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神社のある風景

山里の神社を中心に、歴史や建築等からの観点ではなく、風景という視点で巡ります。

住吉神社

2018年12月26日 | 兵庫県

兵庫県西脇市上比延町


御霊神社から県道に戻り、やや退屈な道を南下する。
山裾から少し離れた辺りで狭い道に入り、集落内を進む。やはりこういう道の方が歩いてい楽しい。
これから訪ねる住吉神社は、もう随分と前に地形図で見つけて気になっていたところだ。
参道がそれなりに長く、航空写真で見る限り、緑も深そうだったからだが、その後、私のブログと相互リンクしている方のブログで取り上げられ、やっぱり行きたいなぁと思わせる風景も目にした。
ただ、神社付近は道が狭そうで駐車場所に困りそうだったし、車で活動していた頃には行くのを躊躇っていた。
今回、やっとこの住吉神社に訪れることになったわけだが、参考にしたかったそのブログは閉鎖されて数年になるし、復活してほしいなぁと思わずにはいられなかった。
私のような風景偏重ではなく、風景も歴史も由緒も交えて、物語性のある記事を書かれる唯一無二のブログであったので、残念でならない。
そのブログ主さんは、今でもたまにここを見てくださっているようなので、改めてここで復活要望をしておきたいです。



計画段階で、御霊神社か住吉神社、どちらを先に訪れるべきか、という迷いがあった。
というのは、この住吉神社の位置や地形を考えると、太陽が高くなってしまうとコントラストが強くなりすぎて撮影が困難になりそうだったからだ。
しかし、この後の行程や紅葉を優先すると、御霊神社を先にするという結論になった。
神社前に着くと案の定で、日差しが強くて明暗差が激しく、鳥居の姿がまともに撮れない。
とりあえず後回しにして、逆からの写真を撮っていくことにする。
神社前には鐘楼があって、そこだけ紅葉が鮮やかだった。



夏とは違って斜光線なので、順光でなく逆光気味でなら何とか撮れる。



直射光の当たらない、ひっそりとした風景が撮りたかったが、これはこれで、まあいいかと思える。
光と影と緑が入り混じって、何やら温かみと賑わいが感じられる。



本殿にも日が当たっていたものの、鳥居ほど撮りにくくはなかった。



檜皮葺の、美しい本殿だ。



二間社流造の、やや珍しい建築様式。



横から見る。
屋根が程よく苔生して味わい深い。



少し視線を上げると、光と一緒に緑も降り注いでくるかのようだ。
殆ど常緑樹ばかりの杜だが、春も気持ち良さそうだなと思う。



本殿前には土俵がある。
向こうに見える建物は農村舞台。



本殿前にある盛砂。



ちょっと笑われてしまいそうだが、大袈裟に言えば宇宙を感じる。






榊は枯れてしまっているが、箒で掃き清められた跡が見て取れて、大切にされている場所であることが判る。



周囲の杜は貧弱な杉や檜ばかりなのが残念だが、所々に椎の類のやや大きな木がある。



杜の本来の植生は、こちらであったのだろうと思う。



不意に日が翳ってきた。
見上げると青空が優勢だが、ちぎれ雲が太陽を隠している。



今のうちに、と本殿を撮り直す。



どちらの風景がいいかはともかく、こちらの方が断然、撮り易い。






また同じような写真ばかりになってしまったが…。



ここからは振り返りつつ離れていって、最後に鳥居の写真を撮ろうと思う。









緑の濃淡、檜皮葺の茶色、農村舞台の天井を照らす反射光。
遠くに人の気配が感じられる農村の雰囲気。そうでありながら民家はやや離れており、落ち着いて心行くまで神社を堪能できる空気。



いいところだ、さて、やっと鳥居を、と思って外に出ると、何たることか、日が射してきた。
まあいい、暫く待てばまた翳りそうだし、時間に余裕はある。
が、間の悪いことに、今度は急にお腹の調子が悪くなってきた。
我慢すべきか迷うが、車のように、さっと走らせてどこかトイレのありそうなところへ、というわけにはいかない。
ここから一番近いトイレのありそうなところは、日本へそ公園か、その最寄り駅のどちらかしかない。
一キロ以上離れている。
今は我慢できても、いつ切羽詰まった状況になるかも判らない。
迅速に行動に移すべき、と神社を離れる。
よって鳥居の写真は割愛せざるを得なかった。
車でも勿論あることだが、徒歩で山や田舎を行動する際には、トイレの問題というのはなかなか切実な問題である。
下品な話ですみません…。

………。
……。
…。
すっかり気分の良くなった私は、日本へそ公園駅の駅前で寛いでいた。
駅前にいることだし、このまま帰っちゃおうか、と思ったりもするが、時刻を確認すると、一時間以上待たねばならないようだ。
何となく気が抜けてしまったけれど、気合を入れて歩き出す。

これから向かう神社も、随分と前から地形図で見つけて気になった場所だ。
民家から離れた山裾にあって、緑深いところのように思える。
おまけのような扱いになってしまうが、ここに併せて載せておくことにする。



駅からその神社まで四キロほどだ。
民家の多いところ、やや車の多いところ、こういった農道も通る。
天気は曇りがちになってきた。
山の斜面を彩る紅葉はさして鮮やかではないが、時おり日が射すと、ぱーっと輝きだす。
ところがカメラを出して写真を撮ろうとすると日が翳る。
曇っていてほしいときは晴れて、晴れてほしいときは曇る。



農道横の雑木林も、地味だけど秋の彩り。
退屈というわけではないが、四キロは結構長く、何やら巡礼のような気分になってくる。



目指す神社の入り口は、害獣除けの電気柵が張られていたので、いつものようにプラスチックのグリップ部を握って取り外し、山道のような道に入る。
すぐに鳥居が見えてくる。



かなり小さな神社だと予想していたので、この質素な鳥居に驚きは無い。
恐らく、本殿も祠のように小さなものが、緑の中にひっそりと…。



と思っていたのだが、意外にも明るい場所に出て、ちょっと拍子抜けする。
地形図では山道がこの神社より更に先に伸びていて、途中で消えている。
ここは愛宕神社だから、昔はもっと山頂の方にあって、その名残の道なのではと考えたりするが、正確なところは判らない。



ここにも土俵がある。
この辺りの神社は土俵が多いが、ここでそれが使われたのはいつなのだろうか。
建物は小綺麗に保たれているが、周辺の人口は少なそうだし、維持管理や行事の継続は難しそうに見える。

ここからは比延駅まで二キロ強を歩く。
殆ど県道なので、あまり楽しくはない道のりだ。
途中、作業場のようなところにいたおじさんが、「どこから歩いてきたん!?」とえらく驚く。
「この道を歩いている人なんて、まず見かけへんで」とも言う。
私自身、歩いている人など一人も見かけなかったから、そうだろうなと思う。
黒田庄駅からあちこち寄ってここまで来て、比延駅に向かっている途中だと言うと、更に驚かれる。
随分と豪快な方である。
お辞儀をして立ち去ろうとすると、大きな声で「気ィつけて!」と言われたので、振り返ってもう一度お辞儀をする。
退屈な道のりが、少し楽しくなった。



比延駅前は民家が多いところだったが、駅には誰もおらず、やはりローカル線の佇まい。
静かに一人、電車を待つのが心地よかった。


これが今年最後の更新です。
昨年末に、来年は最低でも月一回の更新を、という低い目標を書いていました。
一か月以上、更新しなかったこともありますが、とりあえず更新回数は二十回を超えたので、一応目標は達成できたということで…。
たぶん、年始の記事は上げないと思いますし、冬はあまり出掛けないので、次回の更新はだいぶ先になるでしょうが、来年も同じようなペースで更新していくと思います。
それはともかく、こんな気まぐれブログを見にきてくださっている方々に感謝申し上げます。
気が向けば、コメントなんかをしていただけると嬉しいです。
では、皆さんにとって良い年でありますように。


撮影日時 181123 住吉神社10時30分~11時10分 愛宕神社12時40分~13時 
地図 住吉神社 愛宕神社


御霊神社

2018年12月13日 | 兵庫県

兵庫県西脇市黒田庄町福地


いそ部神社から楯縫神社に訪れた次の週、再び福知山線の電車に乗り込む。
この日は祝日で、しかも前回よりも一時間ほど早い電車であり、更に前回は四両編成の快速だったが今回は六両編成の各駅停車。
通勤ラッシュは無いだろうから、これはもう余裕で座れるだろうと思っていたのに、何故か満員。
スーツ姿のサラリーマンもいるが、紅葉シーズンだし行楽客だろうか? ただ、リュックを背負っている人も多いとはいえ、行楽客っぽくないし、どうも目的がはっきり読めない。
もっとも、そんなことを言えば、私がこれから神社巡りをするなどと読める人はいないだろうけど…。
やがて、車内アナウンスで満員の原因が判明する。
「本日は、福知山マラソン開催のため、福知山駅では大変混雑します───」
マジか?
あなた方、走るためにわざわざ福知山まで行かれますのん?
いや、そんなことを言えば、私だって神社に行くために二時間近く電車に乗るわけで、一般の方々からすれば、「はあ?」という感じだろうけれど…。
とにかく、この時点で殆どの人が福知山まで乗車することが確定したわけで、普段なら絶対に座れるようになる篠山口でも座れそうにないわけで…。
でもまあ、福知山まで立ったままでマラソンに参加される方は、気の毒だなぁとは思う。

前回は丹波市に行ったが、今回は谷川駅で降りて加古川線の電車に乗り換える。
加古川線は、加古川と丹波市の谷川を結ぶ線で、乗るのは初めてだ。
加古川市は神戸や大阪のベッドタウンなので、加古川線と聞けば郊外電車くらいのイメージがあったのだが、ホームに停まっている電車は一両のワンマンカーで、完全にローカル線の趣だ。
そのたった一両の車内に乗っている人は三、四人で、やっとゆったりと座ることが出来る。
動き出せば、車両の揺れ方もローカル線のそれで、路盤の整備も幹線とは違うのだろう。
黒田庄駅で降りる。降りたのは私一人だった。
前回と違って晴天で、誰もいない駅前は清々しい朝の空気で満ちている。



駅前からは線路に沿った道を歩く。
線路の向こう側に朝日を浴びたモミジが輝いている。
地図で確かめると菩提寺というお寺らしい。
手持ちで撮ったのでブレてしまっているが、それはともかく朝の空気は気持ちが良い。



途中で踏切を渡る。
これぞローカル線、という風景に嬉しくなる。
これから向かう御霊神社は、左にある電柱と色付いた銀杏の木の間の奥、今は日陰になっている山麓にある。

御霊神社には十年くらい前に訪れたことがあって、印象は弱いながらも、結構いいところだったな、という記憶がある。
このブログでも、「雑多な写真」くらいに載せた筈、と思っていたが、探してみると見つからない。
さすがに十年以上もブログをやっていると、その辺りの記憶は曖昧になっているようだ。
改めて訪れてブログに載せてみたい、と思ったのは、ここが紅葉に彩られた風景は、きっと心惹かれるものであると想像出来たからである。

踏切から先は県道を進み、福地の集落で狭い道に入る。
薬師寺というお寺を過ぎると直ぐに神社入り口だ。



ああ、懐かしい、と思うと同時に、木々が色付いてくれているのを見てホッとする。
日当たりのいい場所と、神社の杜のような日当たりの悪い場所では、色付く時期がかなりずれるので心配していたのだ。



色付いている木は三本だけのようだが、それでも多彩な表情を見せてくれる筈。



朝日が境内に射し込むと、黄色が豊かになる。
社殿に光が当たれば写真が撮りにくくなるだろうから、ちょうどいい光加減かも知れない。



先週と今日と、電車賃は往復で約3000円だから、二回で6000円ほどの出費。
車だったらこの二回分を一回でまわれる範囲だし、正直、ちょっと勿体ないかな、と思っていたが、この風景を見られただけで元が取れた気になれた。



静かだけど賑やか。









例によって、似たような構図ばかりになってしまうけれど…。



拝殿前には土俵がある。



印象は弱いと書いたけれど、今回は強い印象を残してくれた。



拝殿右側から、入り口方向。



拝殿の床に黄色が映る。



左側から。



本殿は小さいながらも檜皮葺で端整な佇まい。



こういう、地元の人以外には殆ど知られていない神社にだけある、質素な美しさに惹かれる。






境内社。



いつまでもいられる気がしたし、名残惜しくもあるが、次の目的地に向かうことにする。


撮影日時 181123 8時10分~9時40分
地図


楯縫神社

2018年12月09日 | 兵庫県

兵庫県丹波市春日町長王


舟城神社で、ちょっと早いけれどそろそろ帰ろうかと思い、帰りの電車の時刻を調べると、石生駅を約30分後に発車する電車があった。
ここから駅まで3キロ弱なので急げば間に合いそうだが、慌ただしいのは嫌だし、もし乗り遅れたら次の電車まで一時間待たねばならない。
それならばと、一本遅らせて、もう一社、立ち寄ることにする。
幸い、程よい距離のところに楯縫神社がある。
直線距離で約600メートル、道のりは一キロ弱である。



相変わらずの曇り空の下、長閑だけど退屈な道を進み、集落内の狭い道に入る。
集落の最奥、行き止まりのようなところに鳥居がある。
ここは過去にも訪れたことがあるのだが、社頭の風景はあまり記憶に無い。



参道には朧げな記憶がある。



先程の舟城神社は整備された参道だったが、ここは自然と融合している。
羊歯や苔が豊かだ。



やがて右に大きくカーブする。



と、拝殿が見えてくる。



実はここは式内社である。
その割には規模が小さく、拝殿も簡素だ。



拝殿越しに見る本殿も、祠のように小さなものだ。



すぐ近くにある舟城神社が賑わったこともあって、やや衰退してしまったという経緯があるのだろう。



それでも、どこか品のある佇まいに感じられた。

鳥居を出る頃に、小雨、と言うほどでもない僅かばかりの雨が落ちてきたが、空模様もその降り方も時雨を思わせるもので、間もなく訪れる冬を感じさせた。


撮影日時 181115 11時30分~11時50分
地図


舟城神社

2018年11月29日 | 兵庫県

兵庫県丹波市春日町長王


船城神社を後にして、国道を渡り、田園地帯の道を行く。
先程までの国道歩きと違って車はほぼ走っておらず快適だが、平凡な風景で、やや退屈な道のりでもある。
空も曇っており、俄雨でも来そうな天気だ。

これから訪ねる舟城神社を初めて知ったのは、もう随分と前のことになる。
普段からよく見ている国土地理院の地形図に名称が記載されているし、車で近くも何度か通った。
それでも今まで訪れなかったのは、グーグルマップの航空写真で見た境内の様子が、かなり明るく開けていたからだ。
鬱蒼とした緑に覆われた、小さな社に惹かれる私としては、あまり立ち寄る気になれなかったのである。
今回、今更ながら訪ねてみようと思ったのは、これくらいの規模の神社の方が、モミジなど、紅葉する木が植えられている可能性が高いと考えたからで、例によってネットで下調べもせず、予備知識は地図情報だけだったりする。



神社前に到着。
よく整備された参道で、右手からは車道も社殿のある方へと通じている。



参道途中は緑に覆われているが、あまり惹かれない。



その左手に境内社。
ここは、ホッと落ち着けるところだ。



やがて石垣の間から社殿が見えてくる。



前回の船城神社もそうだったが、ここの石垣も立派である。
が、何より社殿の大きさに少し驚く。



全容を見れば、息をのむ。



豪壮、とでも言うべきか、ちょっと予想外の立派さである。
最初は拝殿かと思ったが、これが本殿であるようだ。



狛犬さんと狛牛さん。
菅原道真が祀られているのかと思ってしまうが、祭神は素佐之男命(この漢字表記は珍しいが、神社HPによる)であり、牛頭天王と習合して牛馬の守り神として信仰が広まったらしい。
今は静かな境内だが、農耕に牛馬が必要だった時代の例祭日などは相当に賑わったようで、その威容からも当時の信仰の篤さが窺える。
静かな境内、と書いたけれど、実は犬がやたらと吠え立てる。恐らく神社で飼われている犬で、宮司さんが出てこられるかと思ったが、誰も出てこない。



犬が気になりつつも、本殿をじっくり撮ろうと思う。



すごいなぁ、と単純に圧倒される。



同時に美しいなぁ、とも思う。
圧倒されると、語彙は貧困になってしまう。



言葉など要らないかも知れない。
かと言って私の写真が伝えてくれるかは心許ない。









この本殿が見られただけで、来て良かったと思えた。



本殿越しに社務所。



と、見慣れない構造物が目に入る。



社務所と本殿を繋ぐ渡り廊下のようなもので面白い。



ここからは紅葉と本殿をセットで、本気モードで撮ろうと思う。
いや、常に本気で撮ろうとは思っているのだが、なかなかそうはいかなくて、ついつい手を抜くことも多い。
最初の鳥居の写真などは手抜きモードで、Mサイズ手持ち撮影。
三脚を使ってMサイズが通常モードで、本気モードはさらにレリーズを使い、Lサイズ撮影である。












似たような構図ばかりで、これが本気かと言われたら困ってしまうのだが、ある程度の美しさは伝わるのでは…と思う。



本殿左側の境内社。
ここからは通常モードです…。



紅葉している木はたった数本でも、一気に魅力的な秋の表情を見せてくれる。



ワンちゃんの死角に入ると吠えなくなるので、静かな秋を満喫する。



本殿左後ろから続く道を進む。



ここは最も緑濃く、苔生している。



最奥にある境内社は落ち着いた佇まい。



常緑樹が多い中にある紅葉は、サツキかヤマツツジのようにも見える。



道は本殿右後ろに出てくる。
これは本殿背後にある牛頭天王社。



覗き込むと、一瞬、虫のように見えてギョッとしたが、よく見れば可愛らしい備前焼の牛さんだった。


撮影日時 181115 10時50分~12時10分
地図


船城神社

2018年11月25日 | 兵庫県

兵庫県丹波市春日町歌道谷


いそ部神社から国道に出て、北に向かって進む。
車はそれなりに通るし、歩道は狭いしで、あまり楽しくはない道のりだ。
歌道谷という集落に着く。「うとうだに」と読むらしく、いい地名だな、と思う。
船城神社は、この集落の奥、いちばん高いところにある。
因みに、この神社の北西1.5キロほどのところに同名の舟城神社があって、そちらの方が規模も大きく、大抵の地図に名称が記載されている。
字は「船」と「舟」の違いはあるが、何か繋がりがあるのだろうか、と気になっていた。
例えば、式内社とその論社のような関係かとも思ったが、祭神は違うし、直接的な関係は無いようだ。
もしかして、地図上の地名としては残っていないが、かつてのこの辺りの地名が船城なのでは、と思って調べてみると、その通りであった。
今は丹波市だが、以前は春日町で、さらにその昔を辿ると、この辺りは船城村であったらしい。


集落内で犬に吠え立てられ、逃げるように急ぎ足で神社前に辿り着く。



紅葉の色付きは微妙で、事前にグーグルマップの航空写真で見たほど緑濃くもないのは残念だが、なかなか雰囲気はいい。



境内は桜の木が多い。
桜は葉が散るのが早いので、晩秋の気配である。
神社の規模にしては立派な石段だ。



石垣も立派で、築地塀も綺麗だ。



何となく、お寺のような雰囲気でもある。



石段も、石垣も、ひとつひとつ積み上げられたのだろう。



拝殿と書かれた建物は、本殿覆屋でもある。



ここの建物も、風化の過程にある木の色合いが美しい。



掲載した写真では、あまり判らないと思うが、是非とも桜の咲く季節に再訪してみたいと思える場所であった。
次は、同名の舟城神社に向かうことにする。


撮影日時 181115 10時~10時30分  
地図


いそ部神社

2018年11月20日 | 兵庫県

兵庫県丹波市氷上町石生


久しぶりに電車に乗って出かけようと思う。
特に行きたい決まった場所が思い当たらないので、比較的ラッシュの混雑がマシな福知山線の電車に乗ることにする。
が、福知山行きの電車は四両編成で来た。大阪方面へのラッシュと逆方向とはいえ、さすがに四両では座れる筈もなく、篠山口まで立ちんぼだった。
石生駅で下車。この駅で降りるのは初めてだが、車では近くを何度も通っているので、知らない土地に降り立つ高揚感は無い。
まずは、いそ部神社に向かう。
いそ部の「いそ」は、山偏に石という漢字であり、パソコンでの表記は可能だが、スマホだと文字化けしたので平仮名にしておく。
水分れ公園への看板が出ているので、それに従って進む。
いそ部神社は、その公園の横にある。
水分れというのは、由良川水系と加古川水系との分水界があることに因む。
駅から15分ほどで神社前に到着。




もう少し緑豊かな公園に隣接していると思っていたのだが、意外と辺りは開けていて、民家もすぐ近くにある。
ウォーキングなどをされているお年寄りも何人か通り、朝の挨拶を交わす。



電車の窓からは冴えない紅葉が見えていたので、周辺の神社も似たようなものだろうと思えた。
駅前で水分れ公園の看板を見て、公園ならモミジも多そうだし少しは期待できるかもと、急遽、立ち寄ることにしたのだが、神社も公園も、特に目を引くような紅葉は見当たらずにがっかりする。



それでもまあ、秋らしい色を添えてくれる。
それにしても、御神木であっても檜の皮は剥かれるのだなぁと、ちょっと感心してしまった。
どこかで、檜皮葺として、美しい姿になっているのだろう。



わりと開放的な神社ではあるが、二の鳥居前から拝殿を見れば、やはり神域らしい空気。



歳月を経た木の色合いと陰翳に惹かれる。





本殿も美しい。



拝殿や本殿も良かったが、本殿右側の空間に一番惹かれた。
境内社と檜が、何とも言えない表情と空気感を醸し出している。
久しぶりの一人での神社巡り一社目は、なかなか気持ちの良いものだった。


撮影日時 181115 9時~9時半
地図 この規模の神社には珍しく、何故か地形図には神社名どころか神社記号すら記載が無い。


瀞川稲荷神社

2018年05月01日 | 兵庫県

兵庫県美方郡香美町村岡区板仕野


石部神社を思い出して俄に活気付いたものの、やはりその後に続く場所が思い浮かばない。
取り敢えず国道9号線を更に進むが、天気が下り坂のせいもあって、周囲の風景はますます冴えなくなっていく。
運転はT君に任せて私は地形図と睨めっこが続く。
ちょっと寄りたいな、と思う場所があって、「あ、そこを右に」なんて言うこともあったが、「言うのが遅いっす」と却下される。
わざわざ引き返してまで寄りたいとも思わないので、まあ、いっか、で済ます。
現在地付近で行きたい場所を探すと間に合わないので、進行方向の先へと地図を移動させると、村岡地区の棚田に目が留まった。
まだ水は張られていないだろうなぁ、と思いつつ、棚田へと向かう。
国道から外れて、やや狭い道に入ると、標高が上がって棚田のある風景になるが、案の定、絵になるような風景は無く、ちょっと途方に暮れる。
悪あがきのようにスマホの地形図の表示を上下左右にスライドさせると、現在地からさほど遠くない場所にある、瀞川稲荷神社の文字が飛び込んできた。
ああ、ここがあったか、と思う。
何年か前に知って、いつか行こうと思っていた場所だ。 

村岡から峠を越え、棚田を縫うように進む道を下ると板仕野の集落。
そこから林道入って暫くで鳥居が見えてくる。
一目見て、ああ、もっと緑いっぱいの季節に来たかったなぁ、と、ちょっと残念に思う。



とは言え、初めて訪れる、それも奥深そうな神社だから、ワクワクする。



まずは急な石段で味気ない。



が、上りきれば、奥へといざなう気配を漂わせた参道に変わる。
杉の枯葉が参道を埋めているので掃除がしたくなるけれど、べつに信仰心とか綺麗好きというわけじゃなく、写真映えのためにだけど…。



やっぱりもっと緑があればなぁ。
いい参道だけに、不満が出てくる。



朽ちかけた鳥居をくぐると、やや広い場所に出る。



右から上ってきて、左の鳥居をくぐっていくわけだが、何やら参道らしき道が合流している。
「この先に何があるんやろ?」
「トイレでしょ?」
T君が即答する。
ふと見ると立て札があって、「トイレ→」と書かれている。
「いやいや、こんだけ立派な道でトイレしか無かったらビックリするわ!」



まあ、とにかく進んでみる。



すぐに鳥居が見えてきて、くぐってから振り返ると、ここも入り口の一つなのだと理解する。
車道がここまで来ていて駐車スペースもあるから、車で楽に参拝したい場合はこちらからがいいのだろう。



ショートカット的な参道であるが、雰囲気もあって悪くない。



先ほどの分岐点に戻る。



桜が残っていて、その向こうの谷底には雪が残っていた。
右上に見えている建物は休憩所のようなもので、中を覗いたT君が、「猪がいますよ!」と言う。
確かに猪の剥製らしきものがあるが、私は残雪の方に驚いたのでそれを無視し、「雪が残ってる」と言った。
「ちゃいますね」
「いや、雪やろ」
「ちゃいますね」
どうも猪をスルーされたことに対抗して雪を認めないつもりのようだ…。 



まあ、馬鹿なやり取りはともかく、やはり但馬は奥深く雪深い。



そして、参道も深い。



ここからは参道が狭くなるが、右上には本殿の屋根も見えている。



奥にベンチがあって、そこの屋根が見えてしまうのが残念。



ただ、岩も目立ちだして、神域の気配は濃くなる。



このような露岩があちこちにある。
さざれ石っぽくもあるが、土石流が堆積して出来たものらしい。






参道が右に折れた先に本殿がある。



人一人が通れるだけの幅しかない岩と岩の間を行く。



本殿は小さいが、独特の雰囲気に満ちた場所だ。



岩から顔を出すギボウシの若芽が瑞々しい。



参道を、本殿側の右に進まず真っ直ぐ行けば、数多くの境内社がある。









撮影していないものもあるが、たぶん、全部を見て回ったと思う。
「面白い」と言えば語弊があるかも知れないが、数多くの境内社や露岩、そしてその雰囲気は、巡っていて楽しいものだった。
ただやっぱり、緑豊かな季節なら、もっと美しい風景に出逢えただろうし、この先、谷川の上流にある滝にも行かなかったことが惜しまれる。 


撮影日時 
180417 14時15分~15時10分

地図


大歳神社(当野)

2016年04月15日 | 兵庫県

兵庫県篠山市当野


武庫川沿いから離れて当野集落の中に入る。
小さな川に沿った道を進み、舞鶴若狭自動車道の手前で左に折れると鳥居が見えてくる。
訪れるのは二度目で、以前に掲載した神社だと思っていたが、「雑多な写真」の記事に三枚ほど載せていただけだったので、一つの記事としては今回が初めてになる。

地図を見れば、神社から極めて近いところを自動車道が通っている。
風景や雰囲気を損じているのではないかと思わされるし、最初の訪問は、それが理由でなかなか実現しなかった神社である。
ところが実際に訪ねてみると静かで寛げる空間が守られており、とても驚いた記憶がある。
今回は二度目なので驚きは無いが、改めて心地いい場所だなぁと感じ入った。



神社手前に椿の花。
桜の季節は落ち椿の季節でもあるのだ。



神社の向こうには桜も見える。



鳥居の奥は意外と深い木々に覆われている。
両脇に出雲構えの狛犬がいて、この辺りでは珍しい。



参道の先には潜り抜けるタイプの舞台。



長くはないが、気持ちのよい参道だ。



ここにも落ち椿。



拝殿が見えてきた。
右後ろに自動車道が見える。



これはもう、直ぐ傍、といっていい距離だし、車の走行音も聞こえてくる筈なのに、それを感じさせない空間になっている。



右側は豊かな苔の絨毯。
ここで、視野の隅に違和感、というか、不自然さを感じて更に右を見る。



一瞬、「ギョッ」としてしまうほどの濃密な赤が、緑の上に散りばめられていた。



妖艶ですらある。






当然、社殿とセットで撮る。






一度来ただけでは知らないまま、という風景が沢山あるのだろう。
来てよかった。









拝殿と本殿。



本殿。



ここで獅子舞の神事が行われるらしい。



大きな神社ではないが、境内社は多い。






境内社と石垣と砂利と木漏れ日が、何ともいい雰囲気を作る。



本殿右側の境内社。
こちらは木々がいい感じ。



ゆったりと落ち着いた時間を堪能させてもらった。
次は、栗栖野にある大歳神社に向かう。


撮影日時 160408 10時半~11時半
地図


八幡宮

2015年06月26日 | 兵庫県

兵庫県三田市福島


またまた福知山線に乗って出掛ける。
そろそろ違う方面に行きたいのだが、周辺で気になる神社としてこの一社が残ってしまっていた。
地形図はともかく、YahooやGoogleの地図を見ても名称が載っていない。
参道はそれなりに長そうだし、決して無視されるほど規模の小さな神社では無さそうなのに、である。
こういうときは、登山やハイキング系のブログやホームページを調べると、少なくとも神社名は判ることが多い。
近くには福島大池や有馬富士などがあって、そういった記事は多くありそうだ。
案の定、この神社前を通って有馬富士に登山した人の記事が沢山ヒットして、八幡神社、八幡宮という名称が出てくる。
神社前や境内で休憩される方も多いようだが、出てくる写真は入り口の鳥居が殆どで、一部、社殿の写真があるのみ。
記事の内容も、神社の雰囲気などについて触れているものは無きに等しい。 
もしかしたら、私が思っている以上に一般の人は神社に関心が無いのかも知れない。
勿論、特に言及する必要も無いような場所である可能性もあるのだが、少なくとも地図や航空写真から見る限り、なかなか魅力的な場所に思える。

新三田駅を降りて歩き出す。
確か20年ほど前にも新三田駅に降りた記憶があるので、当時の地形図を見てみたのだが、なんとこれから歩くルートが赤ペンでなぞってある。
そういえば有馬富士の麓を通って青野ダムのほうへと歩いたような気が…。
しかし神社の記憶は全く無いし、そもそも赤ペンは神社前を素通りしている。
当時の私は神社に関心が無かったのは確かだが、一般の人もこれと同じことなのだろう。
全く記憶が甦らないまま、住宅と田畑が混在する場所を通り、橋を渡る。
川沿いの道になると山が近くなって緑が優勢になってくる。



道は車道や林道というより、農道といった雰囲気で、長閑で気持ちよい。
左前方に見えている杜が八幡宮だ。



鳥居が見えてきた。
比較的新しい鳥居のようだが、前回通ったときの鳥居がどんなものだったかは全く判らない。
前回は早春だったと思うから、風景や雰囲気は随分と違ってはいるだろうけど…。



鳥居の先は、予想していたよりも深く緑濃いものだったので嬉しくなる。



苔がいい感じに参道を覆いつつある。



曇りがちの天気だったけど、時おり青空が顔を出し、日が差し込む。



参道を振り返る。



社殿周りは広く開けているようで、二の鳥居の先は光に満ちている。



拝殿は無く、石段を上れば本殿覆屋が見えてくる。



簡素な佇まいがいい。



休日ならハイカーが立ち寄ることも多そうだが、今日は平日なので、誰も来る気配が無く寛げる。



覆屋の背後は貧弱な杉林なのに、何故か独特の雰囲気。



手前の馬酔木のうねりと杉の直線が相俟って、ちょっと不思議な感覚にさせるのかも知れない。



狛犬さんの後ろ姿は、耳が何だかリボンに見えて、髪を垂らした女の子のようだ。



もともと曇りがちではあったのに、俄に掻き曇りといった感じで周囲が更に薄暗くなる。
今日は大気の状態が不安定なようで、所によって激しい雷雨という予報。
傘を忘れたので雨は勘弁してほしい。



境内社は本殿左手にあるこの一社のみ。



周りを緑が覆っているせいか、明るい場所も居心地がいい。



雨は降りそうで降らない。
雨雲レーダーを何度も確認すると、六甲山の北側辺りに雷雲らしきものがあって、徐々に離れ、弱まっている。



雨が降るなら真っ直ぐ駅に戻ろうと思ったが、どうやら大丈夫そうだ。
今日は他に予定があるので、この後ちょっと寄り道するだけで他の神社へは行かない。
電車賃は往復千数百円で、たった一社を訪ねるだけなのは勿体無いかと少し悩んだが、来て良かった。


撮影日時 150623  9時40分~10時50分
地図


山王宮

2015年06月02日 | 兵庫県

兵庫県三田市寺村町


前回の塩田八幡宮は山腹にあるのだが、その山塊、というか、残丘とでも言うべき標高200メートル前後のなだらかな山に、神社記号が他に二つある。
直線距離で塩田八幡宮の北北東190メートルほどのところと、北北西に210メートルほどのところである。
塩田八幡宮からは低いながらも山の向こうという位置になるし、それぞれ違う地区の神社ということで関連性など無いのだが、これだけ隣接していると当然同時に参拝しておこうという気になる。

googleマップで調べてみると、北北東にある神社は神社名が載っていないものの参道が長そうに見える。
検索すると、神社名は天満神社であることが判った。
ただ、最近社殿を建て替えたという記事も見かけたので、明るく味気ない境内かも知れない。
北北西の神社は、googleマップの表示を拡大していくと、辛うじて小さな文字で「山王社」と表示された。
こちらは航空写真で見ると、木々の緑に埋もれそうな感じで、浅い山とはいえ山中にあるので、もしかしたら廃れて自然に還りつつあるのかも、という危惧も覚えるが、或いは緑いっぱいの素敵な環境かも、という気もする。
ということで、それぞれに期待と不安があるのだが、地形図を見るとどちらへも山越えで山道が通じているようなので、山塊をぐるりと迂回することなく最短距離で向かうことにする。

塩田八幡宮からは参道ではなく車道を下る。
最初に左にカーブするところで右に入っていく道があるのでそちらに進む。
すぐに左手に大規模な霊園が見えてきて、その先の山を越える峠部分で車道が尽きる。
地形図を見ると、峠付近から北東へ伸びる道があって、天満神社にも山王社へ行くにもその道に入る必要があるのだが、実線で描かれている道の割には破線で描くべき山道のような状態だ。
進んでいくと、以前はよく歩かれていたのか、しっかりとした踏跡ではあるものの、所々で笹や木の枝が覆っており、蜘蛛の巣や虫が気になる。
昔なら平気で突っ切っていたところだが、軟弱になってしまった私は峠まで引き返し、峠を越えて寺村町方面へ下る道に入ってみる。
こちらも実線で描かれている割りに山道のような感じなので、どうしようかと思いつつ、さっきの道よりは状態はいいようなので、そのまま下っていくことにした。



前回と同じく、道中の適当な写真はスマホで撮った小さい版で。
峠から先はこんな感じの道。



特に問題も無く、車が通れる道に出る。
左手にあった溜池。



寺村町の公会堂手前の風景。
長閑に見えるが、少し視線をずらせば、三田市街のマンションが見える。

寺村町の家並みの中に入り、まずは心光寺というお寺を目指す。
山王社への上り口が地形図では正確に判らないし、ネットの地図にはそもそも神社への道すら記載されていない。
ただ、yahooやgoogleのネット地図と、国土地理院の地形図とでお寺の位置が違うが、これはネット地図が正しい。



とりあえずお寺の前まで来て、お地蔵さんと対面する。
車道はお寺で行き止まりだが、左右に分かれて奥へと小道が続いている。
地形図から判断すると、左へ登っていく道が神社へと続く道の筈だ。



すぐに墓地に入るのだが、何とも素敵な環境に思えたので写真を撮らせてもらう。



鬱蒼たる木々に包まれながら、春の陽射しが降り注ぎ、心地よく眠り、或いは語らえる場所に見える。
で、いちばん奥まで行ったのだが行き止まりだ。
地形はいつの間にか谷の形状をしているし、地形図を見れば、これは先ほどの分岐点で右に進んだ場合の地形に思える。
ということは左手の斜面の上に、神社への道が通っている筈だが、何度か往復してみたり、墓地じゅうの道を歩いてみるものの、そちらへと続く道は無い。
斜面と言っても僅かな距離だし、強引に登ってしまえば直ぐと思われる。
しかしまあ、軟弱になってしまった私はウロウロするばかりだ。
先ほどの分岐の右へ進む道も、結局この墓地に繋がっていたし、これはもう地形図が間違っているか、最初に危惧したように神社が廃れて道が消えてしまっているとしか思えない。
とはいえ、簡単に諦める気にもなれないので、お寺より北側にある行き止まりの車道に向かってみる。

三田は新興住宅地として有名だが、この辺りは古い地域で、神戸電鉄の三田本町という駅から400メートルほどしか離れていないのに、落ち着いて長閑な雰囲気である。
まず余所者が入り込まないようなところだし、ましてや行き止まりの道に余所者が入り込むと怪訝な顔をされる。
案の定、道の先で農家のおばさんが訝しげにこちらを見ている。
普段なら居心地が悪くなるところだけど、これ幸いとその怪訝な顔をしたおばさんに道を訊ねると、こちらの目的がわかったからか、表情が柔らかくなって親切に丁寧に道を教えてくださる。
入り口は判りにくく、右手の小道に入るが、とても神社へと続いているとは思えない雰囲気。
普段は田圃へと入るための道のようで、その田圃の横を通ってすぐに左の山へ入っていく道がある(田圃の手前で左に進む道に入ってしまいそうになる)。
恐らく人に教えてもらえなかったら、私は神社へは行けなかっただろう。
というか、信奉する国土地理院の地形図が、この狭い範囲で二箇所も間違っているとは…。

おばさんは入り口付近を細かく説明してくださったが、山に入ればしっかりした一本道だとおっしゃっていたし、もう問題は無さそうだ。
まあでも、参道と言うよりは山道みたいなものだろうけど。



と思いきや、ちゃんとした階段が現れて少し驚く。
コンクリート製だから、あまり風情は無いけれど、予想とは違ってしっかりと維持管理されているようだ。
あとは航空写真で見て想像したように、緑いっぱいであればいいのだけど。



「ああ」だったろうか、それとも「おお」、或いは「わあ」だったか。
とにかく階段の途中から見えてくる参道に、心の中で何らかの感嘆の声を漏らした。
コンクリートの側溝がちょっと残念だけど、そんなものが気にならないくらいに、潤いある「緑」だ。



なんと柔らかで心地いい参道だろう。
こういう風景に出逢いたくて、私はあちこちの神社を訪ねている気がする。
右下には先ほどの墓地が見え、やはり僅かな斜面を登ればこの参道に出られたようだ。



緑のトンネルの中を行く。
一本道と聞いていたが、途中、二箇所ほど左に分岐する道があったので進んでみると、どちらも祠があって行き止まりだった。



ちょっと判りにくいが、前方に鳥居が見えてくる。



地図では山王社と表記されているけれど、鳥居の扁額には山王宮と書かれているので、記事のタイトルはそれに合わせた。



鳥居をくぐり、開けた空間を横切ると、側面を向けた社殿の前に出る。






拝殿は質素で、この空間に似つかわしい。
拝殿の先には茂みの奥へ伸びていく小道があったが、恐らくは私が引き返した峠からの道に続いているのだろう。
やはり少々、草が覆っているようではあった。



本殿は覆屋の中で、どんな様子かは窺えない。



社殿前の石段に腰掛けて、暫し木漏れ日が戯れる小空間をぼーっと眺める。
何というか、とにかく居心地がいい。

名残惜しいが、次の神社に向かうことにする。


次の天満神社はスマホで簡単な写真しか撮らなかったので、ここに併せて載せておくことにする。



ここはまだ寺村町。



こんな風景の中をのんびり歩く。



左手に神明神社が見えたが立ち寄らず。



やがて天満神社前。
こちらは旧参道で、左側から車道が神社まで続いている。
といっても、この道もすぐ車道と合流するのだが。



長い参道に期待したものの、普通の車道というか林道といった感じで残念。
まだ新しい社殿は、陽射しを浴びて眩しいくらいで、山王宮で緑陰に浸っていた身には、明るすぎて戸惑ってしまうのだった。

ここからなら三田駅の方が近いが、無意識的に街を避けてしまうのか、とぼとぼと疲れた足を引き摺って道場駅まで歩いた。
10キロ強、5時間半ほどの小さな旅だったが、とても楽しめた。 


撮影日時 150522 11時20分~12時(山王宮のみ)
地図