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“男のためのガーデニング”改め

御朱印蒐集~和歌山県紀の川市 粉河産𡈽神社(粉河寺)~

2019-03-05 06:16:06 | 御朱印蒐集・仏像・磐座・巨樹・古墳・滝・登山
 西国三十三所3番札所の粉河寺の境内には、粉河寺の鎮守社である「粉河産𡈽神社」が祀られています。
粉河産𡈽神社は粉河寺の本堂の横後方に、風猛山を背にして本殿を構える神社です。

創建は770年の粉河寺が創始された時に、鎌垣庄内各村の氏神を勧請して祀ったのが始まりとされ、現在は粉川郷の総社(総鎮守)となっているようです。
神社には末社が14社あり、稲荷・白山・護国・吉野・熊野など馴染みのある社もありますが、なかには「一言」・「楠」など聞きなれない社も含まれています。



神社の名前の『𡈽』(土に点)の文字が不思議でしたので宮司の方に聞いてみると、𡈽は『つち』とは読まず『すな』と読むということでした。
おっしゃっていた内容は「かつては“出産”は“穢”につながると考えられていたため、出産の時には家とは別に産屋を建てて砂を引き、そこに敷布を敷いて産んでいた」といいます。
このことが『産𡈽(うますな』の由来になっているとのことでした。



こういった話は初めて聞きましたが、苗字で聞くことのある土橋(つちはし)、𡈽橋(どばし、点は省略)は、かつては「土」「𡈽」と別々の字が当てはめられていたそうですが、現在は同じ『土』の字を使って読みだけが違うようになったとも聞きました。
御祭神は「天忍穂耳命」と「丹生津比賣命」で、一般的には農耕神である天忍穂耳命と「丹(水銀)」を連想させる丹生津比賣命となっています。



参拝した日は12月の後半でしたので、本殿には“初詣”ののぼりと“戌”の大絵馬が準備されており、本殿の前には“猪”の大絵馬が置かれてありました。
この絵馬は、翌日以降は布を掛けられて大晦日まで祈祷され元旦に本殿に祀られるとのことで、“写真撮るなら今だけしか撮れないよ。”とおっしゃっていました。



本殿の横には“孔雀のピーちゃん”という綺麗な孔雀が飼われており、宮司さんの話だと“この子は滋賀県の三井寺の孔雀の孫かその血統になるんだよ。”ということで、にわかに親近感が湧いてきます。
話している時には見やすい位置にいたものの、興味を持って撮ろうとした時には食事中とタイミングが悪かった。



お参りしたあと来た道を戻ることになりますが、途中には伏見稲荷大社のような鳥居の参道もあります。
ここにも“初詣”ののぼりがあがっていましたので、正月の準備中といったところで、大晦日から正月にかけては大いににぎわうのでしょうね。



粉河寺の境内には巨木「踞木地のクスノキ」が堂々たる姿を見せてくれます。
横にみえる石碑には「踞木地」の文字が彫られており、石碑は粉河寺の開祖・大伴孔子古が踞(うずくま)って下を通る鹿を狙ったという故事に因んだものだそうです。
この楠の幹に手を当ててみると、冬にも関わらず暖かい感触があり、樹は生き物であると感じ入ります。





粉河寺は「粉河観音宗」の総本山で、「粉河産𡈽神社」を鎮守社としていますが、境内には天台宗系の「十禅律院」があります。
十禅律院は平安時代の990年の創建された塔頭寺院だったようですが、江戸時代後期の1800年に紀州藩10代藩主徳川治宝によって天台宗に改宗されたそうです。



西国三十三観音を安置するといわれる「六角堂」は1720年建立(1995年解体修理)の建築物で、ひっそりとした佇まいの堂宇でした。



粉河産𡈽神社の末社の一つである「大神社」は粉河寺の大門近くにあり、御神木として楠を祀っています。
楠は樹齢千年余り、胴回り15m・高さ25mといわれ、同じく粉河寺にある「踞木地のクスノキ」とならび見事な霊木となっています。





大門を背に駐車場へと向かうと朱色の大門橋の先にかつての門前町が見えます。
季節にもよるのでしょうけど、閉まっているお店も多くひっそりとしています。
開いているお店にはミカンがザルに盛られて売られていたけど、時期的に人通りはなく寂しい感じがしましたね。




コメント
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