小熊英二は、ことしの2月28日の朝日新聞の〈論壇時評〉で、「タブーなき議論でこの国のかたちの再確定を」と、訴えていた。
小熊英二はハッキリと言わなかったが、この国の最大のタブーは、天皇制を「誠実に議論する」ことである。「日本国民統合の象徴」たる天皇こそ、日本国憲法の大きな不気味なキズである。今年の5月1日に新天皇が「即位」するのを期に、このタブーに挑まないといけない。
3月7日の朝日新聞の〈耕論〉のテーマは「平成流の象徴天皇」で、近重幸哉、山口輝臣、渡辺治がインタビューに持論を述べていた。
これは、タブーへの挑戦の「肩ならし」である。
3人とも異なった立場から、平成天皇の明仁(あきひと)が、なし崩し的に、「象徴天皇」の意味を変えてきたという。
近重幸哉は、明仁が正田美智子を妻に迎えることで、皇室のプライベートなことが女性週刊誌の対象となり、親近感と「あこがれ」の皇室を演出したという。この効果が弱くなると、災害にあった国民を慰めてまわることで、「批判されない存在」としての皇室を演出したという。
この「平成流の象徴」は、「日本国民統合の象徴」という不気味な地雷の存在を忘れさせただけで、問題を解決しているわけでない、と私は思う。
非皇族であった美智子が宮内庁や皇族のいじめに会い、精神疾患をわずらった。皇太子徳仁(なるひと)の妻も同じくいじめに会い、精神疾患をわずらった。
実態を隠して、親近感と「あこがれ」の皇室を演技しつづけるのは無理だろう。いずれ破綻し、英国王室と同じく、スキャンダルの対象になるだろう。
山口輝臣も、明仁が、天皇即位3年目の雲仙・普賢岳の噴火災害以来、避難所を訪れ、妻の美智子ともに、床にひざをつき、被災者へ声をかけたことに着目する。そして、災害地だけでなく、沖縄やサイパンなどの戦時中の激戦地を訪れ、あいまいな「反省」の言葉を口にするようになったという。
そして、次のように言う。
<注目すべきなのは、現天皇が2016年8月の「おことば」で、象徴天皇の務めとして「国民の安寧と幸せを祈ること」と「人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うこと」を挙げたことです。前者は宮中祭祀を、後者は慰霊の旅や被災地訪問などの象徴的行為を指しています。>
明仁は、勝手に国民のための祭司を名乗るようになり、国民を慰めて歩くようになったのだ。近重幸哉の言う「批判されない存在」を超えている。
「昭和天皇の誤り」を謝ってまわるのなら、韓国国会議長のムン・ヒサンが言うように、明仁は、韓国の元慰安婦や元徴用工に膝をおり、手をつき、頭を下げて謝るべきである、と私は思う。
渡辺治は、明仁の「宮中祭祀」や「慰霊の旅や被災地訪問」などを「象徴的行為」とすることは、「憲法からの逸脱」であるとし、正すべきとする。
そして、次のように言う。
<戦争を繰り返さないこと、戦争に対する責任を明確にすることは、国民が自らの主体的責任で解決すべき問題であり、天皇の「おことば」や訪問で代行したり、解決したりできないし、またすべきではありません。
もし安倍政権の政治を変えたいのであれば、国民が選挙を通じて変えるべきです。国民が選出したわけではない天皇の権威に依存し、代行してもらおうという心情こそ、主権者国民の責任をあいまいにし、民主主義の精神を掘り崩すものです。>
私は、「日本国民統合の象徴」たる天皇制に無理がある、と考える。
象徴天皇制は、日本国憲法14条
「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」
と矛盾する。
象徴であろうがなかろうが、天皇制は廃止すべきと考える。
祈ったりと寄り添ったりしてもらうための象徴天皇制はいらない。
「国民統合の象徴」なんて、統治者の道具になるだけだ。幻想をもたず、国民主権の原則をつらぬくべきである。