本日は特別企画、一席まるまる掲載!
「こんにちは」
「ああ、おまはんかいな。まあこっち入んなはれ」
「へぇ、すんまへん。ほな上がらしてもらいますわ。やっとそ」
「これ、上がってくるなり、いきなりじょらを組むヤツがあるかいな。後で足を崩すにしても、始めはきちっと座んなはれ。失礼な。」
「いや、それがあんた、キチッと座ったら余計失礼になりまんねん。」
「なんでやねん?」
「こないだもあんた、サビタはんの先生とこ行てね、いきなりこうあぐらかいたら、なんちゅうことすんねん、始めは行儀に座んなはれ!失礼な。」
「誰かてそう言うわな。」
「しゃあないさかい、わたい四角う座った。ところがあんた、あいだ座りつけてないもんやさかい、しばらく経つちゅうと足が痺れてあんた、もう、人の足やら自分の足やら分からんようになって。仰向けにいきなりゴロッとひっくり返ったんだ。その拍子に先生のアゴを足でバーッて蹴り上げて、先生も後ろへゴローッとひっくり返ってあんた、えらい失礼。」
「そら失礼すぎるがな。」
「なんやったらいっぺん、ちゃんと座りまひょか?」
「もうええもうええ。アゴ蹴り上げられるてな、どんならん。ほんで、今日は何ぞ用事があって出て来たんかいな?」
「…へ?」
「いや、何ぞ用事があんのんか?ちゅうてんねん。」
「何を言うてなはんねん、あんた。用事があったら、用してまんがな。用事が無いさかい出てきて。」
「んな、おかしな挨拶があるかいな。まあまぁ、しゃべって行きなはれ。お茶でも入れよ。」
「ああ、あんたとこのお茶、美味しいさかいねぇ。茶ぁのアテは何でやす?」
「茶ぁのアテちゅうやつがあるかいな。お茶受けと言いなはれ。羊羹があるが、羊羹でも切ろかぇ?」
「…はぁぁ、羊羹ねぇ。」
「嫌いかぇ?」
「3本も食たら、胸が悪なるさかい。」
「誰が3本も食わすかい。」
「実はわたい、今、散髪屋へ行ってましてん。」
「おぉおぉ、人寄り場所じゃ。何ぞ面白い話が出たか?」
「へぇ、いろいろと話が出た末に、あんたの噂もちょっと出てましたで。」
「ほお。噂とは口へんに尊ぶと書くが、あんまり尊ぶようなことは言わんな。どんなこと言うてござった?」
「どんなこと言うてござったて、おさまってる場合やおまへんで。そらもう、どだい、ボロ・カスのように言うてましたで!」
「そらけしからんな、おい。わしゃぁ、そう人さんにボロカスに言われる覚えは無いが、どんなこと言うてなはった?」
「んあー、これ言うたら、あんた怒るわ。」
「いやいや、怒れへんさかいに言うてみなはれ。」
「さよか、怒りまへんか?ほなまあ、言うてみますけどもな…。だいたい、この横町に住んでなさる、あの甚兵衛さんというお方は、と。」
「…なんじゃ、悪口にしてはえらい丁寧なな。」
「いや、ホンマはもっとえげつのう言いよったんでっけど、ま、本人の前やからちょっと気兼ねして。」
「別にお前が気兼ねせんでもエエがな。えぇ?お前はんが聞いてきた通りに言うたらエエがな。」
「ああ、さよか。かましまへんか?怒りまへん?さよか…。だいたい、あの横町に住んでけつかる、甚兵衛とぬかすガキは。」
「…それ以上悪う言えんな、それは。はあ、甚兵衛とぬかすガキは?」
「この世知辛い世の中に、何もせんとブラブラと遊んで暮らしてけつかるけれども、ああいうヤツに限って得てして知れんでぇ、と言うとな。皆も『そらぁ知れんなぁ』『知れん』言うて。」
「…何や、その知れん言うのは?」
「いやあ、盗人かも知れん。」
「ようそんなこと言いなはんな、これ。お前はん、ウチへ始終出入りしてて、よう知ってるやろがな、え?そんなこと言われて黙ってたんかいな?」
「なんのあんた、わたいもオモロイことおまへんがな。あんたのこと言われてんねやさかいにね。『お前ら何ちゅうこと言うねん、え?あの人に限って、そんなことするような人かせんような人か、向こう先見てモノぬかせ!』」
「おお、皮引きゃ身ぃ引くじゃ、よう言うてくれた。」
「さぁ、言おと思たけど、わたいも男や。腹に持ってて、口には出さん。」
「何が男や、それでは何もならんやないかい。」
「その代わり、たった一言で相手の胸にボーンと堪えるように言うてやりました!」
「男はそれが肝心じゃ。口数はいらん。たった一言、どない言うてくれた?」
「知れんなぁぁ」
「同んなじように言いやがったんか。相手の胸に堪えんと、こっちの胸に堪えてるがな。」
「へへ、そらまあ、どっちゃでもよろしい。」
「エエことあらへんで。難儀な男や。」
「けど、中にはあんたのこと、誉めてる人もいてましたで!」
「ほぉ、誉められるとまた照れくさいが、どない言うてなはった?」
「『お前ら、何ちゅうこと言うねん。え?皆どない思てるか知らんが、あの人はこの町内に無うてはならん、お方や。へいぜいはエエが、いざ何ぞ事のとき、あの人がおらなんだら皆困る。あの人はこの町内の生き地獄や』…あんた、生き地獄でやすの?」
「そら何を言うねん。そら生き地獄や無い、生き字引とおっしゃったんや。」
「何でんねん?その生き字引て?」
「字引という書物には、世の中のありとあらゆることが書いてある。ワシがいろんなことを知ってるさかいにやな、ま、生きた字引や、生き字引やと、おっしゃったんやろ。」
「へぇぇえ、ほなあんた、世の中のこと、何でも知ってなはんの?」
「まあ、何でもというわけにはいかんが、まあまあ、お前はんらの聞くことぐらいなら、たいがい、分ったある。」
「お前はんら?バカにしなはんなや、あんた。ほな何でっかいな、わたいの聞くことやったら何でも答えるか?」
「まあ何でもというわけにはいかんが、まあ、お前はんらの聞くことに、返答に困るてなことは無いつもりじゃ。」
「ぬかしたなぁ、おい。それやったら聞くけどもなあ!まず最初、南京虫は脚気患うか?」
「そんなアホなこと聞くねやないがな!」
「こらまぁ、冗談でやすけれども。そうそう、散髪屋の壁に暦が貼ってあって、そこに鶴の絵が描いてあったん。ほなあんた、よっさんがそれ見てね、『お前ら、どない思てるか知らんけれども、その鶴と言うのは、日本の名鳥やで』て、偉そうな顔して言いよりまんねん。あれ、名鳥でやすか?」
「おぉおぉ、そうじゃ。鶴というのは、日本の名鳥やなあ。」
「ああ、さよか。ほんであんた、どういう訳でこれ名鳥やねん?と聞いたらね、『こらぁお前、こら、名鳥や。』そやから何で名鳥や?ちゅうたら、『そらぁお前、こら有名な鳥や、こらお前、名鳥や。あ!用事思い出した』言うて、よう答えんと出ていきよりましてん。あれ何で名鳥だ?」
「まあまあ、そういうことを聞きなはれ、なあ。鶴というのは、全身が真っ白、頭には丹頂と言うて赤いものを頂いて、尾のところは黒いツヤツヤとした毛で覆われて、スラッと背が高い。姿形が誠に美しいうえに、一旦メスオスのつがいが定まると、他のものには見向きもせんという、なかなか操の正しい鳥じゃ。まあまぁ、ここらをもって日本の名鳥としたあんなあ。」
「はあぁ~、なるほどね!へぇえええ。けどあいつ、首が長うおまんな?」
「おお、そうそう、えらいこと言うた、うん。そやさかい、昔はあれを首長鳥、首長鳥と言うてたな。」
「ああ、なるほど。首が長いさかいに首長鳥。へぇえ、それがよう分かんのに、何で鶴てなけったいな名前になったんで?」
「……何?」
「いや、首長鳥でよう分かんのに、何で鶴てなおかしな名前になったん?」
「…おぉお…それにはぁ。ちゃんと訳がある。」
「どういう訳で?」
「それはまた、今度教えたる。」
「いや、今度てなこと言わんと、今、教えとくなはれ。」
「…今は、忙しい。」
「いや、忙しいことあらへん。あんた、タバコ吸うて茶ぁ飲んでんねがな。あ!あんた知らんねやろ?」
「何を言うてんねん。知ってるわいな、それぐらい。」
「ほな教えてくれてもよろしいやない!」
「…まぁ…教えたってもエエけども、何やで、ちょっとこれ、難しいで。」
「難しいてもかめへん。いっしょうけんめい聞いてまんが。何で首長鳥が鶴になったん?」
「…つまりやな、首長鳥が、なぜ鶴になったかと言うとやな。昔、一人の老人が、浜辺に立ってはるかな沖合いを眺めてござった。な。と、モロコシの方角から。」
「へぇ、物干しの方から?」
「いや、物干しやあらへん。モロコシや。」
「モロコシて何だんねん?」
「まあ、昔の唐、今の中国やな。昔は中国のことをモロコシと、こう言うたんや。」
「何ででんねん?」
「諸々のものを日本に寄越したさかいに、モロコシじゃ。」
「ほぉお、ほんで寄越したさかい、何も無いようになってカラか?」
「そら、どうや知らんけれども。モロコシの方角から、首長鳥のまず最初オンが一羽、つーーーっと飛んできて、浜辺の松へポイととまった。」
「へぇ。」
「後へさしてメンが、るーーーと飛んできたさかいに、鶴やなぁ。」
「……へ?」
「いやいや。昔、一人の老人が浜辺に立ってはるかな沖合いを眺めてござった。と、モロコシの方角から首長鳥のまず最初オンが一羽、つーーーーーーっと飛んできて浜辺の松へポイととまった。」
「へぇ。」
「後へさしてメンがるーーーーーと飛んできたさかいに、鶴やないか。」
「……どう?」
「分からん男やな、聞いてへんのかいな?人の話を。昔一人…」
「いえ、そこは分かってまんねん。なんで鶴になったか、そっからやっとくなはれ。」
「そっからやってて…モロコシの方角から首長鳥のまず最初オンが一羽、つーーーと飛んできて浜辺の松へポイととまった。後へさしてメンがるーーーと飛んで来たさかいに、つーるー、やないかい。」
「えええ?いや、つーるーでやすか、あれは?いやっはははは!知らなんだな、これは!はっははは! おおきに、さいなら!」
「おお、これこれこれ、どこ行くねん?」
「ええっへ!これから町内回って鶴の因縁、聞かしたりまんねん!」
「行きな行きな行きな!ウソやがな、今のは!そんなん言いに行くヤツがあるかい!待ちっちゅうねん」
「あっは!何ぬかしとんねん、今更ウソやちゅうても、おさまらんで、ホンマに。しかし、おさまってあんなこと言うてたら、かしこそうに見えたあるがな、そやけど。ああ、鶴とは知らなんだな、え?しかしこれ、どこ行って言うたろ。あ!そうや。徳さんとこ行って言うたろ!なあ。あいつはホンマにいつもワシのことバカにしてけつかるねん、え?アホやとかバカやとか、ぬかしやがるさかいに、なあ、いっぺんアイツの前で鶴の因縁聞かしてビックリさせたろかいな、ホンマにもう。なあ!え?お、ここや。徳さん、いてるか?」
「ええ?おぉ、誰やと思たらお前はんかいな。どないやこのごろ、頭の調子は?」
「…これや。まあま、抑えて、抑えて。なあ、ホンマにび、び、ビックリすなよ、ホンマにもう。え?徳さん、徳さん。お前、あの、鶴知ってるか?鶴。」
「え?鶴て、鳥の鶴かいな?」
「そうそう、鳥の鶴や。」
「そんなもんお前、子供でも知ってるがな。」
「そら誰でも知ってるねんけどな、あの鶴てな、昔は鶴とは言わなんだんや、ああ。首長鳥、首長鳥とこう言うてたんやで!」
「はあ、首が長いさかいな。」
「ぅええ、そうそうそう!それが何で鶴と言うようになったか、お前知ってるか?」
「いや、知らん。」
「…教えたろか?」
「教えていらん。」
「………いやいや、あのね。首長鳥が、何で鶴になったか、教えたろかちゅうてんねん!」
「教えていらん!ちゅうてんねん。今日は仕事がつかえたあんねん。お前らの相手してられへん。去に。」
「…んんっ。お前がなんぼ教せていらん言うたかて、ワシは無理からでも教えるで!」
「難儀な男やな。どないやちゅうねん!?」
「いや、あれな。昔は首長鳥、首長鳥言うててん。」
「そら、今聞いたがな。」
「それが何で鶴と言うようになったかと言うとやな!エエか?昔、一人の老人が、浜辺に立ってはるかな沖合いを眺めてござった。で、とうもろこしの方角から…とうもろこし言うたかって、夜店で焼いてるヤツと違うでホンマに。え?海のずーーーーっと向こうの、モロコシの方角からや、な?首長鳥のまず最初オンが一羽、つるーーーーーーーっと飛んできて、浜辺の松へポイととまったんや!」
「ほおぉお。」
「後へさしてメンが…………さいなら。」
「おおぉっ!何しに来よったんや、アイツ?」
「むかつくなぁ!何であこで詰まってもたんや?うまいこといてたんやがな。おかしな、これ、どどどどないなってんや。甚兵衛はん!あれ、何で鶴て言うようになったか!」
「……もうどこぞへ行ってしゃべって来てるがな。うかつになぶりもでけん男やな。もう、そんなことエエがな、な。お茶いれたさかいに、羊羹食べて行き。」
「いいえええ!ワシャもう、そんなもんよろし。え!なんで鶴言うようになったか、ちょちょちょっとそれ言うとくなはれ!」
「…難儀な男やな。あれはなあ、昔一人の老人…」
「いや、もうそこはよう分かってまんねん。なんで鶴になったか、そのサワリだけ。」
「サワリちゅうヤツがあるかい。ええ?モロコシの方角から、首長鳥のまず最初オンが一羽」
「ちょと待った!ちょと待った!……はい!オンが一羽?」
「オンが一羽、つーーーーーーっと飛んできて浜辺の松へポイととまった。」
「へえへえへえ!」
「後へさしてメンがるーーーと飛んできたさかいに、鶴やないか。」
「…………そいっつやぁ。そのガキや、そいつをころーっと忘れてた!へへへ…今度は大丈夫!」
「もう行きなっちゅうてんのに!」
「何言うてんねん、今更行かなんだら、死んでも死にきれんでホンマに。おーい徳さん!あれ昔は鶴とは言わなんだ!」
「あいつまた入ってきたがな。今日は仕事さしよらんな、ホンマに。どないしたちゅうねん!?」
「あれ昔は首長鳥、首長鳥…」
「それ何べんも聞いたがな。」
「それが何で鶴と言うようになったかと言うとやな!ええか?昔一人の老人が、浜辺に立ってはるかな沖合いを眺めてござった。と、モロコシの方角から、首長鳥のまず最初オンが一羽…………あのな、ここちょっと大事なトコやさかいにな、仕事のテ、ちょっと止めて聞いて。いっぺんカンナから手ぇ離して。な、ええか?首長鳥のまず最初オンが一羽、つーーーーーーーー…でや、おい?え?最前のとはひと味違うやろ?え?どや!つーーーーーーーー…こいっつや、このガキや、つーーーーーー…たまらん♪」
「何を言うてんねん!どないしたちゅうねん?」
「つーーーっと飛んできて浜辺の松へ、るっ、ととまったんや!」
「なるほど」
「後へさしてメンが…………昔は鶴とは言わなんだんや」
「何を言うてんねん!何を」
「いいいや、ちょちょちょっと待って!何でこないなんねん?え??昔一人の老人が浜辺に立って遥かな沖合いを眺めてござった、と、モロコシの方角から首長鳥のまず最初オンが一羽、つーー…これやこれや、これに違いないがな、なあ。つーーーと飛んできて浜辺の松へ、るっととまった。後へさしてメンが……メン……(泣)……ムカ、ムカシハツルトハイワナンダ」
「どこの言葉やな。どないやっちゅうねん」
「ちょちょちょっと待てよ!なんでこないなんねん?首長鳥のまず最初オンが一羽、つーーーと飛んできて浜辺の松へ、るっ、ととまった。後へさしてメン…(泣)…後へさしてメンが…」
「おい、メンがどないしたっちゅうねん?」
「黙ーって飛んできたんや。」
いつの何からの録音かは不明ですが、音源は桂吉朝師がまだ若かりし頃の高座です。
「こんにちは」
「ああ、おまはんかいな。まあこっち入んなはれ」
「へぇ、すんまへん。ほな上がらしてもらいますわ。やっとそ」
「これ、上がってくるなり、いきなりじょらを組むヤツがあるかいな。後で足を崩すにしても、始めはきちっと座んなはれ。失礼な。」
「いや、それがあんた、キチッと座ったら余計失礼になりまんねん。」
「なんでやねん?」
「こないだもあんた、サビタはんの先生とこ行てね、いきなりこうあぐらかいたら、なんちゅうことすんねん、始めは行儀に座んなはれ!失礼な。」
「誰かてそう言うわな。」
「しゃあないさかい、わたい四角う座った。ところがあんた、あいだ座りつけてないもんやさかい、しばらく経つちゅうと足が痺れてあんた、もう、人の足やら自分の足やら分からんようになって。仰向けにいきなりゴロッとひっくり返ったんだ。その拍子に先生のアゴを足でバーッて蹴り上げて、先生も後ろへゴローッとひっくり返ってあんた、えらい失礼。」
「そら失礼すぎるがな。」
「なんやったらいっぺん、ちゃんと座りまひょか?」
「もうええもうええ。アゴ蹴り上げられるてな、どんならん。ほんで、今日は何ぞ用事があって出て来たんかいな?」
「…へ?」
「いや、何ぞ用事があんのんか?ちゅうてんねん。」
「何を言うてなはんねん、あんた。用事があったら、用してまんがな。用事が無いさかい出てきて。」
「んな、おかしな挨拶があるかいな。まあまぁ、しゃべって行きなはれ。お茶でも入れよ。」
「ああ、あんたとこのお茶、美味しいさかいねぇ。茶ぁのアテは何でやす?」
「茶ぁのアテちゅうやつがあるかいな。お茶受けと言いなはれ。羊羹があるが、羊羹でも切ろかぇ?」
「…はぁぁ、羊羹ねぇ。」
「嫌いかぇ?」
「3本も食たら、胸が悪なるさかい。」
「誰が3本も食わすかい。」
「実はわたい、今、散髪屋へ行ってましてん。」
「おぉおぉ、人寄り場所じゃ。何ぞ面白い話が出たか?」
「へぇ、いろいろと話が出た末に、あんたの噂もちょっと出てましたで。」
「ほお。噂とは口へんに尊ぶと書くが、あんまり尊ぶようなことは言わんな。どんなこと言うてござった?」
「どんなこと言うてござったて、おさまってる場合やおまへんで。そらもう、どだい、ボロ・カスのように言うてましたで!」
「そらけしからんな、おい。わしゃぁ、そう人さんにボロカスに言われる覚えは無いが、どんなこと言うてなはった?」
「んあー、これ言うたら、あんた怒るわ。」
「いやいや、怒れへんさかいに言うてみなはれ。」
「さよか、怒りまへんか?ほなまあ、言うてみますけどもな…。だいたい、この横町に住んでなさる、あの甚兵衛さんというお方は、と。」
「…なんじゃ、悪口にしてはえらい丁寧なな。」
「いや、ホンマはもっとえげつのう言いよったんでっけど、ま、本人の前やからちょっと気兼ねして。」
「別にお前が気兼ねせんでもエエがな。えぇ?お前はんが聞いてきた通りに言うたらエエがな。」
「ああ、さよか。かましまへんか?怒りまへん?さよか…。だいたい、あの横町に住んでけつかる、甚兵衛とぬかすガキは。」
「…それ以上悪う言えんな、それは。はあ、甚兵衛とぬかすガキは?」
「この世知辛い世の中に、何もせんとブラブラと遊んで暮らしてけつかるけれども、ああいうヤツに限って得てして知れんでぇ、と言うとな。皆も『そらぁ知れんなぁ』『知れん』言うて。」
「…何や、その知れん言うのは?」
「いやあ、盗人かも知れん。」
「ようそんなこと言いなはんな、これ。お前はん、ウチへ始終出入りしてて、よう知ってるやろがな、え?そんなこと言われて黙ってたんかいな?」
「なんのあんた、わたいもオモロイことおまへんがな。あんたのこと言われてんねやさかいにね。『お前ら何ちゅうこと言うねん、え?あの人に限って、そんなことするような人かせんような人か、向こう先見てモノぬかせ!』」
「おお、皮引きゃ身ぃ引くじゃ、よう言うてくれた。」
「さぁ、言おと思たけど、わたいも男や。腹に持ってて、口には出さん。」
「何が男や、それでは何もならんやないかい。」
「その代わり、たった一言で相手の胸にボーンと堪えるように言うてやりました!」
「男はそれが肝心じゃ。口数はいらん。たった一言、どない言うてくれた?」
「知れんなぁぁ」
「同んなじように言いやがったんか。相手の胸に堪えんと、こっちの胸に堪えてるがな。」
「へへ、そらまあ、どっちゃでもよろしい。」
「エエことあらへんで。難儀な男や。」
「けど、中にはあんたのこと、誉めてる人もいてましたで!」
「ほぉ、誉められるとまた照れくさいが、どない言うてなはった?」
「『お前ら、何ちゅうこと言うねん。え?皆どない思てるか知らんが、あの人はこの町内に無うてはならん、お方や。へいぜいはエエが、いざ何ぞ事のとき、あの人がおらなんだら皆困る。あの人はこの町内の生き地獄や』…あんた、生き地獄でやすの?」
「そら何を言うねん。そら生き地獄や無い、生き字引とおっしゃったんや。」
「何でんねん?その生き字引て?」
「字引という書物には、世の中のありとあらゆることが書いてある。ワシがいろんなことを知ってるさかいにやな、ま、生きた字引や、生き字引やと、おっしゃったんやろ。」
「へぇぇえ、ほなあんた、世の中のこと、何でも知ってなはんの?」
「まあ、何でもというわけにはいかんが、まあまあ、お前はんらの聞くことぐらいなら、たいがい、分ったある。」
「お前はんら?バカにしなはんなや、あんた。ほな何でっかいな、わたいの聞くことやったら何でも答えるか?」
「まあ何でもというわけにはいかんが、まあ、お前はんらの聞くことに、返答に困るてなことは無いつもりじゃ。」
「ぬかしたなぁ、おい。それやったら聞くけどもなあ!まず最初、南京虫は脚気患うか?」
「そんなアホなこと聞くねやないがな!」
「こらまぁ、冗談でやすけれども。そうそう、散髪屋の壁に暦が貼ってあって、そこに鶴の絵が描いてあったん。ほなあんた、よっさんがそれ見てね、『お前ら、どない思てるか知らんけれども、その鶴と言うのは、日本の名鳥やで』て、偉そうな顔して言いよりまんねん。あれ、名鳥でやすか?」
「おぉおぉ、そうじゃ。鶴というのは、日本の名鳥やなあ。」
「ああ、さよか。ほんであんた、どういう訳でこれ名鳥やねん?と聞いたらね、『こらぁお前、こら、名鳥や。』そやから何で名鳥や?ちゅうたら、『そらぁお前、こら有名な鳥や、こらお前、名鳥や。あ!用事思い出した』言うて、よう答えんと出ていきよりましてん。あれ何で名鳥だ?」
「まあまあ、そういうことを聞きなはれ、なあ。鶴というのは、全身が真っ白、頭には丹頂と言うて赤いものを頂いて、尾のところは黒いツヤツヤとした毛で覆われて、スラッと背が高い。姿形が誠に美しいうえに、一旦メスオスのつがいが定まると、他のものには見向きもせんという、なかなか操の正しい鳥じゃ。まあまぁ、ここらをもって日本の名鳥としたあんなあ。」
「はあぁ~、なるほどね!へぇえええ。けどあいつ、首が長うおまんな?」
「おお、そうそう、えらいこと言うた、うん。そやさかい、昔はあれを首長鳥、首長鳥と言うてたな。」
「ああ、なるほど。首が長いさかいに首長鳥。へぇえ、それがよう分かんのに、何で鶴てなけったいな名前になったんで?」
「……何?」
「いや、首長鳥でよう分かんのに、何で鶴てなおかしな名前になったん?」
「…おぉお…それにはぁ。ちゃんと訳がある。」
「どういう訳で?」
「それはまた、今度教えたる。」
「いや、今度てなこと言わんと、今、教えとくなはれ。」
「…今は、忙しい。」
「いや、忙しいことあらへん。あんた、タバコ吸うて茶ぁ飲んでんねがな。あ!あんた知らんねやろ?」
「何を言うてんねん。知ってるわいな、それぐらい。」
「ほな教えてくれてもよろしいやない!」
「…まぁ…教えたってもエエけども、何やで、ちょっとこれ、難しいで。」
「難しいてもかめへん。いっしょうけんめい聞いてまんが。何で首長鳥が鶴になったん?」
「…つまりやな、首長鳥が、なぜ鶴になったかと言うとやな。昔、一人の老人が、浜辺に立ってはるかな沖合いを眺めてござった。な。と、モロコシの方角から。」
「へぇ、物干しの方から?」
「いや、物干しやあらへん。モロコシや。」
「モロコシて何だんねん?」
「まあ、昔の唐、今の中国やな。昔は中国のことをモロコシと、こう言うたんや。」
「何ででんねん?」
「諸々のものを日本に寄越したさかいに、モロコシじゃ。」
「ほぉお、ほんで寄越したさかい、何も無いようになってカラか?」
「そら、どうや知らんけれども。モロコシの方角から、首長鳥のまず最初オンが一羽、つーーーっと飛んできて、浜辺の松へポイととまった。」
「へぇ。」
「後へさしてメンが、るーーーと飛んできたさかいに、鶴やなぁ。」
「……へ?」
「いやいや。昔、一人の老人が浜辺に立ってはるかな沖合いを眺めてござった。と、モロコシの方角から首長鳥のまず最初オンが一羽、つーーーーーーっと飛んできて浜辺の松へポイととまった。」
「へぇ。」
「後へさしてメンがるーーーーーと飛んできたさかいに、鶴やないか。」
「……どう?」
「分からん男やな、聞いてへんのかいな?人の話を。昔一人…」
「いえ、そこは分かってまんねん。なんで鶴になったか、そっからやっとくなはれ。」
「そっからやってて…モロコシの方角から首長鳥のまず最初オンが一羽、つーーーと飛んできて浜辺の松へポイととまった。後へさしてメンがるーーーと飛んで来たさかいに、つーるー、やないかい。」
「えええ?いや、つーるーでやすか、あれは?いやっはははは!知らなんだな、これは!はっははは! おおきに、さいなら!」
「おお、これこれこれ、どこ行くねん?」
「ええっへ!これから町内回って鶴の因縁、聞かしたりまんねん!」
「行きな行きな行きな!ウソやがな、今のは!そんなん言いに行くヤツがあるかい!待ちっちゅうねん」
「あっは!何ぬかしとんねん、今更ウソやちゅうても、おさまらんで、ホンマに。しかし、おさまってあんなこと言うてたら、かしこそうに見えたあるがな、そやけど。ああ、鶴とは知らなんだな、え?しかしこれ、どこ行って言うたろ。あ!そうや。徳さんとこ行って言うたろ!なあ。あいつはホンマにいつもワシのことバカにしてけつかるねん、え?アホやとかバカやとか、ぬかしやがるさかいに、なあ、いっぺんアイツの前で鶴の因縁聞かしてビックリさせたろかいな、ホンマにもう。なあ!え?お、ここや。徳さん、いてるか?」
「ええ?おぉ、誰やと思たらお前はんかいな。どないやこのごろ、頭の調子は?」
「…これや。まあま、抑えて、抑えて。なあ、ホンマにび、び、ビックリすなよ、ホンマにもう。え?徳さん、徳さん。お前、あの、鶴知ってるか?鶴。」
「え?鶴て、鳥の鶴かいな?」
「そうそう、鳥の鶴や。」
「そんなもんお前、子供でも知ってるがな。」
「そら誰でも知ってるねんけどな、あの鶴てな、昔は鶴とは言わなんだんや、ああ。首長鳥、首長鳥とこう言うてたんやで!」
「はあ、首が長いさかいな。」
「ぅええ、そうそうそう!それが何で鶴と言うようになったか、お前知ってるか?」
「いや、知らん。」
「…教えたろか?」
「教えていらん。」
「………いやいや、あのね。首長鳥が、何で鶴になったか、教えたろかちゅうてんねん!」
「教えていらん!ちゅうてんねん。今日は仕事がつかえたあんねん。お前らの相手してられへん。去に。」
「…んんっ。お前がなんぼ教せていらん言うたかて、ワシは無理からでも教えるで!」
「難儀な男やな。どないやちゅうねん!?」
「いや、あれな。昔は首長鳥、首長鳥言うててん。」
「そら、今聞いたがな。」
「それが何で鶴と言うようになったかと言うとやな!エエか?昔、一人の老人が、浜辺に立ってはるかな沖合いを眺めてござった。で、とうもろこしの方角から…とうもろこし言うたかって、夜店で焼いてるヤツと違うでホンマに。え?海のずーーーーっと向こうの、モロコシの方角からや、な?首長鳥のまず最初オンが一羽、つるーーーーーーーっと飛んできて、浜辺の松へポイととまったんや!」
「ほおぉお。」
「後へさしてメンが…………さいなら。」
「おおぉっ!何しに来よったんや、アイツ?」
「むかつくなぁ!何であこで詰まってもたんや?うまいこといてたんやがな。おかしな、これ、どどどどないなってんや。甚兵衛はん!あれ、何で鶴て言うようになったか!」
「……もうどこぞへ行ってしゃべって来てるがな。うかつになぶりもでけん男やな。もう、そんなことエエがな、な。お茶いれたさかいに、羊羹食べて行き。」
「いいえええ!ワシャもう、そんなもんよろし。え!なんで鶴言うようになったか、ちょちょちょっとそれ言うとくなはれ!」
「…難儀な男やな。あれはなあ、昔一人の老人…」
「いや、もうそこはよう分かってまんねん。なんで鶴になったか、そのサワリだけ。」
「サワリちゅうヤツがあるかい。ええ?モロコシの方角から、首長鳥のまず最初オンが一羽」
「ちょと待った!ちょと待った!……はい!オンが一羽?」
「オンが一羽、つーーーーーーっと飛んできて浜辺の松へポイととまった。」
「へえへえへえ!」
「後へさしてメンがるーーーと飛んできたさかいに、鶴やないか。」
「…………そいっつやぁ。そのガキや、そいつをころーっと忘れてた!へへへ…今度は大丈夫!」
「もう行きなっちゅうてんのに!」
「何言うてんねん、今更行かなんだら、死んでも死にきれんでホンマに。おーい徳さん!あれ昔は鶴とは言わなんだ!」
「あいつまた入ってきたがな。今日は仕事さしよらんな、ホンマに。どないしたちゅうねん!?」
「あれ昔は首長鳥、首長鳥…」
「それ何べんも聞いたがな。」
「それが何で鶴と言うようになったかと言うとやな!ええか?昔一人の老人が、浜辺に立ってはるかな沖合いを眺めてござった。と、モロコシの方角から、首長鳥のまず最初オンが一羽…………あのな、ここちょっと大事なトコやさかいにな、仕事のテ、ちょっと止めて聞いて。いっぺんカンナから手ぇ離して。な、ええか?首長鳥のまず最初オンが一羽、つーーーーーーーー…でや、おい?え?最前のとはひと味違うやろ?え?どや!つーーーーーーーー…こいっつや、このガキや、つーーーーーー…たまらん♪」
「何を言うてんねん!どないしたちゅうねん?」
「つーーーっと飛んできて浜辺の松へ、るっ、ととまったんや!」
「なるほど」
「後へさしてメンが…………昔は鶴とは言わなんだんや」
「何を言うてんねん!何を」
「いいいや、ちょちょちょっと待って!何でこないなんねん?え??昔一人の老人が浜辺に立って遥かな沖合いを眺めてござった、と、モロコシの方角から首長鳥のまず最初オンが一羽、つーー…これやこれや、これに違いないがな、なあ。つーーーと飛んできて浜辺の松へ、るっととまった。後へさしてメンが……メン……(泣)……ムカ、ムカシハツルトハイワナンダ」
「どこの言葉やな。どないやっちゅうねん」
「ちょちょちょっと待てよ!なんでこないなんねん?首長鳥のまず最初オンが一羽、つーーーと飛んできて浜辺の松へ、るっ、ととまった。後へさしてメン…(泣)…後へさしてメンが…」
「おい、メンがどないしたっちゅうねん?」
「黙ーって飛んできたんや。」
いつの何からの録音かは不明ですが、音源は桂吉朝師がまだ若かりし頃の高座です。