雲南高黎貢山百花嶺⑥「チョウ」
↑ルリシジミの仲間のメインは、ルリシジミ属とタッパンルリシジミ属で、区別は相当に難しく、ルリシジミ属にも、スギタニルリシジミの一群や、アリサンルリシジミの一群など多数の種があって、同定は非常に困難です。写真の個体は、ルリシジミ属のルリシジミそのものCelastrina argiolusと同定しておきましょう。
↑こちらは、ヤクシマルリシジミ属の、ヤクシマルリシジミAcytlepis puspa(またはその近縁種)、だと思います。そのうち「ルリシジミ物語」もアップして見たいですね。
↑シジミタテハ科のZemeros flegyas。中国(やインドシナ半島など)の多くの地域で、最も普遍的に見られるチョウの一つではないかと思われます。語順からは「シジミのようなタテハ」ということになりますが、広い意味でのシジミチョウの仲間で、実際は「タテハのようなシジミ」といったほうが良いでしょう。しかし、幾つかの形質や分子生物学的解析から、むしろタテハチョウの仲間に近いのでは、という見解もあり、結論には至っていません。世界各地には、シジミチョウ科に負けないほど多数の種が分布しているのに、なぜか日本には一種も分布していません。そのため、(僕個人に関して言えば)なかなか馴染むことが出来なかったのです。
↑人間の認識というのは、見慣れて(聴き慣れて)いるか否かで、無意識的に大きく規定されてしまうのではないでしょうか?(同じ歌手の同じ曲でも、オリジナル・ヒット盤が絶対的!セルフ・カヴァー盤はどうしても馴染み難い) 国外で蝶を撮影するようになって、始めて出会うようになった分類群は、なかなか親近感を持てないものです。その代表がシジミタテハの仲間。むろん蝶だとは解ってはいても、僕の意識の中に植え込まれている“蝶”の範疇からは、はみ出してしまう。
鱗翅目*の中での“蝶”の系統分類上の位置付けは、膨大な種数の“蛾”のごく一部でしかないわけで、「“蝶”と“蛾”の区別点」という命題は理論上成り立たない(「“東京”と“日本”はどこが違うか」と問うようなもの)わけですが、もしあえて答えを出すとすれば、(極論すれば)各個人が“蝶だと信じているもの”や“蝶に見えるもの”が、“蝶”なのだと言って良いと思います。
そのような観点から言えば、(僕を含む)多くの人々にとって、これまで“蝶”とされてきた分類群は紛いもなき“蝶”であり、それ以外の分類群は、紛いもなき“蛾”なのです。ただし、僕自身にとっては、各一つだけ例外があります。先にも言ったように、シジミタテハの仲間は、“蝶”であるという親近感が湧かない(最近は見慣れてきたので、ちゃんと蝶に見えていて、充分に親近感も持っています)。逆に、蛾の中で唯一、イカリモンガの仲間(日本産はイカリモンガと、南九州や沖縄に分布するベニイカリモンガ)だけは、蝶ではないと分かってはいても蝶に見えてしまう(標本ではなく実際に飛んでいる時)。僕にとっては、“名誉蝶類”であるわけです。
で、ここには、そのシジミタテハの一種Dodona deodata♀(写真上)とイカリモンガの一種(写真下)が、同じ所にいました。以前、「梅里雪山の秋の蝶」で述べたと思うのですが、シジミタテハ類は、なぜか一見良く似た他の蝶(ことに小型のヒカゲチョウ類)と同じ場所で同じ様に行動していることが多く、その意味は謎です。このイカリモンガとの組み合わせも、それに相当するのではないかと思われます。
[*近年になって、上位分類群(ことに「目」)の日本語呼称を、従来使用されてきた熟語漢字、例えば「鱗翅目」「半翅目」などではなく、実在する代表的な下位分類群(一般的な総称)のカタカナ名を使用しなくてはならぬ、というお役所からの通達により、「鱗翅目」は「チョウ目」(「ガ目」ではない)、「半翅目」は「セミ目」(「カメムシ目」ではない)、「霊長目」は「ヒト目」(サル目ではない)と呼ばねばならなくなってしまいました。この実に馬鹿げた改革案により、数々の齟齬が生じることになります。「鱗翅目」の99%はいわゆる「ガ」であり、「チョウ」はその一員に過ぎないわけですから、「ガ目」とするならまだしも「チョウ目」としてしまえば、辻褄が合わなくなってしまいます(「東京」の中の「日本」とするようなもの)。]
というよりもそれ以前の問題で、「鱗翅目」や「半翅目」といった“具体的な種や俗称分類群が存在しない”名を廃して(一般市民や子供たちには分かりやすい?という発想から)「チョウ目」とか「セミ目」とかに置き換えるというこの名称システム自体が、どうにも不自然です。「日本」という“具体的な都市や行政が存在しない”名を廃して、最も良く知られた都市名を国家の名称としなければならないと、「日本国」が「東京国」になってしまったら、たまったものではありません。
↑ヒカゲチョウの仲間。上はヒメキマダラヒカゲ属の一種Zophessa sp.、下はヒカゲチョウ属の一種Lethe verma(枯葉に似ているのに、白い帯があるのですぐ居所が分かってしまいます、でもそのデメリットを上回るメリットがあるのでしょうね)。
↑こちらは見事!もう完璧というほかありません。
蝶は好きで良く知っているけれど、蛾は嫌いで何も知らない、というチョウ好きがいます。考えて見れば、これほど歪なことはないでしょう。蛾屋は蝶にも詳しいけれど、蝶屋は蛾のことは無知、というのが一般的な傾向。かく言う僕もその類であります。いやもう恥ずかしい限り。恥をかくと嫌なので、分類群の特定には一切触れずに置きましょう。
↑大型のタテハチョウ。これも日本では馴染みのないグループですね。いわゆるチャイロタテハの仲間Vindula sp.。大きく言えばヒョウモンチョウの一群です(日本産で言えば、ウラベニヒョウモンやタイワンキマダラが比較的近い類縁関係にあるのではないかと思われます)。
↑アカマダラモドキAraschnia prorsoides。中国西部に3種分布するサカハチチョウの仲間の一種。四川省成都市西郊に多いキマダラサカハチチョウAraschnia dorisと違って、本種は雲南省を中心に分布しているようです(サファイアフチベニシジミに対するキンイロフチベニシジミやフカミドリフチベニシジミの分布様式に相当します)。中国のサカハチチョウの仲間については、改めて詳しく検証していく予定です。