思わずに荷のふくらんで春キャベツ
齢をとってからは少しの荷物に難儀する。キャベツも白菜も半分に切って売っている。
でも、野菜も南瓜も半分売りを買う気になれない、まあ~るごと一個、重いけどね。
思わずに荷のふくらんで春キャベツ
齢をとってからは少しの荷物に難儀する。キャベツも白菜も半分に切って売っている。
でも、野菜も南瓜も半分売りを買う気になれない、まあ~るごと一個、重いけどね。
角にある女主人の梅の家
遠目にも河津桜はあでやかに
気ままなる一人花見の麓かな
いつものショッピングに歩きはじめ、ふと目をあげると山のふもとにこんもりと紅色が見えた。
あ、あそこには河津桜があったはず、と予定をかえて歩きはじめた。
君子蘭愛した友は遠く逝き
燃えるようなオレンジ色の君子蘭は狭い鉢のなかでもつぎつぎ株をふやした。
来るたびに、これ私好き、きれいだな、いいなあ、と言う友人に、それほどいうなら上げるよと言った。
彼女はいそいそと持ち帰ったが、つぎのシーズンには花付きが悪く、あっという間に枯れてしまった。
なんだかこちらの責任のように感じて、わざわざ新しく買った鉢をふたたび届けたが、二度目も育たなかった。
その後、彼女は体調を崩し、疎遠になったあと、数年まえ、ご主人の名前で訃報の知らせがあった。
君子蘭を見るたびに、彼女の、いいなあ、これ好きというあの笑顔を思いだす。
まだ恋し しがみつきたる 春炬燵
通りがかりの人に、我が家の庭の梅を自慢していた。
家の中からそれをみていた息子に、お母さん、みっともないからやめなさいとたしなめられた。
反省。
老いの身を招くマネキン春コート
ショッピングセンターの帰り、カラスの大群に出遭った。
低空飛行で、グワアーグワアーと頭上に羽を広げる。不気味である。
ひたすら目を合わさぬように視線を下げて歩くが、仲間を呼び集めるようにますますふえていく。
はっと気づいた、私の黒い帽子。ひょっとしてこれに反応しているのではなかろうか。
で、試しに帽子を外してバッグになかに押し込んだ。
偶然か、あるいはこちらのよみがあたったのか、まもなくカラスの大群が引き上げていった。
春愁や眠れぬ夜のモーツアルト
長い不眠症である。
まだ十代の娘のころからである。
隣室で父は晩酌をしている。ピーナッツをかじる音が耳について眠れない。
父親にピーナッツを食べるなとは言えない。悶々としていたら涙が出てきた。
布団をかぶって泣いていた。
安普請の家で、隣の様子に気づいた父は、年ごろの娘がしのび泣くとは何事かと仰天した。
本人に訊けず、母親に尋ねたそうである。「なにかあったの?」と母親が訊く。
いやあ、お父さんがいつまでもピーナッツ食べてて眠れなかった―と言って一件落着。
今は誰もわたしの眠りを邪魔するものはいないが、静かすぎて眠れない。
耳元にCDをおいてモーツアルトのピアノ曲を聴きながら眠気が来るのを待つ。
交響曲はいきなりジャジャーンとくるから不眠対策には向かない。べートーベンは少し暗い。
モーツアルトの穏やかさ、ほどよい明るさが好きである。
庭の片隅にある枝垂梅は、死角になっていて家の中からはみえない。
家に隠れて通りからも見えない。つまりあらためて庭に出てみないと眺めることのない梅であった。
今年、南側にあったお宅が解体されて空き地になった。はじめて我が家の梅をつくづく眺めた。
へえ、立派なもんじゃないかと感心した。ねえ、ねえ、見て。うちの梅―、と通りがかりの知らない人の袖をひく。
更地になった手前の土地には、またすぐに新しい家が建つことだろう。
来年のいまごろはまたうちの梅は隠れてしまうから、ここから見えるのも、今だけ今年かぎりの梅見である。