古代日本史への情熱

記・紀・源氏は魏志倭人伝の奇跡的で運命的な間違い方(逆)の構造どおりに記述されている。倭人伝にあるのは現代史と未来史

前回の追加。藤原宮の位置。

2010年09月29日 00時22分13秒 | Weblog
天智天皇陵-平等院鳳凰堂-藤原宮 阿武山古墳-法隆寺(若草伽藍跡または金堂)-藤原宮 藤原宮の東というより隣ですが、そこを交点にしないと平等院も法隆寺も線にのりません。 どうしても交点が藤原宮を少し外れるのが気に入らなかったのですが、平城宮の隣に不比等の公邸(後の法華寺)、私邸(後の海龍王寺)がありますし、藤原宮の隣のこのあたりには高市天皇の邸があったのではないでしょうか。(私の考えでは、初 . . . 本文を読む

平等院は、ほぼ天智天皇陵と藤原宮跡の測地線上

2010年09月28日 15時39分03秒 | Weblog
難波宮跡との位置関係でしたが、その前に、藤原宮跡との位置関係をみます。 天智天皇陵-平城宮跡-藤原宮跡というの、ほぼ南北関係にあることは既に見ています。 ですから、平等院鳳凰堂が天智天皇陵の真南にあれば、当然藤原宮跡とも南北関係になります。 とりあえず、押さえておくだけです。それだけです。 平等院の地は、‘9世紀末頃、源融が営んだ別荘だったものが・・・道長の別荘になり、・・・1052年頼通が寺院に . . . 本文を読む

紫香楽宮跡-平等院鳳凰堂-阿武山古墳の直線と法隆寺

2010年09月25日 01時18分38秒 | Weblog
一直線上になった紫香楽宮跡-平等院鳳凰堂-阿武山古墳に法隆寺を加えます。しかし、若草伽藍跡または藤ノ木古墳が狙いです。 藤原宮跡-阿武山古墳の線上に法隆寺があるからです。 (以前、藤原宮跡と元伊勢の線上に、法隆寺や阿武山古墳がのっていたことを見たことがあります。阿武山古墳は少しずれていたようです。また、元伊勢は舞鶴市の法隆寺にしたと思います) グーグルアースで直線や三角形が保存できるようにな . . . 本文を読む

東大寺大仏殿-平等院鳳凰堂は阿武山古墳-紫香楽宮跡と直角

2010年09月23日 00時31分39秒 | Weblog
国土地理院の『距離と方位角の計算』が使えるようになっていましたので、 まず、もう一度、前回の阿武山古墳-平等院鳳凰堂-紫香楽宮跡をみます。 紫香楽宮跡を下記の位置にしています。 http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?b=345508&l=1360458 D阿武山古墳→紫香楽宮跡  ①82.2997度 ②262.593度 ③47.20291km  Ⅰ82 . . . 本文を読む

平等院鳳凰堂の位置

2010年09月20日 21時46分56秒 | Weblog
結論からいきます。 平等院鳳凰堂は阿武山古墳-紫香楽宮跡の直線上(測地線上)にあります。 また、東大寺大仏殿から平等院鳳凰堂に引いた線は阿武山古墳-紫香楽宮跡に直角となります。 阿武山古墳-平等院鳳凰堂-紫香楽宮跡の直線と東大寺大仏殿 興福寺と見えていますが、東大寺大仏殿です。ポイントしたところが多すぎるのですが、消すのも面倒です。 こういうことになっています。 平等院鳳凰堂・・・紫香楽 . . . 本文を読む

飛鳥寺(法興寺)はなぜ718年に移動したのか。

2010年09月18日 12時53分46秒 | Weblog
http://www.j-texts.com/jodai/shoku8.html 《養老二年(七一八)九月甲寅【廿三】》○甲寅。遷法興寺於新京。 http://www.gangoji.or.jp/tera/link/link.html 《真言律宗 元興寺 【世界文化遺産 古都奈良の文化財】 日本最初の本格的伽藍である法興寺(飛鳥寺)が平城遷都にともなって、蘇我氏寺から官大寺に性格を変え、新築移転 . . . 本文を読む

阿武山古墳ー紫香楽宮跡(甲賀寺跡)の直線に対する元興寺の位置

2010年09月14日 00時27分34秒 | Weblog
最初、大仏は紫香楽宮跡(甲賀寺跡)で建立されていました。 それが、後で現在の東大寺大仏殿に変更されたようです。 そこで、紫香楽宮跡(甲賀寺跡)と東大寺大仏殿の位置関係を検討していましたが、この前やっと関連が見つかったところでした。 阿武山古墳―紫香楽宮跡(甲賀寺跡)の直線ともう一点を春日大社、また妙見宮にすると直角二等辺三角形が表われました。(9/1以降の分です) しかし、この近辺なら、阿武山古墳 . . . 本文を読む

思いつき・東大寺大仏と飛鳥大仏の関係

2010年09月11日 11時30分34秒 | Weblog
出雲大社-平城京・朱雀門-伊勢神宮・内宮の直線と福井の関係は、継体天皇が福井の出身だ、ということを表現したいものだと考えています。 ですが、継体天皇が平城京に降臨するのはおかしなものです。 纒向や三輪山あたりに降臨すべきものです。 それが、平城京・朱雀門に焦点を置いているということは、この直角三角形が平城京遷都時に考え出されたものだということを示しています。 これが藤原宮遷都時にできていた . . . 本文を読む

東大寺大仏殿、聖武天皇陵、元興寺塔跡、妙見宮の位置関係

2010年09月08日 13時13分24秒 | Weblog
前回の『聖武天皇陵-元興寺-妙見宮は直角三角形』では元興寺での角度が90.9度であったこと、また後で気づいたのですが、聖武天皇陵-元興寺跡の距離が少し短いのです。 聖武天皇陵→妙見宮 Ⅲ3210.850(m)。ここに0.6をかけると、1926.51mとなります。しかし、元興寺→聖武天皇陵 Ⅲ1,796.143(m)で130mも短い。 そこで、元興寺の位置を元興寺塔跡にしますと http://wa . . . 本文を読む

聖武天皇陵-元興寺-妙見宮は直角三角形

2010年09月07日 17時04分46秒 | Weblog
見るからに、東大寺大仏殿も直角三角形を構成しますが、 本日は『聖武天皇陵-元興寺-妙見宮は直角三角形』だけです。 元興寺 http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?b=344040&l=1354953 元興寺→聖武天皇陵  ①354.332度 ②174.331度 ③1.799272km  Ⅰ354°18′26.45″  Ⅱ174°18′22.4 . . . 本文を読む