神社のある風景

山里の神社を中心に、歴史や建築等からの観点ではなく、風景という視点で巡ります。

住吉神社

2018年12月26日 | 兵庫県

兵庫県西脇市上比延町


御霊神社から県道に戻り、やや退屈な道を南下する。
山裾から少し離れた辺りで狭い道に入り、集落内を進む。やはりこういう道の方が歩いてい楽しい。
これから訪ねる住吉神社は、もう随分と前に地形図で見つけて気になっていたところだ。
参道がそれなりに長く、航空写真で見る限り、緑も深そうだったからだが、その後、私のブログと相互リンクしている方のブログで取り上げられ、やっぱり行きたいなぁと思わせる風景も目にした。
ただ、神社付近は道が狭そうで駐車場所に困りそうだったし、車で活動していた頃には行くのを躊躇っていた。
今回、やっとこの住吉神社に訪れることになったわけだが、参考にしたかったそのブログは閉鎖されて数年になるし、復活してほしいなぁと思わずにはいられなかった。
私のような風景偏重ではなく、風景も歴史も由緒も交えて、物語性のある記事を書かれる唯一無二のブログであったので、残念でならない。
そのブログ主さんは、今でもたまにここを見てくださっているようなので、改めてここで復活要望をしておきたいです。



計画段階で、御霊神社か住吉神社、どちらを先に訪れるべきか、という迷いがあった。
というのは、この住吉神社の位置や地形を考えると、太陽が高くなってしまうとコントラストが強くなりすぎて撮影が困難になりそうだったからだ。
しかし、この後の行程や紅葉を優先すると、御霊神社を先にするという結論になった。
神社前に着くと案の定で、日差しが強くて明暗差が激しく、鳥居の姿がまともに撮れない。
とりあえず後回しにして、逆からの写真を撮っていくことにする。
神社前には鐘楼があって、そこだけ紅葉が鮮やかだった。



夏とは違って斜光線なので、順光でなく逆光気味でなら何とか撮れる。



直射光の当たらない、ひっそりとした風景が撮りたかったが、これはこれで、まあいいかと思える。
光と影と緑が入り混じって、何やら温かみと賑わいが感じられる。



本殿にも日が当たっていたものの、鳥居ほど撮りにくくはなかった。



檜皮葺の、美しい本殿だ。



二間社流造の、やや珍しい建築様式。



横から見る。
屋根が程よく苔生して味わい深い。



少し視線を上げると、光と一緒に緑も降り注いでくるかのようだ。
殆ど常緑樹ばかりの杜だが、春も気持ち良さそうだなと思う。



本殿前には土俵がある。
向こうに見える建物は農村舞台。



本殿前にある盛砂。



ちょっと笑われてしまいそうだが、大袈裟に言えば宇宙を感じる。






榊は枯れてしまっているが、箒で掃き清められた跡が見て取れて、大切にされている場所であることが判る。



周囲の杜は貧弱な杉や檜ばかりなのが残念だが、所々に椎の類のやや大きな木がある。



杜の本来の植生は、こちらであったのだろうと思う。



不意に日が翳ってきた。
見上げると青空が優勢だが、ちぎれ雲が太陽を隠している。



今のうちに、と本殿を撮り直す。



どちらの風景がいいかはともかく、こちらの方が断然、撮り易い。






また同じような写真ばかりになってしまったが…。



ここからは振り返りつつ離れていって、最後に鳥居の写真を撮ろうと思う。









緑の濃淡、檜皮葺の茶色、農村舞台の天井を照らす反射光。
遠くに人の気配が感じられる農村の雰囲気。そうでありながら民家はやや離れており、落ち着いて心行くまで神社を堪能できる空気。



いいところだ、さて、やっと鳥居を、と思って外に出ると、何たることか、日が射してきた。
まあいい、暫く待てばまた翳りそうだし、時間に余裕はある。
が、間の悪いことに、今度は急にお腹の調子が悪くなってきた。
我慢すべきか迷うが、車のように、さっと走らせてどこかトイレのありそうなところへ、というわけにはいかない。
ここから一番近いトイレのありそうなところは、日本へそ公園か、その最寄り駅のどちらかしかない。
一キロ以上離れている。
今は我慢できても、いつ切羽詰まった状況になるかも判らない。
迅速に行動に移すべき、と神社を離れる。
よって鳥居の写真は割愛せざるを得なかった。
車でも勿論あることだが、徒歩で山や田舎を行動する際には、トイレの問題というのはなかなか切実な問題である。
下品な話ですみません…。

………。
……。
…。
すっかり気分の良くなった私は、日本へそ公園駅の駅前で寛いでいた。
駅前にいることだし、このまま帰っちゃおうか、と思ったりもするが、時刻を確認すると、一時間以上待たねばならないようだ。
何となく気が抜けてしまったけれど、気合を入れて歩き出す。

これから向かう神社も、随分と前から地形図で見つけて気になった場所だ。
民家から離れた山裾にあって、緑深いところのように思える。
おまけのような扱いになってしまうが、ここに併せて載せておくことにする。



駅からその神社まで四キロほどだ。
民家の多いところ、やや車の多いところ、こういった農道も通る。
天気は曇りがちになってきた。
山の斜面を彩る紅葉はさして鮮やかではないが、時おり日が射すと、ぱーっと輝きだす。
ところがカメラを出して写真を撮ろうとすると日が翳る。
曇っていてほしいときは晴れて、晴れてほしいときは曇る。



農道横の雑木林も、地味だけど秋の彩り。
退屈というわけではないが、四キロは結構長く、何やら巡礼のような気分になってくる。



目指す神社の入り口は、害獣除けの電気柵が張られていたので、いつものようにプラスチックのグリップ部を握って取り外し、山道のような道に入る。
すぐに鳥居が見えてくる。



かなり小さな神社だと予想していたので、この質素な鳥居に驚きは無い。
恐らく、本殿も祠のように小さなものが、緑の中にひっそりと…。



と思っていたのだが、意外にも明るい場所に出て、ちょっと拍子抜けする。
地形図では山道がこの神社より更に先に伸びていて、途中で消えている。
ここは愛宕神社だから、昔はもっと山頂の方にあって、その名残の道なのではと考えたりするが、正確なところは判らない。



ここにも土俵がある。
この辺りの神社は土俵が多いが、ここでそれが使われたのはいつなのだろうか。
建物は小綺麗に保たれているが、周辺の人口は少なそうだし、維持管理や行事の継続は難しそうに見える。

ここからは比延駅まで二キロ強を歩く。
殆ど県道なので、あまり楽しくはない道のりだ。
途中、作業場のようなところにいたおじさんが、「どこから歩いてきたん!?」とえらく驚く。
「この道を歩いている人なんて、まず見かけへんで」とも言う。
私自身、歩いている人など一人も見かけなかったから、そうだろうなと思う。
黒田庄駅からあちこち寄ってここまで来て、比延駅に向かっている途中だと言うと、更に驚かれる。
随分と豪快な方である。
お辞儀をして立ち去ろうとすると、大きな声で「気ィつけて!」と言われたので、振り返ってもう一度お辞儀をする。
退屈な道のりが、少し楽しくなった。



比延駅前は民家が多いところだったが、駅には誰もおらず、やはりローカル線の佇まい。
静かに一人、電車を待つのが心地よかった。


これが今年最後の更新です。
昨年末に、来年は最低でも月一回の更新を、という低い目標を書いていました。
一か月以上、更新しなかったこともありますが、とりあえず更新回数は二十回を超えたので、一応目標は達成できたということで…。
たぶん、年始の記事は上げないと思いますし、冬はあまり出掛けないので、次回の更新はだいぶ先になるでしょうが、来年も同じようなペースで更新していくと思います。
それはともかく、こんな気まぐれブログを見にきてくださっている方々に感謝申し上げます。
気が向けば、コメントなんかをしていただけると嬉しいです。
では、皆さんにとって良い年でありますように。


撮影日時 181123 住吉神社10時30分~11時10分 愛宕神社12時40分~13時 
地図 住吉神社 愛宕神社


御霊神社

2018年12月13日 | 兵庫県

兵庫県西脇市黒田庄町福地


いそ部神社から楯縫神社に訪れた次の週、再び福知山線の電車に乗り込む。
この日は祝日で、しかも前回よりも一時間ほど早い電車であり、更に前回は四両編成の快速だったが今回は六両編成の各駅停車。
通勤ラッシュは無いだろうから、これはもう余裕で座れるだろうと思っていたのに、何故か満員。
スーツ姿のサラリーマンもいるが、紅葉シーズンだし行楽客だろうか? ただ、リュックを背負っている人も多いとはいえ、行楽客っぽくないし、どうも目的がはっきり読めない。
もっとも、そんなことを言えば、私がこれから神社巡りをするなどと読める人はいないだろうけど…。
やがて、車内アナウンスで満員の原因が判明する。
「本日は、福知山マラソン開催のため、福知山駅では大変混雑します───」
マジか?
あなた方、走るためにわざわざ福知山まで行かれますのん?
いや、そんなことを言えば、私だって神社に行くために二時間近く電車に乗るわけで、一般の方々からすれば、「はあ?」という感じだろうけれど…。
とにかく、この時点で殆どの人が福知山まで乗車することが確定したわけで、普段なら絶対に座れるようになる篠山口でも座れそうにないわけで…。
でもまあ、福知山まで立ったままでマラソンに参加される方は、気の毒だなぁとは思う。

前回は丹波市に行ったが、今回は谷川駅で降りて加古川線の電車に乗り換える。
加古川線は、加古川と丹波市の谷川を結ぶ線で、乗るのは初めてだ。
加古川市は神戸や大阪のベッドタウンなので、加古川線と聞けば郊外電車くらいのイメージがあったのだが、ホームに停まっている電車は一両のワンマンカーで、完全にローカル線の趣だ。
そのたった一両の車内に乗っている人は三、四人で、やっとゆったりと座ることが出来る。
動き出せば、車両の揺れ方もローカル線のそれで、路盤の整備も幹線とは違うのだろう。
黒田庄駅で降りる。降りたのは私一人だった。
前回と違って晴天で、誰もいない駅前は清々しい朝の空気で満ちている。



駅前からは線路に沿った道を歩く。
線路の向こう側に朝日を浴びたモミジが輝いている。
地図で確かめると菩提寺というお寺らしい。
手持ちで撮ったのでブレてしまっているが、それはともかく朝の空気は気持ちが良い。



途中で踏切を渡る。
これぞローカル線、という風景に嬉しくなる。
これから向かう御霊神社は、左にある電柱と色付いた銀杏の木の間の奥、今は日陰になっている山麓にある。

御霊神社には十年くらい前に訪れたことがあって、印象は弱いながらも、結構いいところだったな、という記憶がある。
このブログでも、「雑多な写真」くらいに載せた筈、と思っていたが、探してみると見つからない。
さすがに十年以上もブログをやっていると、その辺りの記憶は曖昧になっているようだ。
改めて訪れてブログに載せてみたい、と思ったのは、ここが紅葉に彩られた風景は、きっと心惹かれるものであると想像出来たからである。

踏切から先は県道を進み、福地の集落で狭い道に入る。
薬師寺というお寺を過ぎると直ぐに神社入り口だ。



ああ、懐かしい、と思うと同時に、木々が色付いてくれているのを見てホッとする。
日当たりのいい場所と、神社の杜のような日当たりの悪い場所では、色付く時期がかなりずれるので心配していたのだ。



色付いている木は三本だけのようだが、それでも多彩な表情を見せてくれる筈。



朝日が境内に射し込むと、黄色が豊かになる。
社殿に光が当たれば写真が撮りにくくなるだろうから、ちょうどいい光加減かも知れない。



先週と今日と、電車賃は往復で約3000円だから、二回で6000円ほどの出費。
車だったらこの二回分を一回でまわれる範囲だし、正直、ちょっと勿体ないかな、と思っていたが、この風景を見られただけで元が取れた気になれた。



静かだけど賑やか。









例によって、似たような構図ばかりになってしまうけれど…。



拝殿前には土俵がある。



印象は弱いと書いたけれど、今回は強い印象を残してくれた。



拝殿右側から、入り口方向。



拝殿の床に黄色が映る。



左側から。



本殿は小さいながらも檜皮葺で端整な佇まい。



こういう、地元の人以外には殆ど知られていない神社にだけある、質素な美しさに惹かれる。






境内社。



いつまでもいられる気がしたし、名残惜しくもあるが、次の目的地に向かうことにする。


撮影日時 181123 8時10分~9時40分
地図


楯縫神社

2018年12月09日 | 兵庫県

兵庫県丹波市春日町長王


舟城神社で、ちょっと早いけれどそろそろ帰ろうかと思い、帰りの電車の時刻を調べると、石生駅を約30分後に発車する電車があった。
ここから駅まで3キロ弱なので急げば間に合いそうだが、慌ただしいのは嫌だし、もし乗り遅れたら次の電車まで一時間待たねばならない。
それならばと、一本遅らせて、もう一社、立ち寄ることにする。
幸い、程よい距離のところに楯縫神社がある。
直線距離で約600メートル、道のりは一キロ弱である。



相変わらずの曇り空の下、長閑だけど退屈な道を進み、集落内の狭い道に入る。
集落の最奥、行き止まりのようなところに鳥居がある。
ここは過去にも訪れたことがあるのだが、社頭の風景はあまり記憶に無い。



参道には朧げな記憶がある。



先程の舟城神社は整備された参道だったが、ここは自然と融合している。
羊歯や苔が豊かだ。



やがて右に大きくカーブする。



と、拝殿が見えてくる。



実はここは式内社である。
その割には規模が小さく、拝殿も簡素だ。



拝殿越しに見る本殿も、祠のように小さなものだ。



すぐ近くにある舟城神社が賑わったこともあって、やや衰退してしまったという経緯があるのだろう。



それでも、どこか品のある佇まいに感じられた。

鳥居を出る頃に、小雨、と言うほどでもない僅かばかりの雨が落ちてきたが、空模様もその降り方も時雨を思わせるもので、間もなく訪れる冬を感じさせた。


撮影日時 181115 11時30分~11時50分
地図