古代日本史への情熱

記・紀・源氏は魏志倭人伝の奇跡的で運命的な間違い方(逆)の構造どおりに記述されている。倭人伝にあるのは現代史と未来史

二つの東照宮と諏訪、鹿島の二等辺三角形

2010年01月30日 23時09分04秒 | Weblog
久能山東照宮-日光東照宮-鹿島神宮の三角形 A久能山東照宮→鹿島神宮  ①59.6956度 ②240.951度 ③225.3678km  Ⅰ59°48′19.83″  Ⅱ241°03′39.21″ Ⅲ225,754.710(m) B久能山東照宮→日光東照宮  ①26.7393度 ②207.401度 ③223.8101km  Ⅰ26°50′31.25″  Ⅱ207°30′16.49″ Ⅲ223 . . . 本文を読む

二つの東照宮と諏訪大社上社本宮、鹿島神宮を結んだ形

2010年01月28日 11時09分33秒 | Weblog
台形(日光東照宮・久能山東照宮と諏訪大社上社本宮・鹿島神宮)  二等辺三角形(日光東照宮・久能山東照宮と諏訪大社上社本宮・鹿島神宮) 久能山東照宮(グーグルでは下のほうの建物に久能山東照宮と出る) A久能山東照宮→鹿島神宮  ①59.6956度 ②240.951度 ③225.3678km)  Ⅰ59°48′19.83″  Ⅱ241°03′39.21″ Ⅲ225,754.710(m) . . . 本文を読む

ついで、江戸城、諏訪、東照宮(日光・久能山)の位置

2010年01月26日 15時49分34秒 | Weblog
家康は大和朝廷の呪術を利用した、または方法を採用したと思われます。 例えば、以前見たように、諏訪-日光東照宮-江戸城は例の二等辺三角形に近くなっていることや、平壌(ピョンヤン)-高千穂峰-江戸城が直角二等辺三角形に近くなっていることがあげられます。 ただし、大和朝廷も大和朝廷成立以前からの信仰の地を利用・採用しているものと思われます。諏訪などはまさしくそうだと感じます。 とか何とかいっちゃいます . . . 本文を読む

節分、立春と富士山と江戸城 Ⅲ

2010年01月22日 15時09分20秒 | Weblog
富士見櫓から富士山頂への機首方位は249.03~249.47とでます。 そして、富士見櫓での日の出、日の入りの時刻が以下です。 月日   日の出 方位 南中時 高度 日の入 方位 2010/01/30 6:43  111.4 11:54  36.6  17:06 248.7 2010/01/31 6:42  111.1 11:54  36.9  17:07 249.1 2010/02/01 6: . . . 本文を読む

節分、立春と富士山と江戸城 Ⅱ

2010年01月21日 12時59分27秒 | Weblog
ともかく、江戸城からみて、富士山頂に太陽が沈む日を考えます。 家康は富士山が好みだったようですから、特別な日に富士山頂に太陽が沈むことを望んだのではないかと想像します。 (そういえば、私事ながら、私の母方の祖先は三河出身でした。) 江戸からすると、日の入りの特別な日は立春か節分しかありません。(たぶん、と思いましたら、立冬11/7ごろあたりもその角度になりそうです) 江戸城天守閣から富士山山頂 . . . 本文を読む

節分、立春と富士山と江戸城 Ⅰ

2010年01月18日 20時16分04秒 | Weblog
行方定めぬブログゆえご勘弁のほど・・。 江戸城と富士山頂の直線 富士山頂 江戸城と東京の各区 富士山の周り 前回、春分、秋分の日には長安(西安)からみると高千穂峰の方角から日が昇った、と書きました。 ですが、長安(西安)→高千穂峰は①91.2139°ですから、春分、秋分の日というのは正確ではないかもしれません。 そして、より正確にいうと、2010年の場合は3月17日になります。 . . . 本文を読む
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長安(西安)-扶余(プヨ)-東尋坊-鹿島神宮

2010年01月15日 11時30分50秒 | Weblog
東西関係には東西関係なのですが、中国にまで延びてしまいました。  写真では哈尔滨(ハルビン)まで入れていますが、今回は鹿島神宮-扶余(プヨ)-長安(西安)は一直線になることと、長安(西安)と高千穂峰の位置関係です。 長安(西安)の位置を北緯34度15分45秒、東経108度56分37秒にして計算します。 2009・12/26 http://blog.goo.ne. . . . 本文を読む

東西関係は一度休んで、高千穂峰の直角関係を再度

2010年01月12日 00時38分08秒 | Weblog
しつこく朝鮮と日本のそれぞれの地の位置についてみます。 東西関係は一度お休みして、高千穂峰と扶余(プヨ)、平壌(ピョンヤン)の直線と直角になる地をもう一度おさらいします。 扶余(プヨ)-高千穂峰の直線と直角とみなすことができる直線・地点は既に何度も考えていました。 ただその地点のそれぞれが一直線とはいえないために混乱していました。 以前にも考えたのですが、幅を持たせてみます。 《しつこく、高千穂 . . . 本文を読む

日本と朝鮮の東西の位置関係 Ⅳ

2010年01月09日 00時45分14秒 | Weblog
少し、寄り道しますというか、もたついています。 扶余(プヨ)-高千穂峰-日光東照宮・二荒山神社が直角三角形を形成していました。 これは以前やったかどうか思い出せませんでしたが、扶余(プヨ)-高千穂峰-諏訪大社上社本宮が直角三角形になることをみたようです。 数字を入れて見ますと、高千穂峰での角度は89.415度になっています。 距離の比は5:4:3になるようです。(大体1005km、805km、61 . . . 本文を読む

日本と朝鮮の東西の位置関係 Ⅲ

2010年01月06日 12時22分55秒 | Weblog
ソウルの真東ですぐ目に付いたのは日光東照宮です。 そして、日光の他に線上で目に付くところが見つかりません。 景福宮・ソウル→日光東照宮  ①90.8226度 ②278.467度 ③1120.61km 汝矣島(ヨイド)→日光東照宮  ①90.4608度 ②278.123度 ③1123.864km しかし、日光東照宮では時期が合わないではないかと不審に思われるでしょう。 ですが、以前にも、日光という . . . 本文を読む