犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

真の個人主義

2007-09-16 14:25:03 | 実存・心理・宗教
日本国憲法には、個人主義の理念が定められている(11条、13条、97条)。そして、憲法の専門書にはどれも同じことが書かれている。それは、「個人主義は利己主義ではなく、真の個人主義はエゴイズムとは対極にあるものだ」という説明である。そして、国民の権利意識の向上は望ましいものであり、「個人主義によって人間が道徳を忘れて自己中心的になった」という指摘は的外れだと説明される。

しかしながら、的外れであろうとなかろうと、国民の間から「個人主義によって人間が道徳を忘れて自己中心的になった」という声が出ている事実は否定できない。これは、人間が1人の個人としての偽らざる実感を述べたものである。法律家は、真の個人主義の理念というものが客観的に存在し、一般国民はそれを理解していないという図式を描きがちである。しかし、抽象的な理念によって人間の実感を誤りだと断ずることはできない。その個人の実感の存在を否定できないことが、まさに個人主義の理念である。

真の理念がどこかに存在しており、人間がそれを勉強して身に付けるという姿勢が、真の理念を発見したためしがない。理念とは、専門家によって教えられるものでもなければ、憲法の条文によって与えられるものでもない。今ここにある自分の人生に気がついた者が、その実存的不安の中において、暗中模索のうちに探し求めるものである。その意味では、専門家の結論先取りの能書きよりも、「個人主義によって人間が道徳を忘れて自己中心的になった」という素朴な疑問の声のほうが正しい。

真の理念は、真理を知りたいという人間の知的欲求の動きの中に表れる。「私は真理を知っているが、あなたは真理を知らない」という態度に出るや否や、人間は真理ではなく勝負を求めてしまっている。個人主義の理念には、真も偽もない。従って、個人主義は利己主義ではないとも断定できないし、個人主義はエゴイズムと対極にあるものだとも断定できない。個人主義は個人主義であって、個人主義でないものではなく、利己主義は利己主義であって、利己主義でないものではない。