超兵器磯辺2号

幻の超兵器2号。。。
磯辺氏の文才を惜しむ声に応えてコンパクトに再登場。
ウルトラな日々がまたここに綴られる。

ヒューマンエラー

2011-05-20 08:36:23 | 職場
大震災直後の大混乱期はさすがにプロ集団だけあって、県内外の復旧に際してこれ以上ないほど活躍した我がスタッフだが、昨年を見ると結構色々なミスをやらかしてくれている。
ヒヤリハットで済んだものもあるが、かなり重大な問題になったものもある。
大震災で若干薄れてしまったが、それらの苦い経験を踏まえ、関係者横断的に安全や仕事の品質を高めるための特別委員会を設けることになった。
事務局責任者はO次郎と並ぶ若きエース、グッチーである。先般、災害対策室への兼務も拝命し、張り切って年配の荒くれ達を仕切っていた。

日々のミーティングのあり方、業務トレーニング、特別日の設定・・・次々と新しい施策が打ち出されて行く。
特別点検日はその取り組みの重要さをシンボリックに表すため、幟をたてたり特別点検用ユニフォーム(ベスト)を身に付けることになり、私もそれを着て巡回して回る羽目となった。
どの職場でもそうだろうが、そういった取組の一環として重要視しているのが「従業員の教育」である。
社内やOBにもそういったセミナーなどで経験的にレクチャーできる人は山ほどいるのだが、いくつかいただいた提案は全部却下となってしまった。理由は「退屈だから」。。。

皆で悩んでいた矢先にお隣のOK所長が面白い情報を持って来てくれた。それが「ヒューマンエラー対策セミナー」である。
主催元は某大手航空会社(潰れていない方)の研修機関で、講師は本社の整備本部で大型エンジンの信頼性管理を長く務められたエキスパートだ。
「おーっ、これいいじゃん!こんな話は滅多に聞けねえぞ」この手の話に私はいつも条件反射を示してしまう。
グッチーは早速、話をつけてきた。我々の仕事にも危険を伴うものがあるが、「人命に関わる」という点でエラーを防止したい職種に「航空」に勝るものはあるまい。

幹部が集まる会議でこのセミナーの話を披露したら、経営トップ(チーフ)も興味を示し、一緒に聴講することになったのである。
何せ相手は、かの「航空業界」である。ボーイング747の安全対策を聞いただけでも心ときめき、私は「にわか少年」の顔をしていた。
このコースはホントの「基礎」プログラムなのだが、実に意味深かった。。。
「ヒューマンエラー対策とは?」「「人は何故エラーを起こすのか」「意図的に規則を守らない行為」「二つのエラーコントロール手法」「組織で行うヒューマンエラー対策と安全文化の醸成」
基本概念は「ヒューマンエラーをゼロにすることはできないが、事故・不具合を防止することは可能である」

人間が起こすエラーを取り扱うのだから、当然理論として「脳の情報処理メカニズム」だとか「パターン認識の特徴と傾向」なーんて話題が満載だ。
人間のパターン認識がいかに優れているかについての例として一つの似顔絵がスクリーンに映し出された。「何でもよいから明るくハキハキと答えてくださいね」と言われてその場の聴講者ほぼ全員が大きな声で「バラク・オバマ!」と答えた。
最前列のど真ん中で私はなんと皆に負けないくらい大きな声で「ナイナイの岡村!」と叫んでしまった。。。

「皆さん、この似顔絵を見たことありますか?あるはずがないんです。私の娘がこの前描いたものですから・・・」

(「なーんだ、じゃー岡村でもいいんじゃんか・・・」)私は心の中で呟いたが、次のクリックで背後に大きな星条旗が現れた。。。
人間が人の顔を覚えるにあたっては、ビットマップのような情報で処理しているのではもちろんなく、ある特徴をパターン化して認識しているのだという例だそうだ。
次が「短期記憶」と「長期記憶」の違い。「√2を覚えていますか?」
皆、やはり大きな声で「ヒトヨヒトヨニヒトミゴロ」と答えた。「√3は?」「ヒトナミニオゴレヤ」
私は小さく「ヒトノヨノイキチヲススリ・・・」と呟いたが、誰も聞いている者はいなかった。

エラーを防ぐ有効な手法で昔から有名なのが指差呼称だ。鉄道の職員が駅や運転席でやっている「●●ヨシ!」というアレである。
学問的には温度や数値を確認するためには、中心視(視野中心角2度の範囲)にとらえなければならないそうだ。
その昔、キャビンアテンダントもこれを励行させようという動きがあったらしい。シートベルトや荷物の収納、電波機器を使用していないか、などである。だがさすがにお客様に向かって「指を指す」のは失礼だろうということで、「黙視して心で称す」ことにしたそうだ。
男性相手にこれをやって「気があると勘違いされて困る」と訴えたCAもいたそうだが・・・

今でも日本の航空会社によっては徹底的に履行しているらしい。CAも乗客から見えないカーテン越しで、ワゴンの固定やその他飲食物の管理などで行っているし、地上勤務員も見事なまでに履行しているそうだから、機会があったら見てみよう。
エラーを防ぐもう一つの方法として、初めて聞いたが「ストップ・ルック」というものがある。
「作業を一旦中断『ストップ』し周りの状況を確かめる」行為である。普段と違う状況はないか、疑問点は必ず解決する、というのがポイントだ。

単身赴任者が出勤のために玄関を出たときに、忘れものがないか確かめるようなものだという。
「テレビやガス栓など閉め忘れたような心配があったら必ず部屋に戻ること」
というのが原則だそうだ。物事の流れに乗り過ぎてしまい、思い込みで起こしがちなミスを防ぐのに効果的だそうだ。

航空業界(どの会社でも)では、整備士に少しでも不安があった場合、ただちにフライトを中止するのが大原則だそうだ。(昔はそうでもなかったそうだが・・・)
むろんワンフライトでも中止したら、あらゆるセクションが大騒ぎになる。整備セクションもそうだが、運行管理も顧客サービスも財務セクションまでも巻き込まれる。
100万回に一度を切ったという、航空機事故に対する対策はそういう厳格な律によって確立されてきたのだろな。
最後はやっぱりコミュニケーションだ。「アルバート・メラビアンの法則」というのがあり、コミュニケーションの手段として聞き手に与える影響の度合いは1番が「態度、表情、」で55%、話し方(声)が次いで38%、話の内容はたったの7%だという。

「講師としてはこれほど虚しいものはないんですよ。2時間半話してたった7%ですよ。でもそうなんです。皆さんちゃんと聞いていただいた、という顔をしていますね。これからいかに皆さんが私の話を聞いていないか証明して見ます」皆、怪訝な顔をしたものだ。私もそれまでの講義内容を振りかえったが、基本的には理解できていたはずだ。
「いいですか?今日、私がお話ししたことについて、ある程度はご理解いただけたと思う方、右手で拳を作り胸に当ててください」皆周囲を見ながらも言われた通りに全員が拳を胸にあてる。

「それでは、ヒューマンエラーを防止する策について『明日』からでもぜひ実践したいと考えている方、その拳を額に当ててください」

ほぼ全員が「あご」に拳を当てた。。。。?!一体何をやっておるのか?
そう、講師の仕草で、彼は胸に当てていた右拳を「あご」に当てていたのである。
「ほーら!『人の感覚では視覚が85%』と言ったでしょ?」彼は得意顔だ。なーるへそ、完全にやられたな・・・ほとんどの講習ですべての参加者が引っ掛かるというフォローはあったが。。。

後に私は珍しく質問した。先ほどの整備士の話に特に興味を覚えたのである。
「整備士が『不安』を感じたらただちにフライトを中止する、と伺いました。これまでに何回もそういう機会があったと思います。点検したらホントに不具合が発見されたケースもあれば、まったく異常なしという『空振り』ということもあったと思われます。それら双方はその後どのように処理されるのですか?」
講師はギラリと目を光らせて大きく頷き、「これは・・・核心を衝くご質問ですねー」

前述の通り整備不安でフライトを中止した場合、社内のあらゆるセクションが巻き込まれる騒ぎになるのだが、異常があった場合も無かった場合も誰にも塁が及ぶことはないそうなのである。
どんな理由があろうが「整備に不安があったら飛ばさない」というのが、最高位のルールだというのである。どの航空会社も確実にこれを遂行しているそうだ。
私の少ない経験では「ノースウェスト航空」という会社の飛行機はまともに飛んだ記憶のほうが少ない。あれもこういった厳格な決まりに基づいていたのだな。。。(そもそもちゃんとしてくれよ・・・)
科学的には飛行機がなぜ空を飛べるのか確かなところは分かっていない。しかし関係者の多くの経験とたゆまぬ努力によって、旅客機はやはり安全な乗り物だと改めて感じた。

最後に、この講習を聴いて日常生活でも活かせると思ったのが「エラーチェーン」の概念である。
(以下引用)
事故・不具合が一つの原因だけで発生することはまれで、いくつかの異なった原因(事象)の組み合わせにより発生する。
これらの原因(事象)の一つ一つは取るに足らないものでも、一緒になるとそれぞれが一連の直列なチェーンを構成しており、事故・不具合の発生に至っている。これを「エラーチェーン」と呼ぶ。
これらの原因(事象)のいずれか一つ(あるいは一つ以上)に的確な対策を講じれば「エラーチェーン」が切れることになり、事故・不具合の発生を防止できる。
これは事故・不具合について「誰の責任か」を問題にするのではなく「誰がこの事故を防止できたか」を観点とすることにより、より実態に即した再発防止対策を可能とする。
(引用終わり)

「業務上」のエラーなので、かなり「硬い」表現になっているが、日常のちょっとした不愉快なトラブルを減らすためにも応用できるのではなかろうか。


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