まったくまとまらないので、お茶を濁します。どうにも進みません。
息長陵の位置は、多くの重要な施設と関連づけられている、としか思えません。
これまで、息長陵が特異な位置にあることを、数多くみてきました。
⊿出雲大社-息長陵-熊野本宮大社 再度、息長陵の位置Ⅰ2015年10月29日
⊿平城京・朱雀門-息長陵-熊野本宮大社 再度、息長陵の位置 Ⅱ
⊿平城京・朱雀門-伊勢神宮・内宮-熊野本宮大社
⊿平城 . . . 本文を読む
何度もやっていますので、今更なんですが、忘れっぽくなっているので確認させてください。
と、思いましたが、以下まとまっていません。
依然として、こんがらがっています。
出雲大社-三輪山-瀧原宮は一直線で
⊿都農神社-出雲大社-瀧原宮は直角二等辺三角形になり、
⊿都農神社-出雲大社-三輪山は各角度が90度、50度、40度になっていました。これもよく見かけられたものでした。
http://blog . . . 本文を読む
藤原宮・平城宮の位置は天武系(高句麗系)・天智系(百済系)両方の意に沿うものであったはずです。
しかし、それだけでなく、各豪族の意向も考慮されていたのではないか。
そうでないと、分裂してしまうのではないか、という危機的状況。
平城京の位置の決定には、不比等が主導したものでしょうが、なるたけ全員の総意・納得を取り付けようとしたのではないでしょうか。
不比等の独断や百済系の都合だけで決められたものでは . . . 本文を読む
「都農神社」の「都農」は「つの」と読まれますが、これが、もし「つのう」と読むことが可能ならば「都農」は「角・鵜」と分解できないでしょうか。
そうしますと、持統(鸕野讃良・うののさらら)の「鸕」や「鵜戸神宮」の「鵜」と関連がつけられかもしれません。
「鵜」と「鸕」では違っています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82 . . . 本文を読む
日向の国一宮の「都農神社」の「都農」は「角」ではないか、と思いつきました。
「都農」ではピンときませんでしたが、「角」ならば関係が見つけられるかもしれません。
まず神武東征を表す三角形
⊿出雲大社-立磐神社-熊野速玉大社・・・二等辺三角形
⊿出雲大社-立磐神社-難波宮跡・・・・・直角三角形
そして出雲大社-難波宮跡
出雲大社-博多湾(白肩津・ハㇰカタ・博多)はほぼ同一距離
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焼津神社はヤマトタケル関連で、ヤマトタケルには高市天皇(皇子)が投影されています。そして、鸕野讃良(うののさらら・持統)と高市天皇(皇子)と親子と考えています。そして、鸕野讃良(うののさらら)が賀茂氏出身ならば、
⊿下鴨神社(賀茂御祖神社)-高市山-焼津神社は意味を持ってもおかしくはないはずです。
やってみたところ、辺の比が5:4:3の直角三角形に近い。
説得力があるか . . . 本文を読む