H's monologue

動き始めた未来の地図は君の中にある

使命の道に怖れなく どれほどの闇が覆い尽くそうと
信じた道を歩こう

追悼 Burton D. Rose 先生

2020-04-28 | 臨床研修

 

 UpToDateの創始者であるBurton Rose先生が,4月25日にCOVID-19の合併症で亡くなられたそうです。自分にとっては30年来の「アイドル」の一人で想い入れのある先生なので,これを機にRose先生にまつわる話を書いておきます。うまくまとめられませんでしたが,自分の覚え書きなのでそのままアップしてしまいます(個人的な思い出なので適当にスルーしていただければ幸いです)。

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 私は大学卒業後すぐに茅ヶ崎徳洲会病院(当時)に入職しましたが,1年のローテションの後に専門とした内科では,ある指導医が中心になってRose先生の有名な電解質の教科書『Clinical Physiology of Acid-Base and Electrolyte Disorders』の勉強会が行われていました。当時はオレンジ色の表紙の第2版でした。この頃は,はっきり言ってさっぱりついて行けない状態だったように思います。

 5年間の内科研修(最後の年はチーフレジデント)を終えて,1988年から89年にかけての半年間,Nephrologyの勉強にArizona,PhoenixにあるGood Samaritan Medical CenterとMaricopa County Hospitalというところにvisiting physicianという立場で臨床留学させてもらいました。この留学していた時期に,いつも参照していたのがRose先生による水電解質本(グリーンの表紙の第3版)と『Pathophysiology of Renal Disease. 2nd ed』という2冊の教科書でした。経験した内容をアパートに帰るとその日のうちにRose先生の教科書で確認して反芻するという日々でした。夕方まだ明るいうちはベランダで,グリーンの本をひたすら舐めるように読みすすめたものでした。

 留学中の1989年にSan FranciscoでのACP年次総会に初めて参加しました。会場を歩いていて憧れのRose先生をお見かけしましたが,恐れ多くて声をかけることができませんでした。この時たまたま参加した水電解質の「Meet the Professor」というセッションで,以後もうひとりの私にとってのアイドルとなる「笑いのとれるNephorologist」Robert G. Narins先生に出会います。

 

 半年の留学から戻り,自分のフィールドで腎臓内科の臨床を実践するようになりました。その頃に初めてのMacを手に入れました。Macintosh SE/30という9インチ白黒モニタの一体型で,当時定価84万8千円!でした。値引きしてもらっても60数万円もしてローンで買った覚えがあります。当時のMacにはHyperCardというSoftwareが最初からついていました。これはカード型データベースのようなものですが,非常にユニークなアプリでスクリプトという簡単なプログラムを書くと,スタックと呼ばれるデータベース(のようなもの)を作ることができました。私も患者のデータベースを自作して使っていました。当時はHyperCardベースのゲーム(たとえばこれ:Cosmic Osmo)もあってうちの子供たちには大人気でした。

 

 1992年11月にAmerican Society of Nephrology (ASN)に初めて参加しました。この時企業ブースの一角で,Rose先生がMac上で動く『UpToDate』のベータ版をデモしていました(なぜかその時は,互換機のOutbound というノートPCだったのを覚えています)。前述のHyperCardベースで動いており,当時のテキストベースでしか動かない「電子教科書」とはまったく別次元のもので,これは凄いと思いました。このとき操作を説明してくれたRose先生は,相当のMacオタクとお見受けしました。デモを見てとにかく感動したので「発売されたらすぐに契約します!」と連絡先を書いておきました。ところがなかなか連絡が来ず,問い合わせ(催促?)の手紙まで書いた覚えがあります。1年近く経ってから案内のメール(もちろん郵送の)が届き,その日のうちに申し込みました。デモで見たときと会社名が変わっているのに気づきました。「BDR.Inc」となっていて,Rose先生の頭文字なので,家内工業的に始めたんだなと思いました。『UpToDate in Nephrology and Hypertension』 という名称で,まだこの2分野だけでした。初回に送られてきたのは30枚の3.5インチのフロッピーディスクでした。フロッピー1枚の容量が1.44MBですから全体の容量でも50MB以下だったことになります。最初の年は,追加updateのフロッピーが4回送られてきて,その度にガチャガチャ入れ替えてインストールした覚えがあります。2年目からデータがCD-ROMに格納されて,本体アプリを立ち上げて読む形式でした。その後,どんどん内科の他のsubspecialtyが拡充追加され,メディアもDVDになり,その後オンラインになって現在につながります。

 

 さて私自身は帰国して5年経ったところで,縁あって東海大学腎代謝内科に異動しました。勤務先は都内大田区の病院で,そこで内科・透析室の立ち上げに関わりました。その年の5月に,Rose先生がDirectorとなって行われるHarverd大学の生涯教育コースがあるのを知り参加することにしました。Boston市内のホテルで朝早くから夕方1週間に渡って行われるコースでtuition feeは$900でした。会場も一流ホテルだったので高かったけれど,素晴らしい内容でした。夕方になると英語の理解力がガクンと落ちて睡魔に襲われて困った覚えがあります。参加者は全米から350名位だったと思いますが,日本人は私と琉球大から来られた井関邦敏先生の2人だけでした。

講演会場の横に設けられたブースでは,UpToDateのデモが行われて,休憩時間には人だかりができていました。私も眺めていたところ,説明していた女性(Rose先生の奥様かな~と思っていましたが)から私も(試してみる?)と声をかけられました。

「いや,私はもうユーザーなんで・・」と返事をすると
「どこから来た?」
「日本から」
「名前は?」
「Sudo」
「あなたがSudoか!He is a famous doctor.」

などと周りの先生達に説明して「何なら彼がデモをしてくれる」とか言われてびっくりしました。何故,名前を知られていたのかは不明です。問い合わせの手紙まで書いて,案内のダイレクトメールにすぐ返送したので,当時少ない日本のユーザーだったからかもしれません。

この会場で一緒に撮っていただいた宝物の一枚が冒頭の写真です。さらに手紙は,Bostonでのコースの後に送られてきたUpToDateの追加インストールがうまくいかなかったときに,解決方法を教えてもらうのにFAXでやりとりした時のものです。Rose先生の手書きサインがあります。これも私にとっては宝物です。

 

 さらに昔のファイルをひっくり返して見つけ出したもう一つのお宝がこれです。手紙のやり取りをした時に「UpToDateが自分の毎日の臨床に非常に役に立っている」と書いたところ「オマエのこのフレーズを宣伝に使ってもいいか」と問い合わせが来ました。もちろん快諾したところ,初期のパンフレットに採用されたのがコレでした。NEJMの推薦文のすぐ下に私のコメントが載っているという超貴重なものです(ちょっと自慢・・笑)。

 1996年にASN主催のNephrology Board Review courseに参加したときにも,Rose先生のレクチャーを聞きました。実は,とても印象に残っているのは会場の端っこでPowerBookでタイピングしているお姿でした。その後に,UpToDateの新しいversionが届いて見た時に,その2週間ほど前にNEJMに掲載された論文がもう引用されていて,驚いたことがあります。あの時会場で見た時のように,常にUpToDateの内容を更新されていたんだなあと思いました。

 

(この当時の画面は,初期の頃のMacの画面の面影があります)

 

 私は最初の10数年を市中病院で過ごして大学の医局で腎臓内科について教授などから直接指導を受けたことがありません。わずか半年間の米国臨床留学の経験だけで,あとは来た球を打ち返すような臨床を続けてきました。そのことには,何か不全感やある種の劣等感が常について回りました。そうしてもがきながら独学で腎臓内科を勉強してきた時に,Rose先生の2冊の教科書,そして後には『UpToDate』がいつもそばにあったように思います。

 

 あるRose先生の追悼文の見出しに the 'Steve Jobs of medicine' と書かれていましたが,あながち大げさではないと思います。少なくとも『UpToDate』という,今では世界中の医師が当たり前のように使っている医学分野で「世界を変えるツール」を発明したことは,計り知れない功績だと思います。 

 直接お話しできた機会は一度きりでしたが,自分にとってはNephrologyの分野で一番の師匠のように思ってきました。はるか遠くから勝手に憧れていただけですが,間接的にせよ自分を育ててくれた大きな存在でした。まさかCOVID-19のパンデミックのさなかに亡くなられるとは夢にも思っていませんでした。本当に残念です。

深い感謝と共にご冥福をお祈りします。

 

合掌

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