本日は社宅時代に息子甘辛と仲良く遊んでくれたSちゃんの小学校卒業式だそうだ。
Sちゃん家とは今でも親しくさせてもらっており、家族ぐるみの宴会やカラオケなども楽しみの一つだ。
最近は私の深酒後の不良社員ぷりを多少見習ってきちゃってるのが気になったところだった。
ご主人ははるか遠くではないが単身赴任となりママは大変そうだ。
でもSちゃんはしっかりもので気持ちがやさしく甘辛にはもったいないくらいよいお友達だ。
市内の学校が皆訪れる八ヶ岳の体験教室の思い出が宿泊施設に綴ってあったが、誰よりもきっちりした字で丁寧に残してあった。
中学に入ったら何やんのかな。これからの活躍が楽しみだ。
息子甘辛は来年卒業だが、これまで私は自分の卒業式以外に出たことがない。
唯一あった甘辛の卒園式のときは同僚とミラノ・ロンドンに出張していて不在だった。。。
ビジネスで世界をまたに翔けてたわけではないが、ちょっと前は兼高かおるばりに「世界を旅」していたのだ。
初めての経験となる息子の卒園式はビデオで見ることになった。
園児はむろん制服、先生は袴スタイルでりりしい姿だ。
チャペルでは名前を呼ばれて元気よく立ちあがり、「さよならぼくたちのようちえん」を歌ったり感謝のセリフを皆で言ったり。。。
教室に入ると黒板いっぱいの花と大きな字で「卒園おめでとう」と書かれていたときにうるっときた。
すべて先生の手作りでものすごい大変だったと思ったからだ。
子供達はまだ別れを実感して涙するには小さ過ぎるのか皆普段通り明るかったが、何人かの園児は先生の手を握ってずーっと離さなかった。
先生は涙をいっぱいに浮かべて一言一言噛み締めるように話し始めた。
「小学校に行ったら、新しいお友達ができて色々なことがあると思います。もしつらいことがあったら、先生はここにいるからいつでも相談にきてね。。。」
うーむ。ビデオで見てもグっとくるシーンだ。その時画面の外から聞き慣れた子供の声が入った。
「先生、有料?」
カメラがすーっと動くと、なんと息子甘辛ではないか?そんな守銭奴のような教育はしてないのに。。。
「ううん。無料、無料」
先生は涙を流しながら答えた。グっとくるはずのシーンがゾクっとくるシーンになってしまった。。。
その先生はたまたま年中から甘辛のクラスの担当してくれたのだが、その当時甘辛は病気の百貨店のように身体が弱かった。
年中の1学期などほとんど休みっぱなしだたし。。。何せ自分でトコトコ救急車に乗った幼児だから。
だから、卒園して数ヶ月たち母親が「1学期1日も休まずに学校に行った」と告げると驚くと同時にすごく喜んでくれたそうだ。
今でも幼稚園の頃の甘辛を知っている人は最近の逞しさを聞くと驚く。
私自身はというと小学校以来自分の卒業式にはほとんど思いでがないのがさみしい。
カッコ悪いが第2ボタンとか記念に何かを頼まれたこともない。。。
高2のとき卒業生を送り出す学芸会みたいなのがあった。たしか「予餞会」と言った。
そこでトリとして女装して登場したのが私だ。サッカー部バリバリの硬骨漢と思われていたようですごい反響だった。
歌った曲は松本伊代の「センチメンタルジャーニー」。振りつけは部活後1ヶ月かけて覚えた。何と今でも踊れるのだ。
私の卒業アルバムをよーく見ると小さく載っているのがすごい。
息子甘辛も本日は色々なことをやる役柄らしい。
自分が送られる来年の本番よりも人を送り出す側のときのほうが印象深くなりそうだ。
我が家の血筋かもしれないな。
Sちゃん家とは今でも親しくさせてもらっており、家族ぐるみの宴会やカラオケなども楽しみの一つだ。
最近は私の深酒後の不良社員ぷりを多少見習ってきちゃってるのが気になったところだった。
ご主人ははるか遠くではないが単身赴任となりママは大変そうだ。
でもSちゃんはしっかりもので気持ちがやさしく甘辛にはもったいないくらいよいお友達だ。
市内の学校が皆訪れる八ヶ岳の体験教室の思い出が宿泊施設に綴ってあったが、誰よりもきっちりした字で丁寧に残してあった。
中学に入ったら何やんのかな。これからの活躍が楽しみだ。
息子甘辛は来年卒業だが、これまで私は自分の卒業式以外に出たことがない。
唯一あった甘辛の卒園式のときは同僚とミラノ・ロンドンに出張していて不在だった。。。
ビジネスで世界をまたに翔けてたわけではないが、ちょっと前は兼高かおるばりに「世界を旅」していたのだ。
初めての経験となる息子の卒園式はビデオで見ることになった。
園児はむろん制服、先生は袴スタイルでりりしい姿だ。
チャペルでは名前を呼ばれて元気よく立ちあがり、「さよならぼくたちのようちえん」を歌ったり感謝のセリフを皆で言ったり。。。
教室に入ると黒板いっぱいの花と大きな字で「卒園おめでとう」と書かれていたときにうるっときた。
すべて先生の手作りでものすごい大変だったと思ったからだ。
子供達はまだ別れを実感して涙するには小さ過ぎるのか皆普段通り明るかったが、何人かの園児は先生の手を握ってずーっと離さなかった。
先生は涙をいっぱいに浮かべて一言一言噛み締めるように話し始めた。
「小学校に行ったら、新しいお友達ができて色々なことがあると思います。もしつらいことがあったら、先生はここにいるからいつでも相談にきてね。。。」
うーむ。ビデオで見てもグっとくるシーンだ。その時画面の外から聞き慣れた子供の声が入った。
「先生、有料?」
カメラがすーっと動くと、なんと息子甘辛ではないか?そんな守銭奴のような教育はしてないのに。。。
「ううん。無料、無料」
先生は涙を流しながら答えた。グっとくるはずのシーンがゾクっとくるシーンになってしまった。。。
その先生はたまたま年中から甘辛のクラスの担当してくれたのだが、その当時甘辛は病気の百貨店のように身体が弱かった。
年中の1学期などほとんど休みっぱなしだたし。。。何せ自分でトコトコ救急車に乗った幼児だから。
だから、卒園して数ヶ月たち母親が「1学期1日も休まずに学校に行った」と告げると驚くと同時にすごく喜んでくれたそうだ。
今でも幼稚園の頃の甘辛を知っている人は最近の逞しさを聞くと驚く。
私自身はというと小学校以来自分の卒業式にはほとんど思いでがないのがさみしい。
カッコ悪いが第2ボタンとか記念に何かを頼まれたこともない。。。
高2のとき卒業生を送り出す学芸会みたいなのがあった。たしか「予餞会」と言った。
そこでトリとして女装して登場したのが私だ。サッカー部バリバリの硬骨漢と思われていたようですごい反響だった。
歌った曲は松本伊代の「センチメンタルジャーニー」。振りつけは部活後1ヶ月かけて覚えた。何と今でも踊れるのだ。
私の卒業アルバムをよーく見ると小さく載っているのがすごい。
息子甘辛も本日は色々なことをやる役柄らしい。
自分が送られる来年の本番よりも人を送り出す側のときのほうが印象深くなりそうだ。
我が家の血筋かもしれないな。