猫じじいのブログ

子どもたちや若者や弱者のために役立てばと、人権、思想、宗教、政治、教育、科学、精神医学について、自分の考えを述べます。

クリス・ミラーの『半導体戦争』は「国家間の攻防」ではなく「企業間の戦い」

2024-05-13 01:17:59 | 科学と技術

去年の9月に図書館に予約していたクリス・ミラーの『半導体戦争』(ダイヤモンド社)がこの金曜日に届いた。私は血尿が止まったあと、今度は腰痛が始まり、痛みに苦しみながらも、本書を読みふけってしまった。

予想していたより、ずっと真面目な本である。新しい技術と新しい市場に挑むベンチャーたちの戦いの物語である。技術や市場の変革のミラーの要約が、本質をついているのに驚く。謝辞にあるように彼が膨大な取材活動に行なったからだが、彼にそれを分析し、再構成する能力があったからだとも思う。

『半導体戦争』の原題は、”Chip War”である。チップは「集積回路(IC)」の別名である。テーマは「半導体」ではなく「集積回路」をめぐる戦いである。数センチ四方のシリコンチップの上に集積回路が載せられることで、はじめて、大きな産業に成長する礎になったのである。

「戦争」も国家間の戦いではなく、個人間あるいは企業間の戦いである。日本語版の副題『世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』はダイヤモンド社が勝手につけた副題でミスリーディングである。英語の副題は"The Fight for the World's Most Critical Technology“で、「世界でもっとも根本的な技術への戦い」としか言っていない。

アメリカの企業では企業間の競争に軍事用語を使う。warもそうだが、strategyやmissionもよく使う。

ミラーの考え方は、金儲けという人間の欲望がテクノロジーイノベーションと新しい市場の出現とビジネスチャンスを惹き起こすとするものである。じつにアメリカ的な資本主義バンザイの立場で、テクノロジー競争に国家が介入しろというものではない。したがって、トランプ元大統領やバイデン大統領の経済安保の姿勢には批判的である。

集積回路の市場は軍事兵器や大型コンピュータの市場だけではまだ小さいのである。パソコンとネットワークが出てきて、市場が広がり、新しい勝者が出てきたのだ。

それが、携帯電話、iPhone, スマートフォン、サーバービジネスが出てきて、また、市場が広がって、新しい勝者が生まれたのである。この時点で、チップの製造とチップの設計の分離が起きたという。ここまでが、私も同時代的に体験した変化である。

そして、現在もっともホットなのは、並列処理を可能とする超高密度のチップであるとミラーは言う。動画やゲームのために画像を並列に処理できるチップGPUが出てきた。GPUを使って、AIの高速処理をおこなう者が出てきた。すると、並列処理のマーケットがAIにも拡大すると期待されるようになった。

チップの設計を行うエヌビディア(NVIDIA)は市場を広げるため、並列処理するためのプログラミング言語の標準化を進めている。また、AIを開発する側でも、AIのマーケットを広げるための標準化をはかっている。新しい市場が本当に生まれ、新しい勝者がでてくると思われる。

並列処理は科学計算や技術計算でも本当は有用なのだが、マーケットが小さいとして、これまで無視されてきた。場の量子論の最先端は、解析的に解けない世界で、格子近似で数値的に解くしかないが、スーパコンピュータを使っても、大変な計算である。それが、並列処理をするチップが安くなれば、スーパコンピュータが不要になり、また、計算にかかる電気代も格段に安くなる。

期待される市場はAIだけではないかもしれない。そして、これまでの高額なだけで並列処理ができないスーパコンピュータは無用の長物になるだろう。


カリコー・カタリンのノーベル生理学・医学賞を受賞を祝福したい

2023-10-03 17:57:53 | 科学と技術

カリコー・カタリン(Katalin Karikó)が、きのう、今年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。これを、日本の各メディアは大々的に報道し、彼女を祝福した。他国の科学者の受賞にこれほど騒ぐことは、劣等感が強くて 心の狭い日本人の社会でこれまでになかったことだ。

彼女の長年のmRNAを科学的基礎研究のおかげで、猛威を振るった新型コロナウィルス(COVID-19)に対するmRNAワクチンを着手から数ヵ月で開発できた。だから、彼女が必ずノーベル賞を受賞すると私は強く思っていた。

しかし、これだけ多くの人が賞賛するのは、彼女の科学的偉業だけでなく、苦難に満ちた人生に負けない彼女の科学への情熱にだと思う。

ポプラ社は今年の8月に『カタリン・カリコ mRNAワクチンを生んだ科学者』を子どもたちのために出版した。ポプラ社のサイトの本書の紹介には、「研究費が出なかったり、降格させられたりなど、さまざまな憂き目にあいながらも、あきらめることなくRNA研究を続けてきたカタリン・カリコ氏」とある。

ウィキペディアでの彼女の名前が、カタカナ表記「カリコー・カタリン」と英語表記”Katalin Karikó”と語順が違うのは、彼女がハンガリー生まれハンガリー育ちだということを強調したいからだ。彼女自身もハンガリー人であるという意識が強く、ハンガリーとアメリカの二重国籍者である。

彼女は大学院時代からハンガリー有数の研究機関であるセゲド生物学研究所でRNAの研究をしていた。YouTubeでみると、彼女は講演でRNA(アレネイ)を「オラニー」と発音しているが、ハンガリー訛りかもしれない。

1985年、30歳のとき、共産主義経済の行き詰まりからセゲド生物学研究所が縮小され、彼女は解雇された。ハンガリー国内で研究を続ける先を見つけらず、欧米各地の教授に求職の手紙を書き、ようやくテンプル大学のポストドクター研究員の職を得て、夫と2歳の娘ともに、アメリカに渡った。

私も、1977年、29歳のとき、妻とほぼ2歳の息子とともに、ポストドクター研究員の職を得て、カナダに渡った。

カリコー・カタリンはアメリカで生活に困窮したようだ。夫はハンガリーではエンジニアだったが、アメリカでは清掃員の職しかなかった。

カナダにいたとき、私の友達になった大学の清掃員(ジャニターと呼ばれる)はギリシアからの移民だった。故国では教師だったと言っていた。

テンプル大学の研究環境はセゲド生物学研究所より劣悪だったようだ。彼女がテンプル大学で働いていた1988年に、ジョンズ・ホプキンス大学の教授から職のオファーが彼女に舞い込んだ。しかし、テンプル大学の教授が「ここに残るか、それともハンガリーに帰るか」という二者択一の選択を彼女に迫り、その選択に彼女が迷っているうちに、教授はジョンズ・ホプキンス大学に対して、採用を取り下げるよう手をまわした。同年にテンプル大学の雇用も、ジョンズ・ホプキンス大学の採用もなくなり、彼女は追い詰められた。そのとき、日本の防衛医科大学校の病理学科での一時雇用が彼女を救ったという。

一般に、アメリカでもカナダでも職がなくなったとき、移民は不法滞在となる。雇用者が移民に対し絶対的に優位なのだ。

1989年、彼女はペンシルベニア大学の心臓外科医エリオット・バーナサンに研究助手(research associator)として雇われた。非正規である。日本では「助手」のことを現在「助教」というので、日本語ウィキペディアでは「研究助教」と記されているが、変な言葉である。

私も、1979年にポスドクから研究助手になった。1981年に大学での研究をあきらめ、日本に帰り、外資系の会社で研究職についた。

彼女はあきらめることなく、それからも「研究費が出なかったり、降格させられたりなど、さまざまな憂き目にあいながら」RNAの研究を続ける。彼女の夫も娘も、彼女の研究生活を支えた。いい話である。

2020年に彼女らの長年の研究成果のおかげで、新型コロナウイルスのゲノム情報解読から2日後の1月13日にはワクチンの基本設計が完成したという。人での安全性を確かめる臨床試験も3月16日に始めることができた。

彼女が、学会などから色々な賞をうけるのは、mRNAワクチンを短期間で開発した2020年以降である。それまで、学会では注目されず、賞を受けることもなかった。

私は今回の彼女のノーベル賞受賞を祝福したい。そして、彼女が、解雇される不安がなく、研究に専念できる職位が与えられることを願う。


線幅7ナノメートルのチップをファーウェイがスマホに搭載、半導体戦争

2023-09-23 18:07:00 | 科学と技術

9月の始め、中国の中国通信機器大手ファーウェイ(HUAWEI)が 最新スマートフォン「Mate 60 Pro」に高性能の半導体チップを搭載した、とブルバーグとロイターが報じた。高性能とは、線幅7nm(ナノメートル)のチップのことである。チップは中国メーカのSMICが生産していた。

このニュースは、いろいろな疑問を私に投げかける。

アメリカは中国メーカのファーウェイとSMICへの半導体技術の輸出規制をかけている。ブルバードとロイターは、中国が独自に高性能の半導体チップ生産技術を確立したのか、それとも、誰かがアメリカの対中国輸出規制を破ったか、問うている。

いっぽう、私には、アメリカの半導体技術の中国への輸出規制は正当なことかという、疑問がある。

また、線幅7nmとは、どれだけ難しい技術なのか、という素朴な疑問もある。

さらに、台湾、韓国、中国と比べて、日本の半導体チップの生産技術はどの程度のものか、との疑問も浮かぶ。これは、日本が高性能のチップをなぜ大量生産できないかの疑問につながる。

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ITの会社を退職して15年の私にとっては、線幅7nmの半導体チップは驚異的なものである。7nmとは、0.000007㎜(ミリメートル)である。

半導体チップを量産するためには、シリコンウェハーの上にスタンプを押すように電子回路パターンを刻んでいかないといけない。私の若いときは、光学的な写真技術と同様に、回路パターンの刻んだガラス乾板(マスク)を、感光材のぬったシリコンの上に、レンズを使って縮小投影して、感光した部分をとり除く、あるいは、感光していない部分をとり除いて、回路を刻んだ。出来上がる線幅は、光の波長が限界となる。それで、紫外線(380nm以下)を使うようになった。

より波長の短い光源、それを曲げるレンズ素材、対応する感光材とエッジング技術を求めて開発競争が始まった。

線幅12nmがレンズによる限界と言われる。そこまでは、屈折率の高い液体の中で露光する技と合わせて実現できた。ところが、それ以下では、レンズを使って実現できない。10nm 以下は、昔はX線と言っていた波長だ。

望遠鏡に反射望遠鏡があるように、じつは、レンズを使わないでも、光を集約できる。10nm以下の線幅のチップを作るには、反射鏡を組み合わせた露光装置を使う。ところが、この露光装置を製造している会社は世界でオランダのASMLの1社だけである。日本のニコンも露光装置を販売しているが、レンズ系で、10nmの線幅を実現できていない。

9月20日のロイターの記事では、誰かが輸出規制を破ったのではなく、中国のSMICが独自にその技術を開発したと研究者らが称賛したと報じている。

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それでは、線幅7nmが最先端のチップだろうか?答えは否である。

私が、昨年の3月、通信事業のauからタダでもらったスマホ、格安のOPPO A54 5Gのプロセッサーは線幅8nmだ。

現在、最先端のスマホは線幅3nmのチップを使っている。ただ、価格帯が20万円近くのスマホになると息子はこぼしている。高いのである。

インテルの最新チップも3nmである。

台湾のTSMCは線幅2nmの量産を目指して工場を台湾内に建設中である。シリコン原子とシリコン原子の結合距離は0.235 nmであるから、線幅は限界にほぼ近づいている。

たぶん、今後は、線幅より、生産コストが課題になると私は思っている。

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日本のチップ量産の実績は線幅40nmである。日本は世界の量産技術から大幅に遅れている。

日本の自動車業界は、サプライチェンの安定確保の観点から日本政府に働きかけ、台湾メーカTSMCの工場を熊本に建ている。日本政府による資金援助やインフラ整備のもと、来年の末には、TSMCの工場が 日本で 線幅12nm、16nm、22nm、28nmのチップを生産する予定という。

いっぽう、昨年の12月、日本に国産の新会社ラピダスが立ち上がった。2027年に線幅2nmのチップを量産するという。大前研一、古賀茂明はラピダスが必ず失敗すると言っている。私も成功が難しいと思う。

量産技術は現場の経験がものをいう。それに、どれだけ安く量産できるかが、今後勝負になる。資金が続くかに加え、台湾、韓国、中国がどうやって生産コストを抑えているか、の研究をしているのだろうかが、私には疑問である。

1980年代、日本の自動車メーカーが破竹の勢いで低価格の車を生産したとき、アメリカの研究者たちはトヨタの「ジャストインタイム」生産システムを調べ上げ、アメリカの自動車産業を復活させた。

日本の経営者が半導体チップの量産技術に投資しない理由は、1つはアメリカ大手の経営戦略をまねていること、1つは価格競争に勝てる自信がないことである。

20年前から、現場経験のある日本の技術者は、台湾、韓国、中国にちらばって、それぞれの国のメーカーが半導体チップの量産体制を立ち上げるのを助けた。現在、ときはすでに遅しで、日本に現場経験のある技術者は少なくなっている。

失敗を広げないためにも、日本の経営者には、半導体チップ量産の周辺技術、製造装置、測定装置、材料の現場の技術者を大事にしてほしい。

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アメリカ政府は、半導体チップを軍事技術として、中国への製品や技術輸出を禁じ、それを日本を含む他国に強要している。私は、それを正しいと思わない。

軍事兵器は消耗品である。格安で大量に生産できる必要がある。最先端の技術の輸出を禁じられても、時代遅れの格安技術で兵器を大量に生産するだけである。

技術輸出を禁じても、世界に広がったサプライチェンをゆがめるだけである。禁じれば、自由競争から排除された国では、採算性を無視した形で、逆に自主技術が成長してくる。だから、自由貿易を守るべきである。

アメリカの民主党は、自国の産業を保護するために、必要以上に中国の危険を強調していると私は考える。

日本政府も、アメリカ政府をまねて、台湾が中国の傘下にはいっても、自動車のチップの供給が途絶えないように、台湾メーカーの工場を熊本に建ててもらっている。これを経済安全保障という。しかし、台湾有事が起きれば、自動車の需要そのものが激変し、チップの供給難どころではないだろう。


AIはどんな人の仕事を奪うのか?けさの朝日新聞〈交論〉

2023-09-08 11:59:49 | 科学と技術

けさの朝日新聞に『〈交論〉AIと私たち 仕事は奪われる?』が載った。二人が論じているが、ともに、AI推進派の大学教授なので、討論になっていない。「耕論」や「口論」でも良かったのではないか。

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マイケル・オズボーンは「すでに雇用の不安定化や格差拡大が顕在化しています。私が暮らす英国では、タクシーの運転手と言った既存の職業の収入が減っています」という。

私には、どうしてAIがタクシー運転手の収入減をまねくのかわからない。だいだい生成AIはまだ誰でも使える状態ではない。私が想像するにカーナビの出現のことではないか。

イギリスのロンドン市の道路は複雑である。市内を走る車を減らすために、まっすぐ、車を走らせないように道路ができている。したがって、熟練したタクシー運転手が尊敬されていた。しかし、カーナビがタクシーにつくようになって、誰でも、カーナビを使って最適のルートで目的地に行くことができるようになった。ロンドン市の道路事情にうとくても、タクシー運転手になれる。新規参入が増えたので、賃金が相対的にさがったのではないか。

だとすると、「AIに仕事が奪われる」の議論で、AIと言っているものは、生成AIに限定されず、プログラムと電子回路で動く道具一般のことを、漠然と指しているのではないか。また、奪われると言っても、いままで、高い賃金をもらっていた仕事が、いまは、誰でもできる仕事になったからではないか。

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山本勇は「技術的に可能になったからといって、単純に代替が進むわけでもありません。AIを導入する費用が人より高いことも考えられる」と言う。

20年以上前、私は、外資系IT会社の研究員をやっていて、生命保険会社のデジタル化を調査したことがある。その当時、生保間の競争が激化し、いろいろな複雑なサービスが短期間に導入されることになった。すでに、生保の社内システムはコンピューター化されていたが、新しいサービスの導入によるプログラムの変更は、IT会社に頼ることになるので、高価になる。それで、私が調査した会社は、サービスの変更部分はデータセンターの周囲の主婦を非正規で雇って人力を処理し、残りを既存のシステムを使っていた。

このような事態に、IT会社は、新規システムの開発が容易になるように、パーツの標準化を行い、開発費を抑えることで、対応した。

現役のIT研究者に聞くと、生成AIを標準化して、誰でもが簡単に会社のシステムに組み込める方向に進んでいるという。ただし、難しい問題がシステム構築に横たわっていて、それは構築されたシステムが正しく動いているかの検証である。

AIからほど遠い単純なマイナンバーカード・システムでも、日本では、システム検証がいい加減で、トラブルが続出している。日本政府のシステム構築では、受注先が価格と政治で決まるのが普通なので、システム検証が手抜きされることが多い。情報処理に通じていない日本政府がAIを使うのはリスクが多く、発生するトラブルを国民全体で監視しないと、とんでもないことが起きるだろう。

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「AIに仕事が奪われる」に議論を戻すと、賃金が安い仕事が奪われることはない。システム構築は依然として高価である。賃金が高いが、AIでもできる単純な仕事がコンピューターシステムに置き換わっていく。人がやりたがらない仕事は、賃金が安ければ、AIに置き換わらない。これが、資本主義社会の原則である。

だから山本の提言「国などがリスキリングの場を設けて、非正規の働き手が転職しやすい環境を整えるべきです。労働市場に出る前の教育の高いスキルを持った人を増やしていくことも大切です」は真っ赤なウソ。高いスキルを要する職場は少ない。IT投資は賃金の高い職をターゲットにする。

システム構築やプログラミングの賃金はこの20年で10分の1に下がっている。

AIとかと関係なく、政治は、すべての人に、文化的生活をおくれるだけの賃金を保証しないといけない。今年は最低賃金が上がると言うが、それでも、結婚して子どもを育てるには、足りない。

最近、気になっているのが、人手不足と言うが、私が担当している子どもたちのアルバイト先が決まらない。日本は、本当は不景気なのでないのか。


東北大学を「国際卓越研究大学」候補に認定の怪

2023-09-04 00:02:16 | 科学と技術

きのうの新聞に、9月1日、文部科学省が「国際卓越研究大学」の初めての認定候補に東北大を選んだと発表した。

この「国際卓越研究大学」とはなんなのか、誰がえらぶのか、選ばれると大学にとって何がいいのか、この制度の裏の意図はなんなのか、と私は考えこんでしまう。

新聞によると、「この制度は、政府が巨額の資金を投じて国際競争力のある大学づくりを後押しし、低迷が続く日本の研究力を底上げしようというもの」らしい。

まず、私がわからないのは、「研究大学」とは何かである。大学は教育と研究とを行っている。東北大学を選んだとは、学生を取らない大学のことでもない。うさん臭い。

「低迷が続く日本の研究力を底上げする」のなら、本当は、研究者の身分を安定化し、研究者を目指す動機を高めるべきである。物理学や化学の分野では、将来の生活の不安から、いま、博士課程に進む者が少なくなり、研究者層が薄くなっている。

文部科学省のサイトをみると、制度を作った背景が長々と書いてあり、制度そのものについては、つぎのようにしか書かれていない。

「国際的に卓越した研究の展開及び経済社会に変化をもたらす研究成果の活用が相当程度見込まれる大学を国際卓越研究大学として認定し、当該大学が作成する国際卓越研究大学研究等体制強化計画に対して、大学ファンドによる助成を実施します。」

まさに、悪文、何を言いたいのか、わからない。

簡略化すると、「研究の展開」と「研究成果の活用」が「見込まれる大学」を認定し、助成すると言っている。単に国際的にすごい研究と言っているのではなく、経済効果を生む研究と言っているのだ。

助成するといっても、新聞によれば、初年度百億円である。小さな研究大学で研究分野が限られていなければ、研究資金としては決して多くない。文部科学省の狙いは、「認定」を餌に大学の変革を狙っていると私は考える。

認定する有識者会議(アドバイザリーボード)のメンバーは10人で、大学の研究者は2人だけで、後は富士通、NTTなど企業や政府関係者である。ノーベル賞受賞者やフィールズ賞受賞者は一人も含まれていない。

私は、産業とすぐに結び付く研究なら、企業でやってくださいと思う。国がでる必要がない。さもないと、特許権で争いが起きる。市場原理で動く社会では、企業は互いに競争している。どの企業も、当然、自分の研究成果を囲い込みたい。したがって、欧米では、成果が予測でき、成果の活用が見込まれる研究は、大手企業が自分で行うか、あるいは、ベンチャー企業に委託し、成果を独占しようとする。

大学は研究を担う新しい人材を育て、将来、企業が取り組む研究のタネを生む所である。大学の研究は国際的に公表するのが原則である。

今回の東北大の候補認定において、文部科学省はそのサイトに、つぎの3つの「審査の視点」を掲げている。

① 国際的に卓越した研究成果を創出できる研究力

② 実効性が高く、意欲的な事業・財務戦略

③ 自律と責任のあるガバナンス体制

①でわかるように、現在研究成果がでているか、国際的に評価されているかでなく、「現状を変革しようとする強い意志」があるかを審査している。それを、②や③で測るというのである。

これをさらに10の視点に分けているが驚くべき内容も含まれている。

(1) 国内の学術研究ネットワーク全体を牽引すること。(すでに学会があって研究ネットワークが民主的に運営されているのに、少数の研究大学の下に国内の大学を系列化したいのか)

(2) 全学的な変革が求められる。学内外の叡智を大学の下に結集。(いろいろな学部があるのに、なぜ一律の全学的変革が必要か)

(3) テニュア制度や評価システム等も導入。(いまでも多くの研究者が不安定な有期雇用に置かれているのに、このテニュア制度は終身雇用の地位をさらに限定するためか)

(4) 質的な向上の測定、モニタリング。

(5) 国内企業や海外からの資金調達の具体的な計画や構想。(大学は自活しろというのか)

(6) 同窓生からの寄附金獲得やスタートアップ創出などの手段や計画。

(7) ベンチマークしている海外大学の取組の比較(何のために何を)

(8) 大学の組織を再構築する有効な戦略・戦術。(組織の再構築とは何か、なぜ戦略と戦術が求められるのか)

(9) 資源の配分を決めていく仕組み。(「資源」とは助成金のことなのか)

(10) 研究マネジメント人材や技術職員、ファンドレイザー、スタートアップ育成等の専門職人材の確保の方策。(これって、お金を要する話で、大学側でお金を確保せよと言うののか)

きょうの朝日新聞2面で言っているように、認定を餌に、文部科学省が変革を「押し売り」していて、今回、東北大学が一番素直に文部科学省のいうことに従ったというのが真相のようだ。

総長が強権を発揮し、自分でお金を稼いでくる大学が「国際卓越研究大学」なら、そんな大学だと認定されることは、大学にとって恥ずかしいことだと私は思う