超兵器磯辺2号

幻の超兵器2号。。。
磯辺氏の文才を惜しむ声に応えてコンパクトに再登場。
ウルトラな日々がまたここに綴られる。

成人になった姿

2017-01-11 08:37:03 | 出来事
月曜日は「成人の日」だった。以前は1月15日だったのに、20年くらい前かハッピーマンデー制度になってからちょろちょろ日にちが前後するようになった。成人式は故郷で迎えようとする人が多いようなので、3連休になるのは合理的なことだと思われる。一方、会社の施策として積極的に休暇を取得させようとして久しいが、飛び石などになれば「間に休暇を取ったら」などと薦められたのに、公的に休日になってしまうとそれができない。会社員の性分として「3連休にさらに1日足して4日間休む」というのは、不思議に罪悪感が伴うもののようなのだ。さらに遠方の人は年末年始に帰省していたら、中途半端に日にちを置いてまた帰省しなければならぬから中々大変だろう。なぜこの日(以前は15日)だったのかというと、その日が昔は小正月、元服の儀を執り行う習慣からきたらしい。大正月、小正月というのがあった時代というのもゆとりがあってとても面白いように思う。(今はその分祝日が多いのだろうが)

自分にとっては1回しかないし、子供を入れても2,3回が普通だろうから、一般の人は「成人の日」といってもあまり馴染みはない。その昔、私の最初の印象に残っているのは「共通一次試験」である。確かちょうど「成人の日」が試験日となっており、雪の降る日に奇しくも、今甘辛の通う学校のキャンパスで受験した。朝から街には振袖姿の新成人が歩き回り、「雪の中での移動は大変だろう」とニュースが放映していたが、さすがに翌日も2日目の科目があり、2年後の自分の姿など想像できる余裕は無かった。自分の成人式の時は普通のジャケットとパンツに身を包み、市民会館でアルバムか何かをもらってきた。今のようにスマホやSNSで自由に連絡を取り合えるわけではなく、中高卒業して数年たってしまえば、普段中々会う機会のない同郷の友人とたまたま式典会場で会い久闊を叙するくらいのものである。

    

今の青年たちはネットによる絆が強いのか、当日の準備など抜かりないことは感心なもので、近所にある私の母校などは卒業生である新成人が式典の後に横浜で大同窓会を催すという。我々の世代は大学の門が今よりも狭く(というより子供の数が多く?)、地方に進学したりする者も多かったので、あまり成人式の機会に集まるということがなかったように思う。近所にまだいる悪友たちだけ連絡を取り合い、茅ヶ崎駅前大踏切の「つぼ八」に飲みに行った。リーダ格である「ガンさん(仮称)」は宴が盛り上がってくると、やおら椅子の上に立ち上がり「我々●●中学校卒業生一同、本日めでたく成人と相成りましたぁ。よかったら一緒に乾杯してください!」とビールジョッキを掲げて、店中の大喝采と祝福を受けたものである。大きなテーブルを囲むのはスーツ姿の野郎ばかりであり、晴着の女子などただの一人もいなかった。(そもそも、晴れ着姿そのものもほとんど見かけなかった)ちなみに当時着用したスラックスは台風流血事件でダメになってしまったが、ジャケットは驚くことに昨年までは普通に見につけていたのである。(体型の変化に多少、無理はしていた)

それから(当たり前だが)成人の日などには全く縁がなく、甘辛が幼いとき我が家のこの日は「星人の日」だった。何年か続けて訪れた荒尾の「ウルトラマンランド」にはウルトラ戦士の他にこの日だけは普段はほとんど見られない星人がごっそり登場したのだ。幼い甘辛が「しぇぶぅぅーーーん」と大泣きしてセブンを困らせたのもこの頃だったし、翌年は不覚にも自転車で転倒骨折し、準看たちの晴着で賑わう病室で一人寂しく「八甲田山」を見たのもこの頃だ。ここ数年であれば我が家のお気に入り「怪獣酒場」にも「星人の日」があり、大体マグマ星人とババルウ星人がセットで登場する。この日は新成人が店内にいるとお酒を振舞ってもらえるし、新成人でなくても「今年、私は○○星人になります!」と宣言すると記念品がもらえる。お友達のプチエさん(仮称)が「わ、私、おっ●い星人になります!」とぶちかましてしまってから、早1年になる・・・

      

息子甘辛にはもう少しだけ猶予があるが今年は、社宅時代のお友達家族で一番上のお兄さんだったSちゃんがついに成人式を迎えた。確か頭髪は天然パーマだったと思うが、送ってくれた写真を見たら七三分けみたいになって、きりっとスーツを身に着けた姿は年々ママに似てきたと言われている。360度どこから見ても好青年で、そのまま企業の面接に行けば一発合格間違いなしという感じだ。(少なくとも10数年前面接官だった私であれば)。毎年というわけではないが、この後息子甘辛が続き、Kちゃん、りょんりょん、Myちゃんと順番に成人を迎える。学年的にはその前に皆、受験生となるから各家庭は大変である。年齢的なものなのか、今年は某SNSサイトに「娘が無事成人式を迎えました」という投稿がやたらに多かった。男子諸君には気の毒だが、やはり女子の晴着姿ほど艶やかなものはなく、羨ましい想いである。甘辛の通った高校は学ランのような制服が無かったので卒業式はスーツを新調した。塾や飲食店のアルバイトに行く時も「ネクタイにスーツ」スタイルが原則なので、結構見慣れてしまっていて成人式の時もそれほど新鮮ではないだろう。

今まで遠い将来のように思えた息子の成人がもはや射程圏内と思うと、街中を歩く新成人にいやでも目が行ってしまう。我が街はニュースで見るような「ピカ太郎」ばりの紋付を着た茶髪君はほとんど見かけない(テレビであういうのばかり映している?!)が、「アイツ、もうちょっと何とかならんのか・・・」「わー、あの髪型面白えー、酉年にちなんだか?」「うーむ、見た目はイケメンなのに彼女の方が上背があるとは気の毒・・・」一方妻も「うーん、あの娘の着物上品なのに着付けがイマイチ・・・」「地は良さそうなのになんであんなゾンビみたいなメークなんだろ」「なるほど、飲みに行くから晴着だけ脱いできたね。頭から上だけ何か違和感あるね」人様のご子息、ご息女のケチばかりつけている有様である。「甘辛の成人の時、何かイベントがあるのかな」今の調子だと自分の成人式をほっぽり出しても●木坂のライブに行きそうに思えて心配になってきた。

妻によると、何でも小学校の卒業式の謝恩会で「成人式の日は担任の先生を呼んで皆でパーティする」という話になっており、甘辛と超イケメンパーフェクトヒューマンのカイノくん(仮称)が幹事をするはずらしいのだが、本人はすっかり忘れているようだ。いずれにしても小中は完全な地元民で友達も多いから何かあるに違いない。2次会に我が家を提供して「祝い酒」という手もあるが、何と甘辛はほとんど酒を飲まない。今年の当日午前中は残念ながら雨が降っていたので、晴着姿の女性は母親らしき人が傘をもって並び歩いていたが、雨に苦い顔をしつつも「母親は嬉しいだろな」と想像できる何とも微笑ましい光景だった。男子の成人式に親などお呼びではない。我々は甘辛を送り出したら家で何かすることもないので、それこそ怪獣酒場で「星人の祝い」をしようかと思っている。

      

某SNSで晴着姿を披露した知人たちには皆、祝福のメッセージが集まったが、中に「親の務めを果たし終えた気分」という返信があったのには多少の違和感を感じた。務めを果たしかどうかの基準は?生計という意味なら学業を一通り修めて社会人になる?法的な意味なら成人?家という意味なら結婚?生物的な意味なら子孫?私はお気に入りの思想家がお母上の亡くなった時に投じたコメントを思い出す。いよいよ亡くなる直前の母上にお会いした時、もう意識が無かったが、「またくるね」と言って手を握って帰宅した半日後に訃報が届いた。「もう一度会っておけばよかった」という子供を苛む「悔い」を母上は残させなかった。「孝行というものは子が『するもの』ではなく、親が『させてくれる』ものだ」ということを死に際に教えてくれた、と言うのである。私にはこの下りが大きな共感とともに響き渡り、今だに文面だけだが脳裏に焼きついている。

実家に一人住む母を毎週銭湯に連れて行ったり、プチ旅行に誘ったりするのは、たまに「孝行」と言われることがあるけれど、自分の趣味と都合が多分に入っているので、照れ笑えない所業だったが、「もっとよくしてやれば良かった」と私が後悔しないよう「親にさせてもらっている」と思えば随分と気が楽である。そう思うと、親というのは「子に孝行させる務めをずーっと持っている」という考えに行き着くのである。子が「孝行しなかったことの」後悔に苛まれないように「孝行させてやる」務めは終わらない。大学の名誉教授にまでなった思想家が母上の死にあたってようやく考え付いたことだから、いつもぼーっとしている甘辛などが自身で気付くわけもないが、今のうちから彼が後悔しないように、そして自分がいい思いをするように仕込んでおこうとは思う。ご子息ご息女が成人された同世代の皆様、心からおめでとうございます。