三重県熊野市紀和町丸山
七里御浜では青空も顔を出したが、これから向かう方向は、どんよりと曇っている。
海辺にずっといたい気もしたけれど、しっかりとした予定の無い行程とは言え、丸山千枚田は最後に絶対寄る、と決めていたので山に向かって車を走らせる。
幸い、山間部に入っても雨は降っておらず、空は意外と明るいままだ。
国道311号線から外れて狭い道を進むと丸山千枚田を見下ろす場所に出るが、まずはもっと近くからと思い、道を下っていく。
途中、棚田の中ほどにある駐車場は先客があったので素通りし、最も低い場所にある駐車場に車を入れる。
どの駐車場所も数台分しかスペースが無くて、ここも既に2台の車があったが、この先に駐車場は無さそうだし棚田からも離れていくようなので仕方がない。
丸山千枚田は実際に千枚以上の棚田があるらしいが、低いこの位置からではそれほどの規模は窺えない。
ただ、大石と呼ばれるおむすび型の巨岩が魅力的で、昔ながらの田園風景の眺めを、更に遥か遠い太古への夢想へと駆り立てさせる。
その大石のそばに行ってみる。
雨除けの農機具置き場になっているのが何とも素朴で、いいなぁ、と思う。
観光客は各駐車場に5、6人程度で、本格的なカメラマンは見当たらない。
平日だし、天気も悪いからで、普段はもう少し多いのかも知れない。
棚田の間を縫って下る小道を進む。
水鏡という言葉があるが、水の張られた棚田は光が水面に反射しないと映えない。
大石の辺りからは順光で棚田が周囲の色に溶け入ってしまったけれど、この辺りからなら、それなりに浮かび上がってくれそうだ。
自然の恵みと厳しさ、逞しい人の営み、そういったものを感じさせてくれる風景だ。
人の足跡の残る田圃。
自動化は出来ないし、維持管理は困難な環境。
ただ、多くの地域から協賛する人々がいて、この風景が保たれている。
青空と白い雲が映ればいいなぁ、とは思うけれど、贅沢は言えない。
特筆すべきは、棚田を構築しているのが自然石を積み上げた石垣であることで、最近では随分と減ってしまった風景だ。
そしてそれを、サツキの花が彩る。
ここで撮影していると、斜面の上から「反射してますかぁ?」という声が聞こえた。
一瞬、何のことかと思ったが、すぐに水面のことだと理解して、「はいー!」と答える。
すると、一眼レフを抱えた初老の男性が現れて、私の後ろで撮影を始められた。
確か、駐車場で隣に駐車していた車に乗っていた方で、熊谷ナンバーだったはず。
埼玉県から来られているのは凄いなぁ、と思う。
ここで見かけた方は、皆さん光の向きなど気にせずにスマホでパシャパシャ撮られていたが、この方はいい光が来るのを待っていたようだ。
と、それに呼応するように、雲が切れて日が差し込んできた。
手前の棚田ではなく、向こうにある杉の木をスポットライトのように照らしてくれたら、と思わないでも無かったが、それでも辺りが華やいで、心が昂るのを感じる。
似たような構図ばかりで恐縮だけれど…。
それでも、思うような写真は撮れなかったけれど、美しいと思う光景に出逢えた。
こういう小道が好きなのに、その情緒というか、いいなぁと思わせる何かを写し撮れない。
日が傾いてきた。
ここは夕暮れ時の、朱に染まった棚田の風景が有名なのだが、今日の天気では見られそうにない。
丸山千枚田の文字、観光客が記念に撮るにはいいのかも知れないが、純粋に風景を撮りたい者としてはちょっと邪魔かなぁ…。
ササユリ? 私が知るササユリはもっと白に近い淡いピンクなので確信が持てない。
そういえば名張に住んでいた頃、近所の田圃の畔に、当たり前のようにリンドウが咲いていた。
こういった植物が、当たり前のように水田を彩るのは嬉しい光景だ。
先程のおじさんが再び話しかけてこられた。
気儘な年金暮らしで、埼玉から車中泊をしながらあちこち立ち寄ってここまで来た、とのこと。
車中泊は決して楽ではないし、お歳の割に凄い情熱だと思ったが、羨ましくもある。
駐車場の近くに休憩所とトイレがある。
休憩所には記帳ノートがあったのでパラパラと捲ってみると、あらゆる地域から人々が訪ねて来ていることが判る。
外国の方の書き込みも幾つか。
何語か判らないものもあったが、この風景が良い思い出になってくれたなら嬉しいと思う。
雲は多く、夕焼けは望めないけれど、綺麗な空だと思って写真を撮った。
撮影日時 180529 16時50分~18時30分
地図