Haa - tschi  本家 『週べ』 同様 毎週水曜日 更新

納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

# 7 ドラフト ②

2009年03月25日 | 1976 年 
前回、触れた原を巡る騒動について時系列でまとめてみると
 ・11月15日 家族会議で大学進学を確認する 
 ・11月16日 父 貢氏の東海大学野球部監督就任を発表
         原、津末、村中の進学予定を発表 「プロ入りは100% 無い」
 ・11月19日 ドラフト会議で原は指名されず、ドラフト外獲得対象選手となる
 ・  同    ドラフト会議終了後、長嶋監督が「オーナーにお願いして交渉してもらう
         あれだけの選手を放っておく手はないでしょう」
 ・  同   正力オーナー 「長嶋君がもう喋っちゃったのかね、交渉しますよ
        自信は半々だが手は打ってある」 この「手は…」で騒動に火が点く
 ・ 同 夜  中尾スカウト部長が電話で交渉を申し込むが原側は断る
 ・11月21日 長嶋監督の親書が届けられたとする一報
 ・11月22日 巨人側が東海大総長・松前氏に近い人物A氏に仲介を依頼と報道
         A氏は自信満々に「2~3日後には巨人入りの結論がでるだろう」
         この発言で世間に巨人との密約説が出始め東海大学も批判の対象となる
 ・11月24日 松前総長自ら会見し「もしプロ入りしたら、あの会見は何だったということになる
         そんなことをしたら大問題になる」
         「プロ入りさせたいなら私を殺さなくちゃダメです」「天皇陛下が来てもダメです」

    この松前発言で原騒動はあっけなく終息へと向かったが巨人側は未練タラタラ・・

この後に書かれている記事は今の週刊ベースボールでは考えられない裏付けの無いもので
まるで日刊ゲンダイを読んでいるようです。「~らしい」 「~だろう」 「かもしれない」  等々…
推測・憶測・伝聞 ばかりです。確かなのは巨人はこれに懲りず「空白の1日」 「K・Kドラフト」に
やがて突き進んでいくということです。
コメント
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