紙の里の中あります。
自身の頭の中に残っている旧白石分校はこれではなくもう一つ古い旧白石分校で、文化伝承館分館と県道を挟んだ右側の山際にありましたが、
その跡地には現在お寺が建っていました。




文化伝承館分館を過ぎたところにアジサイの道入口の標識が立っています




必ずしも道順でありませんがろ路肩に咲くあじさいを何枚か・・・
実は、あと1週間ほどした7月の第一週あたりが一番の見ごろと、来る途中に寄ってきた道の駅和紙の里ひがしちちぶの
トータルサポートセンターにインフォメーションがありましたが、折角出かけて来たのですから満開でなくともよいからと








この辺りもまだ花が少ないようです








写真左側にあるのが駐車場、東屋、トイレです
更にこの先(写真では手前)まで「あじさいの道」は続いていて、1周で約2.6kmあるようですが今回はここの駐車場まで



駐車場と東屋 何台か駐車していましたので東屋のみを












駐車場の若干上の路傍に咲いていた立葵




















7月に入ったらまた行ってみましょうか?  気が向けばの話しですが・・・

散策日:2017年(平成29年)6月26日(月)
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川越八幡宮のアジサイ

2017年06月24日 | 花・鳥・風景


所用で小江戸川越まで出かけて来ました。そのついでにアジサイが咲く川越八幡宮にほんのちょっとだけ寄ってみました。
雨に咲くアジサイと言うわけにはいかず、カンカン照りの下のアジサイでしたが・・・




朱色の玉垣越しに咲くアジサイも風流です










川越八幡宮本殿




同上






散策日:2017年(平成29年)6月24日(土)
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山岡鉄舟展

2017年06月17日 | シンポジウム等


勝海舟、山岡鉄舟、高橋泥舟 この幕末の幕臣3人を称して「幕末の三舟」と呼んでいます。この中で一番知名度が高いのが勝海舟でしょう。
次が山岡鉄舟になると思いますが、知る人は知るが知らない人は知らないといった具合でしょうか。
高橋泥舟に至ってはかなり知名度が落ちるようです。高橋泥舟と山岡鉄舟は師弟の関係にあるとともに義兄弟でもあります。
さて、江戸無血開城と言うと西郷隆盛と勝海舟との会談の結果と思われている方が大半かと思われますが、
実はこれに先立ち、山岡鉄舟が官軍の駐留する駿府(現在の静岡市葵区)に辿り着き、単身で西郷隆盛に面会して予め話を詰めておいたのです。
無論、鉄舟が勝手に会談に及んだものではなく、勝海舟の使者として西郷と面会したのではありますが、無血開城の立役者であることに間違いはないのです。
「幕末の三舟」のこと、「江戸無血開城」のことを書くと長くなってしまいますので、簡単に触れただけにしました。

そんな山岡鉄舟の生誕180年を記念して開催されている「山岡鉄舟展」を本日見に行ってきました。
「山岡鉄舟展」の開催については大分前から把握しており、初日早々にと予定していたものの諸事情から本日となってしまいました。




山岡鉄舟は、上の新聞記事にもあるように、蔵奉行・小野朝右衛門高福の4男として江戸本所で産まれている。
木呂子村(他村と合併し竹沢村に さらに合併し現在の小川町大字木呂子)が、実家小野家の知行地であったことや、
書に使う和紙を求めて小川町によく来ていたようです。そんなことから鉄舟の書が数多く残されたのでしょう。




山岡鉄舟展の第1会場である小川町立図書館




会場である地下ギャラリーを上から




頂いたパンフレットの表表紙  2つ折りのもので内面には展示品(一部)の写真と説明があります




第2会場である 割烹旅館二葉
数寄屋建築の本館は国の登録有形文化財となっています




第2会場割烹旅館二葉で頂いたパンフレット  やはり2つ折りのもので内面には展示品(一部)の写真と説明があります
展示室(品)は撮影禁止となっていますが、今回の「山岡鉄舟展」に限らず普段でも山岡鉄舟の書や関係書物が沢山展示されています




鉄舟はこの「二葉」にはよく立ち寄っていたようで、この忠七めしは鉄舟の示唆により八代目館主忠七が苦心の上創始したもので、「日本五大名飯」のひとつです。
「日本五大名飯」とは、
 忠七めし  (埼玉・小川町)
 深川めし  (東京・深 川)
 さよりめし (岐阜・山岳地方)
 かやくめし (大阪・難 波)
 うずめめし (島根・津和野)
とのこと。

ちなみに、「忠七めし」の 7  忠七めしは「日本五大名飯」の 5   忠七めしの名付け親山岡鉄舟は「幕末三舟」の 3 で「7・5・3(な・ご・み)」
「忠七めし」すなわち「和みのめし」と私が勝手に別名をつけてみました

見学日:2017年(平成29年)6月17日(土)
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ときがわ花菖蒲まつり2017

2017年06月04日 | 花・鳥・風景


本日、「ときがわ花菖蒲まつり」に行ってきました。今年で第15回を数えるようですが、今回で何度行ったことになるでしょうか。
失礼ながら、とても見られた状態ではなかったことが数年ありましたが、また以前のような花いっぱいの状態に戻っています。
2009年(平成21年)の第7回までは「たまがわ花菖蒲まつり」の名称であり、菖蒲園も「たまがわ花菖蒲園」の名称でしたが、
翌2010年から「ときがわ花菖蒲まつり」と変り、菖蒲園も「ときがわ花菖蒲園」となりました。この4年前の2006年に、
玉川村と都幾川村が合併して「ときがわ町」になっていましたから、それに合わせて名称変更がされています。

見学と言っても、午後の1時間少しの見学でしたが、何枚か写真を撮ってきましたので・・・














































散策日:2017年(平成29年)6月4日(日)
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杉田因幡の墓(西運寺)

2017年05月31日 | 史跡・名勝


深谷市役所の西側で深谷市深谷町3-81に所在する「西通寺」と言う寺院に、深谷城主上杉氏憲の重臣杉田因幡の墓があるとのことで訪ねてみました。




天正18年(1590)の小田原征伐のおり、後北条氏の傘下であった深谷城主上杉氏憲は小田原城に詰めていたため、深谷城は重臣の秋元長朝、
杉田因幡が守備していたが、前田利家らの深谷城攻めに際し、城下を戦禍から守るため、杉田因幡は前田利家らの許に軍師として赴き城を明け渡した。

開城後、秋元長朝は秀吉に従って忍城攻めで手柄を立て、秋元氏は館林6万石の大名で幕末を迎えた。
一方、因幡は深谷の町に土着し、町の年寄りとなり、家康から永代名主を与えられた。




山門に架かる「西通寺」の寺額(扁額)




本堂




本堂に架かる「天下和順」の扁額
本堂出入り口のガラス戸には寺紋の「三つ葉葵紋」 徳川幕府から寺領16石の受けているので三つ葉葵紋を寺紋としているようです。




鐘楼



本堂裏の墓地内にある杉田因幡の墓  杉田因幡墓所の標柱の右側にある宝篋印塔

散策日:2017年(平成29年)5月27日(土)
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上杉憲賢室高泰姫の墓(高台院)

2017年05月30日 | 史跡・名勝


高台院と言うとすぐに思い浮かぶのが豊臣秀吉の正室ねねの法名である高台院ですが、深谷市役所のすぐ北側(深谷市田谷308)に曹洞宗の寺院で「高台院」と言うのがあるのを知りました。
探し物のために深谷市役所周囲を回っていたところ、当寺の前の案内板に「上杉憲賢室高泰姫の墓」の文字を見たものですから、それではと・・・




高台院門前の「深谷城主上杉憲賢公 ・ 室 高泰姫 ・  墓所 高臺院」と刻まれた石標




高台院の由緒が記された案内板
上杉氏と言うと深谷市とは縁が深いようですが、上杉〇〇はとにかく多くてとても頭に入りません。
山内上杉家の山内憲顕の実子山内憲英が庁鼻和(コバナワ)城を築き(現在の国済寺)庁鼻和上杉を名乗り その曽孫上杉房憲が深谷城を築き深谷上杉を称した。
上杉憲賢(のりかた)は、山内憲英から数えて6代目・深谷城主3代目です。
憲賢の室高泰姫の出自等は不明ですが、元亀4年(1573)2月6日に没しているようです・
7代憲盛の代に後北条氏の傘下となったが、小田原征伐により後北条氏が敗れたことにより、豊臣秀吉に所領を奪われています。




高台院は正式には、深谷山高台院永明寺で、憲賢の菩提を弔うために、高泰姫が永禄4年(1561)に再興され、
高泰姫の名に因み「高台院」と称するようになったとありますが、元は高泰院としたが、「泰」を「台」とあらためたようです。




山門と山門に架かる「深谷山」の山号額(扁額)




本堂




「高臺院」の扁額 と 深谷上杉氏の家紋「竹に二羽飛び雀」(竹に雀)




鐘楼




深谷上杉氏の墓所
後方に見えるのが深谷城築城のとき城の鎮守として祀った永明稲荷社と土塁
この高台院のある場所は深谷城の西曲輪があったところです




深谷上杉氏の墓所  若干角度を変えて




中央の宝篋印塔が高泰姫の墓  右側の宝篋印塔が上杉憲賢の墓  左側の碑は墓誌




土塁と永明稲荷社

散策日:2017年(平成29年)5月27日(土)
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平忠度の墓(清心寺)

2017年05月29日 | 史跡・名勝


源平一ノ谷合戦で岡部六弥太忠澄(おかべ・ろくやた・ただずみ、生誕不詳〜1197)に討取られた平忠度
(たいらの・ただのり、1144〜1184)の墓があるという深谷市萱場地内に所在する清心寺を訪ねてきました。
平忠度とは、伊勢平氏の棟梁である平忠盛の六男で、平清盛の異母弟であり、文武に優れた武将との評判です。岡部六弥太忠澄に討ち
取られた経緯については色々なところで皆さんが書かれていますので省略しますが、討取った岡部六弥太忠澄が、戦後、忠度の死を悼み、
自分の館に近いこの地に忠度の墓を建て、菩提を弔ったということですが、正確には墓でなく供養塚(供養塔)のようです。

兵庫県明石市に「忠度塚」と言うのがあり、此処が平忠度の墓と伝えられ、また、神戸市長田区に「腕塚」と「胴塚」があるようです。




門前にある「史蹟 平忠度之墓」石碑




山門をくぐってすぐの左手に築地塀で囲まれた供養塔(五輪塔)があります




この説明板にも書かれているよう、清心寺境内に供養塔が建立されたのではなく、その後の戦国期に供養塔がある場所に清心寺が建立されたようです。






供養塔(五輪塔)




清心寺本堂




「石流山」の山号額




鐘楼と忠度桜
忠度桜の元の木は、枯れてしまい、その後、新しい若木、

諱が「ただのり」であることから、忠度の官名「薩摩守」は無賃乗車(ただ乗り)を意味する隠語として使われる場合がありますが、
ICカード時代になりましたので、「薩摩守」の隠語も忘れられていくかもしれませんね。

散策日:2017年(平成29年)5月27日(土)
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道の駅 おかべ Ⅱ

2017年05月28日 | 道の駅


深谷市岡(旧大里郡岡部町)にある「道の駅おかべ」に行ってきました。この「道の駅おかべ」は、1996年(平成8年)4月16日の第5回登録のひとつで
埼玉5番目の道の駅で、つい最近、開業20周年を迎えたばかりです。まあ、5番目の道の駅とか創業20周年とかは全く意識せずに行ってきたのですが・・・




この日、イベントがあることも知らずに行ったわけですが、何とイベントがあり、深谷市のマスコットキャラクター「ふっかちゃん」も姿を見せていました。
「ふっかちゃん」の右にいるのは、深谷市と友好都市の提携を結んでいる静岡県藤枝市のJAおおいがわのマスコットキャラクター「まんさいくん」




「まんさいくん」と藤枝茶のPRのおねえさん




埼玉県警察のマスコットキャラクター「ポポ美ちゃん」(左)と「ポッポくん」(右)
「ポポ美ちゃん」は一人で踊りまくっていました(シラコバトがモチーフだから一羽と呼んだ方がいいのか?)




全員並んで記念撮影




埼玉県警察音楽隊の演奏




「道の駅おかべ」の記念きっぷ。目的はこれでした。道の駅おかべ創業20周年と言うことで裏面はそのコメントです。
ここ「おかべ」に限らず切符の裏面デザインは1000枚(500枚)単位で変えているようです。

訪駅び:2017年(平成29年)5月27日(土)

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