神社の記事を載せるときは、鳥居、参道、社殿、他、の写真で、大雑把に全体像が掴めるようにしたいと考えているのだが、それら一通りの写真が、全て上手く撮れることは、まず無いと言ってよい。
それぞれの場所で光線状態は違うし、風景としても、草木が繁茂し過ぎていたり、駐車車両があって被写体にならなかったりと、様々な障害もある。
そのような写真を切り捨てていくと、いちおうマトモと思える写真がかなり限られてきて、紹介出来ない神社がどんどん増えていく。
そんな風に、紹介するにはちょっと写真が足りない、と思える神社や、神社に限らず、滝や、その他の風景で、一つの記事としては写真が足りないものを、時々まとめて載せていこうと考えている。
で、今回がその一回目で、過去に撮り溜めたものを引っ張り出してみた。
中には再訪して、ちゃんと撮れたら一つの記事としてアップしたいなぁと思うものもあるし、場合によっては、この「雑多な写真」に二回も三回も登場する神社があるかも知れない。過去に紹介した神社の中からも、「再掲載」するほどでなければ「雑多な写真」で取り上げようとも思う。
つまりまあ、基準も曖昧でまとまりなく、やはり「雑多な写真」というべきものなのだけど、それなりに愛着ある写真達、という位置付けであります。
「たまに一言」というカテゴリに入れるのは変だけど・・・。
平神社 京都府福知山市大江町佛性寺
珍しい黒木鳥居のある神社。
若宮神社 京都府綾部市老富町
とても小さな神社。両脇の大木は見事な存在感だが、どちらも上部を失い、既に枯死している。
2018追記 後日、この神社を調べる機会があって、神社名を再確認しようとしたところ、若宮神社という名前はどこからも見つけられなかった。
私が参考にしたホームページも、この神社の記事は消えており、やむなく複数の地図で名前の確認を試みたが、 社名を掲載していたのはgoo地図のみで、山ノ上神社となっていた。
しかしこれは、山ノ神の誤植の可能性もあって、結局のところ、正しい神社名は判らない。
八幡神社 兵庫県篠山市小立
隣にはお墓があって、寺のような雰囲気。背後のモミジはなかなか見事。
駒宇佐八幡神社 兵庫県三田市上本庄
雨上がりで羊歯が美しかった。
熊按神社 兵庫県篠山市春日江
話し好きの地元のおばさんと暫し談笑。式内社としては小さいが、落ち着ける空間。
佐々婆神社 兵庫県篠山市畑宮
熊按神社で出逢ったおばさんに奨められて訪ねた神社。
風格があるが、横にある神主さん宅で飼われている犬に吠え立てられ・・・。
春日神社 兵庫県篠山市小枕
あまり印象に残っておらず・・・。
高皇産霊神社 大阪府豊能郡能勢町天王
舞台の下を潜り抜ける構造。明るい境内の割りに、大木が多かった。
それでもズシンときました…若宮
んですね。感動です。こんな場所でボーっとした
ら素敵なんでしょうね、
地形を読める。。。自分のまわりにも一人もいま
せんよ。それは才能というんですよ。
某一宮。うげ!そんなスピーカーで雅楽ですか。
見事に記憶から抹消されています。
そこでボランティアみたいな、おばさんが
「この神社の霊力は七ツ星!」と申してたのが
一番印象的でした・・・
いい神社なんですけどねぇ。
玉置楽しみです。何度でも掲載してください。
妄想膨らませます。
因果ですね。人工林のほうが役にたつんですね。
神社スキーは古い手が入らない森を愛してますも
んね。
やはりCO2の取引は好みではないなぁ。
雨スゴイみたいですね。関西の知り合いから連絡
きましたよ。
さてhiro1jzさんの行動はいかに?
セキュリティーですよね(笑)。
雑多なものも拝見しました。
いい写真と
いいブログを
思い通りに
組みあわせるのは
苦悩しますね。
私は以前、
ブログにいい写真だけを
載せていこうかと
考えたことがありました。
しかし、それでは現状を
伝えることができないと
思いなおして、
なるべくあるがままを
伝えられるようにと考えて
現状に至っております。
hiro1jzさんが
前におっしゃって
くださったように
いいと思うところ
いいと思わないところ
自分の目で
感じ取れたことを
素直に伝えるのも
便利な時代に生まれた
私達の使命
なのかもしれませんね。
この神社のある風景に
集う方々の情熱を
そういう方向へ持って
いって頂けたらなと
感じております。
今後ともよろしくです!
HISASHIさんのホームページで見かけて行った場所です。
鳥居も無い小さな神社でしたが、
亡骸になってもなお、門番のように存在感を放っていました。
>eraさん
神寂びた場所、といえば、高島の熊野神社、
他の方が紹介されていた姿とは別物になっていました。
鬱蒼とした杜、潤いある参道は見るも無残な姿に・・・。
社殿の修繕ではなく、本殿の新築を行ったようです。
そのため、重機を境内に入れたのでしょう、
周りの木々は伐採され、参道から境内にかけては砂利敷きになり、
殺風景な姿に・・・残念です。
熊野神社にしても、某一宮にしても、
良かれと思ってやっているのでしょうが、
どうも価値観がずれているような・・・。
それとも、ずれているのは私の方か・・・。
最初に行ったのが熊野神社だったので、
テンションが大幅にダウン、雨は小雨が降ったくらいなのですが、
5社だけで帰ってきました。
そんな結果でしたので、私自身、また玉置の杜に行きたくなりました。
>たんばの人さん
あそこの犬が吠えるのは、私だけではなかったのですね。
ちょっと安心しました(笑
私には使命感というような大したものは無いのですが、
まずは美しさに気付いてほしい、という思いはあります。
様々な夾雑物が溢れている中にも、
ちょっと目を凝らせば美しい部分というのが沢山ありますよね。
夾雑物のせいで、その美しさに気付けないのは勿体無いですし、
夾雑物を夾雑と感じないのも困ったことになります。
身近でありながらも疎遠になりつつある神社に、
そういった美しさを見出していただけたなら、
同時に、残念と言えるような光景にも気付いてもらえるのではないかと考えたりしてます。
不思議なもので、本能的に美しいと感じられるものは、
やはり有用で、かつ、あるべき姿なのでしょうね。
人工林ではなく、様々な木々に覆われた里山の美しさは、
その美しさと同時に災害への強さも併せ持つわけですから。
微力ながらも、そういった美しい風景に関心を持っていただける、
そのお手伝いが出来たらな、と考えております。