ふわり、ふわりと風のふくままに・・日記

感性がキラリと輝くような毎日を過ごしたいけれど、現実はなかなか思うようにはいかない。小さな喜びに敏感でありたい。

TVドラマ「誰かが嘘をついている」

2009-10-06 23:13:30 | 日々の出来事
 痴漢冤罪問題に興味があって映画「それでもぼくはやっていない」(2007年はじめ多分、日記に書いた)をみたときには、周防監督が描いた一人の痴漢容疑者が、警察権力・検事の関わり・裁判官の思惑によって、一個人の無実を捻じ曲げられることがあるのだと、本当に恐ろしいと思った。映画ではなく、実際の冤罪事件で家族だけが信用して、友人も協力して、やっていない証拠を目撃者捜し、状況を検分実験して裁判に向かっていく姿をテレビで見たことがあり、職も失って何年もかかって裁判を続けていることを知ってから、現実に痴漢を実際に働いている人もいる、被害者もいるけれど、大勢の痴漢冤罪の被害者が望んでいる本当に公正な捜査が行われ、起訴以前にきちんと取り調べられることがなぜできないのだろうかとニュースに接するたびに思っている。

 そして、今日はドラマ「誰かが嘘をついている」をみた。2007年に映画を見てから一年、知人が痴漢冤罪に巻き込まれた。彼は否認して、検事取り調べ後、不起訴になり無罪放免された。でも、一泊の逮捕は本人と家族に大きなトラウマを残した。よく知っていた知人だったから、私にとってもまだその時のショックは残っている。時々見かける終電近い時間帯に前後二両が女性専用車になる電車とか。私の乗っている電車は中ほどが女性専用車といるが、私の希望は、一定の時間帯は男性専用車両と女性とはっきり分けてしまえばいいと思うもの。男性には本当に申し訳ないが両手を上にあげていて頂くか、男性がみんな座る、あるいは女性がみんな座ったら、疑われないだろうと思ったりする。…現実にはそんな対策できないけれど、「やっていない」のに苦しむ人をもう見たくない。今晩、ドラマなのに、気分としては観たくないなという気分だった。

 でも、観た。

 この頃通勤に使っている電車は、ものすごいラッシュのちょっとあとになるのだろう、私の乗車駅は他線との乗換駅なのでかなりに人が降りるので、私が乗り込む線は空く。助かる。電車が遅れたときには人がいっぱい。女の子の後ろだったり前だったりすると女性どうしても気を遣う。なるべく男性ではなく女性専用車に乗るようにしている。痴漢にあわないためにも、そして痴漢に間違われる人を作らないためにも。

 しかし、しかし…男性という生き物は分からないですねぇ。誰でもが痴漢をしたいわけれはないだろうけれど、この頃はネットを使って同じ電車に乗り込む誘いをするチャットがあるとか。もう、信じられない!!

 映画の加瀬亮君は若者の一人として、誰でもが冤罪に会うことがあるんだととてもリアリティーが出てて、とても良かった。周防監督の狙いも痴漢事件だけではなくて取締りにあり方など、その後の報道を見ると変わってきてくれるかなあと少しだけ期待している。足利の冤罪事件に警察署長と検事正が誤っている。謝罪をしてすむ問題ではない失われた時の流れ、生活のこと、人としての扱われ方、何よりも人権の重みを考えさせられている。ドラマでの水谷豊は家族がいて支えがあって、信じてくれる人がいて、年頃の子たちが真正面から家族の問題を自分の問題と受け止めてくれるって救いだと思う。

 何かの形で痴漢冤罪防止のために役立つことができたらと…これからも記事に敏感に反応して、痴漢をなくせるような世の中に参画したい。