風子ばあさんのフーフーエッセイ集

ばあさんは先がないから忙しいのである。

昼寝

2011-06-20 22:49:57 | ご挨拶
 
  風子ばあさん、ただいま昼寝中です。

 「風子ばあさんのフーフーエッセイ集」は、どこからお読みいただいても一話完結です。

 カテゴリーの中から興味のある一話をお選びいただき、ご一読いただけましたら幸いです。


出張治療

2011-06-19 22:24:40 | 健康

   盲目のマッサージ師が
  美しい女性に手を引かれて、我が家のチャイムを鳴らした。

   訪問治療の勧誘である。
  腰の悪い風子ばあさんは関心をもって彼の話を聞いた。

   検討して必要なときは、またお電話しますねと言い、
  足もとの覚束ない彼を見送った。
 
  彼は我が家のお向かいさんも勧誘すべく、チャイムを鳴らそうとしていた。

 「あ、いまお留守ですよ」と教えてあげた。
  ついでに、
 「そちらは、整形外科のお医者さんのお宅です」
  というと、
 「あ、それはいかん……」

  何が、いかんのか、わからないが、白衣のマッサージ師は退散した。

   しかし、お向かいの整形外科の老先生も、
  近ごろは、どうやら腰をいためておいでのようで、
  車からの乗り降りの際など、かなり難渋しておられる。

  あんがい、いかん、ことはないのかもしれない。


譲り合い

2011-06-18 22:15:20 | 口は災いのもと
  バスの中はおよそ満席であった。
 途中から乗ってきたよぼよぼのバアサンが、風子の前に立った。
 杖を持っていて、バスが振動するたびによろける。

  あたりを見回したが、誰も席を代わってやる人がいない。

  風子ばあさんは自分も年寄りだが、見かねて、どうぞ、と立ち上がった。

 「あらら、まあ、あなたのような方に代わって頂いて、ありがとうございます」

  むむむ、 あなたのような方……とは、いったい、どういう意味だ!
  くそ!  口だけ達者なバアサンだなあ、と、内心むっとした。

   しかし、ここで腹をたてては気分が悪い。
  替れる体力気力があるのだから、これはこれで有難いと思うことにした。

  「いえいえ、どういたしまして……」
   とにっこり微笑んで見せたが、 美しく齢を取るのはなかなか難しいものである。

ようやく

2011-06-17 22:30:59 | 口は災いのもと
しばらく休んでいた健康体操の仲間が、久しぶりに戻ってきた。

「長い間お休みして、どうもすみません、ようやく義母が亡くなりましたので……」
  と言われ、みんな顔を見合わせて返事に困った。

 いくら姑でも、「ようやく」とは、あんまりな挨拶ではないか……。

 周囲の非難めいた気配を感じたのだろう、彼女は、
「だってえ、義母は25年間、寝た切りだったんですよう」
 と言った。

「それは大変だったわねえ」
  とねぎらいながら,  風子ばあさんは、出来れば、
ようやく……と言われないうちに、おさらばしたいものだと思った。



へそくり

2011-06-15 23:27:16 | 仕事
  ささやかなへそくりの件で、銀行へ行った。
  
  窓口の担当者から、
 「満期のきましたお金は、どのような使途ご予定でしょうか」
  と訊ねられた。

  大きなお世話と思ったが、正直に、
 「まあ、老後の病気に備えてでしょうか……」
   と答えた。

 「お子様へお遺しになられるとかのお考えは?」
 「ない、ない……、それはない、つかってしまいます」

 「みなさん、たいがい、そうおっしゃいます」

   へえっ と意外だった。

  みんな優しいお父さんお母さんに見えるけど、
  やっぱり我が身が一番可愛いのか。

 「でも、お客様、死ぬまでが、いつになるか、こればかりは誰にもわかりません。
   ですから、おっしゃるわりには、みなさん、かなりの金額をお遺しになってお亡くなりになります」

  で、つまり、利息がよいので、死ぬまで払い出せない保険に加入せよとのお勧めらしかった。

  生きてるうちが花なのよ……と言って失礼してきた。


シルバー割引

2011-06-14 22:53:01 | ギター、映画など他

  60歳を過ぎると、映画館はシルバー割引といって1000円で入場できる。
 しかし、映画館に行くからと言って、老人手帳や保険証など持って歩かない。

  チケット売り場で、千円札を出し、シルバーです……と言えばたいがい入れてくれる。

  身分を証明するものを見せてくださいなどと不粋なことは言わないのだろう、
 けっこうなことだ、と思っていた。

  先日も、それで、すんなりチケットを買った。

  続いて、風子ばあさんのすぐ後ろで、
 「シルバーです」
   と声がした。

 「何か証明できるものはありますか」
  と言われているので、あれっと振り返った。

  サーモンピンクのカットソーがよく似合う美しい女性がいた。

  な~るほど、シルバーはシルバーでも、
 風子ばあさんより、まだ、ずっとお若い。

  同じシルバーでも、
 一目でわかるシルバーと、疑わしいシルバーぶりがあるのだと了解した。

  疑われないですんだからといって、これは、それほど嬉しいものではないのである。

おしゃれ

2011-06-13 22:28:38 | 俳句、川柳、エッセイ

  風子ばあさんは、あまり身なりをかまわないほうだが、
 それでもたまには、おしゃれをして出かけたい日がある。

  今日も今日とて、体操のサークルに行くので、
 カラフルなTシャツにスパッツできめた。

  前髪が乱れているので、カーラーをひとつ巻いて、化粧をすませた。

  まだ少し時間があるので、干していた洗濯物を軒下に移してから出かけた。

  サークルの会場には、もうみんなそろっていた。
  「遅くなりましたぁ~」
   と風子ばあさんは、元気よく詫びながら入っていった。

  仲間の一人が、風子の前髪を指さして
  「風子さん、ここ、ここ」
   と笑いながら教えてくれた。

   あっ、しまった! 

  カーラーを外すのを忘れていたのである。
 
  美しく注目されたかったのに、笑いで注目されてしまった。

   無念である。

 愛器

2011-06-12 21:50:31 | ギター、映画など他

   数年前のことである。
  ご近所で火災が発生した。

   辺りは一時、騒然となった。

  亡母から、関東大震災の時に、
 金庫と思ってしっかと握っていたのが薬缶だった、という人の話をよく聞かされた。

   風子ばあさんは、金庫と間違えたわけではないが、
  とっさに持ち出したのが、ギターである。

    風子ばあさんの腕前では、
   身にあまるほどの名器でラミレスという。
   失ったら二度と入手できない愛器である。

   ハードケースに入ったギターは、けっこう重くて、でかい。

   本人には大事なものでも、
  人さまから見たら、燃え盛るよそ様の火事場で、
  それを抱いて呆然と突っ立っていたばあさんは、相当に変なばあさんに見えたに違いない。

   それにつけても、我が家がありながら、
   避難所くらしの福島の方たち、持ち出せないあれこれを思うと胸が締め付けられる。

   原発の是非を問うイタリアの国民投票が行われている。
   脱原発へ向かって世界が動き出すことを祈る。



蛍の里音楽祭

2011-06-11 23:07:04 | ギター、映画など他

    友だちのお兄さんは、ジャズバンドのギタリストである。
   誘われて、ちょっと郊外のコンサートに行った。

    風子ばあさんの弾くギターはヒソヒソモジモジと弾くクラッシックだが、
   ジャズギターは全身で音楽を表現しているようで迫力満点だった。
   バンドの皆さん、この道ひとすじの思いが伝わる熱い演奏で楽しかった。

    ファンキーなナンバーの続いたあとは、
   尺八と三味線にピアノのコラボで、福島への思いをこめて
   ハア、チョーイチョーイ と新相馬節が披露された。

    終わって、近くのホテルへ食事に寄ったら、
   8時にホテル前から蛍見物のバスが出るという。

    それではと早めに食事をすませてフロントへ行った。
 
   「お客さま、申し訳ありません。ただいま下見に行きましたら、
         蛍は一匹もおりませんでした、いかが致しましょうか」

   いかが致しましょうかと言われてもねえ、
  一匹もいないなら、行っても仕方がない。
  では、せっかくだから、温泉にでも入っていきましょうということになった。

   脱衣場で裸になっていたら、さきほどのフロント嬢が追いかけてきた。
  「お客様、ただいま一匹、飛びはじめたそうです、いかが致しましょう」
 
   大変親切なホテルでひと風呂あびて、ありがとうの一日でした。

  メル友

2011-06-08 20:56:26 | 友情

   著名作家とまではいかないが、それなりの物書きの知人がいる。

   風子ばあさんから見れは、先生格のじいさんである。
   歯に衣きせぬ物言いで、中々に手厳しい批評などをしてくれる。
   そんなときの彼は、電話の向こうでも胸を張っている様子がうかがえる。

   風子は小さくなって、へいへいと、拝聴する。

   昨日、その彼から電話がかかった。
   彼は、二三ヵ月前にようやくパソコンのネットに接続したが、
   まだ操作に不慣れの様子である。

   風子さんのアドレスがあるので、メールで送信しようと思うのだが、
   うまくいかんのですよと、言う。
   いつもの彼らしくない気弱な物言いである。

   はいはい、では、まずこちらから一度送信してみましょう。
   いつもとはあべこべだから、風子は張り切り過ぎて、つい声が高くなる。

   すみませんなあ、よろしく頼みます……と、彼の声はますます小さくなる。

   コウシテ、アアシテ、アソコをクリックして…と、
   この際とばかりに伝授したが、今日になってもまだ彼からのメールは届かない。

   大男のじいさん先生が、苦戦している様子を思うと、
   気の毒のようでもあり、おかしくもある。

   わざわざ電話して、まだ届かないのですが、というのも失礼なので、ただ待っている。