それまでは武庫川の峡谷に沿って走る単線非電化の路線で、大阪近郊でありながらローカル線の趣を呈していた。
新線に切り替えられた福知山線のこの区間は複線電化されて便利になったものの、トンネルばかりの連続する味気ない路線になった。
代わりに、かつて車窓から眺められた風景を、今は歩いて楽しむことが出来るようになった。
ハイキングコースとして有名になり、平坦なコースでありながらもトンネルや鉄橋があって変化が楽しめることから平日であっても賑わっていることが多くなった。
それは、ただ消えゆくだけの廃線と比べれば、幸せな余生を過ごしていると言える。
私は鉄道が好きなので、廃線という言葉の響きに何か特別なものを感じてしまうのかも知れないが、枕木に歩幅を合わせてトンネルや鉄橋を歩いてみれば、レールは残っていないものの、往時が偲ばれて心は過去に馳せる。
とまあ、少し当時を懐かしむようなことを書いたが、私自身は旧線時代に乗車したことは無く、廃線になってから何度か歩いたことがあるだけだ。
尤も、歩けるのは武田尾‐生瀬間のみで、道場‐武田尾間はほぼ草木に埋もれてしまっている。
廃線跡はハイカーが多いので、当初は歩くつもりは無かった。
ただ、武田尾付近の山峡なら、遅咲きの山桜が楽しめるかも、という期待があったことと、何か春の草花でも撮れればという思いから訪ねることにした。
それに、自宅の最寄り駅から30分ほどもあれば行けるので、緑に接したくなったとき、とても気軽に行ける場所なのである。
武田尾駅を降りたのは、私以外には一人だけだ。
武田尾は変わった駅で、駅の三分の二はトンネルの中、残りは橋の上という構造になっている。
駅前から暫くは線路跡は車道になっているので廃線の趣は無い。
やがて車道が武庫川から離れ、左の谷間に入っていくところから廃線歩きが始まる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/4c/cbce943fc9b556f09a78667a07db98e7.jpg)
先日、桜の撮影で武庫川上流部を載せたけれど、中流部であるこの辺りは上流部より深い山峡を流れる。
ただまあ、上流部でも水が濁っていたから、当然、この辺りも水が汚れている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/3e/1b6e36cf7a71f4a8315265aa7964a5ad.jpg)
一つめのトンネル。
辛うじて花を残した桜がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/83/f6de6a5e09b18bfa72f24e781a33b5d9.jpg)
桜の木は寂しい状態だが、足下には花びらが沢山落ちている。
この枕木は、いったい何十年ここにあるのだろう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/10/8f/96e48733ff54050cdc51cbf86939d772.jpg)
二つめのトンネル手前も桜は似たような状況だが、強い風が吹くと、僅かばかり残った花びらが散って、トンネルの前でキラキラと輝いた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/47/e6484879d22cd0b7cf8e137e3548c560.jpg)
トンネル内に照明は無いから、懐中電灯は必携である。
このトンネルを抜けたところは、来る度に緑に包まれるような思いがする。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/cb/8f4f6a3de80335bde446b8962d84deaa.jpg)
色彩や光の無い場所から抜け出た目には、色はなんと鮮やかで、光はなんと眩いものであるか。
ここは、紅葉や雪景色、雨の日などにも撮ってみたいところだ。
トンネルを抜けて左手の山は「桜の園」と呼ばれている。
桜博士とも呼ばれた笹部新太郎が、演習林として多くの桜を植えた場所で、今日の一番の目的地はここである。
今から20年以上前、私はよくこの辺りに遊びにきていた。
当時、「桜の園」は整備されておらず、笹部氏の死後、多くの桜は枯死していくような状況だった。
私は「桜の園」という名称は知っていたが、何故そう呼ばれているのかを知らなかった。
さして桜が多いとは思えなかったし、「園」と呼ぶような雰囲気も無かった。
あるとき、水上勉の「櫻守」という小説を読んだ。
そこに、この武田尾の「桜の園」が出てきた。
笹部氏をモデルにした小説だったのである。
以後、長らく放置されてきた演習林は、2000年頃から本格的に整備されるようになり、今は多くの人が廃線跡と共に訪れる場所になっている。
桜も増えてきているようで喜ばしいことではあるが、昔、私が遊んだ頃は廃線跡にハイカーは多くても、ちょっと横道に逸れた「桜の園」は静かで寛げる場所だったので、それがちょっと残念である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/43/53a56e213ade2d23efc9dd09d3f93e84.jpg)
左手の山道に入り、「桜の園」をぐるっと周る。
整備されてから来るのは初めてで、案内板があちこちに立てられ何人もの人とも擦れ違うので、かつての印象とは全く違う場所のようだ。
で、その「桜の園」であるが、やはり来るのが遅すぎたようで、山桜の多いこの辺りも花は残っておらず。
ただ、花が終わっても芽吹いた葉が紅葉のような美しさを見せるのが山桜の良さで、緑の濃淡で覆われた新緑の山に彩を添える。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/4d/99ca41a66c7fd5acfd1d3f2f20036d57.jpg)
モミジを主体とした、まさに「緑」といった林もある。
燃えるような紅葉という表現があるが、緑もまた、燃えるような鮮烈さであると思う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/73/52f9980dd2a63ae81d607564986e8df0.jpg)
廃線跡に戻る。
「桜の園」で桜と山野草でも撮ろうと思っていたのに、桜は終わっており、山野草はタチツボスミレくらいしか目立ったものが無かったので、さてどうしようかと迷う。
武田尾駅の方へ戻って、どこか山道にでも入って植物を探そうかとも思うが、廃線の先を見れば、緑が滴るようで、ちょっと進んでみたくなる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/91/ba7d6f6e574d808429a8bc9f7a9d4c09.jpg)
ハイカーも増えてきたので、それほど気乗りしなかったのだが、新緑の斜面を見ながら歩くのは気持ち良く、適当なところで引き返すつもりが先へ先へと進んでしまう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/f4/579a1fde203beb3ed9b3fba1ec18820d.jpg)
武庫川を鉄橋で渡る。
かなり錆付いているし、補修等は全くされていないから、果たしていつまで持つのだろうか。
体がふらつくほど風も強くて、少しだけスリルがある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/00/d1170c560880c93dc28313388caa12dd.jpg)
当然のことながら、JR西日本はこのコースを歩くことを推奨しておらず、事故等の責任は一切とらない旨の看板がコースの両端に立っているし、「橋りょう上歩行禁止」の看板があったりする。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/1a/2bb031c5b3ab14277a69083d162f20b9.jpg)
またトンネル。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/19/4aeb44a65cd65a95f0685220d80283e0.jpg)
トンネル出口のレンガが、外の光と緑を映していた。
まるで蛇の鱗のようにも見え、金属のような光沢を帯びていた。
こうやって見ると、レンガはかなり波打っており、剥落して頭に落下なんてことも有り得なくは無いなぁ、と思う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5c/57/44b805f52d29db87d592afd7627717c9.jpg)
岩肌も反射して綺麗だ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/3b/c941e96a3a73a412fbfd8000c71371ec.jpg)
トンネル?
もうここまで来ると引き返す気にもならないので、生瀬に向かって進む。
道の脇にはアケビが多く、花を付けている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/41/4a/dd05485c988f362f718dce86d2ff1695.jpg)
もう住宅地にかなり近いところまで来たが、対岸の山は最後の険しさを見せる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/c6/1957cecb7d174fd52c47297fb2971f90.jpg)
地形図に高座岩と記されている岩だろう。
ここからすぐに両岸の山は左右に広がって空は広くなり、高速道路や住宅が見えてくる。
生瀬駅まであと1.5キロほどとはいえ、かなり苦痛な道になりそうだ。
もうちょっと長閑な田畑が広がるようなところで、蓮華草でも撮りたかったなぁ、なんて思う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/4f/c9dd8dd67a649a124f40abcc60e27d05.jpg)
と、道からちょっと横に入ったところに蓮華草が咲いていた。
一面に咲いているのもいいが、こういう風にぽつぽつと点在して咲くのもいいものだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/54/65102ecfb2111c6f06af6d24ac9aea74.jpg)
アップで。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/59/2a/4089f5140035ca769652f81717d339e2.jpg)
スズメノテッポウの間から。
子供の頃、スズメノテッポウを使って草笛を吹いたことを思い出す。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/b0/77c8624637b6bf6226f5ce1b2ff02604.jpg)
カラスノエンドウ。
最後にちょっと楽しめたが、この後はひっきりなしに車の行き交う国道を歩くことになる。
都市部にいるより空気が悪く、かなり苦痛な道のりだった。
このコースは、生瀬から武田尾に向かって歩く方がいいかも知れない。
撮影日時 160415 11時~14時40分