風子ばあさんのフーフーエッセイ集

ばあさんは先がないから忙しいのである。

愛器

2012-03-25 11:10:46 | ギター、映画など他
        風子ばあさんは、ギターを弾くが下手である。
     そんなことはないでしょうと人は言うが、ほんとに下手である。

    長年やっていようが、努力しようが、下手なものは下手なのである。

    それでもやめられないのは、ばあさんの持つギターの音色が素晴らしく、
       これに魅せられているからである。
 
        そもそも風子には、道具にこだわる悪い癖がある。
     初歩の初、まったく初心者のときに、名器と言われるこのギターを手に入れた。
   名曲は弾けずとも、調弦するだけで嬉しくなるほど美しい音を出してくれるのである。

       先日、粗相をしてこの愛器を傷をつけてしまった。
    修復には2ヵ月かかるそうだが、見積もりのために浜松まで送りだした。
 ウン万円ですむか、ウン十万かかるか、ばあさんは目下、懐勘定をして頭が痛いのである。

       あの時、一緒に転んだ我が膝小僧の生傷は、三週間ほどで治った。
        まだ赤い傷跡はあるが、これもそのうち綺麗になるだろう。

           楽器は放っておいては治らない。
     人間に備わった自然治癒力とはたいしたもんだ、タダで治った。

       愛器にかかる費用と胸算用して感心している昨今なのである。


グランドパス

2012-03-20 12:25:12 | バス
     ばあさんのハンドバックは、なぜか中味が多い。
       ポケットやチャックがいっぱいあって、
     いざとなると どこに何を入れたのかわからなくなる。

   先日もバス停に到着したのに、市内乗り放題のグランドパスが、見つからない。

      こういうときに冷静沈着になれないのもばあさんの特性である。
    うろたえて、バックの中身を床にこぼしながら、あわあわあわ、と慌てる。

      ええい、もうこの際ケチなことを言わずに現金で払うわい、
         と覚悟を決めて千円札を取り出すと、
      運転手さんが、ゆっくり探していいですよと言ってくれる。

     地獄に仏とはこのこと、マア、ご親切にと、バックを探るが出て来ない。
         見かねた運転手さんが、ますますご親切に、
      バックごと読みとり器の上に載せてみてくださいという。

            そのようにしてみるがダメ。
     もう一度、載せてみてください、というので、荷物を少し減らしバックを載せたら、
     なんと、チャラ~ンと存在する音がして、その音だけで降車させてもらったのである。
 
      グランドパスは写真を提示しないといけないことになっているから、
        厳密にいえば服務規定に反するのかもしれないが、
     ばあさんはこのご親切にいたく感動して西鉄バスの運転手さんは偉い! 
        とばあさん仲間に言いふらしているのである。
 
           ごめんなさい。

働き者

2012-03-07 11:22:10 | 仕事
       三つ違いの妹のビンちゃんは働き者である。
         子供が小さかった頃の、春休み、夏休みなどは、
          昼ごはんの支度までしてから働きに出ていた。

     五十になる前に夫を亡くしているから、働かざるを得ない事情もあったが、
    ビンちゃんの働き好きはそれ以前からで、じっとしているのが嫌いなのである。

        経理、簿記が堪能で、字もうまいから、どこへ行っても重宝されて、
           去年七十歳になるまで働いた。

    さすがに今は、職を求めても事務職がなくて、リネンの仕事ならあると言われた。
         リネンって、洗濯よねえ、私は事務が好きなのよ、
        と言ってこの半年ばかりはプール通いなどをしていた。

           昨日、電話があった。
       テレビでアフリカの飢餓の子供たちの映像を見たのよ、
       あの子たちは、百円二百円のお金で餓えがしのげるのに、
        わたし、こうして一日テレビばかり見て暮らしてて、
         なんてもったいないんだろうかって思うの。
 
      リネンでもなんでも働いて、五万でも六万でも送って上げられたらって、
              今考えてたのよ。

              ビンちゃんは偉いなあ。

     だけど、ビンちゃんは糖尿病とバセドー氏病と高血圧と腰痛持ちである。
          
        もう充分働いてきたじゃないの……と言ってやったが、
   ひょっとしたら今日あたり、またハローワークまでバイクを走らせているかもしれない。

時ならぬ風子の読書週間

2012-03-03 11:44:33 | 読書
     一週間ほど外出を控えたのを機に「テイエンイの物語」を読み終えた。
       作者フランソワ・チェンは中国生まれのフランス国籍である。
   日中戦争から文化大革命までの時代を、黄河、長江、あるいはパリへ移動してセーヌ、
       大運河の流れにも似た奔流を生き抜いた三人の男女の物語は重い。
     それほど昔ではなく、それほど遠いところではない場所での物語である。
     人は生まれる場所を選べずに生まれてくる。ユーメイが私だったかもしれないし、
       テイエンイがあなただったかもしれない。

         休みが長かったので、もう一篇。
         日経小説大賞受賞作品「野いばら」
    アムステルダムの空港に降り立った主人公は遺伝子情報に携わる企業の社員……
       書きだしからは思いもかけない時代へと展開する歴史ロマン。

         最後に鳥影社発行の「季刊文科」
       地味な雑誌だが、創刊以来愛読している。
    奇妙キテレツな純文学受賞作を読み飽きたときなどに、
   季刊文科を手にすると、ほっとする。心にとどく文学作品に巡り合える。

      しかし、雑誌だから、読み落としてしまう稿もある。
    今ごろになって、昨年夏号の松本道介氏の「視点」(転機への予感)を読んだ。
    世間で呼ぶ少子高齢化は、人間生態系の崩壊ではないかと悲痛な思いを口にする。
      原子力は終わりもなければゼロもなく解決もない、この世のものでない。
   江戸時代、衣食住のすべては土に返して後世に害を残さなかったことを考えると、
      我々の世代は何たるザマか、と悲憤慷慨される。
           深い共感を覚える。
       慌ただしく過ごしていれば、読みそこなうところだった。
         風邪気味だった雨の一週間に感謝。

しだれ梅

2012-03-01 09:33:40 | 俳句、川柳、エッセイ
      自慢じゃないが、我が家のしだれ梅はかなりのものである。
    二階まで届く大木が枝を広げて、しだれ咲く薄桃色は何とも美しい。

         ところが、である。この梅は我が家の裏の一番隅にある。
    三方、よそのお宅の裏手の物置などに囲まれていて、誰の目にもふれることはない。

       あとから植えた枇杷が、梅の前に居座っているから
          庭に出ても、枇杷に隠れて見えない。

       ただ一か所、風子ばあさんの寝室兼書斎の窓からだけは、
         手を伸ばせば触れんばかりの目の前にある。
        しかし、寝室であるから、人を案内するわけにもいかない。

      雪をのせた蕾が雨に濡れてふくらみ、日ごとに一輪づつ開花していく。

      まもなく、優雅な緞帳のような広がりが風子の目の前で展開する。
          風子ひとりの、贅沢きわまる梅見の朝夕となる。