香港に来て2年目でしたか、まだ湾仔に住んでいたころの話です。
マンションの1階は有名なナイトクラブ。映画にもなった「湾仔之虎」との異名を持つ成り上がりヤクザがよく出入りし、根拠地として仕切ってもいた夜総会です。一度も遭遇する機会もないまま「湾仔之虎」はマカオだかで暗殺されてしまいましたが、昼も夜も入口にターバン巻いたインド人が立っていて、人通りもそこそこある場所だったので逆に夜遅い時間でも安心でした。
私のマンションは香港ではごく標準的な防犯システム(オートロック)でした。ピンポンが鳴るとインターホンの受話器で会話して建物入口のカギを開けてあげるのです。そこに設置されている監視カメラはテレビでもモニターできます。
で、訪問客などは滅多にいない筈なのに、ある日ピンポンが鳴りました。テレビでモニターすると背はあまり高くないのですが、怒り肩で短かめの髪にサングラス。着崩したジャケットといい、どう見てもヤクザです。
どうしようかと思いました。当時は香港の治安がかなり悪化していて、銃撃戦だの手榴弾爆発だの何でもありの時期でした。
「AK47」(任達華主演)という街頭での自動小銃を使った派手な銃撃戦シーンや乗っ取ったバスから手榴弾を警官に向けて投げたりするあの映画はほぼ全てが実話なのですが、当時はその実話が頻発していたころです。ヤクザの抗争絡みで人違いのため殺される、なんてケースは珍しくありませんでしたから。
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躊躇しつつも受話器をとって、
「o畏~」(もしもし)
とやったら意外や意外、
「御家人、俺だ俺」
と日本語が帰ってきました。監視カメラに向けてサングラス外したその顔は、紛れもなく大学時代の教官ではありませんか。その強面のために台湾でチンピラに間違われたたことがあるという伝説を持つ中国経済の権威です。
私にとっては第二の恩師ともいうべき存在です。香港から中国本土に入るコースなので立ち寄ってくれたとのこと。恐縮するやら嬉しいやらでとにかく感激でした。
近くにホテルがあるのでバイキングで昼食を共にしました。話題は当然ながら中国経済の上にあります。そのときに師匠が香港にふれて、
「やっぱり大陸の隣にな、こういう香港っていう場所があって、香港人ていうソフィスティケートされたチャイニーズが600万人もいるっていうのは、中国にとってこれは大きいな」
と言いました。
「ソフィスティケート……ですか?」(プププ)
どこが?……とそのとき私は内心思ったものです。私にとっての香港人は「やった者勝ち的心理&行動原理」の忠実なる信徒。日本人にとって何とか許容できる範囲ではありますが、一言でいえば野蛮です。ただその「蛮性」こそが香港の魅力でもあり、社会の活力の源でもあると考えていました。香港人が「蛮性」を失えば香港は終わりだと。いまもその考えは変わっていません。
ところがです。十数年も前に中国経済の師匠が口にした「ソフィスティケートされた香港人」という言葉、これをつい最近になって改めて思い出すことになるとは思いもしませんでした。……長い前フリですみません。
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香港人がソフィスティケートされて見えるためにはより野蛮な存在が必要なのですが、言うまでもなくそれは内地人というか大陸人、要するに中国本土の連中ということになります。
「法制あれど法治なし」の社会で中国共産党の意のままに料理されてしまうという奴隷、という意味で大陸人は政治的には「畜類」だと私は思っています。香港が中共の植民地になってしまった以上、そこに住む香港人もいずれ畜類の仲間入りをすることになるでしょうが、それはまた別の話。
何年か前から広東省など一部の地区の住民に限って、香港への観光旅行が解禁になっています。当初はそれで様々なトラブルが起き、電話相談のラジオ番組などにその種の苦情が殺到したものです。
●ピークトラムに乗ろうと行列していたら大陸人に割り込みされて、それに文句をつけたら殴られた。
●MTR(地下鉄)のホームで母親が幼児のズボンを下ろし、抱きかかえて線路に向かって小便をさせていた。
●ところ構わず痰を飛ばす。
●堂々とゴミのポイ捨てをやる。
といったものです。まあ畜類ですね。政治的な意味ではなく畜生同然の行為という意味での畜類。四つ足ということです。
それで香港人の間では大陸人を軽蔑する言葉があるそうです。以前は「大陸仔」というだけで十分侮蔑語だったのですが、今は別の言い方があるようで、配偶者から教えてもらったのですが忘れてしまいました。軽蔑の是非は措くとして、香港人が眉をひそめるような行為を香港社会で平気でやってしまうから侮蔑語が生まれてしまいます。
かつて中国人がチャンコロ(支那人は差別語ではありません)と呼ばれたのと同じで、故あることなのです。某巨大掲示板によると最近はシナチクと言うそうです。漢字だと支那畜と書くそうですが言い得て妙であります。ええ、軽蔑の是非は措くとしてです。
私個人の考えをいえば、中国語でいう「男盗女娼」(男は泥棒女は娼婦)を地で行って日本で凶悪犯罪を繰り返しているのですから(国籍別犯罪件数16年連続1位)、大陸人が「支那畜」と呼ばれても以て瞑すべしだと思います。ていうか日本に来るな。
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さて最近になって再び「畜類」が香港で脚光を浴びることになったのは、他でもないディズニーランドの開業によるものです。中国本土からたくさんの団体観光客が押し寄せたそこは正にアメイジングワールド。
●暑い暑いといって人前で平気で上半身裸になる。
●ベンチをベッド代わりに専有して昼寝をする。
●行列に平気で割り込みをする。
●行列に割り込んだ大陸人に注意した香港人が殴られた。
●禁煙スペースで平気で喫煙する。職員が注意しても無視。
●ところ構わず痰を飛ばす。
●母親が子供のズボンを下ろしてトイレでない場所で悠々と大小の用足しをさせる。
●暑い暑いと言って冷房のあるグッズショップに入り込み、買い物をするのでなくそのまま床に座り込んで涼む。
……といった数々の「信じられない出来事」が香港各紙によってセンセーショナルに書き立てられました。香港人にとっても信じられないのだから香港社会も随分お行儀がよくなったものですが、これは香港人から「蛮性」が失われつつある証左なのかも知れません。米国から来たディズニー関係者もさぞや驚いたことでしょう。それともここで経験値を高めてから上海ディズニーランドでそれを生かす肚なのかも。
ともあれこうした「畜類」の振る舞いに比べれば、なるほど師匠の言った通り香港人は確かにソフィスティケートされているといえます。
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ただその一方で、世代によって反応は異なるかも知れないな、とも思うのです。
現場で取材する新聞記者は20代半ば、それを束ねるデスクは30代、その上の編集長もせいぜい40歳くらいまでで、いずれも香港で生まれ育った世代です。
それを読んで「ひどいもんだ。どうしようもねえな」と言って大陸人の行為を軽蔑する読者、これも大半は香港が生まれ故郷の世代でしょう。私の友人や配偶者もこの世代に属します。さらにいえば、ディズニーランドに行く香港人もその大半は香港で生まれ育った世代。
でも、それより上の世代となるとどうでしょう。香港生まれでなく、自ら密入境して広東省から逃げてきた世代です。もちろん香港で何十年も暮らしていますから上記大陸人のような行為をすることはないでしょうが、そういう行為を目にして眉をひそめたり軽蔑したりするかどうかは疑問です。
なぜなら、かつての自分がそうだったからです。その世代が密入境した当時の香港もそれが許されていたかも知れません。その年代の人の感想を聞きたいものですが、そこまで詳報している新聞は残念ながらありませんでした。
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……という訳で、さすがはディズニーランド、アメイジングワールド炸裂だという標題に行き着くのです。そこに行けば、あなたも時空の壁を越えた世界を体験できる。40年前の香港と香港人が、そこにいる。観じ切ってしまえば、タイムマシンのようではありませんか。
まあ、決して気分のよくなるアトラクションではありませんけど(笑)。やっぱり香港人と本土の連中の間には半世紀の隔たりがある、と再確認した次第です。ソフィスティケートという言葉でそれを喝破するとはさすがに師匠、私はまだまだ修業不足のようです。
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