「日本人は右傾化したか」はとても気になるテーマである。私自身は、人間はそう変わるものではなく、単にどんな子供時代をおくったか、による世代間の違いが大きいと思っている。
私が間違っているのか、知る意味でも、田辺俊介が編集した『日本人は右傾化したのか データ分析で実像を読み解く』(勁草書房)は興味をそそられる。
しかし、私自身が理系の人間であるので、統計的データ分析手法自体が妥当なのものか、も気になるので、「日本人は右傾化したか」自体を論じるのは控えたい。
もっと、表面的なことについて書く。
まず、日本人の社会意識をデータ分析して、田辺が率いるグループは何をしたいのかが、本書からまだ見えてこない。まさか、日本人の社会意識に操作を加えたいのではないだろうし、操作できることを誰かに売り込みたいのではないだろう。これが私を不安にする。
本書は、10のトピックスに別れ、各章がひとりの担当者によって書かれている。言葉を慎重に選び、意味がはっきりするように、とても巧みに書けている。そういう意味では、各担当者が、優秀な社会科学者であることは、間違いないであろう。しかしグループのなかで、書くに先立ち、どれだけ、互いに罵倒しあっていたかのところが不明である。舞台裏が見えない。これも私を不安にする。
私は、社会科学なんてものは、そもそも無理だと思っている。社会科学では、自分が利害をもつことがらを客観的にデータ分析することは至難のはずである。互いに罵倒しあうぐらいの気持ちで、激論しないと科学として成立することは不可能だと思っている。
私自身、IT会社の研究所にいて、コンサルティング・ビジネスに興味をもっており、また、意思決定に働く因子分析をおこなってきた。コンサルタントが行うこのような分析は、意思決定が行為としてはっきりとわかるものを対象とする。購買行動とか投票行動とかを、コンサルタントは対象とする。「右翼である」というあいまいな意志は、客観的に同定可能なはずがない。
本書では、「右翼的」というものをつぎのように分割し、より具体的なカテゴリーに細分化している。
右派・保守主義
(1)ナショナリズム
(1.1)愛国主義
(1.2)純化主義
(1.3)排外主義
(1.3.1)中国人・韓国人排外
(1.3.2)それ以外
(2)反自由主義
(2.1)権威主義
(2.2)セキュリティ意識
(3)新自由主義
(3.1)反平等主義
(3.2)反福祉主義
このように、カテゴリーを細分することには同意できる。しかし、もしかしたら、別の細分化もあるかもしれない。このようなときには、最初に小規模な調査を行い、妥当なカテゴリー細分かどうかを検討する必要がある。田辺のグループはこれをする代わりに、文献調査で先に社会意識のモデル化を行ったように思える。
これまでの社会科学者全体が思い込み違いをしていれば、文献調査は、小規模調査での予備データ解析の代わりをしない。また、文献調査でグループ内でどんな議論があったかは本書では明らかになっていない。
調査方法は、サンプルとなる個人を選挙人名簿からランダム抽出する。その地区を外国人がどれだけ住んでいるかと参照するキーとして使っている。いっぽう、意思あるいは意識は、アンケートの形で調査している。2009年の調査では全国30市区、2013年の調査では全国51市区、2017年の調査では全国60市区としている。この「市区」とはなんなのか、どういう基準で選んだのか、本書では明らかではない。
排外主義の調査には、アンケートの項目に次のような質問があるべきだったと思う。
(1)あなたは、つぎにかかげる外国人旅行者にあったことがありますか。
(2)あなたの近くに、つぎの在日外国人が住んでいますか。
(3)あなたの職場に、つぎの外国人労働者がいますか。
(4)あなたの友人に、つぎの外国人がいますか。
(5)あなたは、外国に旅行したことがありますか。
(6)あなたは、外国にくらしたことがありますか。
(7)あなたは、つぎの外国語を聞いてわかりますか。
アンケート回答者の住所をキーとしても、上の情報はえられない。
また、「反自由主義」とか「新自由主義」とかのカテゴリー項目を立てる以上、心理的な因子を探る質問をアンケートのなかにひそめておくべきだと思う。
本書は、データ分析の手法の妥当性ではなく、結論を提供することを目的としているという。たしかに、各章の担当者は、図をつかって素晴らしいプレゼンテーションをしている。
しかし、各章には、「重回帰分析」「多変量解析」「主因子法因子分析」「潜在クラス分析」「ロジステック回帰分析」「探索的カテゴリー因子分析」「構造方程式モデリング」「ランダム効果ロジットモデル」「統計的有意」「有意確率水準」「統制変数」「指標」「因子得点」「規定要因」という言葉が散らばっている。
対象をどういう確率モデルにあてはめたかをまとめて説明する章が、本書に欲しかった。さもないと、確率モデルを扱ってきた、私にとって、本書はうさんくさい。文章がたくみだけに、よけい、高学歴の社会科学者がお遊びをやっているだけのように見えてしまう。
一方的な非難をしてしまったが、新聞社やテレビの調査よりは、ずっとレベルの高く、敬意をはらって本書を読ましていただいている。新聞社やテレビの調査では、各アンケート項目の点数化しているだけで、項目間の相関の情報を無視している。田辺のグループは対象に確率モデルを導入し、そのモデル・パラメーターを決定している。導入した確率モデルの妥当性こそがデータ分析の「いのち」である。
ちょっと時間をおいて、次回は、中身について踏み入って、議論したい。