12時36分さくら554号
滑るように熊本を出発
666mの金峰山(きんぼうざん)を
左手に見て、
今日はとても美しい姿に見えます。
一路、新大阪へ
2時半ごろ広島到着
今か今かと待つことしばし
ワゴンがやって来て
「ご注文のあなごめしです」
やはり広島のあなご飯は絶品です
3日ほど前までに電話で注文しておくと
乗っている列車の座席まで
届けてくれるというシステムです。
家内がこの方法を見つけてくれて
以前にも注文したことがあり
今回も、
舌をなが~あくして待っておりました
立派な煮あなごが二匹
夫婦(めおと)あなごめしという
ことなんですね!
付いているたれをかけて
「いただきま~す」
遅めの昼食というか
私にとっては早めの夕食
ということになります。
やはり、絶品です!!
舌鼓を打ちながら
頂いているうちに列車は岡山
そうこうしているうちに
新大阪です。
新大阪でも待ち合わせは5分
早くから出口に陣取り
ドアが開けが一番先に走り出て
京都へ行くこだまのいる25番ホームへ
駆け上がり、
まあ、ちょっとの余裕で間に合い
ちょっとほろ酔い気分も覚め
新幹線のホームを出ると
すぐ目の前がJR奈良線のホーム
ゆっくり揺られながら
無事到着という次第です。
今回も心の通い合う友と
話しも出来て
有り難い時間を頂きました。
また、わかっているつもりの人とも
あらためて話すことができ
新たな発見もあるものです。
世間に流されすぎてもいけないし
また、孤高の人のように
無の境地に入ってもいけない
やはり、世間という「有」(う)の
世界が自分の立ち位置を
思い知らせてくれるようです。
さとりという世界と
迷いという世界が
舷舷相磨しているようで
さとりと迷い
世間と出世間どちらかが大きくて
どちらかが小さいというものでは
ないようです。
人間の迷いが深いからこそ
仏のさとりも大きく深いのでしょう
ぶつかりあいどっちも磨き合う
そういう関係のようです。
そういうことも肌で感じたことは
大きな収穫だったような気がします
なかなか、
出会ったようで(気分で)
人と人との出会いは
ないようなきがします。
求めていれば
何かのちょっとしたきっかけで
縁が熟し
また出会いということがあるようです。
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