面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「クロッシング」

2010年11月04日 | 映画
北朝鮮のとある村。
親子三人で暮らしているヨンスは、結核にかかった妻の薬を買う金を稼ぐため、命がけで中国へ渡る。
脱北者を労働力としている製材所で必死に働き、着実に金を蓄えていくヨンスだったが、ある日、公安警察の手入れに遭い、逃げ惑う中で稼いできた金を失くしてしまう。
潜伏先で聞かされた、脱北者としてインタビューを受ければ出演料として金が稼げるという話に乗ったヨンスは、あれよあれよという間に韓国へ亡命することに。

一方、ヨンスの帰りを待つ妻は劣悪な栄養状態の中で病状が悪化し、帰らぬ人となってしまう。
一人残された息子のジュニは、父を追って中国へ渡ろうとして失敗し、強制収容所に送り込まれる。

韓国で働きながら再び金を蓄えていったヨンスは、脱北者支援団体を通して祖国に残してきた家族の消息を探った。
妻が亡くなったことを知って悲嘆にくれるも、強制収容所で生きていた息子を韓国へ呼び寄せるべく、支援団体の協力を得て行動に出る。
団体の手配で収容所を出たジュニは中国へと渡り、父との再会を果たすべく、協力者と共にモンゴルを目指した…


テレビのニュースやドキュメンタリー番組で見知っていた北朝鮮の実情だが、それは悲惨というにはあまりにも悲しいものだった。
元サッカー選手でナショナルチームの代表であり、国民から英雄視されるほどの人気と実力を持ったヨンスだが、それでも炭鉱労働者として過酷な労働を強いられ、妻が結核に罹っても治療薬を買うことさえままならない貧しい暮らしを送らざるをえないとは、予想だにできなかった。
やはり軍人や一部特権階級の人間でなければ、日本で保障されているレベルの最低限の暮らしでさえ送ることができないのか?
共産主義とは、そんなカースト制度ばりの厳しい格差社会を産む理論だっただろうか?
その昔、学校で「政治経済」として社会科の一科目で習ったレベルの頭では難しいことはわからないが、少なくとも農奴解放に始まった労働者が等しく豊かな生活を送ることを目指して成立したものだったはずではないか?
今更ながら、北朝鮮の“金王朝”に対する青臭い憤りが湧き上がってくる。

ヨンスが韓国へと逃れることができたときには心底安堵しつつ、北朝鮮に残されたジュニがスクリに、ザワザワと胸騒ぎのような感覚に包まれて心が落ち着かない。
ようやく支援団体の協力を得て父との再会を目指して旅に出たときには少しホッとし、その様子をハラハラしながら見守るのだが、次々と映し出される厳しい現実に打ちのめされる。
これが北朝鮮の現実であり、これが脱北者の現実であるとは…

妻の死を知ったヨンスが、悲嘆にくれながら「神様も豊かな国にしかいないのか!」と叫ぶ姿に涙を禁じえない。
神を否定する共産主義の国である北朝鮮への皮肉のようなセリフだが、そんな生易しいものではない彼の慟哭に、心が激しく揺さぶられる。
かつて、ジュニとサッカーに興じたときに降りしきったスコールと同じ雨に打たれながら、ジュニの面影を追うヨンスの姿も胸を打つ。
後からこみ上げてくる、人間ドラマの大傑作。

現代の若者事情を描き、最近では邦画「彼岸島」を撮って話題となったキム・テギュン監督が、テレビで見た北朝鮮の実像に衝撃を受けて描いたという、全世界必見の逸品。


クロッシング
2008年/韓国  監督:キム・テギュン
出演:チャ・インピョ、シン・ミョンチョル、チョン・インギ