雲南省大理市蒼山山麓2010.5.5
(第7回)フカミドリフチベニシジミHeliophorus viridipunctata Ⅰ
《Heliophorus viridipunctataの♂外部生殖器構造について(被検標本:雲南省緑春県産)》
キンイロフチベニシジミの項で記したように、♂外部生殖器の形態は、キンイロフチベニシジミと酷似します。末端部分における微少な差異が、個体変異の範疇に含まれるものなのか、種を分けるに足る有意なものなのかについての判断は、現時点では保留しておきます。将来、検鏡を再開し次第、改めて検証して行く予定です。
フカミドリフチベニシジミ Heliophorus viridipunctata[春型♂(全て別個体)]
1段目左:春型♂:雲南省大理市蒼山山麓2007.2.24
1段目中:春型♂:雲南省大理市蒼山山麓2007.2.24
1段目右:春型♂:雲南省大理市蒼山山麓2007.2.24
2段目左:春型♂:雲南省大理市蒼山山麓2007.2.24
2段目中:春型♂:雲南省大理市蒼山山麓2007.2.24
2段目右:春型♂:雲南省大理市蒼山山麓2009.3.17
3段目左:春型♂:雲南省緑春県(緑春東方の峠)1995.4.7
3段目中:春型♂:雲南省金平県(金平北方の峠)1995.4.14
3段目右:春型♂:雲南省大理市蒼山山麓2010.5.5
4段目左:春型♂:雲南省大理市蒼山山麓2010.5.5
4段目中:春型♂:雲南省大理市蒼山山麓2010.5.5
4段目右:春型♂:雲南省大理市蒼山山麓2010.5.5
フカミドリフチベニシジミ Heliophorus viridipuncutata[春型♀翅表と♂♀翅裏(全て別個体)]
1段目左:春型♂:雲南省大理市蒼山山麓2009.3.17
1段目中:春型♂:雲南省大理市蒼山山麓2007.2.24
1段目右:春型♂:雲南省大理市蒼山山麓2007.2.24
2段目左:春型♂:雲南省大理市蒼山山麓2010.5.5
2段目中:春型♂:雲南省大理市蒼山山麓2009.3.17
2段目右:春型♂:雲南省大理市蒼山山麓2010.5.5
《フカミドリフチベニシジミHeliophorus viridipunctataの分布と生態について》
1995年以降、四川から雲南に、植物や昆虫などの撮影行の比重を移して行きました。そのため、最もよく見かけるベニシジミの仲間が、それまでのサファイアフチベニシジミからフカミドリフチベニシジミに入れ替りました。
フカミドリフチベニシジミの分布域は、マクロに見るとキンイロフチベニシジミと重なります(四川省西部~雲南省西部・南部・インドシナ半島北部)。また、部分的には、サファイアフチベニシジミやアオミドリフチベニシジミの分布圏とも、多少なりとも重なります。僕自身がこれまでに撮影・観察した範囲では、サファイアフチベニシジミ確認西縁(磨西)周辺でフカミドリフチベニシジミ確認東縁(二朗山)周辺と重なり、アオミドリフチベニシジミ確認東縁(高黎貢山=僕自身における唯一の確認地、文献上によるとそれ以西に広く分布していると思われます)周辺で、フカミドリフチベニシジミ確認西縁(高黎貢山、より西のミャンマーなどにも分布)周辺と重なります。
アオミドリフチベニシジミとの混棲状況については、次種の項で詳しく述べます。キンイロフチベニシジミとの混棲状況については、前項で述べたように、マクロに見ればおおむね重複し、ミクロに見れば、完全な混棲地点は今のところ確認し得ていません。調査不足で偶然ということも考えられますが、少なくとも、キンイロフチベニシジミがより山間部の原生的環境に見られ、フカミドリフチベニシジミがより人里近くの人為的環境に多い傾向があることは確かなようです。
僕は、“棲み分け”という言葉を安易に使うのは、好きではありません。種が違えば、多少なりとも性質は異なるはずです。近縁の複数種が同所的に棲息し、活動の微環境・時期や時間帯・パターンなどに差が見られた場合、えてして相互の種の存在が関与して成された(→棲み分けを行う)と考えがちですが、それ以前に、それぞれの種が“もともと”備えもつ性格に導かれた(相手の種の存在とは無関係に成された)「結果としての棲み分け」に過ぎないと考えたほうが、妥当であるように思われるのです。
ただし、非常に近縁な種間においては、その限りではないかも知れません。フカミドリフチベニシジミとキンイロフチベニシジミの場合も、♂外部生殖器の形態が酷似するということは、種分化の時間がごく浅いとも考えられ、デリケートな“種間”の相互作用、たとえば交雑を避けるための(時間や空間や行動や形態に係わる)何らかの制御機構が働くなど、必然的に棲み分けが行われている、という可能性もあるでしょう。
その他のベニシジミ族各種との混棲は、Helleia属3種(メスアカムラサキベニシジミ、シロオビムラサキベニシジミ、オナガムラサキベニシジミ)およびウラフチベニシジミと、大理蒼山山麓~中腹をはじめとした雲南省の幾つかの地点で観察しています。フカミドリフチベニシジミに対し、Helleia属3種はより標高の高い地域に、ウラフチベニシジミはより低標高の地域に見られる傾向があるようです。
フカミドリフチベニシジミの発生期は、僕自身が確認した限りにおいては、2月から8月、(秋期は僕の怠慢でチェックし損ねている、、、雲南では普通種とも言えそうな蝶のため、出会ってもきちんと撮影・記録していない可能性大)おそらく年間を通して発生しているものと考えられます。
顕著な季節差を示すサファイアフチベニシジミと異なり、キンイロフチベニシジミ同様に、出現時期(季節)ごとの差異は微少です。(以下♂♀とも共通)2~4月に出現する“春型”は、後翅表後縁の朱色班がよく発達し、尾状突起は短め。6~8月に出現する“夏型”は、後翅表後縁の朱色班の発達が悪く、尾状突起より長め。両タイプは明確に入れ替るのではなく、例えば、同じ“春型”として一括しましたが、4~5月の個体は、2~3月の個体に比べて幾分“夏型”に近づく傾向があることは、サファイアフチベニシジミやキンイロフチベニシジミの場合と同じです。
♂前翅表については、キンイロフチベニシジミ同様に、出現季節による差違は全く見られません。ただし、外縁と翅端付近の黒色部以外の金属光沢域が、広く安定しているキンイロフチベニシジミと異なり、本種では個体変異が著しいのが特徴です。ほとんど金属光沢青緑色鱗が出現せず、翅表一様に黒褐色の個体から、かなり鮮やかな金属光沢青緑色鱗が翅表中央部に広がる(といっても他種のように全面に広がることはありません)個体まで多様です。また、金属光沢青緑鱗の前方域に、小さな朱色班が現れることもあり、中には朱色班が大きくて金属光沢青緑鱗を欠く、一見♀を思わせる個体もあります。これらのバリエーションは、季節を問わずアットランダムに出現するようで、同一時期・同一地点でも、様々なタイプの個体が見られます。
♀前翅表の朱色紋は、春型でより大きく、夏型で小さめとなることは、サファイアフチベニシジミの場合と同様です。サファイアフチベニシジミのように、朱色紋が外側で盛り上がって内側で湾曲気味になる傾向は特に示さず、単調な楕円型または長方型となります。確実に該当すると判断出来る♀を撮影していないキンイロフチベニシジミに対しては比較が叶いませんが、おそらく差異は極めて少ないのではないかと考えられます。アオミドリフチベニシジミとは、(僕の観察地に関しては)完全に同所的に混在していて、撮影・観察した♀個体がどちらに属するかの確認が出来ずにいます(アオミドリフチベニシジミの項で纏めて紹介)。
裏面は、後翅外縁の朱色班が、春型でやや白色鱗を塗しますが、サファイアフチベニシジミのように顕著ではありません。また、春夏とも褐色条が明瞭に発達することなどから、サファイアフチベニシジミとは容易に区別がつきます。アオミドリフチベニシジミやキンイロフチベニシジミとは酷似し、ことに後者とは有意の区別点を指摘できず、♀の判別は非常に難しいものと思われます。なお、フカミドリフチベニシジミの前翅裏面外縁は鮮やかな朱色(ウラフチベニシジミでは顕著に出現し、サファイアフチベニシジミにはほとんど現れない)で縁取られる傾向がありますが、僕のチェックした個体に限って言えば、キンイロフチベニシジミにおける出現程度はやや弱く、これを有意の差と認めうるか否かについては後の検証結果を待たねばなりません(おそらく個体変異の範疇に入るものと思われます)。
↑雲南省大理 2007.2.23。洱海湖畔と大理古城を結ぶ農道沿いの菜の花畑から仰ぎ見た蒼山4123mの連峰。この季節、山裾の田畑の周辺では、フカミドリフチベニシジミが飛び交っています。
↑雲南省大理 2009.3.17。蒼山の山裾には、畑が開墾されていて、土手には様々な花が咲き競っています。
↑タネツケバナに吸蜜に訪れたフカミドリフチベニシジミ。その雰囲気は、日本の田畑の畔のベニシジミとそっくりです。雲南省大理 2007.2.24。
↑雲南省大理 2007.2.24。上は♂、下2枚は♀。
↑雲南省大理 2007.2.24。畔に舞い落ちた枯葉と、緑の草&ベニシジミの組み合わせは、まさに早春のイメージ。写真上のように新鮮な個体から、写真下のように飛び古した個体までが混在していて、一部個体は冬を通して発生している可能性が推察されます。
↑雲南省大理 2007.2.24。陽だまりのシダの一種の葉上で、占有姿勢をとる2頭の♂。
↑雲南省大理 2009.3.17。ミドリシジミのAB型♀のように、青緑金属光沢班の上に朱色班が現れる♂もいます。
↑雲南省大理 2010.5.5。占有姿勢を取る2頭の♂。互いを意識していて、一頭が向きを変えると、もう一頭も同時に向きを変えます。やがて2頭同時に飛び立って空高く舞い上がり、激しく追飛翔を繰り返したのち、姿を消してしまいます。そして気がつくと、いつの間にか元の葉上に戻って来ているのです。
↑人差し指よりやや大きめ。第2回のマルバネフチベニシジミ(人さし指よりやや小さめ)と比較して下さい。極小のミヤマムラサキベニシジミを除く各種は(日本のベニシジミも)同程度です。雲南省大理 2010.5.5。
↑後翅外縁だけでなく、前翅外縁にも朱を施しています。まるで口紅のようにチャーミング。雲南省大理 2010.5.5。
↑雲南省大理 2010.5.5。この一連の写真(2010年5月)は、以前の「あや子版」でリアルタイムで紹介していますので、そちらも参照して下さい。