病院広報(はとはあと)評価支援情報

「はとはあと」は、市民の暮らしに必要な、誠実で適切な医療情報を評価し、支援することで参加施設の透明性と“信頼を高めます。

見る目を鍛えることがなによりの成長になる

2019-04-07 11:32:54 | はとはあと最新情報
見る目を鍛えることがなによりの成長になる

人や動物の眼は何を見ているのだろうか。その原理は言われるとおり光の強弱や角度によって多様な見え方を描き出している。対象に行き着いた光は、人の眼、視覚機能によって脳に伝えられ、その意識は過去の記憶との合成によって判断・行動が行われる。光の束が統合され、刺激、信号となって現実をなぞっていくことで、現実感を体内に取り込まれる。ディスプレイに描かれる映像は、機械的に構成された現実感である。同じ対象を捉えても、その印象、脳内映像は同一の構成でないところにも、人々の驚きと関心が湧き上がる。

多少理解に乱れがあるかもしれないがモノを「見る」、「見える」という誰もが自覚する身体の実感はこんなものではないだろうか。より大胆に言い換えれば、眼はクルマの運転席に広がるフロントガラスといえる。運転手は「前」を向いている。前方の山並みの間から、青い海が少し見え始めたとする。眼の神経は青く輝く海に集まっていく。しかし道路は大きく右手にカーブし、その先は土手と木々に遮られ、いまひとつ把握できないまま、刻々と変化していく。こんな時、ドライバーの眼はその先一点に集中し、ガラス全体に眼は行かない。

一方、人の眼、つまり眼差しは、その光跡を追うように、また確かめるように自在に反応し運転席のごとく、生きることに連動していく。行く先で偶然にも見事な桜花に出会えば凝視して身体をその場にと止め、ひと時の安らぎを楽しむかもしれないし、その思い出を何かに書き留めることに繋ぐかもしれない。身体全体が見た目のガイドにしたがい豊かさを享受することとなるが、このとき過去の経験や情報による脳からの危険信号によって行動の抑制することもある。見る目は、脳との連携により、適切で安全な進路を示してくれる。

よりよく生きる上で、「見る目を鍛えることがなにより重要」である。どんな視覚経験をすることがいいか、一概にいえることではないが、普遍的な意味や価値のある姿・形に出会えるよう積極的な生き方や暮らしを取り入れることであり、その印象を頭から羽織ることではないかと考えている。羽織ることによって他者にも“印象波”を伝えることができる。流行りの「見える化」などではなく、無言であってもその場の質に貢献する言語として、である。なにより自らを高める生き方として「見る目」を羽織ることである。mitameya 190407

第200回記念PL認定講座
6月29日(午後)横浜みなとみらいクイーンズタワーA棟
詳しくは、http://www.j-his.jp/



最新の画像もっと見る

コメントを投稿