病院広報(はとはあと)評価支援情報

「はとはあと」は、市民の暮らしに必要な、誠実で適切な医療情報を評価し、支援することで参加施設の透明性と“信頼を高めます。

「ヘルスリテラシーを育む病院広報と健康社会」がテーマ

2018-08-05 14:47:53 | はとはあと最新情報
BHI賞2018 事例発表審査基準

第22回を数える全国病院広報事例研究大会は、事務局を置く京都市での開催となり、前年度BHI賞獲得施設に頼らない自主開催となりました。一つは、自主開催を実行してみることで見えてくる、数々の現場との交流機会です。今後一層期待のかかる、HISによる発展・連携・交流を通じての強みの育成にも繋がるのではないでしょうか。二つは、その連携の延長線上に見える今後のテーマ、ヘルスリテラシーへの貢献という方途ではないでしょうか。従来は、成り行きの事例並べの研究大会でしたが、今回初めて「ヘルスリテラシーを育む病院広報と健康社会」テーマを掲げています。万事は、まず掲げて示すことから風景は変わっていくといえます。多少強引な手法かも知れませんが、真っ暗な道には、小さな提灯の灯りでも有効な道標になるものです。とにかく発表事例に、地域を想い健康を願うアイデンティティが感じられることが大事です。

広報事例発表審査基準です。5つの側面から発表いただきます。
審査はウェブサイトによる第一審査および10月27日・京都の会場で行う第二審査によってBHI賞2018その他を決定します。
1 広報のテーマ
取り組みは、地域や共同する組織、コミュニティに役立とうという理念のもとに行っていますか。たとえば地域のヘルスリテラー向上への願いが込められた事例ですか。
2 広報の目的
具体的にどんなことを実現させようとする目的の取り組みかが、明確に説明されていますか。なるべく絞ったシンプルな表現でわかりやすい説明されます。
3 プロセス
その目的達成のために、どのような手段や方法、外部機能や人材などの資源の活用したか、なぜその方法が最良であったにかについて話してください。
4 広報の成果
実行の結果、定量的成果はもちろん、(笑みの溢れるような)定性的成果として、どんな手応えがあったか、参加者も審査員も、もちろん院内からも期待があります。
5 提案力
わかりやすい発表のためにどんな工夫や努力をしたのか、聞かせてください。この項は、他項とちがい、主としてプレゼンの良否・質を見るものです。

写真は、昨年度のHISフォーラムでの、入賞者によるシンポジュウムの一コマです。
なお、BHIデザイン賞2018の審査案内は、現在準備中です。近日ここに表示します。
HIS事務局
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ヘルスケア、その信頼関係とは何かを考える

2018-08-01 17:47:06 | はとはあと最新情報
ヘルスケア、その信頼関係とは何かを考える

医療の信頼について書いてみる。仕事でもコミュニティでも信頼関係は大切である。「信頼など要らない」などと嘯くことは決してできない。そんな態度でもとろうものなら、皆から馬鹿にされるか、関係を切られる、とまでいかなくても、つきあいを敬遠されていくことは間違いないだろう。それだけ信頼関係は、生きていくための絶対条件として、大事に維持していくことが求められる。やはり、ここでも「人は一人で生きていけない」の原則が生きているのだ。その維持のための唯一のカテゴリーがコミュニケーションというわけである。

つまり信頼は、コミュニケーションによって獲得される心の関係値とするのはどうだろう。相手から信頼を得るには、相手にとって価値ある状況を発想し、実際に行動してみることであり、相手から認めてもらえないなら修正する。またはそれを繰り返すことで、相互の満足感を高めるよう配慮し、心の関係値を強固にすることが揺るぎない信頼への道である。だが、これは理屈であり、実際は、それが上手くいかないのである。人間には、あらかじめ蓄積された、好き嫌いや思い込みがあり、目にした態度や価値観には敏感なのだ。

信頼は、人間関係にも関わるが、人間の集まりである組織との間にも横たわる。もしくは組織と組織、国と国においても取り沙汰されるのは、日常の報道や各種情報においてもお分かりのとおりである。しかし、だからといって社会が崩壊するというわけではない。そこには調整や我慢が入り込み、関係や社会のバランスに貢献しているように思われる。そのような“良心”や“見識”に見守られて今日の居場所がある。信頼することで人間社会の存在がある。大雑把でも認識している人によって安心と信頼が築かれるのだ。

よく似たことばに「信用」というのがある。こちらには目に見えた保証が要求される。確かな保証があれば、その分、信用は成果を発揮するが、それがなければ対象外、と冷ややかのニュアンスに包まれている。確かにそれ自体、信用に値する仕組みであり、冷静な関係維持になくてはならない概念だろう。
しかし、コミュニケーションという世界ではなく、論理的な仕組みとしての活用ということになる。もっとも理想的な関係として信頼と信用が役割を分担することではあるかもしれないが、同次元で語られることは少ないかな・・。

医療における信頼は、経営上からも最も重要な要素である。信頼のあとに安心がある。「あの施設なら滅多なことはないだろう」という印象と認識には、経営上の対応が、どうしてもなくてはならない。人間の印象だから、どんなことがその感情回路に繋がるかわからない。職員の対応、診察室の雰囲気、広報誌の文章・・もちろんドクターの一挙手一投足、すべての印象などなど。信頼は信用と異なりすべて感情に誘導されて進んでいき、自らもシッカリ把握できない特性があるから厄介。やはりこれから個々のいのちと健康はご本人の主体性に、という思想が必要か。


BHI賞2018(事例評価)
BHIデザイン賞2018(広報誌評価)

ご応募ありがとうございまいした。
今後の経過は、HISサイトやこのブログなどを使ってご案内します。
どうぞよろしくお願いいたします。




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目の輝きから見える人間のあるべきチカラとは

2018-07-26 16:41:20 | はとはあと最新情報
目の輝きから見える人間のあるべきチカラとは

今度の倉敷市の豪雨災害で思い出されるのは、2013年(17回)のHISフォーラムを、倉敷中央病院の支援で開催した。随分とさまざまなご支援をいただいた。事例発表の結果は、福岡の飯塚病院がBHI賞の栄光に輝き、喜びでいっぱいになった。倉敷市の秋の紅葉の色合い・鮮やかさは頭について離れない。それぞれの事例発表の直後に、外部から講師を招いての基調講演を行うのだが、このときは、誰にお願いしたのか、ご記憶があるだろうか? 実はこの方、医療の関係者でないのに無理に?お願いしてのご講演だったことが懐かしい。
 
何を隠そう、今、福岡市で株式会社寺子屋モデルの社長の立場ながら、新しい趣旨で学校を建てようとしている山口秀範氏である。大企業に勤め商社マンとして世界中で仕事をしてきた男である。その彼が私に話したことの一つに、どこの国に行っても、どんな後進の国に行っても、「子どもの目は、輝いて美しい」だった。言いたかったのは、日本の子どもの目はどうして輝きを失っているのだろうということだった。その時に思ったのは、人がモノを見る目というは、「何に憧れて生きているか」を映し出す鏡ではないかということであった。
 
私は、彼ほど各国を回ったことはないが、それでも一時、仕事がらみもあって、あまり話題にならない国や土地にも随分いってきた。アメリカ、ヨーロッパを始めモロッコやエジプト、オーストラリア・・中国は仕事で何度も訪問してきたので、山口さんの言いたいことは自身もよく感じてきている。海外の子どもたちは、ハッとするくらい生き生きして見えるのだ。勉強はどの程度しているのかわからないが、いわゆる生き物としては日本は確実に負ける、と思った。子どもが、溌剌として遊んでいる。こんなに良いことが他にあるだろうか。

本来、目が輝く・・ということは表現であって、実際に目から光が出ているといことではない。今見ている対象への興味・関心はもちろん、心地よい感覚が伝わり始めるなら、その奥から滲み出るように、次第に眦が感動を示し始める。何らかの具象対象物であっても、それを連想させる事象や既成概念を超えた閃きであってもいい。脳裏がそのような審美性を感じとれば連想的に眦は、間違いなく自らの喜びの形をとり始めるだろう。今見ている世界は、目を形づくる筋肉となって、それを見る目に届けながら自然と同期していくのだ。

日本の子ども達には、そのような訓練の機会はないのだろうか。幼少の者たちに語り聞かせる仕組みや文化がないのだろうか。目に飛び込む要素は、近代化によりいまや格段に増えているが、それを飲み込み、生きるに有用な栄養にするチカラがない。仕掛けや言葉ばかり多くなり、何事も客観できる時代だが、父親と野に出て、ただ青空を見上げて白い雲の話をする。母親の体温に抱かれて御伽話でウットリ眠りつく。生きること自体が心身の息遣いへとつながる。そんな主観によるあり方が、もっと希求されていいのではないのか。mitameya


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〜病院広報&広報誌の成果コンテスト〜
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いずれも7月末日が応募締切日(先着順受付)
発表/表彰:10月27日(土)午後 会場/京都・聖護院御殿荘ホール
詳しくはhppt://www.j-his.jp/をチェックしてください。
案内資料は電話075-741-8219 または info-his@j-his.jp でも受け付けます。

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認知症の予防も担うコミュニケーションとは

2018-07-21 15:05:40 | はとはあと最新情報
認知症の予防においてもコミュニケーションは重要なファクターである。先ごろ目にした週刊誌の記事には、友人や気心の知れた仲間たちとのお喋りは、認知症の有効な予防策になるいう話がでていて納得だった。人は高齢になるにつれ自宅に籠りがちになり、人とのコミュニケーションの場や時間が少なくなる。社会とのつながりが希薄になると、この「社会脳」の働きが低下していく傾向がある。話し相手の言わんとすることも適切に把握した対応ができなくなり、社会との関係に配慮した会話ができなくなるというのだ。

なんでもない日常のコミュニケーションには、意味・言葉のやりとりだけでなく、声ぶりや言葉の強弱、タイミングなどによって様々な表情にして伝えていくことを考えると、人にとってコミュニケーションというのは、なんと凄いことかと理解するしかない。しかも、意味の伝達は、大きく要素に分けて分析できるが、さらに驚きとすら言えるのが、感情のやりとりや印象による感覚の伝達である。これらの多くは不確かな軌跡や光陰によって描かれることもあるが、私たちは、それらを高尚なものとして受け入れようとする。

人間は「社会脳」を使ってさまざまな世界を創造しようとしている。事の大小や数量の過多ではなく、コミュニケーションの質的創造であるといえるかもしれない。人が伸び伸びと安心して頼れるコミュニケーション環境などはどうだろう。あるいは生と死の世界を何往復ものシミュレーション可能で、一人で何人もの人生を実感するなども面白いと思う。だが、人間の本質は、「楽あれば苦あり」という天から仕組みにある。「社会脳」のプラットホームに入るときは、決して迷わないよいうに祈りの心を忘れてはならない。

健全な社会脳を維持して、楽しかった人生の旅を思い出にするには、心地よいコミュニケーションに努めるべきである。心地よいとは、丁度よいということである。丁度よいとは自分への配慮は確保できたし、他者への配慮をいま少し可能にすることができそう、という自覚と満足である。コミュニケーションはそのためにある。言った言わないは子どもの喧嘩。マスコミも反省が必要だが、もうひとつ、コミュニケーション・ゲームには100点はないだろう。常に上位を目指し、笑顔で生きるところにその意味があることをお忘れなく。mitameya

写真は、京都市中京区の御池通柳馬場交差点界隈


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いずれも7月末日が応募締切日(先着順受付)です。
発表/表彰:10月27日(土)午後 会場/京都・聖護院御殿荘ホール
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あなたの世界もそう、この世は「見る目」でできている

2018-07-14 17:28:26 | はとはあと最新情報
あなたの世界もそう、この世は「見る目」でできている

見た目とは、生理的にいつものように目を開けば見える像である。その像の知覚とともに、実際の視覚像を印象の構成づける神経機能により、見えてしまう印象を司る感情象があるという。それを知ったのは過日読んだ新刊書、「日本人の健康常識」の著者・奥田昌子先生によれば、この象、実は思ったよりもはかなり大きく、人間が保有する知覚像の大半を占めるという。よほど人間の判断がテキパキしていないと、大半の像が拗ねて暴れ出すと手がつけられず、大変なことになりかねない。人間はこの像を手なずけるために苦労が絶えないというのだ。

ひとつひとつが見えるのではなく、視野の空間として目をやる方に見えているが、特に意識した対象が見たもの、見えたものとして処理される。特に意識されなかった像は記憶にも印象として残らず、まるで映画のようにさって行ってしまう。ところが意識して記憶した像やストーリーは人の脳裏に残り、記憶の後から辿ることができる。記憶には、短期記憶と長期記憶があるそうで、記憶してもあまり意味のない像は、約1週間程度で忘却してしまうと言われているが、長期記憶は、子供の頃などの思い出しかり、それぞれが体験として知っている。

他の動物はどうなのかは知らないが、人間は見ることで体験し学習して、より高度な知的判断ができるようになる。恐らく単に見えるだけではないだろうが、外界からの、ある種の刺激を捉え、その時の印象の特徴を記憶して行くことで、それらの違いや関係、仕組みを知ることとなり、他の知覚や感覚も動員しながらいっそう大きな世界を記憶していくが、同じものを見ても、違うものを見ることができる。というより興味をもって見てしまう。光のあたり具合や同時に聞こえていた音響、鳥の声、滝の音、林の騒めき。記憶はさらに新たになる。

自然界の印象や感覚もあるが、早くから人が記号化してきた概念もある。言葉や文章ばかりでなく、世界は、人間のあらゆる認識世界をイメージ化したアート、実用のなかに折り込んだ無数の文化や環境とともにある。これらすべては、人の目をとおして培われた遺産であり、人に学び成長することを教えている。私たちは、もっともっと「見ること」に真剣であるべきである。もっと前のめりでいいから、周囲を「見抜くこと」に生きるべきだ。折角与えられた「見える」という能力を使って進むべきなのだ。あらゆる成果は、「見ること」の中にある。

見ることは、「感じること」である。と同時に「分析すること」でもある。「見分ける」という言い方もある。違いを自認して理解することができ、次の段階を見定め補足を発見する。雲行きに明日の様相を知ると同時に、相棒の様子・表情に変化を感じる生き方がある。「見ること」「感じること」ことの中にこそ学びがある。ゆえに「自らを見せること」、見てもらう部分。とりわけ自身・自社・自院における「組織の表情」に当たる印象は重要である。理念を掲げてはいるが、感覚的に全く連動していない事例にであう。学びがないのはもちろん継続していく意志薄弱なことを伝えている。mitameya


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