古代日本史への情熱

記・紀・源氏は魏志倭人伝の奇跡的で運命的な間違い方(逆)の構造どおりに記述されている。倭人伝にあるのは現代史と未来史

前回の続き 直角三角形

2022年11月30日 22時23分40秒 | Weblog
前回の図の計算・直角三角形を確かめただけです。 大石龍門を直角とする直角三角形 △大石龍門X-桓武天皇陵-聖武天皇陵 △大石龍門X-桓武天皇御母陵-聖武天皇陵 △大石龍門X-桓武天皇陵-恭仁京大極殿址 △大石龍門X-桓武天皇御母陵-恭仁京大極殿址 聖武天皇陵を直角とする直角三角形 △聖武天皇陵-大石龍門X-光仁天皇陵 △聖武天皇陵-恭仁京大極殿址-光仁天皇陵 △大石龍門X-桓武 . . . 本文を読む

聖武天皇が現在に続く天皇家の初代ではないか

2022年11月27日 10時27分23秒 | Weblog
初代といえば「神武天皇」ですが、神話ですし、真の初めといえば「卑弥呼臺与(トヨ)」 と考えます。 ただし、一般的には、桓武天皇もしくは父の光仁天皇が初代とされるのではないか、と考えます。 天武天皇系ではありません。 しかし、聖武天皇は文武天皇の御子ということになっていて、天武天皇系ということになっています。 ですから 《聖武天皇が現在に続く天皇家の初代である》なんてことは世迷い言の類いです。 とこ . . . 本文を読む

△百済寺三重塔-天智天皇陵-紫香楽宮跡

2022年11月16日 21時24分35秒 | Weblog
だからどうなんだ、を続けます。 △百済寺三重塔-天智天皇陵-紫香楽宮跡 百済寺三重塔→天智天皇陵  ①4°35′34.13″ ②184°37′05.15″ ③50,547.424(m) 百済寺三重塔→紫香楽宮跡  ①35°05′02.62″ ②215°15′59.16″ ③50,890.599(m) 天智天皇陵→紫香楽宮跡  ①109°09′07.52″ ②289°18′36.35″ ③26, . . . 本文を読む

大石龍門X→恭仁京大極殿址→聖武天皇陵の延長線

2022年11月13日 10時09分47秒 | Weblog
大石龍門X→恭仁京大極殿址→聖武天皇陵の延長線をみます。 和歌山県田辺市に行き着きます。 「田辺」というと「藤原不比等」を思い起こします。 藤原不比等は「山科の田辺史大隈(たなべのふひとおおすみ)の家で養育され、史(ふひと)と名づけられた」と藤氏家伝に記されているそうです。 ただし「山科」で京都ですから和歌山とは場所が違います。 しかし、引っかかります。偶然でしょうか。 熊野本宮大社も田辺市になり . . . 本文を読む

大石龍門と△天智天皇陵-恭仁京大極殿址-紫香楽宮跡の関係

2022年11月07日 21時58分22秒 | Weblog
△天智天皇陵-恭仁京大極殿址-紫香楽宮跡は正三角形であり、その中心辺りは「大石龍門」という地名です。(最近知った地名です) 意味ありげに思えますので、考えてみました。 「龍」が「蛇」に近いものとすると、または、「龍」が「蛇」を元にしてつくられた架空の生物とすると、八岐大蛇(ヤマタノオロチ・ヤマトのおろち)こと「卑弥呼」を思い浮かべます。 すると「大石」は「岩」と変えられます。 「いわ」は卑弥呼臺与 . . . 本文を読む

天智天皇陵-恭仁京大極殿址-紫香楽宮跡は正三角形 その他

2022年11月04日 15時42分19秒 | Weblog
だからどうなんだ、が続きます。すみません。 何度もやっていますが、⊿天智天皇陵-恭仁京大極殿址-紫香楽宮跡は正三角形です。 その中心に何があるかもしれない、ということで探してみました。 すると「大石龍門」という意味ありげな地名が現われました。 (次回考えます) その前に、この正三角形の三辺を底辺とする二等辺三角形をつくります。 天智天皇陵-紫香楽宮跡、 天智天皇陵-恭仁京大極殿址、 紫香楽宮跡 . . . 本文を読む