★このシリーズは、3年前(2008年)の4月に、あや子さんへ個人的に送信した練習用サンプルを、そのまま再利用したものです。
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中国はどこにある? 日中関係の基本構造を考える
Ⅰモンシロチョウの仲間の話から
中国とは何か? 日本とは何か?
とりあえず、政治、経済、宗教、歴史、など、人間社会とは一切無関係に考えて行きます。
中国人は中国という空間、日本人は日本という空間に成り立ち、それぞれを国土として暮らしているわけですから、そこが本来どのようなところなのか、と言うことを知ることは、日本と中国の、これからの関係のあり方を模索する上で、意味無きことではないと思うのです。
今回紹介して行く内容は、上記の目的に沿って、主題をあえて模式的にまとめ、大雑把に表現したものです。それぞれの題材について、一部、やや詳しく述べている箇所もありますが、原則として、細かい内容やデータは本文には組み込まず、クリックしていただいて別途説明するようにしてあります。より具体的な内容やデータについては、機会を改めて発表する予定でいますが、直接お問い合わせ頂ければ、可能な範囲でお答えいたします。
ユーラシア大陸の東西における、種間関係の模式例
まず、ユーラシア大陸の中での、生物の種間関係から見た、中国や日本の位置付け。あくまで模式的に、大雑把に基本パターンを考えて行きましょう。ヨーロッパや中国・日本を含む、ユーラシア大陸のほぼ全域に隈なく分布する(北米大陸にも)、エゾスジグロチョウ(モンシロチョウの仲間)をモデルケースに、話を進めて行きます。
エゾスジグロチョウは、モンシロチョウの仲間、もう少し詳しく言うと、モンシロチョウ属Pieris(ピエリス)の1種です。エゾスジグロチョウを素材とするからには、エゾスジグロチョウ自身のことを知っておかねばなりません。(以下省略・次の項目を参照して下さい)
→エゾスジグロチョウという蝶~分類・学名・和名などについての基本認識。
→ビルの谷間のキャベツ畑で~モンシロチョウとスジグロチョウ(於・東京都世田谷区)。
左がモンシロチョウ、右はモンキチョウの仲間で、全く別のグループの蝶です。中国四川省にて。
エゾスジグロチョウの分布は、ヨーロッパから極東、さらに北米大陸に至る北半球温帯域のほぼ全体に亘っています。北米産の集団(詳細は別の機会に改めて述べる予定)には、東シベリアと北ヨーロッパ経由で連なります。ただし、分布を“帯”ではなく、北極海を取り囲む“面”として見れば、また違った解釈が出来るかも知れません(下のバージョンアップ版も参考して下さい)。
このような分布様式は、日本産の生物の何割かを占める、代表的な分布パターンの一つなのですが、日本においての分布状況は、大きく2つのグループに分けることが出来ます。
まず、人里周辺に生育する、いわゆる“普通種”。チョウで言えば、ベニシジミ、ルリシジミ、ツバメシジミ、ジャノメチョウ、コムラサキ、イチモンジチョウ、コミスジ、モンキチョウ、キアゲハ、ミヤマセセリなどが、そのメンバーです。
もうひとつは、日本で言うところの“高山蝶”。クモマツマキチョウ、ミヤマモンキチョウ、オオイチモンジほか、日本の高山蝶の多くが相当します。キベリタテハ、クジャクチョウなどの高山蝶に準じる種や、エゾヒメシロチョウ、アカマダラなど、日本では北海道にだけ見られる種の多くも、これに含まれます。
上左から、ツバメシジミ、ベニシジミ、キベリタテハ(いずれも日本産)
下左から、クモマツマキチョウ、エゾヒメシロチョウ、オオイチモンジ(いずれも中国産)
エゾスジグロチョウは、どちらに区分するべきなのか微妙なところでしょうが、ほぼ全土に広く分布していることと、場所によっては人里近くでも見られることから、前者に区分してよいと思われます。
両者の相関については後ほど考えることにして、もう一度図をご覧下さい。高緯度地帯を東西に、種の広がりが見られます。その両端が、例えば、ヨーロッパや日本のエゾスジグロチョウなわけです(本当は、それほど簡単な問題ではないのですが、話の都合上そうしておきましょう)。
図の中央には、“世界の屋根”“第3の極地”などと呼ばれる、チベット高原を中心とした寒冷・乾燥気候の高標高地帯が広がります。その南縁は、ヒマラヤ山脈に沿った、湿潤で豊かな植生の中緯度地帯です。
世界の屋根の東側は、ヒマラヤ山脈東端に連なる、雲南・四川の山岳地帯。さらに中国本土を経て、日本列島(もう少し俯瞰的に見れば、日本海・東シナ海周縁の地域)に続きます。
同様に西側は、アフガニスタンやタジキスタンなどの中央アジア諸国の山岳地帯に連なり、 さらに中東諸国を経て、ヨーロッパ(俯瞰的に見れば、地中海・黒海周縁地域)に続きます。
これらの地域は、ヨーロッパから北回りで、西シベリア・東シベリアを経て極東に繋がる、植生や地形が比較的単調で一様な地域とは対照的に、それぞれに多様な、個性に富んだ環境を形成しています。より北方の地域では、一年は冬と夏(春夏秋が一度に到来)だけ、南の地域では一年中夏なのに対し、春夏秋冬の四季を伴うのです。
そしてこれらの地域を、上図のように単に東西に連なる帯の南側と考えるのではなく、下図のように北極を基点として広がる面の外縁と考えれば、それぞれの地域の集団が、内側の地域の集団に比べ、より古い時代に、様々な要因でもって個別に成立したものであることが想像できます。今に至るまで交流を続けている可能性のある内側の集団とは違って、現在では相互の交流に制約が生じ、従って隣り合った地域の集団が、順に連なるのではなく、複雑に入り組んで存在するのです。
同じように四季を伴う多様な環境といっても、東と西では様相が異なります。東は、森林 をベースに、より湿潤な環境条件の下で生じた集団。日本のスジグロチョウも、その典型的一員です。
一方、西は、草原をベースに、より乾燥した環境条件下で生じた集団。ヨーロッパ東南部で、日本のスジグロチョウに応呼する存在としては、イワバモンシロチョウPieris ergane がいます。血縁は、エゾスジグロチョウにつながりますが、翅脈が黒くならない外観は、モンシロチョウに似ています。ポジションはスジグロチョウに似ていると言っても、外観や棲息環境は、スジグロチョウとは対極にある“いわばモンシロチョウのような。。。。”と言う洒落で、岩場等の乾燥地に棲息することと合わせ名付けられた和名です(命名者は日浦勇氏)。
ちなみに、ヨーロッパの東南部にはもう一種、モンシロチョウにそっくりのミナミモンシロチョウP.manniiもいて、こちらは正統的なモンシロチョウの姉妹種です。
中国のモンシロチョウ属は多様です。先に紹介した主要3種(タイワンモンシロ・モンシロ・エゾスジグロ)のほかに、ことに四川・雲南を中心とした西南部で、何種もが複雑に混在しています(ミヤマスジグロチョウP.davidis、オオミヤマスジグロチョウP.dubernardi、オオスジグロチョウP.extensa etc.)。ちなみに、中国産のエゾスジグロチョウは、シロチョウ科分類の第一人者・九州大学の矢田修教授によれば、別種P.ertaeとされています。形態上の比較だけでなく、生態や生育環境も他の地域のエゾスジグロチョウとはかなり異なっている(中国南限から北緯20度前後のラオスやタイ北部まで分布)ことからも、その処置は指示されるのではないかと思われます。もっとも、中国国内に、複数の種が混在している可能性も、少なくはありませんが。
前に、日本産エゾスジグロチョウとスジグロチョウの、♂生殖器による区別は、ほぼ不可能、ただし傾向的な特徴により、僕には10中8・9区別できる、と言ったと思います。ところが、中国産(西部の四川省と東部の安徽省)のエゾスジグロチョウは、おそらくは同じ親 から、日本のエゾスジグロチョウ的な特徴を有す個体から、スジグロチョウ的な特徴を有す個体までが、全部現われるのです。
比喩的に言えば、日本ではエゾスジグロチョウとスジグロチョウが、あくまで別の種として存在するのに、中国では、同じ種(エゾスジグロチョウもしくは固有種チュウゴクスジグロチョウ)の中に、エゾスジグロチョウとスジグロチョウが一体となって存在するわけです。
中国のチョウと日本のチョウの比較を行っていると、二つの空間で、種の定義を個別に認識しなくてはならぬのではないか? いうことを、まま感じます。種とは絶対的なものではなく相対的な存在、という思いが、沸き起こってくるのです。
参考までに、下図の後に、世界のモンシロチョウ属の種(や顕著な亜種など)をリストアップしておきました。資料を全くチェックせずに、とりあえず分かるものだけを、うろ覚えで書き記しましたので、その旨ご了解下さい。学名はあえて示さず、和名のないものは適当にでっち上げて記しました。近い将来、改めて正式なリストを作成したいと考えております。
→Pieris(ピエリス)属のリスト
上図のバージョンアップ版
空色部=典型エゾスジグロチョウ単独分布域、
紫色部=エゾスジグロチョウ近縁(複数)種分布域 J.Aoyama 2008/02/10