“狭間のシンガー”24人衆の紹介 ⑨『ボビー・ヴィントンとトミー・ロー』
Bobby Vinton40位
1935.4.16 Pennsylvania出身
涙の紅バラ/ブルーベルベット
Tommy Roe 182位
1942.5.9 Atlanta出身
可愛いシェイラ/スィートピー
【デビューは一足遅れても、息長く活躍し続けた、62年初ヒット組】
僕は、自他共に認める、ジョニー・ティッロトソンのファンで、今でも一日中、彼の歌ばかりを聴いて過ごしているのですが、といって、彼の歌がそんなに良いと思っているわけでもないのです。それどころか、冷静に考えれば、相当に下手くそ、、、語弊があるかも知れないので少し言い変えて表現すると、ほとんど素人の歌と変わらないのではないのか、間違えて表舞台に立ってしまっただけではないのかと、思うことがあります。
これではファン失格。まあ、(若い頃ファンだった)成り行きでファンを続けているようなものなのです。今では、ほとんど自分の分身ですね(ジョニー本人に対しては随分失礼な言い方だけれど)。拙いは拙いなりに、唯一無二の愛着があるのです。
では、本当に評価している歌手とは誰なのか、と言えば、今回紹介する、ボビー・ヴィントンとトミー・ロー、となるでしょう。ラブ・バラードのボビー、アップテンポの曲ならトミー。胸を張って、素晴らしい歌を歌う、大好きな歌手、と誰にも勧めることが出来ます。2人とも、ジョニーと共通する点が多々あります。違うところは、本物の、グレートな歌手であるということ(ごめんね!ジョニー)。
共に62年初ヒット組、ジョニーより少し後れてブレイクしました。「狭間の歌手」の中では、前期が、リッキー・ネルソンとエヴァリー・ブラザース、後期が、ボビー・ヴィントンとトミー・ロー。この4人(組)が僕の文句なしの推奨です。
彼らの現在の(ことに日本における)評価には、不満が一杯です。リッキーやエヴァリーはまだしも、ヴィントンやトミー・ローに対する評価は悲惨です(彼らのネガティブな評価があるということではなく、話題にのぼる機会が余りにも少なすぎるということ)。
ボビー・ヴィントンは、圧倒的に凄い歌手です。20世紀ランクでは、40位。リッキー(22位)やポール・アンカ(29位)の後塵を拝していますが、ポイントの集計上、前2者のブレイクした50年代末よりも、ボビーの活躍した60年代中期のほうが不利なこと、及び大量のAC上位チャートが集計されていないことを加味すれば、実質上のNo.1シンガーではないかと思うのです。
60年代~70年代を通して第一線で活躍した歌手は、ヴィントン唯一人(付け加えればエルヴィス)だと思います。それも、デビュー以来スタイルを変えることなく、ずっと同じ曲調で一貫して、、、。凄いと思う。それと、「Mr.ロンリー」や「愛のメロディー」で示されている、ソング・ライティングの才能。
トミー・ローも、実は凄いビッグなのです。彼が、20世紀ランクで、ジョニーより下(180位)に位置付けられているのが信じられない(前回述べたジーン・ピットニー以上に不可解)。ナンバーワンヒット2曲、トップ10ヒット6曲、ゴールドディスク4枚ですよ!全てに勝る実績を有する歌手は、何人いるのでしょうか?
彼もヴィントン同様、60年代を通じてヒット曲を放ち続けて来ました。ヴィントンとは対照的に、大半がアップテンポの曲。バラード調の曲にも良い曲がありますが、本領を発揮しているのは、“ニュー・ロック”とも言うべき、軽快で切れ味のいい、アップ・テンポ・ナンバーです。
ヴィントンも、ローも、80年代に入ってC&Wチャートに移行し、そこそこの実績を残しています。
Bobby Vinton
62.06.09(Billboard Hot100初登場日付け)-80.01.26(■途中僅かな断続帰還があるが、トータルでは連続するため、最終チャートまで通算して集計)
Hot100ランク曲数:47曲(■)
同Top40ランク曲数:30曲(■)
同Best10ランク曲数: 09曲(■)
通算Hot100ランク曲+C&W・R&B・AC 各単独チャートイン曲の総数:61曲
4チャートのBest10ランク曲総数:25曲
Tommy Roe
62.07.28(Billboard Hot100初登場日付け)-73.05.26(●ヒット曲が断続するため、最終チャートまで通算して集計)
連続ヒット内のHot100ランク曲数:22曲(●)
同Top40ランク曲数:11曲(●)
同Best10ランク曲数:06曲(●)
通算Hot100ランク曲+C&W・R&B・AC 各単独チャートイン曲の総数:29曲
4チャートのBest10ランク曲総数:06曲
今回、(ボビー・ヴィントンに関しては)ちょっと変則的に、曲を選んでいきます。
彼は「Mr.ブルー」「Mr.ロンリー」などとも称されていますが、僕に言わせれば(それらも含めて)「Mr.柳の下」。あちこちの柳の下に、ドジョウが何匹もいるのです。
●Roses are Red My Love(涙の紅バラ)
1962年Pop 1位、AC 1位、R&B 5位。
●Rain, Rain Go Away(涙の太陽)
1962年Pop 12位、AC 4位。
●Petticoat White (Summer Sky Blue)
1966年Pop 81位。
◎この3曲、全く同じ趣向と言ってもいい歌詞内容です。
■Blue on Blue
1963年Pop 3位、AC 2位。
■Blue Velvet
1963年Pop 1位、AC 1位。
◎言わずと知れたブルー・シリーズ。全曲ブルーで揃えたアルバム「Blue on Blue」もベストセラーに。
○There I’ve Said It Again
1964年 Pop1位、 AC 1位。
○My Heart Belong to Only You
1964年Pop 9位、AC 2位。
○Tell Me Why
1964年Pop 13位、AC 3位。
◎ジャズ・ヴォーカル風バラード・シリーズ。「ゼアー~」は、ビートルズ米来襲初No.1「抱きしめたい」の直前の1位。以下、このスタイルのヒット曲は、たびたび現れます。
□Mr. Lonely
1965年Pop 1位、AC 3位。
□Long lonely Night
1965年Pop 17位、AC 5位。
□L-O-N-E-L-Y
1965年Pop 22位、AC 7位。
□Lonely Girl(Theme from 'Harlow')
1965年Pop 61位、AC 16位。
◎「Mr.ロンリー」は、デビー・アルバム「涙の紅バラ」からのカッティング。「ロンリー」は、My Favorite Songです。
△Mr. Lonely
1965年Pop 1位、AC 3位。
△Bitter Teardrops
1966年Album-cut
△Coming Home Soldier
1967年Pop 11位。
◎もうひとつ「MR.ロンリー」がらみ。泣きぐみつつの絶唱=「ビター・ティアードロップス」。“徴兵物語”の続編=「カミングホーム・ソルジャー」。
そして極め付けは、同世代(ただし全て年下=カッコ内が生年)歌手のPopsヒット曲のカヴァー。ほとんど意地になって、これでもか、とカヴァーし続けます。その特徴は、オリジナル歌手が、それぞれ個性たっぷりな編曲・歌唱で唄っているのに対し、全くオーソドックスな編曲・歌唱に焼き直して唄っていること(普通は逆だと思うのだけれど)。ボビーの自信の現われと見るべきなのでしょうか?
▲Dum-De-Da(恋する2人)=She Understands Me
1966年Pop 40位、AC 24位。
◎ジョニー・ティロットソン(1939)1964年Pop 31位、AC 4位。
▲Take Good Care of My Baby(さよならベイビー)
1968年Pop 33位、AC 14位。
◎ボビー・ヴィー(1943)1961年Pop 1位。
▲Halfway to Paradise(虹のパラダイス)
1968年Pop 23位、AC 8位。
◎トニー・オーランド(1944)1961年Pop 39位。
▲To Know You Is to Love You(逢ったとたんに一目ぼれ)
1969年Pop 34位、AC 8位。
◎ザ・テディー・ベアーズ(フィル・スぺクター1941)1958年Pop 1位。
▲My Elusive Dreams(2人の青い鳥)
1970年Pop 46位、AC 7位、C&W 27位。
◎デヴィット・ヒューストン(1937)&タミー・ワイネット(1941)1966年Pop 49位、C&W 1位。
▲Sealed With a Kiss(涙のくちづけ)
1972年Pop 19位、AC 2位。
◎ブライアン・ハイランド(1943)1962年Pop 3位。
▲Hurt(涙の想い出)
1973年Pop 106位、AC 40位。
◎ティミー・ユーロー(1941)1961年Pop 4位。
▲Wooden Heart(さらば故郷[ふるさと])
1975年AC 23位。
◎ジョー・ダゥウエル(1940)1961年Pop 1位。
[参考]◎エルヴィス・プレスリー1960年Album/1965年Pop 101位。
▲Only Love Can Break a Heart(愛の痛手)
1977年Pop 99位、AC 44位。
◎ジーン・ピットニー(1940)1962年Pop 2位、AC 1位。
ピットニーのヒット曲は、この後も、「It’s Heart to be in Love」をカヴァーしているようですが、チャートには入っていません。
▲Hold Me, Thrill Me, Kiss Me
1977年AC 43位。
◎メル・カーター(1943)1965年Pop 10位。
一応ヒットはしているのですが、大半の曲は、オリジナルのチャート・ポジションに及んでいません。しかし、
▼Please Love Me Forever(いつまでも愛して)
1967年Pop 6位、AC 39位。
◎Cathy Jean and the Roommates 1961年Pop 12位。
▼I Love How You Love Me(こんなに愛しているのに)
1968 年Pop 9位、AC 2位。
◎The Paris Sisters 1961年Pop 5位。
といった、余り知られていない女性歌手&コーラス・グループのカヴァー曲は、ボビー盤も負けずと大ヒットしています。
大ヒット曲は、より古い時代のヒット曲のリメイク(1951年の「Blue Velvet」、1945の「There I’ve Said it Again」)、あるいは「Mr. Lonely」(1964年Pop 1位、AD 3位)や「My Melody of Love(愛のメロディー)」(1974年Pop 3位、AC 1位)のようなボビーの自作(Co-write)曲に多い傾向が見られます。なぜに好んで、(いわば格下のライバル歌手たちの)いわゆる“オールデイズ・ポップス”の名曲をカバーし続けたのか、、、、単に本人が、そのような曲を好きだったということだけなのかも知れませんが。
最後に、「薔薇」がらみ。
★Roses are Red(涙の紅バラ)
1962年Pop 1位、AC 1位、R&B 5位。
★Bed of Roses
1984年C&W 91位。
★The Last Rose(最後のバラ)
1989年C&W 63位
★Roses are Red(涙の紅バラ)[再発]
1990年[英メロディー・メイカー誌] 71位。
と、キッチリと締めくくっているところが、見事というほかありません。
その他の僕の好きな曲
☆Over the Mountain
1963年Pop 21位、AC 8位。
☆Just As Much As Ever
1968年Pop 24位、AC 10位。
☆Little Miss Blue
1963年のベストセラーアルバム「Blue on Blue」収録。“ブルー”の付く名曲を集めた中での唯一の自作曲。
☆All the King's Horses(and All the King’s Man)
「Petticoat White (Summer Sky Blue)」(1966年Pop 81位)。A面も大好きなのですが、62年録音の自作のこの曲も大好き。
☆タイトル不明【「Love is~」】*ネットで一時間ぐらい探したけれど出てこないのでギブアップ。
「What Caller is a Man」(1965年Pop 38位)のB面曲です。珍しくビートの利いたロック調の曲。
ボビー・ヴィントンの曲の紹介が長くなってしまったです。トミー・ローは今回は簡単に。ヒット曲を順番に並べただけです(ただし大ヒットが2曲抜けているので、その分僕の嗜好が入っています)。
【トミー・ロー/マイ・ベスト10】
●Sheila(可愛いいシェイラ)
1962年Pop 1位。バディ・ホリーの「Peggy Sue」を思わせる(というかほとんどそっくりの)ご機嫌なロック。「ペギー・スー」の圧倒的な迫力を“雷神のような”と評した文をどこかで見た覚えがあるが、この曲にもピッタリ当て嵌まる。
トミーの自作。
●Susie Darlin
1962年Pop 35位。第2弾は一転してスローバラード。Robin Luke1958年の大ヒット(Pop 5位)のリメイクで、そこそこのヒットを記録した。B面の「Piddle De Pat」は軽快なロックチェーン(歌詞の中にTOKIOが出てくる!)で、こちらもPop 101位にランクされている。
●Everybody
1963年Pop 3位。62年末から1年間はチャートから姿を消してしまいますが、63年末になって突如再ブレイク。トミーの自作で、彼の真価がフルに発揮された最高にカッコいい曲。
●The Folk Singer
1964年Pop 84位。続くバラード調のこの曲(「She Understands Me/Dam Di Da」の作者の一人で女性C&WシンガーのMerle Kilgore作)は下位ポジション。この後の「Carol」(Pop 61位)や「Come On」(Pop 36位)といったロック・ナンバーのほうが、彼にはあっているように思うのですが、イギリスでは4 位を記録しています。
"●Party Girl
1964年Pop 85位。この曲を最後に、再び2年近くチャートから姿を消してしまいます。「シェイラ」でブレイクする以前に録音された可能性があり、荒削りな仕上がりですが、いかにも“ティーン・ポップ”といったイメージの、心地よいメロディーで、僕がリアルタイムでとても好きだった曲の一つです。
●Sweet Pea
1966年Pop 8位。3度目の大ブレイクです。続く「Hooray for Hazel(ヘイゼル万歳)」(Pop 6位)と“植物名シリーズ”で、2曲連続のベスト10入り。共にトミーの自作曲。
●It's Now Winters Day
1967年Pop 23位。トミーのバラード・ナンバーとしては最大のヒットです。この曲の構成は、こり過ぎているとの批判もありますが、僕は大好き、真冬の室内と屋外の佇まいが、とても良く現わされています。トミーの自作。このあと、90位台の小ヒットを2曲放って、三たび2年近く沈黙します。
●Jam Up and Jelly Tight
1970年Pop 8位。4度目の大ブレイクは69年、2曲目のNo.1ヒットの「Dizzy」。「Heather Honey」(Pop 29位)、「Jack and Jill」(Pop 53位)と続いたあと、ラストTop10ヒットが、69年暮れから70年初頭にかけてのこの曲(いずれもトミーの自作)。僕の中では、“ポップス黄金期”最初期のベストが、リッキー・ネルソンの「Never Be Any One Else But You」、最後期のベストが「Jam Up and Jelly Tight」、と位置付けられているのです。
●We Can Make Music
1970年Pop 49位。70年に入っても、「Pearl」(Pop 50位)、「Stir It Up and Serve It」(Pop 50位)、この曲と踏ん張ります。パンチがあって、明るく楽しい、大好きな曲です。
●Stagger Lee
最後のメジャーヒットは、R&Bの名曲。迫力満点の傑作です。この後、73年にかけ、90位台の小ヒットを2曲放って、Popチャートから撤退、80年代にC&W界に活動の場を移します。
《おまけ①》●曲名不明
1980年代中期、C&W 50位前後にランクされたバラード・ナンバーです。大好きな曲なのだけれど、曲名を思い出せません。タイムリミットなのでとりあえず。
《おまけ②》●We Can Make It(with Jonny Tillotson & Brian Hyland)
1999年のビデオ・ムービー「Rudolph the Red Nosed Reindeer」の挿入曲。この仲良し3人組、声の質がとても似ているので、誰がどのパーツを唄っているのか判別が難しい(トミーがリードを取っていると思うのですが)。
You-tubeその他に多数アップされているので、一度聴いて見て下さい。パンチの利いた、若かりし頃の彼らに勝る、かっこいいロック・ナンバーです。