風子ばあさんのフーフーエッセイ集

ばあさんは先がないから忙しいのである。

歯科医の妻

2010-08-06 22:16:03 | 口は災いのもと
 歯科医を夫に持つ友人がいる。
 風子ばあさんよりはるかに若い。
仲間と喋っていても、夕方になるとそわそわとして、人より早く帰りたがる。
 一日中、患者の汚い口の中をのぞいているのだから、家に帰ったときくらい、綺麗にしていてくれと夫がいうそうである。

 それで夫の帰宅までに、怠りなく家の掃除をすませ、折々の花を飾り、彼女自身も化粧をして着飾っていないといけないのだという。
 そうしないと、耳を噛んでやらないって言うの……。
 (これは、ばあさんには、意味不明である)

 今日、虫歯の治療で近所の歯科に行き、口をあんぐり開けたとたんに彼女の話を思いだした。
 汚い口で大変恐縮だが、この先生も家に帰ったら奥さんにそんなことを言うのかしらんとおかしかったが、口をこじ開けられているので、にやりとも出来ない。
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預金払い戻し

2010-08-05 22:28:41 | 時事
 ひとむかし前の話だが、
「あのひとは、夫が死んで、まっさきに銀行へ駆けつけたのよ」
と、陰でひそひそ言われた人がいる。
 なんでも籍のややこしい前妻の遺児がいて、相続問題になる前にすべての預金を引き下ろしたという噂である。
 見てきたような噓を言い…というが,まったく、誰がどこで見たのか信憑性はさだかでない。
 女の細腕で、貸家とアパートを持っている人への、いささかのやっかみがなかったとは言い難い。
 
 ついこのごろ、姑が危篤になったので、預かっていたカードで預金を全部払い戻したという知人の話を聞いた。
 一人暮らしの姑のお金の管理はこれまでも彼女がしてきたが、死亡すれば即座に払い戻しが停止される。
 いまどきは、パソコンなどで情報がリアルタイムだから、死んでから銀行に駆け付けては間に合わないそうである。
 
 どうせ葬式になれば払わないといけないお金だからと手元に置いているが、その後、姑は持ち直して、大金を家において落ち着かないとこぼしている。
 
 ついでに言えば、法要を兼ねたお盆で一族が集まるからとウン十万円を現金化して引き出しに入れていて、あっさり空き巣に盗られたと、これはつい数日前に聞いた話である。
 
 ご用心ご用心。
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うなぎ

2010-08-04 21:41:25 | グルメ
 今年も土用の丑の日にうなぎを食べた。
 例年同じ店で買う。好物だが、今年は、あまり旨くなかった。
後日、店頭にいたおやじさんに、バカ正直に、そう言った。

 おやじさんは、そんなわけはない、もう一度食べてみてくれと、包んだ一尾を風子ばあさんの手に押し付けた。
「いえ、そんなつもりで言ったんじゃないんです」
「わかってます、でも、これはうちの信用に関わりますから、もう一度食べて感想を聞かせてください」
 押し問答の末、内心、にんまりして有難く頂戴した。

 しかし、やっぱり、今年のうなぎは去年に比べて数段味が落ちた。
でも、お金を払わないで食べたものを、旨くなかった、とは言いにくい、かと言ってタダだったからと言って、お世辞はなお言えない。
 気が小さいばあさんは、あれからその店の前を通らないように、この炎暑の中を、遠回りして買い物に行くのである。

 にんまりして、二度も続けてうなぎを食べたバチが今頃あたっているのである。
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見舞い

2010-08-03 23:18:04 | 健康
 検査入院中の親戚のじいさんを見舞った。
彼は高血圧と糖尿病と腎臓の数値が悪い。
つまりは体重を減少させ、塩分を控えなければいけない。
 
 彼に許された塩分は一日たったの2グラムである。
2グラムとは大きい梅干し一個分である。
病院食はこれを厳密に実行しているから超薄味で旨くない。
 
 病院の一階には売店がわりのコンビニがある。
じいさんは、ここで塩昆布を買ってきて隠し持つ。
「風子さん、うちのヨメさんにはナイショだぞ」
 
 入院を嫌がるじいさんは医者とヨメさんに無理やり入院させられている。
じいさんは、看護師長にうるさく退院をせまっていたそうで、若い主治医が様子を見にきてくれた。
「××さん、もう4,5日我慢しませんか、糖尿病教室や食事指導などのメニューもこれからなんですよ」
「いやあ、先生、私は金のなかですもんな。入院費が払えんとですよ、帰らしてつかあさい」
「××さん、お金と命とどっちが大事ですか」
「しかし先生、人間の寿命というのは決まっとりますもんなぁ、入院してたから長生きするってもんでもなかですばい」
 じいさんは孫ほどの齢の先生を言いくるめようとする。
「××さん、私の身にもなっていただけませんか」
 若い先生はおろおろと食い下がる。

 ちなみにじいさんは、ときどき風子ばあさんにも小遣いをくれる金持ちで、いつ死んでもいいが口癖なのである。
 こういうじいさんをいつまでも入院させているから、医療保険は赤字が続くのである。
じいさんやばあさんは好きにさせたらいいのである。
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ミー子

2010-08-02 22:36:20 | 猫および動物
 ペットブームである。犬猫用の美味缶詰は言うに及ばす、レインコートから玩具、年寄り用のオシメ、金ぴかの位牌まである。
 動物病院もふえて、なかなか過当競争らしい。

 小さな怪我をしたミーを近くの動物病院へ連れて行ったことがある。
 
 受診した半年後に電話がかかってきた。
 その後、お変りありませんかという。
食欲は? 目やには? と懇切丁寧なお尋ねがあり、定期健診をぜひ、とすすめられた。
 まあ、考えておきましょうと、答えた。 
 電話を切ろうとしたら、何かありましたらご来院くださいますようにと言い、
「では、ミー子さまによろしくお伝え下さいませ」と、少しも笑わない声が、慇懃に言った。

 風子ばあさんの脱ぎ捨てたシャツの上で丸くなって寝ていたミーに、
「おい、ミー、ミー子さまによろしくだってよ」と言ったら、ミーは眠いのに、起こされたのが気に入らなかったらしく、いきなり、フウッと牙を剥いてこちらを威嚇した。
 
 ミー子さまは野良猫上がりで気が強いのである。
 
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東京&博多

2010-08-01 17:42:51 | 歳月
 東京には空がない、という詩があるが その東京から、博多の街に風子ばあさんが移り住んだのは、まだうら若き新妻のころだった。
 当然のことだが、まだ、風子は「ばあさん」でなく、フーちゃんと呼ばれた。

 博多の街に来てまず驚いたのは、山が間近に見えることだった。
関東は平野だから、東京にいて山は見えない。山の見える景色は遠足や旅行の非日常のときのものであった。

 来たばかりの博多には、友だちもなく、肉親も遠かった。ただ夫の身内だけが待っていた。敵の陣地にただ一人、の心境だった。
 山の見える景色はひどく寂しく、碧く美しい空を行く飛行機を見ては、濁った空の東京が恋しかった。

 あれから、幾歳月、ばあさんはしっかり博多に根をおろした。大勢の良き友も得た。だが、気がつくと、みんな、あちこち身体に不具合がでる齢になっていた。
 博多生まれ、博多育ちの仲良しが、一人で暮らせなくなって、東京に住む娘さんのところへ引越して行った。
 
 電話がかかってきて彼女は言った。
 風子さん、何が寂しいって、東京では山が見えないんだよ、と彼女は嘆いた。
 ああ、私はこちらに来たとき、山が見えてがっかりしたもんですよ、でも、そのうち、馴れますよ、と慰めた。
 だがしかし、彼女は、もうあの頃のフーちゃんのように若くはない。山の見えない景色に馴れるまで、彼女が元気でいるだろうかと、ばあさんはひそかに案じているのである。

 お互いにふるさとも友も遠くなってしまった。ままならぬは浮世である。
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