まったくまとまらないので、お茶を濁します。どうにも進みません。
息長陵の位置は、多くの重要な施設と関連づけられている、としか思えません。
これまで、息長陵が特異な位置にあることを、数多くみてきました。
⊿出雲大社-息長陵-熊野本宮大社 再度、息長陵の位置Ⅰ2015年10月29日
⊿平城京・朱雀門-息長陵-熊野本宮大社 再度、息長陵の位置 Ⅱ
⊿平城京・朱雀門-伊勢神宮・内宮-熊野本宮大社
⊿平城京・朱雀門-伊勢神宮・内宮-息長陵
⊿息長陵-藤原宮跡-伊勢神宮・内宮 再度、息長陵の位置 Ⅲ
⊿息長陵-難波宮跡-伊勢神宮・内宮 再度、息長陵の位置 Ⅳ
⊿息長陵-伊勢神宮・内宮-瀧原宮
⊿息長陵-昆陽池-熊野本宮大社 再度、息長陵の位置 Ⅴ
ところが、《文献的に記述が少なく謎の氏族とも言われる。》だそうです。
これだけ、いい方は変でしょうが、毅然とした位置にあるにもかかわらず、文献が少ないというのは奇妙です。
もしかすると、息長氏は滅ぼされたために、たたりを受けないように、気を使っているのかとも考えました。どうでしょうか。




https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%81%AF%E9%95%B7%E6%B0%8F
息長氏
息長氏(おきながうじ)は、「息長」を氏の名とする氏族。古代近江国坂田郡(現滋賀県米原市)を根拠地とした豪族である。
『記紀』によると応神天皇の皇子若野毛二俣王の子、意富富杼王を祖とす。また、山津照神社の伝によれば国常立命を祖神とする。皇室との関わりを語る説話が多い。
姓(かばね)は公(または君、きみ)。同族に三国公(のち、三国真人)・坂田公(のち、坂田真人)・酒人公(のち、酒人真人)などがある。
息長氏の根拠地は美濃・越への交通の要地であり、天野川河口にある朝妻津により大津・琵琶湖北岸の塩津とも繋がる。また、息長古墳群を擁し相当の力をもった豪族であった事が伺える。但し文献的に記述が少なく謎の氏族とも言われる。
⊿都農神社-武寧王陵-下鴨神社(賀茂御祖神社)が直角三角形になっていることは3/16にやっていました。
そして、都農神社→下鴨神社(賀茂御祖神社)の延長線上に少し外れていますが息長陵があります。
息長陵-下鴨神社(賀茂御祖神社)-伊勢久留麻神社は一直線になっています。


⊿都農神社-武寧王陵-息長陵
都農神社→武寧王陵
Ⅰ319°56′29.44″ Ⅱ137°25′46.50″ Ⅲ619,583.228(m)
都農神社→息長陵
Ⅰ50°28′36.55″ Ⅱ233°08′19.65″ Ⅲ562,685.622(m)
武寧王陵→息長陵
Ⅰ95°18′27.43″ Ⅱ280°43′40.66″ Ⅲ840,245.981(m)
都農神社での角度
360°-319°56′29.44″ +50°28′36.55″=90°32′07.11”≒90.5353度
武寧王陵での角度
137°25′46.50″-95°18′27.43″=42°07′19.07”≒42.1220度
息長陵での角度
280°43′40.66″-233°08′19.65″=47°35′21.01”≒47.5892度
息長陵-下鴨神社(賀茂御祖神社)-伊勢久留麻神社は一直線上にあります。
しかし、息長陵-都農神社の直線と下鴨神社(賀茂御祖神社)は少し離れています。
それでも、⊿都農神社-武寧王陵-息長陵は直角三角形になります。
⊿氣比神宮-下鴨神社(賀茂御祖神社)-息長陵
息長陵→氣比神宮
Ⅰ319°53′43.05″ Ⅱ139°44′36.27″ Ⅲ36,740.643(m)
息長陵→下鴨神社(賀茂御祖神社)
Ⅰ232°01′39.11″ Ⅱ51°42′10.13″ Ⅲ65,169.254(m)
氣比神宮→下鴨神社(賀茂御祖神社)
Ⅰ201°57′29.69″ Ⅱ21°47′01.41″ Ⅲ73,611.753(m)
息長陵での角度
319°53′43.05″-232°01′39.11″=87°52′03.94”=87.8678度
氣比神宮での角度
201°57′29.69″-139°44′36.27″=62°12′53.42”≒62.2148度
下鴨神社(賀茂御祖神社)での角度
51°42′10.13″-21°47′01.41″=29°55′08.72”≒29.9191度
直角三角形とはいえないですが、気比で朝鮮との交易が考えられるとすると、息長氏と賀茂氏が渡来系であるならば、その関連があるといえるでしょう。(どうかな)
⊿息長陵-斉明天皇陵-天岩戸・伊勢
大田皇女の墓はこの斉明天皇陵の南60mぐらいのところにあるらしいのですが正確にはわかりません。それで、斉明天皇陵で代用します。
(息長陵は広姫の墓だそうですが、広姫は大田皇女のことだと考えるために)


斉明天皇陵
北緯34度27分27.42秒 東経135度46分05.55秒
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?b=342727.42&l=1354605.55
天岩戸・伊勢
北緯34度24分28.23秒 東経136度45分47.36秒
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?b=342428.23&l=1364547.36
息長陵
北緯35度24分06.80秒 東経136度20分09.80秒
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?b=352406.80&l=1362009.80
息長陵→斉明天皇陵
Ⅰ206°30′37.54″ Ⅱ26°11′07.01″ Ⅲ116,899.921(m)
息長陵→天岩戸・伊勢
Ⅰ160°23′07.89″ Ⅱ340°37′47.75″ Ⅲ116,982.531(m)
斉明天皇陵→天岩戸・伊勢
Ⅰ93°10′25.84″ Ⅱ273°44′11.17″ Ⅲ91,615.435(m)
息長陵での角度
206°30′37.54″-160°23′07.89″=46°07′29.65”≒46.1249度
斉明天皇陵での角度
93°10′25.84″-26°11′07.01″=66°59′18.83”≒66.9886度
天岩戸・伊勢での角度
340°37′47.75″-273°44′11.17″=66°53′36.58”≒66.8935度
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
トラブル
写真を二つのっけたら、あとのは見えなくなりました。
投稿した後戻ったら、なおってました。

昨日だったか一昨日だったか。まだ寒い。

息長陵の位置は、多くの重要な施設と関連づけられている、としか思えません。
これまで、息長陵が特異な位置にあることを、数多くみてきました。
⊿出雲大社-息長陵-熊野本宮大社 再度、息長陵の位置Ⅰ2015年10月29日
⊿平城京・朱雀門-息長陵-熊野本宮大社 再度、息長陵の位置 Ⅱ
⊿平城京・朱雀門-伊勢神宮・内宮-熊野本宮大社
⊿平城京・朱雀門-伊勢神宮・内宮-息長陵
⊿息長陵-藤原宮跡-伊勢神宮・内宮 再度、息長陵の位置 Ⅲ
⊿息長陵-難波宮跡-伊勢神宮・内宮 再度、息長陵の位置 Ⅳ
⊿息長陵-伊勢神宮・内宮-瀧原宮
⊿息長陵-昆陽池-熊野本宮大社 再度、息長陵の位置 Ⅴ
ところが、《文献的に記述が少なく謎の氏族とも言われる。》だそうです。
これだけ、いい方は変でしょうが、毅然とした位置にあるにもかかわらず、文献が少ないというのは奇妙です。
もしかすると、息長氏は滅ぼされたために、たたりを受けないように、気を使っているのかとも考えました。どうでしょうか。




https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%81%AF%E9%95%B7%E6%B0%8F
息長氏
息長氏(おきながうじ)は、「息長」を氏の名とする氏族。古代近江国坂田郡(現滋賀県米原市)を根拠地とした豪族である。
『記紀』によると応神天皇の皇子若野毛二俣王の子、意富富杼王を祖とす。また、山津照神社の伝によれば国常立命を祖神とする。皇室との関わりを語る説話が多い。
姓(かばね)は公(または君、きみ)。同族に三国公(のち、三国真人)・坂田公(のち、坂田真人)・酒人公(のち、酒人真人)などがある。
息長氏の根拠地は美濃・越への交通の要地であり、天野川河口にある朝妻津により大津・琵琶湖北岸の塩津とも繋がる。また、息長古墳群を擁し相当の力をもった豪族であった事が伺える。但し文献的に記述が少なく謎の氏族とも言われる。
⊿都農神社-武寧王陵-下鴨神社(賀茂御祖神社)が直角三角形になっていることは3/16にやっていました。
そして、都農神社→下鴨神社(賀茂御祖神社)の延長線上に少し外れていますが息長陵があります。
息長陵-下鴨神社(賀茂御祖神社)-伊勢久留麻神社は一直線になっています。


⊿都農神社-武寧王陵-息長陵
都農神社→武寧王陵
Ⅰ319°56′29.44″ Ⅱ137°25′46.50″ Ⅲ619,583.228(m)
都農神社→息長陵
Ⅰ50°28′36.55″ Ⅱ233°08′19.65″ Ⅲ562,685.622(m)
武寧王陵→息長陵
Ⅰ95°18′27.43″ Ⅱ280°43′40.66″ Ⅲ840,245.981(m)
都農神社での角度
360°-319°56′29.44″ +50°28′36.55″=90°32′07.11”≒90.5353度
武寧王陵での角度
137°25′46.50″-95°18′27.43″=42°07′19.07”≒42.1220度
息長陵での角度
280°43′40.66″-233°08′19.65″=47°35′21.01”≒47.5892度
息長陵-下鴨神社(賀茂御祖神社)-伊勢久留麻神社は一直線上にあります。
しかし、息長陵-都農神社の直線と下鴨神社(賀茂御祖神社)は少し離れています。
それでも、⊿都農神社-武寧王陵-息長陵は直角三角形になります。
⊿氣比神宮-下鴨神社(賀茂御祖神社)-息長陵
息長陵→氣比神宮
Ⅰ319°53′43.05″ Ⅱ139°44′36.27″ Ⅲ36,740.643(m)
息長陵→下鴨神社(賀茂御祖神社)
Ⅰ232°01′39.11″ Ⅱ51°42′10.13″ Ⅲ65,169.254(m)
氣比神宮→下鴨神社(賀茂御祖神社)
Ⅰ201°57′29.69″ Ⅱ21°47′01.41″ Ⅲ73,611.753(m)
息長陵での角度
319°53′43.05″-232°01′39.11″=87°52′03.94”=87.8678度
氣比神宮での角度
201°57′29.69″-139°44′36.27″=62°12′53.42”≒62.2148度
下鴨神社(賀茂御祖神社)での角度
51°42′10.13″-21°47′01.41″=29°55′08.72”≒29.9191度
直角三角形とはいえないですが、気比で朝鮮との交易が考えられるとすると、息長氏と賀茂氏が渡来系であるならば、その関連があるといえるでしょう。(どうかな)
⊿息長陵-斉明天皇陵-天岩戸・伊勢
大田皇女の墓はこの斉明天皇陵の南60mぐらいのところにあるらしいのですが正確にはわかりません。それで、斉明天皇陵で代用します。
(息長陵は広姫の墓だそうですが、広姫は大田皇女のことだと考えるために)


斉明天皇陵
北緯34度27分27.42秒 東経135度46分05.55秒
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?b=342727.42&l=1354605.55
天岩戸・伊勢
北緯34度24分28.23秒 東経136度45分47.36秒
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?b=342428.23&l=1364547.36
息長陵
北緯35度24分06.80秒 東経136度20分09.80秒
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?b=352406.80&l=1362009.80
息長陵→斉明天皇陵
Ⅰ206°30′37.54″ Ⅱ26°11′07.01″ Ⅲ116,899.921(m)
息長陵→天岩戸・伊勢
Ⅰ160°23′07.89″ Ⅱ340°37′47.75″ Ⅲ116,982.531(m)
斉明天皇陵→天岩戸・伊勢
Ⅰ93°10′25.84″ Ⅱ273°44′11.17″ Ⅲ91,615.435(m)
息長陵での角度
206°30′37.54″-160°23′07.89″=46°07′29.65”≒46.1249度
斉明天皇陵での角度
93°10′25.84″-26°11′07.01″=66°59′18.83”≒66.9886度
天岩戸・伊勢での角度
340°37′47.75″-273°44′11.17″=66°53′36.58”≒66.8935度
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
トラブル
写真を二つのっけたら、あとのは見えなくなりました。
投稿した後戻ったら、なおってました。

昨日だったか一昨日だったか。まだ寒い。
