風子ばあさんのフーフーエッセイ集

ばあさんは先がないから忙しいのである。

立ち話

2012-08-29 17:12:08 | ご近所
             立ち話というのは女の専売特許かと思っていたが、
                近ごろはそうでもないらしい。

         女も男も、つまり暇をもてあますようになると、立ち話はちょっとした気分転換になるのだろう。

                  今日も今日とて、うちの近くの角で、
                   ジイサンが二人立ち話をしていた。

                   風子は、台風のあとの落葉を箒で集めながら、
                      聞くともなしに聞いていた。

         「あたしゃあね、歯はひとより多い方と思うんですよ」
         「いやあ、わたしだって歯だけは気をつけてますよ、まあだ自分の歯が何本ものこってますもんな」
         「あたしゃ、歯磨きだけは丁寧にやります、一日一回欠かしません」

            ふ~ん、丁寧な歯磨きというのは、毎食後のことじゃないのかなあと思うが、
              いずれにしても他人が聞いていて面白い話ではない。

            そのうち、どちらかが、あ~んと口をあけて相手に覗かせているらしい。

                    やめた方がいいのになあ。

                 男は黙って……という名文句があり、
                   女の沈黙は金という名言もある。
                 老人の沈黙はダイヤモンドクラスだなあ。

               肝に銘じておこうと思うが、言うは易く行うは難しである。

お隣り

2011-08-28 11:09:30 | ご近所
   突然大声が聞こえたような気がした。

   外は降りだした雨の音がする。声はすぐにやんだ。

   空が暗くなったので、
  さっき洗濯物は取り込んだばかりである。
  空耳だったかと、読みかけの本を再び広げた。

   と、そのとき、電話が鳴った。

   お隣りからだった。

  「雨ですよ、雨! お二階です! お二階のベランダで布団が濡れてま………」 
  最後まで聞かずに、飛び上がって二階へ上がった。

   あ~あ~ である。

   それにしても、電話を下さったお隣りの奥さんは八十半ばである。
  まだまだこうして他人のことを気遣える。
  素晴らしいなあと、布団が濡れたことよりそっちが嬉しい。

実りの秋

2010-09-16 10:32:11 | ご近所
 塀ごしに、お隣の葡萄棚が見える。
まだ苗木のころから知っているから、大きくなったなあと、隣のことでも気にかかる。

 葉が茂り夏の日よけにもなっていた。
八月になると可愛い葡萄の房に紙袋が沢山かけられた。

 昨日、お隣の奥さんが、コンコンとドアを叩き、二房の葡萄を届けてくれた。

 袋ばかり多いのですが、中身は意外に虫にやられてたり、腐っていたりして、収穫に乏しくて……。
 奥さんはしきりに弁解これつとめられる。

 いえいえ、楽しませていただきました、とこちらも恐縮しながら頂戴した。

 そういえば、初夏の枇杷のころには、こちらが同じような口上を述べながら、枇杷の実を届けに行った。

 離れて眺めると、黄金色の枇杷が枝もたわわに実っているように見えるのに、傍で見ると、ナメクジにやられ、鳥についばまれ、差し上げられる実はほんの少しだった。

 お互い、貴重な実りを分け合っている。

 さて、葡萄。

 小粒だが、甘味はしっかりしていて、格別の味わいであった。

夜更けのコンビニ

2010-08-29 14:33:37 | ご近所
 いつでも開いているコンビニが好きである。
暑いので、夜が更けてから、散歩ついでに立ち寄る。

 コピーをしたり、メール便を出したりする。
週刊誌の立ち読みもする。
 物はめったに買わないので、あまりいいお客とは言い難い。

 昨夜、近所の外人さんが、息子を連れてアイスクリームを買いに来ていた。

 母親が日本人で、息子はハーフである。
ときどき、通学途中の小学生の群れの中に、この子を見るが、際立って美貌で、目立つ。
 子供どうしでは、立派な日本語で悪態もついている。

 アイスクリームを選ぶとき、金髪の父親は、ベラベラベラ~、と早口に何か言った。

息子も、ベラベラベラ~と答えて、びっくりするほど大量のアイスクリームを買っていた。

 ふ~ん、この子は父親と話すときは英語なんだと感心した。

 家では、父の方を向いて英語、母の方を向いて日本語を喋っているのだろうか。
ときには、父親と母親の通訳をするかもしれない。

 いいなあ、羨ましいなあ。

 金髪の夫は無理にしても、せめて英語だけでも、もっと勉強しておけばよかったと悔やみながら、ばあさんは、家で待つじいさんのために、あの子と同じアイスクリームを籠に入れてレジに並んだ。

アイム・ソーリー

2010-08-27 10:46:03 | ご近所
 我が家の斜め向かいのご主人は、外国の人である。
金髪の白人だからそう思うだけで、ほんとうの国籍は知らない。

 奥さんは日本人らしいが、玄関の向きが我が家と反対なので、奥さんの顔はまだ見たことがない。

 車庫で洗車をしていたり、庭木の剪定をしているご主人の姿はよく見かける。
もうここに来て半年ほどになるが、とくに挨拶を交わしたことはない。

 とにかく、こちらは日本語しか喋れない。
英語……かどうか、わからないけど、ペラペラペラと言われたら困るので、なんとなく会釈だけして通り過ぎる。

 先日、風子ばあさんが、自転車で帰ってきて、段差につまずき、転びそうになった。
たまたま、このときも車を磨いていた外人さんは、ダイジョウブデスカ、と声をかけ、近づいて来てくれた。

 オオ、失礼しました。ダイジョウブ、ダイジョウブ。

それから、こんにちは、こんばんは、と日本語で挨拶をするようになった。

 昨日、この暑いのに、脚立にのってカイヅカイブキの剪定をしている彼に出会った。
調子にのって、つい、「ご精が出ますね」と言ったら、彼は、きょとんとしていた。

 そうだよねえ、ご精が出ますね、なんて、いまどき、日本人でも遣わない年寄り言葉だよね、と反省した。

 で、アイム・ソーリーと言ったら、剪定作業がなんでアイム・ソーリーになるのか分からず、彼はますます、きょとんとしていた。
 

お隣り

2010-08-20 21:57:44 | ご近所
 お隣りの奥さんは、もう何年も前から、心臓が悪くて寝たり起きたりしている。
日中はデイサービスに預けて、ご主人がひとりである。
 
 今日、暑い盛りの午後、風子ばあさんちの、玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、ご主人が血相を変えて、電話を貸してくださいという。

 さては、奥さんに異変でも起きたかと、はっとする。

 どうぞ、どうぞ、今、子機を持って来ますからと、室内に入ると、隣のご主人は、そのまま風子ばあさんについて、上がって来た。

 お隣りといっても、ふだん、ほとんど付き合いはない
ご主人も奥さんも、これまでうちに上がったことはない。

 とても、うろたえているので、何事かと思えば、エアコンの使い過ぎで電気が切れたという。
 電話も通じないので、電機屋への連絡に、こちらの電話を使わせてほしいということである。
 ご主人は、耳が遠い。電機屋に、すぐ来てください、急いでください、と割れるような大声で怒鳴った。

 電機屋も外回りの人間が出払っているので、すぐには行かれませんということらしい。

 ご主人がいったん家に戻ったあと、電機屋から、うちに電話がかかった。
「一時間あとに行きますから、伝えてください」

 エアコンの切れた家でひとりは気の毒だから、では、こちらに来てもらおうかと、隣家を訪ねた。
 電気が切れているので、チャイムも鳴らない。
大声で何度も呼んだ。
 
 へいへいと、ご主人は、上半身裸のブリーフ一枚で出てきた
蒸し風呂のような室内だから無理もないが、電機屋が来るまで、このじいさんを預かることになるのかと正直がっかりしたが、ご主人は、いえいえ、大丈夫と、ブリーフ姿で何度も何度も丁寧に頭を下げた。