風子ばあさんのフーフーエッセイ集

ばあさんは先がないから忙しいのである。

あなたへ

2012-08-30 22:15:45 | ギター、映画など他
             古いミシンを捨ててから十余年が過ぎた。

              幸い、器用で親切な友だちが近くにいて、
               たいがいの仕事は引き受けてくれる。
              時にはリフォーム屋さんに頼むこともある。

          この間から、風子は、生成色の木綿のしっかりした生地のシーツがほしい。
              探してもなかなか見つからない。
           ミシンがあればねえ、生地を買ってきて、だーっと縫えばいいんだけど。

            親切な友だちは、いいよ、持っておいでよ、と言ってくれる。
           「しかしねえ。いつもいつもで悪いよねえ、ミシン買おうかな」
           「やめとき、やめとき、この齢になっていまさら」

            でも、ほしいとなると我慢ならないのが風子ばあさんである。

           「ねえ、明日、ミシン屋さんに連れてってよ」

             風子は運転をしない。友だちは運転をする。
           「風ちゃんは言い出すときかないもんね、分かった、
          今晩ミシン屋さんの場所を調べとく。明日10時に迎えに行くから」

                その晩、寝ながら考えた。
               風子は腰が悪い。ミシンは重い。
               ミシンが来たら、どこに置くか、
          置いたミシンを使うときは、しかるべき卓上まで持ち上げないといけない。

                う~ん、重いよねえ。

          今朝、友だちが、ププッとクラクションを鳴らして迎えに来てくれた。

            「いつもありがとね、ゆうべ考えたんだけどさ、
              ミシンって重いよねえ、十年なくても暮らせたよね」
            「だから、やめときって言うとるでしょ」
    「そうね、やめよう、でも、せっかく迎えに来てくれたんだから、映画行こう、高倉健のあなたへ……」

               急遽、予定を変更して映画を見て来た。
久しぶりの健さんはだいぶ老けてはいたが、なかなか渋くてよかった。
                 
                誰でも、齢はとるんだなあ。

 

立ち話

2012-08-29 17:12:08 | ご近所
             立ち話というのは女の専売特許かと思っていたが、
                近ごろはそうでもないらしい。

         女も男も、つまり暇をもてあますようになると、立ち話はちょっとした気分転換になるのだろう。

                  今日も今日とて、うちの近くの角で、
                   ジイサンが二人立ち話をしていた。

                   風子は、台風のあとの落葉を箒で集めながら、
                      聞くともなしに聞いていた。

         「あたしゃあね、歯はひとより多い方と思うんですよ」
         「いやあ、わたしだって歯だけは気をつけてますよ、まあだ自分の歯が何本ものこってますもんな」
         「あたしゃ、歯磨きだけは丁寧にやります、一日一回欠かしません」

            ふ~ん、丁寧な歯磨きというのは、毎食後のことじゃないのかなあと思うが、
              いずれにしても他人が聞いていて面白い話ではない。

            そのうち、どちらかが、あ~んと口をあけて相手に覗かせているらしい。

                    やめた方がいいのになあ。

                 男は黙って……という名文句があり、
                   女の沈黙は金という名言もある。
                 老人の沈黙はダイヤモンドクラスだなあ。

               肝に銘じておこうと思うが、言うは易く行うは難しである。

台所

2012-08-28 22:39:16 | 友情
             台所にいて、ふいとM子さんのことを思い出した。

          ひとまわり年上のM子さんの家をはじめて訪問したときのことである。

                  待ち合わせの交差点で待っていると、 
              坂の上から転がるようにして自転車で疾走してきた。
             あぶないなあ、そんなに急がないでもいいのにと見ていた。

                 風子は、今あのときのM子さんの齢になった。

                案内された玄関先に見事な梅の花が咲いていた。

                その時はまだこの家の間取りなど知る由もなかったが、
           どっしりとした洋風の応接間も、欄間のある和室もあって広い家だった。

                   しかし、彼女が風子を招じ入れたのは、
                  食器棚を背にした小さな食卓のある台所だった。

                   流し台には洗い桶があり生活感にあふれた、
                 彼女の日ごろの暮らしぶりがしのばれる場所だった。

                   彼女は、ああ恥ずかしい! と笑った。

               「でも、今日は寒いからね、狭いけどここが一番暖かいのよ」と言った。

             とかく人は見栄を張る、はじめて来た人には一番立派な部屋に座らせたい。
                   ……しかし、彼女はそうでなかった。
              恥ずかしいけど、寒いところ来てくれたのだから、一番暖かいところ、と。

           それまでも尊敬する先輩として接していたが、これで、ますますM子さんが好きになった。

                      後日、この日の礼状を書いた。
                  まだ携帯電話はどちらも持っていなかった。
               むろんパソコンなどもなかったから、もっぱら葉書をよく書いた。

              よせばいいのに、凛と咲いた玄関先の梅の花に彼女を重ねた一句をひねり、
                     それを葉書に添えた。

                すぐに返事が来て、風子の句は、ケチョンケチョンにけなしてあった。
                   これもまた凡人には中々真似の出来ないことである。

                        ますます彼女が好きになった。

                今は遠くにいるが、離れていてもM子さんを生涯の友と慕っている。



タピオカ

2012-08-18 21:17:39 | グルメ
              夏休みで孫娘たちが来ていた。
                近くのカフェテラスで、
           上の子がタピオカ入りのミルクココアを注文した。

           下の子はオレンジジュースをチューとひと息で飲み終わり、
             おくれてとどいた姉のタピオカ入り飲料が飲みたい。

                 ねえ、ちょっとだけチョウダイ。

                 下の子というのは概して要領がいい。
                   
                   上の子はおっとりしている。

                   いいよ、ちょっとだけだよ。

   
                    いつもこの手でやられる。

              にんまり受け取った下の子は、太いストローをくわえると、
              あれれというまにスルスルースルっとタピオカを吸い上げた。

                もう、やめてえ、と上の子が叫んだときは
                 容器の半分以下にタピオカが減っていた。

                  バアサンはこれを飲んだことがない、
               いかにも旨そうに争っているので飲んでみたい、
             しかし、この状況で、ひとくち味見させてくれとはとても言えない。

                  上品なお婆さんは、こらこら、喧嘩はやめえ、
                などと微笑みながら、今にみていろとひそかに喉をならす。

                 孫たちが帰った昨日、さっそく件のカフェテラスへ行った。

                       誰に気がねがあろうか! 
            Lサイズのカップを抱えて、一人ジュージューとタピオカを吸い上げてきた。

                  それほど旨いものでもなかった。

脱走

2012-08-07 09:29:58 | 家族
            友だちの舞子さんは、
        入退院を繰り返す病弱なご主人を抱えている。

 
     塩分制限、体重管理、舞子さんは献身的に夫の健康管理に気をくばる。
 
     つい先日も何度目かの入院生活から無事に帰宅したご主人の髪が伸びている。
        歩行も困難な夫を、車に乗せて、近所の床屋まで連れて行った。

         終わったら電話しなさい、迎えに来るからと、
            舞子さんは、いったん家に戻った。

             一時間たったが、連絡がない、
     一時間半たっても、なにも言ってこないので、舞子さんは青くなった。

     これまでにも出先で意識不明になって救急車のお世話になったことがある。
          気もそぞろに床屋へ迎えに行ったら、
          あら、さっき帰られましたよ、と言われた。

       床屋の前にはバス停があり、床屋の大将がなにげなく見ていたら、
           そこからひとりでバスに乗ったそうである。

               まあ!

 
         舞子さんは青ざめて携帯に電話したら、
           バスに乗りたかったんだよ、
     ひとまわりしたら帰るからとひそひそ声で告げたそうである。
 
        その一時間後、少し疲れたような足取りながら、
     無事に帰宅したそうだが、舞子さんはカンカンに怒っていた。

     思わず、うちのタマもよく脱走したもんねえ、と言って睨まれた。

うみ

2012-08-04 10:12:15 | 日記
         姪浜駅から地下鉄に乗ろうとしたら、改札口で、
            今どき風アンちゃん三人とすれ違った。

   彼らは、駅員に、うみへ行きたいがどっちへ行ったらいいのかと尋ねていた。

            身を乗り出した駅員は、
         「うみは博多駅の向こうだよ」と、路線図を見上げた。

          「博多駅で訊いたら、うみはこっちだって」

        なにげなく聞き流して、ばあさんはホームにあがり、
           まもなくやってきた地下鉄に乗った。

           動き出してしばらくして、はっと思い当った。
          かれらはきっと福岡を知らないんだ、旅行者なんだ、
        博多駅の近くには海もあり、遊べると誰かに聞いてきたんだ。

         駅員さんは、それを「宇美駅」と間違えてしまったんだ。

         宇美駅への行き方を懇切丁寧に教えてあげていたようだが、
            宇美へ行っても海はないもんねえ。

     どうしよう、今から、駅へ戻っても、かれらがじっと改札にいるわけもない。
              ああ、気の毒、どうしよう。
 
              教えてあげればよかったなあ、
    姪浜の先には、生きの松原海岸もあるし、戻って百道へ行けばマリゾンがあるし。

           地団駄を踏んでももう間に合わない。