僕はびわ湖のカイツブリ

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“男のためのガーデニング”改め

マキノ高原から赤坂山に登る1~登山編~

2023-06-18 15:55:15 | 御朱印蒐集・仏像・磐座・巨樹・古墳・滝・登山
 「マキノ高原」は高島観光の名所となっている「メタセコイヤ並木」から少し山側へ入った場所にあるレジャー・温泉・レストランなどのある施設です。
夏はキャンプ場・冬はスキー場になる斜面の先には、北に「赤坂山・三国山や乗鞍岳」、南に「大谷山・三重岳」と800m以上の山が連なる高島トレイユの北の終点近くになります。

高島トレイユのコースとは、かつて近江商人が荷物の運搬など暮らしのなかで使っていた古道で、琵琶湖と日本海の中央分水嶺にあたる道です。
トレイユでは古道の峠道にある12の山の全工程を一気に走破する方もおられれば、「12マウンテンズ」に分割して12分割されたコースを歩く人もいるそうです。



マキノ高原からこの日登った「赤坂山」は、「12マウンテンズ」のひとつであり、「関西百名山」にも数えられている山で、「花の山」としても有名な山です。
マキノ高原の登山者用駐車場に車を停めて歩き出し、キャンプ場(スキー場)エリアを登山口まで登っていくのですが、スキーで滑るための坂ですから地味に疲れます。



キャンプエリアの端まで来ると登山口がありますので、明るい陽射しに恵まれての登山開始です。
赤坂山はコースタイムを2時間くらいとしたとすれば、木段・登山道を登って東屋のある「武奈の木平」までが約半分。

沢沿いの道から「栗柄越」を経て稜線を山頂まで登るのが約半分といった感じでしょうか。
でも今回は赤坂山の山頂から「明王の禿」まで行きますのでプラス1時間となり、帰りは寒風方面へは行かずピストンで下山をします。



登山道は最初は木段が続き、結構しんどい道が続きます。
1年前に赤坂山に登った時には、下山時にこの最後の木段が足に堪えてヨボヨボと下りる羽目になったことを思い出します。



木段が終わると平坦な道も一部ありますが、大雨の時には川になるような道を登り続けます。
途中でキビタキが出て枝に留まってくれましたが、枝にピントを持っていかれて撮れず...。
野鳥はウグイスの囀りの他にもツツドリやホトトギスの囀りが確認出来ましたので、もう初夏の野鳥は山に入ってきているようでした。



「マキノ高原温泉さらさ」の前から1時間。やっと「武奈の木平」へ到着しました。
位置的に「武奈の木平」は登山時にも下山時にもちょうど休みたくなる頃に休憩できる場所にあり、一息入れられますので助かります。

標高540mの場所ですので涼しさは感じませんが、屋内で休憩ができます。
下山時に休憩に立ち寄った時は満員御礼で、片隅にちょこっと腰かけさせて頂くことになりました。



「武奈の木平」を越えると沢沿いの道に入り、沢を流れる水音の清々しさと清流のヒンヤリした空気の中を気持ちよく歩ける。
砂防堰堤から流れ落ちる水は今の季節にしては水量があり、勢いよく落ちている。



砂防堰堤は横から登って越えていくことになり、赤坂山登山では2カ所だけあるロープ場です。
地面が濡れていて滑りやすくなっているので、トレッキングポールを先に堰堤の上に置いてからロープで登る。



堰堤の先からは沢登りの道があり、左が渓流で右が登りのルートになります。
単調な登山道の多かったここまでの道中では変化に富んだ道と言えると思います。



赤坂山などが連なる山々は、山に降り注いだ雨や雪が水流として日本海側と琵琶湖側に流れる境となる分水嶺で、尚且つ天候が良ければ日本海も琵琶湖も眺められる山です。
この渓流の上にある峠が中央分水嶺になりますので、そこで水も気候も境目になっていることになり、興味深く感じます。



沢を離れて峠へと向かう道を登って行くとお地蔵さんが祀られている横を通ります。
この先にある「栗柄越(あわがらごえ)」はマキノ町海津(琵琶湖の湖上交通の港)と福井県美浜町との物資の運送ルートだったとされますので道中の安全を祈るものかと思います。



山を隔てた県境の峠にはお地蔵さんが祀られていることが多々あり、林道などが通っている峠では分かりませんが、登山で行く峠ではその過酷さに驚かされます。
峠は標高760mのところを通るといい、峠までの距離を考えると当時に荷運びした人の健脚ぶりと重量物を背負って登れる力強さが伺われます。

宮本常一さんの「山に生きる人びと」という本で粟柄(越)について書かれており、かつて粟柄には三国山を越えて琵琶湖へ行き来する旅人の強力として暮らす人の集落があったという。
北陸線の木之本~敦賀間が開通(1882年)すると汽車を利用するようになって峠道を越えていく者はなくなり、村は廃村になっていったとされたのだとされる。
粟柄は雪深い地であるため、農耕などでは暮らしてはいけない地に強力を生業とする村が存在したのは大変興味深く、山で暮らした人々への関心が高まります。



峠の近くには約2.5mくらいの大きな岩がくり抜かれた中に「馬頭観音」ではないかと言われている3面の顔を持つ石仏が安置されています。
かつてこの峠を越えて荷物を運んだ馬の安全を祈願して祀られているのかと思いますが、馬にとってもこの峠を越えるのは過酷な事であったのかと思います。





そして栗柄越を越えるといよいよ山頂への稜線歩きとなり、山頂までの最後の苦しいながらも楽しいコースが始まります。
前回に登った時は遠かったとはいえ雷の音が連続して聞こえており、逃げる場所がないため怖い思いをしましたが、今回はほぼ快晴で強風ではない心地よい風に吹かれながら登ります。



先に登られていた方々はもうゴールが目前。
登山途中に抜かれてばかりのスローペースでしたが、何とか2時間以内に山頂に到着出来ました!



そして山頂!標高823.8mに到着です。
山頂では記念撮影されていた方のご好意で当方も記念写真を撮って頂いて、ひとまずはゴールです。





山頂からは「明王の禿」を経由して「三国山」へ登り(登らない人もいる)、黒河峠へ下って白谷集落へ下山されるルートがあるようですが、進む自信なし。
もう一つ「栗柄越」の所から「寒風」を経由して「大谷山」へ登り(登らない人もいる)、マキノ高原に下山するルートがあり、こちらのルートは人気があるようです。
当方は今回もピストンでしたが、黒河峠ルートや寒風ルートは次に登る機会には歩いてみたいと思っているルートです。



山頂から南方向にはマキノ町と琵琶湖が望める。
少しガスっていますのでクリアーではありませんが、近い感じで琵琶湖が見えます。



福井県側の山々は山の名前は分かりませんが、美浜町方面へと続く山なのでしょう。
方向表示版には若狭湾と記載されていましたので、澄んだ日なら見えることがあるのかもしれませんが、まだ見たことはない。



すぐ北側には「三国山(標高876m)」がその雄姿を見せています。
今回、三国山には行きませんが、写真で見て右側の崩壊地の岩稜「明王の禿」まで行きます。



「明王の禿」は花崗岩が風化した岩稜で、山麓の集落からも確認出来る崩落地です。
赤坂山の山頂からは激下りと急登の登り返しがあり、明王の禿からの帰り道も同じ道を登り返すことになります。
かといって黒河峠まで行って下山する自信はないため、ピストンで明王の禿に向かいます。



赤坂山の登山編はここまでとして、次回は「明王の禿」と「花の名山」こと赤坂山で見た花々です。
イワカガミの季節はとっくに終わっていますが、ドウダンツツジを見つけることは出来るでしょうか?



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